黄金の鳥籠
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砂の女王クレオに捕縛され、黄金のピラミッド宮殿へと連行されたノアたち。
なんと勇者ルーク一行と同じ部屋に押し込められ、奇妙な「鳥籠」での共同生活が始まります。
どうぞお楽しみください!
乾いた石の匂いがする。
砂の匂いではなく、磨かれた石——何千年も風と砂に晒され、けれど決して崩れなかった、気の遠くなるような時間の匂い。
それが、僕たちが押し込められた部屋の第一印象だった。
壁も、床も、天井も、すべてが黄金の石でできている。
シオンが短く状況を囁いてくれたところによると、ここは巨大なピラミッドの一室で、窓はなく、出口は頑丈な石の扉がひとつだけ。
広さはそれなりにある。
けれど、問題はそこじゃない。
「——ねえ、ちょっと。なんで全員同じ部屋なのよ」
シオンの声が、低く、殺気すら滲ませて響いた。
そう。
この部屋には、僕とシオンとフクとドスンさんだけじゃなく——ついさっきまで戦場で剣を交えていた勇者たちが、一緒にいる。
砂の女王は、両陣営をまとめて同じ鳥籠に放り込んだのだった。
「……最悪だ」
低い声。
聞き覚えのある——若い、けれど太くて芯のある声。
勇者ルーク。
「クラウス。状況を説明してくれ」
「いや~、説明も何も、見ての通りだよルーク君。おじさんたちは仲良く一つの部屋に詰め込まれた囚人ってわけだねぇ」
飄々とした声が返った。
魔法使いクラウスだ。
声だけでも分かる——この人はこんな状況でも、どこか余裕を崩さない。
「仲良く、だと? あの白い髪の——魔王が、すぐそこにいるんだぞ」
低い、抑えた声。ガルドだ。
その声は僕に向けられている。
空気が、ぴん、と張り詰めた。
フクが僕の足元でぐるると唸り、背中の毛を逆立てた気配。
シオンの爪が、僕の肩にちくりと刺さった。
「——手を出しなさい。消し炭にしてあげるわ」
「シオン」
僕はシオンの体に自分の手を重ねた。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないのよ。こいつらはついさっき、あんたに剣を向けた連中——」
「でも、今は同じ鳥籠の中ですから」
僕は、できるだけ穏やかに笑った。
少なくとも、そのつもりで。
見えないから、うまく笑えているかは分からない。
「それに、この部屋——すごく面白い匂いがします。石の隙間から、ほんの少しだけ蜂蜜みたいな甘い風が入ってきてるんです。外にオアシスがあるのかもしれませんねぇ」
「…………」
沈黙。
たぶん、全員が僕を見ている。
こういう沈黙には慣れている。シオンいわく「あんたのボケに誰もついていけてないだけよ」らしいけれど。
「それに、ここにいる皆さんの心臓の音——誰も、戦おうとしていませんから」
僕の指先に触れている理の糸が、部屋中の生命の鼓動を伝えてくれる。
速い。緊張している。警戒もしている。
けれど——殺意は、ない。
さっきの戦場とは、まるで違う。
みんな、疲れ切っている。
「……帝国の連中はどうなった」
ルークが、低く呟いた。
誰にともなく。
「たぶん、別の場所でしょうねぇ」
クラウスが答えた。
「あの女王様、捕縛の仕方が実に手際がよかった。帝国と我々を分けて収容しているようだ。賢いやり方だよ」
「……獣人たちの声は聞こえるッス」
フクが耳をぴくぴくと動かした。
「壁の向こう——たぶん隣の部屋か、すぐ近くの廊下。レオンの匂いもするッス」
「レオンか」
ルークの声に、複雑な感情が滲んだ。
さっきまで敵味方で斬り合っていた相手が、壁一枚隔てた隣にいる。
奇妙な距離感だ。
しばらく、誰も口を開かなかった。
ドスンさんが、きゅるる、と小さく流体音を立てた。
それから体をするりと広げて、僕の足元にちょうどいい高さの椅子を形成してくれる。
「あ、ありがとう、ドスンさん」
座った。
ドスンさんの表面がほんのり温かくて、緊張で強張っていた体が少しだけ緩んだ。
フクがすかさず僕の膝に丸くなる。
「——ねえさん、もう寝ていいッスか」
「あんたはいつでも寝てるでしょう」
