第2話 殺すべき英雄
早朝、街を抜けた。
大通りを歩いていると、路地の端に魔族が一人いた。荷物を運んでいた。重そうだった。ツノが一本、左側に折れている。人間の監視役が後ろを歩いていた。
見慣れた光景だった。
魔族は知能のない存在だ。人間の言葉を理解できない。だから単純な労働をさせる。聖王国では常識だ。
荷物を運んでいた魔族が躓いた。荷物が崩れた。監視役が舌打ちをした。
僕はその場を通り過ぎた。
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聖王国の聖都から六英雄共和国の首都までは馬で二週間ほどだった。
道中は何もなかった。畑が続いた。村が続いた。どの村も聖王国と変わらなかった。
国境を越えたとき、特に何も感じなかった。
六英雄共和国。教会では「神を捨てた反逆者たちの国」と教えていた。荒れた国のはずだった。
首都が近づくにつれて、人が増えた。
馬を繋いで、徒歩で門をくぐった。
最初に気づいたのは音だった。
聖王国の聖都より、ずっと賑やかだった。市場の声。子どもたちの笑い声。馬のひづめの音。全部が混ざり合って、街が生きているような音がした。
そして、魔族がいた。
市場の露店に、魔族の老人が立っていた。ツノが二本。白髪交じりの髪。人間の客と何かを話しながら、野菜の束を手渡していた。
客の人間が笑った。老人も笑った。
僕は立ち止まった。
魔族は知能のない存在だ。言葉を持たない。
でも目の前の老人は喋っていた。笑っていた。客と対等に言葉を交わして、値段の交渉をして、笑っていた。
路地の向こうから子どもの声がした。振り返ると、人間の子どもと魔族の子どもが一緒に走っていた。小さなツノの魔族の子どもが転んで、人間の子どもが手を引いて起こした。また走り出した。
頭の中で、何かが噛み合わなかった。
知能のない存在が、なぜ笑えるのか。言葉を持たない存在が、なぜ喋れるのか。
その考えをすぐに打ち消した。教会が間違うはずがない。この国は何かがおかしいのだ。
でも、老人の笑い顔が頭から消えなかった。
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大通りでは、エルドリックの凱旋を祝う人々が集まっていた。辺境での和平交渉を終えて戻ってきたばかりらしく、人間も魔族も同じように歓声を上げていた。
僕もその流れに乗った。
広場に出たとき、歓声が上がった。
エルドリック・セレーンが馬から降りてくるところだった。
想像していた人物と違った。威圧感のある体格ではなかった。背は高くない。装備も質素だ。ただ、目が静かだった。
彼が歩くだけで、周囲の空気が変わった。
戦争で息子を失いかけた母親が、泣きながら礼を言った。エルドリックは立ち止まって、その母親の両手を取った。
帰還兵が膝をついて頭を下げた。エルドリックは屈んで、兵士と同じ目線になった。
魔族の老人が深く一礼した。エルドリックは同じように頭を下げた。
人間にも魔族にも、同じように。
僕は群衆の中で立ったまま、その光景を見ていた。
僕が殺すのは、この人か。
頭の中で、そんな言葉が静かに浮かんだ。
違う。
殺すのではない。処刑するのだ。
アウレリウスはそう言った。世界を守るためだと。
僕はその言葉を思い出し、短く息を吐いた。




