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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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二つの聖域、重なる場所で


 お読みいただきありがとうございます!

 無音の砂海にて、ついに直接対峙した魔王ノアと勇者ルーク。

 ドル・ガリアで出会った「修理屋くん」が魔王であることを知り、激しい葛藤に引き裂かれるルーク。

 そして、かつての親友に対してただ穏やかに微笑む盲目の少年。

 重なり合う二つの音の聖域のなかで、静かに交わされる宿命の対話をお楽しみください!


 


 砂塵が、前方から流れてきた。


 硝子砂漠特有の、ガラスの微粒子を含んだ乾いた風。肌に触れると、かすかにちくちくと刺す。フクが顔をしかめて鼻を鳴らした。


「お師匠、なんか臭いッス。鉄と、薬みたいな匂い」


「帝国の魔導車両ですね」


「もっと来るわ。——止まりなさい」


 シオンの声が鋭くなった。


  同時に、アルヴァが前方で拳を上げた。停止の合図。


 砂塵の向こうから、重い足音と車輪の軋みが近づいてくる。


 そして——見えた。いや、聞こえた。


 最初に届いたのは、帝国の魔導兵器の駆動音だった。


 ぶうん、ぶうん、と不快な振動を撒き散らしながら、巨大な魔導車両が砂漠を這い進んでいる。


 車両の上部に据え付けられた装置が、断続的に空気を震わせて「音の泡」を作り出している。


 帝国軍はその泡の中でかろうじて聴覚を維持しているようだが、装置の音自体が耳障りで、兵士たちの呼吸は荒く、苦痛に満ちていた。


 その喧噪の中に——四つの足音だけが、装置の助けを借りていなかった。


 一つは、重く、大地を踏みしめるような足音。鋼鉄の靴底が、硝子の地面を一歩ずつ確かに叩いている。ガルドだ。


 一つは、軽やかで、清水のように澄んだ足音。聖女の祈りが靴底を伝って大地に触れるような。セシリアだ。


 一つは、のんびりとした、どこか飄々とした足音。杖が硝子を突くたびに、老いた木の枝が揺れるような音を立てている。聞き覚えのない足音——ルークたちの旅に加わった、新しい仲間だろうか。


