表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

第11話 帰還

 聖王国に戻った日、教会の門の前でアウレリウスが待っていた。


 珍しいことだった。

 いつもは、執務室で迎えるはずだった。


 馬を降りた僕に、アウレリウスが歩み寄った。


 白い法衣。

 穏やかな目。

 いつもと同じ声。


 彼は僕の前で立ち止まり、両腕を広げた。


「よくやった。君は正義を守った」


 僕は抱きしめられた。


 体温があった。


 その温かさに、僕は少しだけ目を閉じた。


 エルドリックの血の感触。

 肩に置かれた手の重さ。

 短剣に映った血まみれの顔。


 嫌な考えを振り払った。


 僕は正しいことをしたんだ。


 ---


 アウレリウスは静かに言った。


「村への支援は続く。ユウの薬も手配している。安心しなさい」


 それを聞いた瞬間、体の力が少し抜けた。


 弟は助かる。

 母は安心する。

 父は畑に戻れる。

 リナも笑える。


 そのために自分は殺した。


 そう考えると、少しだけ息がしやすくなった。


「ありがとうございます」


 僕はそう答えた。


 アウレリウスは僕の背中を軽く叩いた。


「疲れただろう。今日はゆっくり休みなさい」


 優しい声だった。


 ---


 教会の廊下を歩いた。


 石造りの壁。

 窓から差し込む光。

 祈りの声。

 聖職者たちの足音。


 何も変わっていない。


 エルドリックが死んでも、広場が壊れても、共和国で人間と魔族が睨み合っていても、ここは昨日と同じように静かだった。


 若い聖職者が頭を下げた。


「お帰りなさいませ、勇者様」


 僕は小さく頷いた。


 勇者。


 そうだ、僕は勇者なんだ。


 ---


 廊下の先で、リディアが待っていた。


 白い衣装。

 胸の前で組まれた手。

 潤んだ目。


 彼女は僕を見ると、ほっとしたように息を吐いた。


「ご無事でよかった」


 その声には、本物の安堵があった。


 僕にはそれが分かった。

 リディアは本当に心配していた。

 本当に、自分の帰りを待っていた。


 リディアは一歩近づいた。


「あなたは正しいことをしたのですね」


 僕はすぐには答えられなかった。


 ほんの短い沈黙。


 その間に、エルドリックの声がよみがえった。


 君が殺すのは、私の命だ。私の願いではない。


 僕はそれを押し込めた。


「……はい」


 返事は少し遅れた。


 リディアは気づかなかった。


 彼女は微笑み、もう一度言った。


「ご無事でよかった」


 その笑顔は清らかだった。

 疑いがなかった。

 僕を信じていた。


 ---


 リディアは小さく首を傾げた。


「お疲れなのですね」


 僕は頷いた。


「少し」


 嘘ではなかった。


 リディアは祈るように手を組んだ。


「今夜、あなたのために祈ります。神が、あなたの心を安らかにしてくださるように」


 僕は答えた。


「ありがとうございます」


 心を安らかに。


 苦しんではいけない。


 勇者は迷わない。

 勇者は悔やまない。

 勇者は、正しいことをする。


 ---


 自室に戻った。


 扉を閉めると、祈りの声も足音も遠くなった。


 静かだった。


 僕は腰の短剣を見た。


 血はもう拭ってある。

 何も残っていない。


 それでも、手に持つと重かった。


 アウレリウスは言った。


 君は正義を守った。


 リディアは言った。


 あなたは正しいことをしたのですね。


 その二つの言葉を、僕は何度も心の中で繰り返した。


 家族を守った。

 正しいことをした。


 そう思えばいい。


 けれど、なぜかエルドリックの声だけが消えなかった。


 君自身の言葉で答えを出しなさい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