第10話 偽りの真相
翌朝、街角に人だかりができていた。
教会の連絡役が声明を読み上げていた。
魔族過激派による卑劣な暗殺。和平使節団は危険に晒された。聖王国は和平交渉の凍結を検討する。人類は魔族の脅威を忘れてはならない。
昨日、広場にいた者たちがざわついた。
「違う。魔族の使者も狙われていた」
「でも、エルドリック様は殺された」
「聖王国が嘘をつくはずがない」
「誰が本当のことを知っているんだ」
声が重なり、打ち消し合い、別の声に変わっていく。
昨日起きたことが、少しずつ別の形になっていった。
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市場に入った。
布屋の前を通った。
若者は店を開けていた。だが表情が硬かった。父親らしい男が奥に立っていた。
人間の男が店先で言った。
「昨日のこと、本当に知らなかったのか」
「知るはずがありません」
「魔族同士なら、何か聞いていたんじゃないのか」
若者は黙った。
父親が奥から出てきた。声を荒げなかった。ただ頭を下げた。
「今日はお引き取りください」
その瞬間、誰かが荷物を蹴った。
布の束が地面に落ちた。
僕は立ち止まった。
若者が視線を上げた。僕と目が合った。
昨日、彼は言った。ここは違います、と。
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街のあちこちが、昨日と違った。
人間の母親が、魔族の子どもから自分の子を引き離した。魔族の老人が道を歩くと、人間の若者が黙って道を空けた。兵士たちが、魔族の集まる店先で長く立ち止まった。
庇う声もあった。
「昨日まで隣で働いていた相手だろう」
「エルドリック様が望んだのは、こんなことじゃない」
だが、その声は怒号に押し潰されていった。
街は一気に壊れたわけではなかった。ただ、昨日まで見えなかったひびが、急に浮かび上がった。
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教会の連絡役と合流した。
「声明は予定通り広まりました。混乱は想定内です。これで聖王国内の和平演説は消えます」
「魔族過激派による暗殺、なのですか」
連絡役は僕を見た。
「民には、そう伝わります」
教会は、エルドリックの死をもう別の形に作り替えていた。
僕は何も言えなかった。
自分が殺したと言えば、全てを失う。
だから、僕も黙った。
黙っていることが、何を意味するのか。
そんなこと、思いつきもしなかった。
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夕方、もう一度広場に立った。
血は洗い流されていた。
倒れた場所に花が置かれていた。人間の花も、魔族の花もあった。
その横で二人の男が言い争っていた。
「魔族のせいだ」
「違う。エルドリック様はそんな憎しみを望んでいない」
僕は花を見た。
昨日ここで、エルドリックは倒れた。
僕が殺した。それだけは間違いなく本当だった。




