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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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無音の砂海と、宿命の足音

 お読みいただきありがとうございます!

 硝子砂漠の境界で一夜を明かしたノアたち。

 明朝、いよいよ音が消滅する「無音の領域」へ足を踏み入れます。

 しかし、砂塵の向こうから近づいてくる足音は——ノアがずっと遠くに感じていた、あの懐かしい旋律でした。

 どうぞお楽しみください!



 硝子の大地を踏む音は、薄い氷を割るような、乾いた高音だった。


 かつん。かつん。


 フクの爪が硝子を弾くたびに、澄んだ音が朝の空気に散っていく。夜明けの砂漠は冷えていて、吐く息がかすかに湿っている。しかし太陽が昇り始めると、その湿り気はあっという間に奪われるだろう。


「行くぞ」


 アルヴァの一言で、全員が境界線を越えた。


 一歩。


 二歩。


 三歩目で——世界から、音が消えた。


 フクの爪が硝子を踏む音が、ない。自分の呼吸が, ない。心臓の鼓動すら、鼓膜に届かなくなる。


 完全な、無音。


 まるで耳の奥に綿を詰め込まれたような——いや、それよりもっと根源的な遮断。音という概念そのものが、この空間から削り取られている。


「——っ」


 フクの背中の毛が一斉に逆立った。太陽の仔の体温が急激に揺らぐ。怖がっている。当然だ。生き物にとって、音の消失は死の予感に等しい。


 僕は指先を持ち上げた。


凍りついた理の糸を、一本だけそっと摘まむ。


リンッ、と爪弾く。


光の糸が揺れ、その振動が波紋のように広がっていく——僕たちを中心に、直径十数メートルほどの薄い膜のような領域が生まれた。


音が、戻った。


かつん、とフクの爪が硝子を叩く音。ざ、とアルヴァの足裏が砂を擦る音。自分自身の呼吸の音。


「——は、っ」


アルヴァが息を吐いた。その呼気に、驚愕が滲んでいる。


「……なんだ、今のは。俺たちは確かに境界を越えたはずだ。なぜ音が——」


「僕の近くにいれば大丈夫ですよ」


僕はフクの首をぽんぽんと叩いて落ち着かせながら、言った。


「凍っている糸を、少しだけほどいて流しているだけです。耳も痛くなりませんから」


沈黙。


背後で、二世たちの息遣いが聞こえた。レオンが何か言いかけて、やめた。バラムが小さく唸った。ガルダが上空で翼を震わせた——信じられない、という種類の振動。


「……歩きながら、常時、調律しているのか」


アルヴァの声は低く、硬かった。


「ええ。まあ、散歩みたいなものですから」


「散歩……」


アルヴァが絶句した。


「お師匠、すごいッス! 音、聞こえるッス!」


フクの尻尾がぶんぶんと振れて、僕の背中に当たった。さっきまでの怯えが嘘のように、足取りが軽くなっている。


「ノア様……」


ヤスハが、かすかに震える声で言った。


「精霊たちの声は、まだ聞こえません。でも——ノア様の糸の音だけが、泉のように響いています。こんなに優しい魔術、初めて聴きました」


「ありがとうございます。でも、あまり離れないでくださいね。僕の手の届く範囲だけなので」


「了解した」


アルヴァが隊列を締め直す声。簡潔で、迷いがない。


——信頼、だと思った。もう疑いのない、純粋な。


「ノア」


シオンが僕の肩の上で、尻尾をぴくりと動かした。


「何ですか?」


「…………前から来るわ。複数。——かなり大きな集団」


僕は指先を広げた。


凍りついた糸の海の中に、遠くから——ぶうん、という振動が伝わってくる。大地を這うような、低く重い共鳴。何か巨大な装置が駆動している音だ。


それだけじゃない。


その装置群の周囲を取り巻くように、マナの残滓が乱れている。人為的に汚染された、嫌な種類のマナ。鉄錆と薬品を混ぜたような不快な匂い。


「帝国の遠征隊だな」


アルヴァが低く唸った。鼻が利く。


「砂漠の奥から北上してきている。規模は——大きい。魔導車両の駆動音が五つ以上。随伴歩兵も相当数いる」


「帝国……ドクトル・メビウスか」


レオンの声が、獣のように低くなった。名前を口にしただけで、殺意が漏れ出ている。


「——落ち着け、レオン」


アルヴァが鋭く制した。


「……ちっ」


レオンが舌打ちを飲み込んだ。だが、拳を握る音が聞こえた。骨が軋むほどの力で。


僕はフクの背中で体を起こし、指先の感覚を遠くへ伸ばした。


凍りついた糸の奥に、帝国の魔導兵器の重い響きがある。金属と金属が擦れ合い、歯車が噛み合い、何かが唸りを上げている。無音の砂漠で音を維持するための装置——力技で空間を震わせているのだろう。酷く無骨で、不安定な音。


でも——その装置の音の向こうに。


僕の指先は、もうひとつ別の音を拾っていた。


清らかで、真っ直ぐで、どこか——痛いほどに眩しい旋律。


「…………」


息が、止まった。


知っている。


この音を、僕は知っている。


世界中のどんな音の中からでも聞き分けられる。どれだけ遠くても、どれだけ歪んでいても——この旋律だけは、僕の魂に刻まれている。


——ルーク。


指先が、震えた。


「ノア?」


シオンが僕の肩の上で身じろぎした。


「……知ってる音がします」


「…………」


シオンは何も言わなかった。ただ、尻尾が僕の首にきゅっと巻きついた。


——分かっている。分かっているわよ、という沈黙だった。




 お読みいただきありがとうございました!

 無音の砂海へと踏み入り、美しい「音の聖域」を灯したノアたち。

 しかし、砂漠の静寂を切り裂いて近づく帝国の気配のなかに、ノアは誰よりも早く、あの懐かしく眩しいルークの旋律を捉えます。

 シオンとの無言の沈黙のなか、宿命の再会がすぐそこに迫っていました。

 次回、ついに砂塵の向こうからルークたちが姿を現します——どうぞお楽しみに!

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