シオンが呆れたように言ったけれど、声はどこか柔らかかった。
フクの寝息は、三秒で始まった。
どのくらい時間が経っただろう。
一刻か。二刻か。
窓がないから、外が昼なのか夜なのかも分からない。
勇者たちは部屋の反対側に固まっている。
壁にもたれる鎧の音、小さな寝息——セシリアが眠ったらしい。ガルドが「俺が見張る」と低く呟き、クラウスが「おじさんも付き合うよ」と返した。
僕はドスンさんの椅子に座ったまま、理の糸を微かに指先で感じ取っていた。
この建物——壁のひとつひとつの石に、恐ろしく精密な理の糸が編み込まれている。
古い。途方もなく古い。けれど、一本の糸のほつれもない。
誰かが——永い間、丁寧に補修し続けてきたのだ。
たった一人で。
それが妙に、胸に響いた。
「——おい」
低い声。
近づいてくる足音。重くて、真っ直ぐな歩き方。
ルークだ。
シオンが僕の肩で、すっと身構えた。
「……少し、話がしたい」
ルークの声は、戦場で聞いたものとは違った。
剣を突きつけてきた時の、使命感に駆り立てられた厳しさがない。
代わりに——迷子の子供のような、戸惑い。
「もちろんです」
僕は笑った。
「隣、どうぞ。ドスンさん、もうひとつ椅子をお願いできますか」
きゅるる。
ドスンさんの体の一部がするりと伸び、隣にもうひとつの椅子が形成された。
「…………」
ルークが座った。
鎧がかちゃりと鳴る。
近い。
彼の心臓の音が、理の糸を通じて僕の指先にまで届いてきた。
速い。
けれど、敵意じゃない。
何かに——怯えている?
「あんた——いや、お前」
ルークが言い直した。
「砂漠で、俺が剣を向けた時。お前は——一度も反撃しなかった」
「ええ」
「なぜだ」
「なぜ、でしょうねぇ」
僕は首を傾げた。
「反撃する理由がなかったから、でしょうか」
「——理由が、ない?」
ルークの声が、わずかに震えた。
「お前は魔王として討伐命令が出ている。俺たちは、お前を倒すためにここまで来た。それなのに——理由がないだと?」
「だって、あなたの剣は——とても綺麗な音がしましたから」
「……は?」
「まっすぐで、迷いがあって、それでも誰かを守りたいっていう音。あんな綺麗な剣を振るう人が、本気で僕を殺しに来ているわけがないなって」
僕は手を膝の上に置いた。
「だから、反撃する理由がなかったんです」
沈黙が落ちた。
ルークの心臓の音が、不規則に跳ねている。
「——お前」
彼の声は掠れていた。
「お前、おかしいぞ。……なんで、そんな——」
言葉を探すように、途切れた。
「お前に会ったのは、ドール・ガリアが最初だ。それは間違いない」
そう。
僕のことを覚えている人は、この世界にはもういない。
それでいい。
「——なのに」
ルークが、ぎりっと拳を握る音がした。
「なんでこんなに——胸が、痛いんだ」
息を呑んだ。
理の糸が震えている。
ルークの心臓から伸びる糸が——ほつれて、絡まって、何かを探すように宙を彷徨っている。
その先は、どこにも繋がっていない。
かつて——繋がっていたはずの場所を。
糸だけが、覚えている。
「……ルークさん」
「——さん付けは、やめてくれ」
ぶっきらぼうに言った。
「……ルーク」
「…………」
ルークは答えなかった。
ただ、長い息を吐いた。
それは、深い夜の底で、一人きりで吐くような息だった。
「——変なことを聞くな。忘れてくれ」
立ち上がる気配。鎧が擦れる音。
「いい匂いのする奴だな、お前」
ルークが、小さく呟いた。
たぶん——本人は、無意識だったと思う。
足音が遠ざかっていく。
部屋の反対側へ。
僕は膝の上で手を握りしめた。
——ルーク。
君が痛いのは、僕のせいだ。
でも。
その痛みを取り除くことだけは——僕にはできない。
隣で、シオンが何も言わず、僕の髪をそっと撫でた。
お読みいただきありがとうございます!
敵同士でありながら、同じ部屋に閉じ込められたノアとルーク一行。
ルークはノアと言葉を交わすうちに、理由の分からない「胸の痛み」に苦しみ始めます。
次回、部屋の扉が開き、砂の女王クレオの使いが現れます。
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