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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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一触即発の戦場と、傲慢なる博士

 お読みいただきありがとうございます!

 無音の砂漠で対峙するノアと勇者ルーク。

 しかし二人の静かな対話を遮るように、帝国の魔導科学者ドクトル・メビウスが前に出ます。

 彼の冷酷な挑発が引き金となり、一触即発の戦場が——崩れ始めます。

 どうぞお楽しみください!

 ルークの声が途切れた沈黙の中に、別の足音が割り込んできた。


 硬い革靴の底が硝子の地面を叩く、乾いた音。ルークたちの足音とは違う。上品で軽やかで、しかしどこか——生き物の体温を感じさせない足音。


「ルーク君、ルーク君。そう突っ立っていないで、少し退いてくれたまえ」


 穏やかな声だった。


 柔らかく、品よく、老紳士が孫に諭すようなトーン。


 けれどその声の裏に、僕の耳は嫌な音を聞いた。


 金属を擦るような、鋭く薄い振動。人を「人」ではなく「もの」として見ている者だけが出す、あの種類の音。


「メビウス博士、今は——」


「いいからいいから。君たちは少し感傷的になりすぎだ。これは学術的に極めて重要な案件なのだよ」


 足音が、ルークの横を通り過ぎた。


 止まったのは、僕の正面。五歩ほどの距離。


 微かに甘い香水の匂い。その下に、薬品の匂いが混じっている。鉄錆と消毒液と、何か得体の知れない化学物質。


「ほう……これが、例の魔王ノアか」


 品定めするような声。


 コレクターが珍しい標本を見つけたときの、あの声に似ている。


「盲目。白髪。触媒なし。杖なし。——なるほど、報告通りだ」


 男の指が、何かを走らせている音がした。手帳か、あるいは記録用の魔導具か。


「実に興味深い。これほどの特異な魔導体を、こんな辺境で放置しておくとは。帝国の研究所なら、もっと有意義に——」


「メビウス博士」


 ルークの声が鋭くなった。


「退いてください。今は僕が——」


「まあまあ。勇者殿は交渉が得意ではないようだからね。こういう『サンプル』の扱いは、私ども(わたくしども)の領分だよ」


 サンプル。


 この人は今、僕のことを「サンプル」と呼んだ。


 背後で、レオンの歯が軋む音が聞こえた。


バラムが低く唸った。


アルヴァの呼吸が変わった。


二世たちの殺気が、じわりと滲み出している。


「さて、魔王ノア君。いや、ノア君でいいかな。君のその魔術体系は、帝国の魔導工学の常識からは完全に逸脱している。触媒なしでの理の直接操作——そんなことは理論上あり得ない。まるで機械の制御基盤をすっ飛ばして、手で歯車を回しているようなものだ」


