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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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硝子の棺に眠る王と、届かぬ声

 最深部の扉を開けたノアの目の前に現れたのは、硝子の棺に囚われた古代の王・セト。

 何百年もの孤独と怒りに閉ざされた王に対し、ノアは理の糸を通じて対話を試みます。

 背後を振り返る。遥か上層の暗闇から、レオンたちの炎や風のマナの残響が、理の糸を通じてかすかに伝わってきていた。彼らが命がけでゴーレムを食い止め、僕たちのために時間を稼いでくれているのだ。 


 扉は、思ったより軽かった。


 触れた掌に伝わっていた重く悲しい振動が、ふっと和らいだのだ。まるで——扉自身が、開けてほしかったかのように。


 黄金の砂岩が、ゆっくりと左右に割れていく。


 音はない。結界の中でも、この扉の軋みだけは聞こえなかった。何百年もの沈黙に浸りきった石が、もう音の出し方を忘れてしまっているのだろう。


 そして——理の糸が、爆ぜた。


 扉の向こうから押し寄せてきたのは、風でも匂いでもなく、純粋な悲嘆の振動だった。


 僕の体の芯を、まっすぐに貫く。


 頭蓋の奥まで震わせる、途方もなく巨大な哀しみの波。何百年も泣き続けて枯れ果てた、それでもなお泣くことをやめられない魂の絶叫が——理の糸そのものを掻きむしっている。


「……っ」


 膝が折れそうになった。


「ノア!」


 シオンの声が、右肩で鋭く響いた。小さな爪が僕の肩口に食い込む。


「大丈夫です……大丈夫」


 僕は呼吸を整えて、一歩を踏み出した。


 扉の向こうは——広大な空洞だった。


 糸の振動が、その空間の形を教えてくれる。天井は遥か高く、壁は球体のように丸く湾曲している。まるで巨大な卵の殻の内側に立っているような、そんな構造。


 床は滑らかな硝子だった。


 靴底が触れると、きん、と微かに澄んだ音が鳴る。結界の中だからこそ聞こえる、硝子の床の悲鳴。


「お師匠、なんスかここ……めちゃくちゃ寒いッス」


 フクが僕の足元でぶるりと震えた。


 寒い。確かに寒い。砂漠の地下とは思えないほどの冷気が、硝子の床から立ち昇っている。けれどそれは温度の冷たさではなく——感情の冷たさだった。


 何百年もの孤独が、この空間そのものに染みついている。


 そして——空洞の中心に、それはあった。


 糸が教えてくれる。


 巨大な、硝子の棺。


 透明な結晶が幾重にも重なり合い、まるで繭のように何かを包み込んでいる。棺の表面を走る理の糸は、ぐちゃぐちゃに絡まり、砕け、結び直され、また砕け——永遠にほどけない結び目のように、狂い続けていた。


