おじさんの冷や汗と、女王の愉悦
お読みいただきありがとうございます!
シオンの正体を見抜いた砂の女王クレオ。
今度は、勇者一行の魔法使いクラウスへと視線を向けます。
クラウスの隠された過去と、必死の誤魔化しが交差する大広間での一幕です。
どうぞお楽しみください!
それから——クレオの足音が、さらに奥へと動いた。
蓮の花の匂いが、別の方向へ流れていく。
勇者たちのほうへ。
「さて、次は——」
足音が、止まった。
「——あら」
クレオの声から、退屈な甘さが消えた。
代わりに——面白いものを見つけた猫のような、鋭い愉悦が灯った。
「あらあら。まさか」
しゃらん。アンクレットが鳴った。
「——クラウス。アンタ、またそんな可愛い子たちの後ろでへらへらと『おじさん』の道化をやってるの?」
空気が、変わった。
さっきシオンの正体を突いた時とは、また違う種類の緊張。
クラウスの心臓の音が——初めて、乱れた。
あの飄々とした男の鼓動が、明らかに跳ね上がっている。
「どれだけ時が経っても全然変わらないわねぇ。あの頃も、若い子たちの後ろに隠れて、ヘラヘラ笑ってたっけ。ねえ——『執行の——」
「ぅわあああこれはこれは!!」
クラウスの声が、異常な大音量で被さった。
ものすごい勢いで。
あまりの突然さに、フクが飛び起きて「なんスか!?」と叫んだ。
「いやぁ~~! そちらの美しい女王様! おじさんのようなロートルを誰かとお間違いじゃないですかねぇ~~!? はっはっは! おじさんはただの冴えない魔法使いでして! そんな大昔のことなんてとんでもない! せいぜい四十年の人生ですよ! いやぁ若く見られるのは嬉しいですがねぇ~~!」
クラウスは笑いながら——声が裏返りかけていた。
そして僕には分かった。
理の糸を通じて。
この人の体から、尋常じゃない量の冷や汗が流れ落ちている。
心臓は早鐘を打ち、指先は微かに震え——全身が「頼むから黙ってくれ」と叫んでいた。
「クラウス? おい、どうした急に。……お前、顔が真っ白だぞ」
ルークが、怪訝そうに言った。
「いやいやいやルーク君! 何でもないよ! おじさんは元気! 元気そのもの! ほら見て、この若々しい腕! そんな大昔から生きてる人間がこんなに老けてるわけないでしょう! はっはっは!」
笑い声がどんどん空回りしていく。
クレオが、じっとクラウスを見つめている気配がした。
長い、長い沈黙。
クラウスの心臓の音だけが、部屋中に聞こえるんじゃないかと思うほど激しく鳴っている。
「——ふふ」
クレオが、小さく笑った。
「……まあ、いいわ。妾の勘違いだったのかもしれないわねぇ」
しゃらん。
アンクレットの音が、ゆっくりと遠ざかった。
クレオは——見逃してくれた。
クラウスの体から、大きな息が漏れた。
全身から力が抜けるような、深い安堵の吐息。
「…………はぁぁぁぁ」
「おい、クラウス。本当に大丈夫か? 何か持病でもあるのか」
「大丈夫大丈夫。おじさんはね、美しい女性の前だと緊張するタチなんだよルーク君。いやぁ、照れるねぇ」
嘘だ。
理の糸が、はっきりと教えてくれている。
この人は——何か、とても大きなものを隠している。
でも。
それを暴くのは、僕の役目じゃない。
クレオも、そう判断した。
だから——黙った。
「さて」
クレオの声が、再び大広間の中央から響いた。
すべてを見透かした上で、退屈そうに。
「全員揃ったところで、妾に話してもらうわ。——あんたたちがなぜ妾の砂漠で暴れていたのか、妾の大切な領地で何が壊れかけているのか。じっくりと、ね」
しゃらん。
黄金のアンクレットが、最後に一度だけ鳴った。
「逃がさないわよ。——妾、退屈で死にそうだったの」
その声は——砂漠の夜のように、甘く、冷たく、果てしなかった。
お読みいただきありがとうございます!
黄金宮殿の大広間に集められた一同。
シオンに続き、魔法使いクラウスの意外な過去に迫るクレオでしたが、クラウスの冷や汗混じりの必死のおどけを前に、その追及の手を収めます。
クラウスが隠し持つ「執行の——」という不穏な二つ名。彼はいったい何者なのでしょうか?
次回、ついに女王クレオの目的と、硝子砂漠に迫る脅威が明らかになります!
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