 男は一息に喋り続けた。


「実に、実に素晴らしい。ぜひ詳しく調べさせてもらいたい。帝国の研究棟には最新の解析設備が——」


「あの」


 僕は口を挟んだ。


「お気持ちはありがたいんですが、僕、解析されるのはちょっと苦手でして」


「苦手? ははは、心配は要らんよ。痛みはほとんどない。最新の麻酔技術は——」


「いえ、そういう問題じゃなくて。くすぐったいのが苦手なんです」


「…………」


 男の声が一瞬止まった。


「……くすぐったい?」


「はい。昔、ルークさんたちに健康診断を受けさせられた時も、お腹に聴診器を当てられて大変なことになりまして——」


「ノア」


シオンが僕の肩の上で、小さく尻尾を振った。


黙りなさい、という合図だった。


「——まあ、いい」


男の声から、柔和な仮面がほんの少しだけ剥がれた。


「理解しやすく言い直そう。君という存在は、人類の魔導技術を百年進める可能性を秘めた貴重な『素材』だ。このまま野放しにしておくのは、あまりにも——」


「素材、ときましたか」


僕はフクの背中で体勢を直した。


「さっきはサンプルで、今度は素材。ずいぶんとモノ扱いがお好きなんですねぇ」


「事実を述べているまでだよ、坊や。感情論は科学の前では無意味だ」


男の視線が、わずかに下がった。


僕を背に乗せているフクの方だ。


「おや……これは」


声の温度が、変わった。甘い毒が滲むような、収集家の色。


「太陽系統の魔力を宿すフェンリル種? しかもこの純度……野生でこれほどの個体は、帝国の記録にもない。実に、実に希少だ」


手帳を走らせる音が速くなった。


僕の下でフクが、びくりと身を固くした。


「そしてそちらの獅子族の少年——」


メビウスの声が、レオンへ向いた。


「太陽の仔の血統か。素晴らしい。同系統の魔力を宿す実験動物が二匹も揃うとは、対照実験には理想的な——」


——実験動物。


フクのことも。レオンのことも。


この人は「動物」と呼んだ。


その言葉が、決定打だった。


「——てめぇ」


レオンの声が、炸裂した。


炎のように熱く、獣のように低い。地面を蹴る足音。飛び出そうとしている。


「レオン!」


アルヴァの制止が飛ぶ。


「黙ってられるかよ! こいつら、俺たちを——実験動物みてぇに——!」


「落ち着け! 挑発に乗るな!」


「——ッ!」


レオンの足が止まった。


だが、全身から発する殺気は収まっていない。灰狼族の斥候たちの呼吸が荒くなっている。ガルダが上空で旋回する翼の音が鋭くなった。バラムの武器が鳴っている。


向こう側でも、帝国兵たちが動いた。


魔導ヘルメットの内部で詠唱が始まる音。金属の擦れる音。砲門が開く重い軋み。


戦場の空気が、一瞬で煮詰まった。


「メビウス博士! 下がってください!」


ルークの声が、怒気を含んでいた。


「この場の指揮権は勇者パーティにある! 帝国軍の独断行動は——」


「勇者殿」


メビウスの声が、穏やかなまま遮った。


「君の任務は魔王の討伐だ。であれば——少々手荒でも、捕縛が最善ではないかね?」


その声には、もう品の良い仮面は残っていなかった。


老人の声をした、氷のような命令。


「第三中隊。あの獣人どもを排除しろ。魔王は無傷で確保。——全砲門、開け」


乾いた音がした。


帝国の魔導車両の砲身が回転する、重く鈍い機械音。


「——ッ!」


アルヴァが叫んだ。


「全員、構えッ!」


一瞬で空気が変わった。


獣人たちの体勢が沈む。ルークたちが武器を抜く音。セシリアの杖が空気を切る音。ガルドの盾が構えられる重い金属音。クラウスの杖が硝子を突く音。


帝国兵の詠唱が完成した。


空気が裂けた——。


ドォン、と。


魔導砲の第一射が、僕たちの頭上を飛んだ。


「——ノア様!」


ヤスハの声。


「伏せて——ッ!」


フクが本能的に身を伏せた。僕の体がフクの背中に押しつけられる。


シオンが「前方——!」と叫んだ。


帝国兵の一斉射撃。


火球。雷撃。風の刃。


教科書通りの、力任せの砲撃が、僕たちと獣人たちに向かって殺到する——。


レオンが咆哮した。


あの大きな背中が、僕たちの前に立ち塞がった。


迎え撃つ気だ。


「ぶっ殺してやる——ッ!」


レオンの全身から、灼熱のマナが溢れ出した。


太陽の仔の血が脈打つ、凄まじい熱量。


金の獅子のたてがみが逆立ち、大気が焦げる匂いがする。


あと一瞬。


あと一瞬で、取り返しのつかない衝突が——。



 お読みいただきありがとうございます!


 メビウスの冷酷な「サンプル」「素材」発言に、レオンたちの怒りが爆発。

 帝国軍の先制攻撃で、一触即発の大激突が始まろうとします。

 あと一瞬で衝突が起こる、その瞬間——。


 次回、この戦場に「絶対的な存在」が舞い降ります。

 どうぞお楽しみください!


【☆作者からのお願い☆】


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