砂の女王と、黒猫の正体
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黄金の部屋で過ごしたノアたちの前に、砂の女王クレオの使いである黄金の人形が現れます。
案内された先の大広間で、クレオはシオンの「正体」に迫り——。
どうぞお楽しみください!
それからどのくらい経ったか。
部屋の空気にも慣れ始めた頃——
かちゃり。
石の扉が開く音。
全員が一斉に気配を張り詰めた。
けれど、入ってきたのは人間ではなかった。
——からん。こつん。からん。
小さな足音。
軽い。硬い。金属と石が混ざったような、不思議な足音。
そして——蜂蜜と砂糖菓子が混ざったような、甘い匂い。
「なんだ、これ——人形?」
ガルドの声が、怪訝そうに響いた。
「黄金の人形が、一体だけ入ってきたぞ」
「人形……ッスか?」
フクが僕の膝から顔を上げた。
シオンが僕の耳元で囁いた。
「黄金の砂で編まれた、手のひらサイズの人形よ。猫の形——目は紅い宝石。クレオの魔力で動いている。伝令用ね」
人形が、からんと一歩前に出た。
そして——口が開いた。
流れ出したのは、あの女王の声だった。
怠惰で、甘く、どこか退屈そうな。
「——やぁ、お客様方。よく眠れたかしら?」
誰も答えなかった。
「ふふ。可愛くないわねぇ。まあいいわ。——妾の宮殿へようこそ。色々と聞きたいことがあるの。全員、大広間に来てちょうだい。案内するわ」
人形が、くるりと踵を返した。
石の扉が——するりと、独りでに開いた。
「罠だ」
ガルドが即座に言った。
「罠じゃないわよ」
人形の口から、クレオの声がくすくすと笑った。
「罠を張る必要がないもの。逃げ場なんて、最初からないでしょう?」
正論だった。
「——行こう」
ルークが静かに言った。
「この状況で逆らっても意味がない。それに——あの女は、俺たちを殺すつもりはないように見えた」
「おじさんも賛成だねぇ。少なくとも殺す気なら、あの砂漠で終わっていたよ」
クラウスが飄々と言い、立ち上がった。
僕もドスンさんの椅子から立った。
「行きましょう」
シオンが、小さくため息をついた。
その息に——微かな、恐怖の匂いが混じっていた。
「…………ええ」
人形に導かれて、僕たちは長い廊下を歩いた。
石の壁が左右に続いている。
足元はなめらかに磨かれた黄金の石で、ドスンさんの重い足がとすん、とすんと規則正しく響いた。
途中で、横の通路から別の足音が合流してきた。
獣の息遣い。革の鎧が擦れる音。
「——レオン!」
フクが叫んだ。
「フク! 無事だったか!」
レオンの声。
そしてアルヴァの低い声が続いた。
「……人間どもと一緒にされていたのか。無事か、ノア殿」
「ええ、おかげさまで。皆さんもご無事でしたか」
「無事と言えるかは微妙だがな。——あの女王の黄金人形が来て、同じように呼び出された」
獣人たちが合流した。
レオンが傍に来て、ふんふんと僕の匂いを嗅いだ。
「怪我はねぇか、ノア様」
「ありませんよ。ドスンさんが守ってくれましたから」
きゅるる、とドスンさんのランプが青く点滅した——たぶん。シオンが小さく「自慢げね」と呟いたから、きっとそうだ。
帝国兵の気配はない。
やはり、帝国だけは完全に別の場所に隔離されているらしい。
廊下が、突然広くなった。
空気が変わる。
乾いた石の匂いの奥から——蓮の花と、金木犀と、砂糖を焦がしたような甘い香りが、ふわりと押し寄せてきた。
天井が高い。
僕の頭上を、ゆっくりと風が回っている。
理の糸の密度が、一気に跳ね上がった。
この部屋の糸は——この宮殿のすべての糸の中心だ。
ここが、心臓。
「——ようこそ」
声が、降ってきた。
上から。
高い場所から。
怠惰で、甘くて、蜂蜜を煮詰めたような声。
「妾の退屈な宮殿に、こんなに大勢のお客様が来るのは何百年ぶりかしらねぇ」
しゃらん。
あの音。
金属の装飾——足首のアンクレットが、石の床に触れるたびに涼やかに鳴った。
クレオが、近づいてくる。
階段を——ゆっくりと、一段ずつ、降りてきているのだ。
その足音は支配者のそれだった。
急がない。急ぐ必要がない。
この空間のすべてが自分のものだと、骨の髄まで知っている者の歩き方。
「さて。改めて自己紹介をしておこうかしら」
しゃらん。
最後の一段を降りきった気配。
「妾の名はクレオ。この硝子砂漠と黄金宮殿の主——まあ、そんな大層な肩書きはどうでもいいわ。退屈で死にそうな引きこもりの女よ」
「引きこもり……」
僕は思わず呟いた。
「あら、聞こえてたの。可愛い坊やねぇ」
ふふ、と笑う気配。
蓮の花の匂いが、ふわりと近づいた。
「盲目の調律師。——妾の砂漠で随分と派手にやってくれたわね。あの無骨な特異点の糸を、あんなに綺麗にほどく手つき……久しぶりに面白いものを見たわ」
そこで——クレオの声が、わずかに色を変えた。
甘さの下に、鋼のような鋭さが覗いた。
「でも、妾が本当に興味があるのは、坊やじゃないのよねぇ」
足音が、僕を通り過ぎた。
蓮の花の匂いが、シオンのほうへ——
「——ねえ」
クレオの声が、蜜を垂らすように甘くなった。
「そこの黒猫ちゃん。ずいぶんと懐かしい匂いがするじゃない?」
シオンの体が、僕の肩の上で凍りついた。
「あら、お久しぶりねぇ——」
クレオが、一拍溜めた。
「——星影の円卓、第二席。みんなに嫌われてた、孤独な『日食』ちゃん?」
空気が、凍った。
比喩じゃない。
シオンの体から放たれた殺気が、一瞬だけ部屋の温度を本当に下げた。
「——黙りなさい」
シオンの声は、氷の刃だった。
「おやおや。怖い怖い。でもその殺気、昔と全然変わってないわねぇ。いつもそうやって牙を剥いて、結局一人ぼっちになるんだから」
「黙れと言ったのよ」
「はいはい。——ああ、でもごめんなさいね。ちょっと懐かしくて、つい」
クレオは悪びれもせず、くすくすと笑った。
僕は首を傾げた。
「あの、すみません。エクリ……エクレア? というのは、お菓子の仲間ですか? シオンがお菓子の名前で呼ばれてるんですか?」
沈黙。
完璧な沈黙。
クレオが——ぷっ、と吹き出した。
「あっはは! お菓子! エクレア! あはは、この子最高ね!」
「ノア。黙ってなさい」
シオンが歯を食いしばっているのが、声だけで分かった。
「でもシオン、エクレアって美味しいですよね。チョコレートのやつが僕は——」
「黙りなさいっ!」
「——ふふ。いいわねぇ、坊や。あんたのこと、気に入ったわ」
クレオが僕の頬をつん、と指先で突いた。
その指は驚くほど細くて、乾いた砂のような温度だった。
お読みいただきありがとうございます!
砂の女王クレオの前に連れ出されたノアたち。
クレオは、シオンの正体である「星影の円卓、第二席・日食」を一瞬で見抜きます。
緊迫した空気の中、ノアの「エクレア」という天然ボケが炸裂する一幕でした。
次回、クレオの視線は魔法使いクラウスへと向けられ……?
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