第11話 帰還
聖王国に戻った日、教会の門の前でアウレリウスが待っていた。
珍しいことだった。
いつもは、執務室で迎えるはずだった。
馬を降りた僕に、アウレリウスが歩み寄った。
白い法衣。
穏やかな目。
いつもと同じ声。
彼は僕の前で立ち止まり、両腕を広げた。
「よくやった。君は正義を守った」
僕は抱きしめられた。
体温があった。
その温かさに、僕は少しだけ目を閉じた。
エルドリックの血の感触。
肩に置かれた手の重さ。
短剣に映った血まみれの顔。
嫌な考えを振り払った。
僕は正しいことをしたんだ。
---
アウレリウスは静かに言った。
「村への支援は続く。ユウの薬も手配している。安心しなさい」
それを聞いた瞬間、体の力が少し抜けた。
弟は助かる。
母は安心する。
父は畑に戻れる。
リナも笑える。
そのために自分は殺した。
そう考えると、少しだけ息がしやすくなった。
「ありがとうございます」
僕はそう答えた。
アウレリウスは僕の背中を軽く叩いた。
「疲れただろう。今日はゆっくり休みなさい」
優しい声だった。
---
教会の廊下を歩いた。
石造りの壁。
窓から差し込む光。
祈りの声。
聖職者たちの足音。
何も変わっていない。
エルドリックが死んでも、広場が壊れても、共和国で人間と魔族が睨み合っていても、ここは昨日と同じように静かだった。
若い聖職者が頭を下げた。
「お帰りなさいませ、勇者様」
僕は小さく頷いた。
勇者。
そうだ、僕は勇者なんだ。
---
廊下の先で、リディアが待っていた。
白い衣装。
胸の前で組まれた手。
潤んだ目。
彼女は僕を見ると、ほっとしたように息を吐いた。
「ご無事でよかった」
その声には、本物の安堵があった。
僕にはそれが分かった。
リディアは本当に心配していた。
本当に、自分の帰りを待っていた。
リディアは一歩近づいた。
「あなたは正しいことをしたのですね」
僕はすぐには答えられなかった。
ほんの短い沈黙。
その間に、エルドリックの声がよみがえった。
君が殺すのは、私の命だ。私の願いではない。
僕はそれを押し込めた。
「……はい」
返事は少し遅れた。
リディアは気づかなかった。
彼女は微笑み、もう一度言った。
「ご無事でよかった」
その笑顔は清らかだった。
疑いがなかった。
僕を信じていた。
---
リディアは小さく首を傾げた。
「お疲れなのですね」
僕は頷いた。
「少し」
嘘ではなかった。
リディアは祈るように手を組んだ。
「今夜、あなたのために祈ります。神が、あなたの心を安らかにしてくださるように」
僕は答えた。
「ありがとうございます」
心を安らかに。
苦しんではいけない。
勇者は迷わない。
勇者は悔やまない。
勇者は、正しいことをする。
---
自室に戻った。
扉を閉めると、祈りの声も足音も遠くなった。
静かだった。
僕は腰の短剣を見た。
血はもう拭ってある。
何も残っていない。
それでも、手に持つと重かった。
アウレリウスは言った。
君は正義を守った。
リディアは言った。
あなたは正しいことをしたのですね。
その二つの言葉を、僕は何度も心の中で繰り返した。
家族を守った。
正しいことをした。
そう思えばいい。
けれど、なぜかエルドリックの声だけが消えなかった。
君自身の言葉で答えを出しなさい。