 そして——一つ。


 真っ直ぐで、力強くて、でもどこかに影を引きずっている足音。


  聖剣の鞘が腰で揺れるたびに、かすかな金属の囁きが漏れる。アスカロンだ。


  ルークの、足音だ。


「ノア」


  シオンが小さく、でもはっきりと囁いた。


「勇者パーティよ。四人。——帝国軍に同行しているわ」


「……うん」


「分かっていたでしょう」


「うん」


  分かっていた。


  あの音を聞いた瞬間から、分かっていた。


  僕は両手をフクの背中のふかふかの毛に沈めた。温かい。太陽の仔の体温は、いつでも変わらない。


  ——大丈夫。


  帝国軍の先頭が砂塵を割って姿を現した——と、アルヴァの呼吸の変化で分かった。


 二世たちの体が一斉に緊張する。


 レオンが低く唸り、バラムが腰の武器に手を伸ばし。


 ガルダが上空で旋回を始めた。


「……やはり、帝国の遠征隊だ」


  アルヴァが押し殺した声で言った。


「これほどの規模で、無音の深部を目指しているというのか」


「特異点の調査——というのは建前でしょうね」


  シオンが冷たく言い放った。


「本音は利権よ。この砂漠に眠る力を、自分たちの玩具にしたいだけ」


  帝国軍の側でも、こちらに気づいたらしい。


  どよめきが伝わってきた。


  魔導ヘルメットのシールド越しの、くぐもった声。


「な——何だあれは!?」


「獣人の一隊か!? なぜ無音領域で防護装置もなしに——」


「馬鹿な、勇者様たちと同じように、平然と立っているぞ!」


「あの先頭に乗っている人間は誰だ——まさか——」


  ざわめきが広がっていく。だが、僕の耳はそのざわめきの向こうに、別の音を追っていた。


  かつん、と。


  硝子の大地を踏む、一つの足音が——隊列の前に出た。


  帝国兵の声が止まった。ざわめきが引き潮のように引いていく。


  足音が、近づいてくる。


  真っ直ぐに。迷いなく。


「…………」


  アスカロンが、鳴っていた。


  鞘の中で、聖剣が震えている。


 微かな、しかし確かな共鳴。まるで——主人を見つけた犬が尻尾を振るような、歓喜にも似た震え。


  手を通じたその震えは、持ち主であるルークの困惑に変わっている。


  ルークの足音が、十歩先で止まった。


  沈黙。


  硝子の砂漠が、僕たちの間に広がっている。


 音のない世界の中に、僕の調律が作った小さな音の領域と、ルークたちの勇者の加護が生み出す音の領域が——ゆっくりと、重なろうとしている。


  風が吹いた。今度は、音がした。僕たちの領域が重なったから。


  乾いた砂と、鉄と、遠い太陽の匂い。


  そしてその中に——焼き菓子の、かすかな残り香。


  ルークだ。


  あの頃と変わらない。ポケットの中にいつも甘い菓子を忍ばせている、あの癖。


  本人は多分、なぜそうしているのか分からないまま、それでもやめられないのだろう。


  僕は——笑いそうになった。


  泣きそうにも、なった。


「本当に、魔王……あの時の、修理屋君なんだな」


  ルークの声が聞こえた。


  低く、張りのある声。だけど今は、張り詰めた糸が軋むように震えている。


「はい。そう呼ばれているみたいですね。——お久しぶりです、ルークさん」


  僕は穏やかに答えた。


「…………」


  ルークが息を呑んだ。


  何かが——合わない、と感じているのだろう。


  帝国が「人類最大の脅威」と呼んだ魔王が、ふかふかの毛並みの獣の背中に座って、おっとりと敬語で喋っている。その違和感が、ルークの胸の中で何かを引っ掻いている。


「……おかしいな」


  ルークがぽつりと呟いた。独り言のように。


「なんだ、この感覚は……。僕たちはドル・ガリアで偶然出会って、少し話しただけだろ。君と会ったことなんて、あの時が最初で最後のはずなのに——どうして、こんなに胸が痛いんだ……!?」


  その言葉が途切れた。


  アスカロンが、一際強く震えた。


  鞘が、がたがたと鳴っている。


「ルーク、剣が——」


  セシリアの声。透き通った、風鈴のような。


「分かっている。……静かにしてくれ、アスカロン」


  ルークが低く叱りつけた。だが、剣は止まらない。


  僕は——その音を聴いていた。


  アスカロンの震えは、僕に向けられている。


  懐かしい主の帰りを待ちわびた、古い友の歌。


  ——ごめんね、アスカロン。もう僕のことは忘れていいんだよ。


  心の中でだけ、そう呟いた。


「……魔王ノア。君を、討伐対象として——」


  ルークが声を持ち直した。


 勇者の声。


 使命を帯びた、正しい刃の声。


 しかし、その声はどこかかすれていて、必死に自分へと言い聞かせているようだった。


「君が本当に世界を脅かす魔王なら、僕は勇者として、君を斬らなければならない。もし帝国の調査任務を妨害する意図があるなら——」


「ないですよ」


「——は?」


「妨害する気はありません。僕たちも、この砂漠の特異点を調べに来ただけなので」


「…………」


  ルークが黙った。


  その沈黙の後ろで、帝国の将校が苛立たしげに何か叫んでいる。「魔王だ」「捕縛しろ」「獣人の残党もいるぞ」——そういう類の声。だが、ルークは動かなかった。


「……そちらの、杖を突いた方は?」


  僕は、ルークの背後で飄々と佇むその人物に声をかけた。


「おやおや、恐ろしい魔王様が、ただの付き添いのおじさんに興味がおありかい? ……困ったねぇ、おじさんは戦えないよ」


  その声は、驚くほど軽薄で、どこか食えない調子だった。


 だけど——その声の裏に、かすかな、ほんのかすかな苦味が混じっているのを、僕の耳は逃さなかった。


 この人は、ただ者ではない。僕の調律を……世界の理を見透かしているような音がする


「いえ。ただの初対面ですね。失礼しました」


  僕が微笑むと、おじさんはそれ以上何も言わなかった。


  杖を突く音が、一度だけ硝子の地面を叩いた。軽く、乾いた音。


  ——ごめんな、という音だった。多分。


「ルーク」


  ガルドの声が後ろから響いた。重く、太く、大地のような声。


「……どうする。こいつが本当に魔王なら、今ここで——」


「待ってくれ」


  ルークが遮った。


「…………少し、待ってくれ」


  その声は、勇者のものではなかった。


  ただの、十六歳の少年の声だった。


  何かを必死に掴もうとして、指の間からこぼれ落ちていくものを追いかけている——そんな声。


  僕はフクの背中で、静かに息を吸った。


  硝子砂漠の乾いた空気と、鉄錆と、太陽と——焼き菓子の残り香。


「ルークさん」


  僕は言った。


「なんだ」


「あなたのポケットのお菓子、甘い匂いがしますね。——美味しそうです」


「——なっ」


  ルークが絶句した。


「なんで……お前に……」


  その声が、震えていた。


  理由も分からず、震えていた。


「……ノア」


  シオンが、僕の肩の上で小さく息を吐いた。


  呆れたような。泣きそうな。いつものシオンの温度。


  硝子砂漠の上に、二つの「音の聖域」が重なっている。


  一方は、僕の指先が紡ぐ調律の波。


  一方は、神が勇者に授けた絶対の加護。


  全く違う理由で、全く違う方法で——同じ無音の死地の中に、音を灯している二人。


  かつて同じ旅路を歩いた、二人。


  僕は知っている。ルークは知らない。


  それでいい。それが、正しい。


  ——でも。


  アスカロンが、まだ震えていた。


  ポケットの中の焼き菓子が、まだ甘く匂っていた。


  ルークの声が、まだ——かすかに、震えていた。


  忘れた記憶は、魂までは消せない。


  そのことが、嬉しくて。


  そのことが、たまらなく——痛かった。



 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 無音の砂海での宿命の再会。

 かつての仲間としての記憶を失っているはずのルークですが、魂が覚えている「4人目の空白」への渇望、そしてアスカロンの共鳴と焼き菓子の甘い匂いに、心が張り裂けそうな激痛(記憶のバグ)を感じていました。

 おっとりと笑うノアの自己犠牲的な優しさと、ルークの悲痛な葛藤の対比——。

 次回、この緊迫の対峙に、ついに砂海の絶対支配者「クレオ」が動き出します!

 どうぞお楽しみに!

 評価やブックマークをいただけますと、今後の執筆の大きな励みになります!


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