静寂の番人と、迫る危機
無音の迷宮を探索するノアたちに、ピラミッドの番人である「砂のゴーレム」が襲いかかります。
足音も攻撃音もない「無音の戦闘」と、無限に再生する敵の執拗さ。ジリジリと消耗していく仲間たちに、さらなる危機が迫ります。
ピラミッドの内部は、果てしなく広かった。
黄金の壁が、糸の振動を通じて巨大な空洞のような構造として僕の感覚に映し出される。天井は途方もなく高く、通路は何層にも螺旋を描きながら地下深くへと続いている。
そして——この迷宮には、番人がいた。
最初の異変は、シオンの声だった。
「——来るわ。正面、六体。砂のゴーレム」
声の直後だった。
ドスンさんの体が、するりと流れた。水銀のように滑らかに——一瞬で僕の前方に広がり、半球状の防壁を形成する。
次の瞬間。
ドスンさんの防壁に、何かがぶつかった。
衝撃が足元から伝わってくる。重い。固い。けれど——音がない。
いや、違う。
ドスンさんの防壁の表面に触れた瞬間——その「何か」が僕の結界圏内に入ったその刹那にだけ、ずしん、という重々しい衝突音が鳴り響いた。
そしてすぐに、砂がさらさらと崩れ落ちる音。
「なっ——!」
フクが悲鳴を上げた。
「い、いきなりッス! 音もなく来やがったッス!」
「当たり前でしょう、この空間じゃ結界の外は完全無音なんだから。足音も風切り音もなしに突っ込んでくるのよ」
シオンの声が冷静に状況を伝える。
「ドスンさんが受け止めたわ。砂で出来た人型——ゴーレムね。ピラミッドの防衛機構だと思う」
がりがりがり、とドスンさんの防壁を砂の腕が引っ掻く音。結界の中に入っている部分だけが、不気味に鮮明な音を立てている。
ドスンさんのランプが、真っ赤に灼けた。
きゅるるるるっ!——怒りの流体音。
防壁がぐにゃりと波打ち、砂のゴーレムの腕を呑み込むように軟化した。そしてそのまま、万力のように締め上げる。
ばきり、と砂の腕が砕ける音。これも、結界の中だけで響く奇妙な破壊音。
「フク! 左から二体、結界の外から回り込んでくるわ!」
「任せるッス!」
フクが僕のローブの裾を離して、駆け出した。
ぼうっ、と太陽の炎が膨れ上がる熱が、僕の頬を撫でた。フクの白金の毛並みから放たれる炎——結界の縁で、無音の闇に突っ込んでいく。
炎が結界の外に出た瞬間、音が途切れた。
フクの咆哮も、炎の爆ぜる音も——何もかもが、吸い込まれるように消えた。
けれど糸の振動で分かる。フクの炎が、二体のゴーレムを正面から焼き砕いている。砂が硝子に変わり、ぱきぱきと割れていく感触が、理の糸を通じて伝わってくる。
「フク、戻ってきなさい! 離れすぎよ!」
シオンが叫んだ。
フクが結界の中に飛び戻ってきた瞬間——「はぁっ、はぁっ」という荒い息遣いが、ぽんっと音として復活する。
「た、倒したッス! でもなんスかこの感じ! 外に出ると自分の息の音すら聞こえなくて、めちゃくちゃ気持ち悪いッス!」
「我慢しなさい。これがこの迷宮のルールよ」
シオンの尻尾が、僕の首筋にきゅっと巻きついた。彼女なりの合図。前方確認完了、進め。
「ノア、今のうちに進むわよ。正面の通路、まっすぐ十五歩。その先で左に折れて」
「はい」
僕は歩き出した。
ドスンさんが僕の背後にぴたりとつき、フクが右脇を固める。シオンが肩の上から、絶えず周囲の糸の動きを読み取って声に変えてくれる。
完全な分業。
僕はただ、歩くだけでいい。
それから、どれほど歩いただろう。
ピラミッドの内部は、下に行けば行くほど理の糸の乱れが激しくなっていった。セトの悲鳴が近づいている証拠だ。
そして——敵も、増えていった。
「右後方、四体! さっき砕いたのがもう再生してるわ!」
シオンの声に焦りが滲み始めたのは、三層目を過ぎた頃だった。
砂のゴーレムは、倒しても倒しても再生する。
フクの炎で硝子に焼き固めても、シオンの影で切り裂いても——壁や床から新たな砂が這い出して、数十秒で元の形に戻ってしまう。ピラミッドそのものが敵の体なのだ。砂がある限り、無限に湧き続ける。
「くそっ、キリがねえッス!」
フクが吠えた。炎の熱が、さっきよりも弱い。消耗している。
ドスンさんもきゅるるるっと低く唸りながら、三方向から同時に押し寄せるゴーレムの腕を防壁で受け止めていた。流体の表面がびりびりと震えている。
「シオン、あとどのくらいですか」
「……まだ五層はあるわ」
五層。このペースでは、フクの炎が尽きる方が先だ。
「ねえさん、俺まだやれるッス! まだ全然——」
「嘘おっしゃい。もう息が上がってるじゃないの」
シオンの声が、鋭くも優しく刺した。
フクが黙った。悔しそうに鼻を鳴らす音が、小さく聞こえた。
ドスンさんの防壁が、また一体のゴーレムを弾き飛ばした。けれど弾いた先は結界の外——着地の音すら聞こえない無音の闇に、砂の巨体が消えていく。
そして数秒後、また無音のまま、新たなゴーレムが結界の縁に現れる。
突然、ドスンさんの防壁に横から何かが叩きつけられた。
がぎんっ、と僕の結界の中で鋭い金属音が鳴り、ドスンさんの体が大きく揺れた。
「ドスンさん!」
きゅ、るる……と掠れた音。ランプが赤と黄色の間で激しく明滅している。苦しんでいる。
結界の外——完全な無音の闇の中から、複数のゴーレムが同時に体当たりしてきたのだ。音がないから、接近に気づけない。シオンが糸で捕捉しても、全方位を同時に伝えることは不可能だった。
「…………困りましたねぇ」
僕はそう呟いて、立ち止まった。
困った。本当に困った。
ここで僕が調律——理の糸を直接編んでゴーレムの砂を「本来の静かな砂」に戻してしまえば、この迷宮ごと無力化できるかもしれない。
けれどそれをすれば、僕の脳は調律に100%のリソースを奪われる。空間把握ができなくなる。歩くことすらできなくなる。
まだ早い。最深部まで辿り着いてからでなければ。
「——ノア」
シオンが、僕の耳元で静かに言った。
「左前方、結界の外。何か——違う振動が来ているわ」
「違う振動?」
「ゴーレムじゃない。もっと鋭くて、もっと——熱い」
僕も感じていた。
理の糸の中に、この迷宮の砂とは明らかに異質な振動が混じり始めている。鋭く、荒々しく、けれど芯に確かな意志を持った——。
その振動が、急速に近づいてくる。
倒しても砂から無限に再生し、完全に無音で接近してくるゴーレムたち。
耳が聞こえない状態での不意打ちに対応しきれず、ドスンさんが激しい攻撃を受けて窮地に陥ってしまいます。
絶対絶命のノアたちですが、無音の闇の向こうから、何やらゴーレムとは異なる「熱く鋭い振動」が近づいてきて……?
次回はいよいよ、頼もしいあの仲間たちが合流します。お楽しみに!
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