 その中に——。


「……シオン」


「ええ。いるわ」


 シオンの声が、囁くように低くなった。


「硝子の棺の中に、人型の存在。動いていない。でも——生きてる。いえ、死んでもいないし、生きてもいない。何百年も、ただそこにいるの」


 沈黙の屍王セト。


 古代の王。かつてこの砂漠を治めていた、静寂を愛した王。


 クレオが「あの子」と呼んだ存在。


 僕はゆっくりと、硝子の棺に近づいた。


 一歩ごとに、糸の振動が強くなる。悲嘆が、怒りが、孤独が——僕の体を通り抜けていく。


 棺の前に立った。


 掌を、硝子の表面にそっと触れた。


 ——冷たい。


 氷よりも冷たい。感情が凍りついた、何百年分の孤独の温度。


 けれどその奥で——微かに、とても微かに、温かいものが震えていた。


「……セトさん」


 僕は、静かに呼びかけた。


「聞こえますか。僕はノアといいます。調律師です」


 返事はない。


 当たり前だ。この空間には音がない。僕の結界の中でしか、声は届かない。


 でも——糸なら届く。


 僕は理の糸に意識を集中させた。声ではなく、糸の振動として。言葉ではなく、感情として。


 ——聞こえていますか、セトさん。


 ——あなたを、助けに来ました。


 硝子の棺が——震えた。


 微かに。ほんの微かに。


 そして。


 理の糸を通じて——言葉にならない「声」が、僕の魂に流れ込んできた。



 *



 それは言語ではなかった。


 映像でもなく、音でもなく——純粋な感情の奔流。


 何百年もの間、誰にも届かなかった想いが、ノアという「受信機」を見つけた瞬間に決壊したかのように溢れ出してくる。


 最初に届いたのは——疲労。


 途方もなく深い、魂の疲労。


 眠りたい。静かに眠りたい。もう何も聞きたくない。誰の声も、剣の音も、争いの叫びも——もう、たくさんだ。


「……セトさん」


 次に届いたのは——記憶。


 砂漠の王としてこの地を治めていた頃の、断片的な記憶の残滓。


 民の声が好きだった。市場の喧騒が好きだった。子どもたちの笑い声が、風に乗って宮殿まで届くのを聴くのが、何より好きだった。


 けれど。


 争いが始まった。


 人間が来た。剣を持ち、旗を掲げ、この砂漠を奪いに来た。


 民が泣いた。逃げ惑い、傷つき、倒れていった。


 王として守らねばならなかった。剣を執り、兵を率い、戦った。何度も、何度も。


 そのたびに——好きだった声が、悲鳴に変わっていった。


 笑い声が、断末魔に。歌が、慟哭に。


 やがて——もう、何も聞きたくなくなった。


 声が怖くなった。音が怖くなった。誰かが口を開くたびに、そこから溢れ出すのは嘘か、恐怖か、憎しみだけだったから。


 だから——全部、消した。


 音を。声を。自分を。


 硝子の棺に閉じこもり、この砂漠から音という概念を丸ごと引き剥がした。


 もう誰の声も聞こえない。


 もう誰の悲鳴も聞こえない。


 ようやく——静かになった。


 けれど。


「……寂しかったんですね」


 僕はそう呟いた。


 糸の振動が、びくりと跳ねた。


 セトの感情が——一瞬だけ、凍りついた。


「好きだった声が、怖い声に変わってしまって。だから全部消してしまった。でも——本当は、もう一度聴きたかったんじゃないですか。子どもたちの笑い声。市場の賑やかな音。誰かが、あなたの名前を優しく呼ぶ声」


 硝子の棺が、激しく震えた。


 理の糸が軋む.


 セトの感情が——急速に変質していく。


 疲労の下に押し込められていたものが、掘り返されるように噴き上がってくる。


 怒り。


 凍りついていた怒りが、溶け出していた。


「——黙れ」


 声ではなかった。糸を通じた、純粋な拒絶の波動。


 僕の体を、暴風のように打ちのめした。


「ノア!」


 シオンが叫んだ。


「お師匠!」


 フクが駆け寄ってくる足音。


「大丈夫……」


 僕は踏みとどまった。けれど理の糸が、ばちばちと火花のように弾けている。セトの怒りが、棺の中から溢れ出し始めている。


 ——お前も同じだ。


 ——声を使って、嘘をつく。優しい言葉で近づいて、裏切る。人間はいつもそうだった。


「僕は嘘なんか——」


 ——黙れと言った。


 硝子の棺に、亀裂が走った。


 ぱきん、と澄んだ音が結界の中に響く。棺を構成する硝子の結晶が、一枚、また一枚と剥がれ落ちていく。


 中から——何百年分の怒りと憎悪が、ゆっくりと身を起こした。



 ---




お読みいただき、ありがとうございます!


 最深部の扉の向こうでノアたちを待っていたのは、孤独な王セト。

 生前は民の声を愛した心優しい王が、なぜ音を恐れ、沈黙に閉じこもるようになったのか……その悲しい過去が明らかになりました。


 しかし、ノアの呼びかけは王の凍りついた怒りを呼び覚ましてしまい——。


 次回、激怒するセトが棺から身を起こします。緊迫のバトル展開へ。お楽しみに!


【☆作者からのお願い☆】


壊れかけた世界を静かに直すノアとシオンの旅を、**下にある【ブックマーク登録】と【☆評価】**で応援していただけないでしょうか?


皆様の☆とブクマの温かい一票が、作者の執筆の命の糸(日々の更新の強力な原動力)になります。


少しでも「面白い!」「ノアの旅の続きが読みたい」と思っていただけましたら、どうかお力添えのほど、よろしくお願いいたします……!


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