黄金の砂塵と、空から降りた女王
お読みいただきありがとうございます!
帝国軍の砲撃と、レオンたちの力が激突する、まさにその一瞬。
突如として、すべての魔術が「黄金の砂」へと風化します。
音もなく空から降り立つ、砂漠の絶対支配者。その圧倒的な力の前に、一同は——。
どうぞお楽しみください!
——そのとき。
帝国の砲撃が、消えた。
違う。消えたんじゃない。
砂に、なった。
火球が。雷撃が。風の刃が。
空中で形を失い、さらさらと黄金色の粒子に崩れていく。
まるで砂時計の砂が零れ落ちるように、音もなく、美しく。
魔術が——「風化」した。
「……は?」
レオンの声が、間抜けに漏れた。
振り上げていた拳が、行き場を失って空を切る。
背後でメビウスが何か叫んでいた。
「何だ——何が起きた!? 砲撃が消滅した!? ありえん、魔力残滓すら残っていない——!」
僕の指先が、震えた。
空気が、変わった。
変わった、なんてものじゃない。
世界の理が——この空間の「格」が、根底から塗り替えられている。
息が、重い。
肺に入る空気そのものが、濃い。
心臓が、一拍だけ止まった。
——死の予感。
いや、違う。
これは死そのものではない。もっと根源的な何か。
「生」が——剥奪されようとしている感覚。
人間が立っていい場所ではない、ということを、身体の全細胞が叫んでいる。
足が震えている。
フクが小さく鳴いた。太陽の仔の誇りをもってしても、本能に逆らえない。
レオンの灼熱のマナが、ろうそくの火のように萎んでいった。
アルヴァの呼吸が止まった。
帝国兵の誰かが、膝から崩れ落ちる音がした。
ルークですら——あの真っ直ぐな足音が、一歩後退った。
「シオン」
僕は小声で呼んだ。
肩の上のシオンが、一言だけ答えた。
「——空から、来るわ」
砂が、舞い上がった。
硝子の大地を覆い隠すように、足元から細かな砂塵が渦を巻いて立ち昇る。
風ではない。風は吹いていない。
砂そのものが、意志を持って動いている。
しゃらん、と。
金属の鳴る音が——空から降ってきた。
アンクレットの音だ、と僕は思った。
金の足環が歩くたびに鳴る、気だるく甘い旋律。
足音は——ない。
音もなく、空から誰かが降りてきている。
砂塵が左右に割れた。
柔らかな衣擦れの音。極薄の絹が風に揺れる囁き。
甘い香り。砂漠の夜に咲く花のような、蠱惑的で濃密な芳香。
その香りの中に、古い砂と黄金の匂いが混じっている。
何千年もの時間を、たった一人で過ごしてきた孤独の匂い。
「——あら」
声が降ってきた。
気だるく、妖艶で、退屈を山盛りにしたような声。
けれどその一音だけで、戦場の全員が——人間も獣人も帝国兵も勇者も、呼吸を忘れた。
「ずいぶんと、騒がしい害獣たちがやってきたものねぇ」
しゃらん。
金の音が、もう一度鳴った。
空気が震えるのではなく、空気の中の「法則」そのものが震えていた。
僕の指先が、理の糸を通じてその存在の輪郭をなぞる。
——底がない。
この人の糸は、底がない。
大地の下。岩盤の下。世界の裏側まで根を張るような、途方もなく太く古い糸が、この砂漠の隅々まで張り巡らされている。
砂漠そのものが——この人の体の一部だった。
「妾の愛しき静寂の庭で、勝手に火遊びをするとは。どれほど無粋な連中かと思えば——」
声が、笑った。
「人間と、獣人と、勇者と——あら?」
声の方向が、動いた。僕を見ている。いや、僕の肩の上を。
「……ふふ。面白いものを連れているわね、そこの坊や」
シオンの体が、硬直した。
肩の上の小さな身体が、一瞬で緊張に包まれる。
尻尾がぴんと立った。毛が逆立つ気配。
——シオンが、怯えている?
いや、違う。
怯えているんじゃない。
知っている相手だ。
「さて」
女の声が、空気を支配した。
「——大人しくしてもらえるかしら。全員」
瞬間。
砂漠が動いた。
足元の硝子の大地が割れ、その下から無数の砂の腕が伸び上がった。
黄金色の砂が、蛇のように、蔓のように、戦場にいるすべての者の足首に絡みつく。
帝国兵が叫んだ。
獣人たちが吠えた。
ルークが剣を抜こうとした——その聖剣の鞘ごと、砂に呑まれた。
「な——ッ!」
ガルドの盾が。セシリアの杖が。レオンの炎が。アルヴァの短剣が。
すべてが、一瞬で黄金の砂に絡め取られ、動きを封じられた。
魔力の抵抗すら無意味だった。
帝国兵が必死に詠唱した魔術が、発動する前に砂に還る。
ルークが覇気を込めて振り払おうとした剣腕が、砂に包まれてぴたりと止まる。
レオンの灼熱のマナが、砂に触れた瞬間にすうっと吸い取られて消える。
圧倒的だった。
力の差、ではない。
次元が、違う。
僕たちがいる場所は、すでにこの人の「領域」の中だった。
最初から。砂漠に足を踏み入れた瞬間から。
逃げ場など、一歩もなかった。
「ノア」
シオンが、僕の耳元で囁いた。
声が、かろうじて震えている。
「この女——」
言いかけて、止めた。
代わりに、短く息を吐いた。
「…………長い話になるわ」
しゃらん。
黄金の音が、砂漠に響いた。
砂塵の向こうで、女が微笑んでいる気配がした。
お読みいただきありがとうございます!
圧倒的な「格の違い」を見せつけ、勇者も帝国軍も獣人たちも一瞬で捕縛してしまった謎の美女・クレオ。
次元の違う支配力の前に、ノアたちも逃げ場を失ってしまいます。
そしてクレオは、シオンの正体を——知っている?
次回、黄金のピラミッド宮殿へと強制連行されるノアたち。
そこから始まる、奇妙な「共同生活」の幕開けです!
どうぞお楽しみください!
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