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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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硝子の境界と、凍てつくマナ

 お読みいただきありがとうございます!

 二世たちと共に南下を続けるノアたち。

 道中で一息つき、ドスンさんの変幻自在な活躍や思い出のハーブティーを囲む穏やかなひととき。

 しかし、そこから一歩進んだ先で待ち受けていたのは、大地のマナすら凍りつき、音が全く消えてしまった不気味な「硝子砂漠」の境界でした。

 どうぞお楽しみください!



 正午を少し過ぎた頃、アルヴァが隊列を止めた。


「ここで休憩を取る。——水場がある」


 岩陰から湧き出ている冷たい泉の音が聞こえた。僕がフクの背中から降りると、足の裏に焼けた石の熱が伝わってくる。もう随分と南に来たらしい。空気が乾いて、喉が渇く。


「ドスンさん、降りて大丈夫ですよ」


背中のドスンさんに声をかけると、球体がぽとんと僕の背から離れ、ころころと地面を転がり——きゅるるるる、と音を立てて展開した。


装甲板が開き、関節が伸び、ずんぐりとした元の体躯に戻る。そして地面にどっしりと腰を据えると、背面の装甲が倒れて——平たいベンチのような形に変形した。


「おっ」


レオンが目を丸くした。


「こいつ、椅子になんのか」


「ドスンさん、色々な形になれるんです。ソファーにも、テーブルにも」


きゅる。


ドスンさんのランプが誇らしげに黄色く光った。


「フク、座るッス!」


フクが小さく戻り、ドスンさんのベンチにぽふんと飛び乗った。尻尾をぱたぱた振っている。


「……あの」


バラムが、おずおずと近づいてきた。


「座っても、いい?」


きゅる。


ドスンさんのランプが青に——歓迎の色に変わった。


バラムがそっと腰掛けると、巨体に合わせてドスンさんの座面が微調整された。きゅる、きゅる、と小さな駆動音。


「……座り心地、いいな」


「でしょう?」


僕がお茶を淹れ始めると、アイラが「何それ、いい匂い」と寄ってきた。


携帯用の小さな茶器を取り出して、泉の水を沸かす。ドスンさんが表面の一部を発熱させて、やかん代わりになってくれた。


「ハーブティーです。ドール・ガリアで分けてもらった茶葉で」


「へえ。……人間って、旅の途中にお茶なんか飲むの?」


「僕は飲みます」


「ノアだけよ、こんなのんびりしてるのは」


シオンが呆れたように言ったが、差し出された茶碗にはちゃんと鼻先を近づけていた。


僕は人数分の茶碗を並べた。


「皆さんもどうぞ」


「……」


アルヴァが、一瞬だけ間を置いてから——静かに茶碗を受け取った。


レオンも、ぶっきらぼうに受け取る。ガルダは無言で翼を畳んで降りてきて、爪の先で器用に茶碗を掴んだ。


「ノア様、ありがとうございます」


ヤスハが両手で受け取り、湯気にそっと顔を寄せた。


「……いい香り。草原の風みたい」


「でしょう? この茶葉、ベルさんが——」


そこまで言いかけて、止まった。


——ベルさん。


ドール・ガリアで、最後に僕たちの背中を見送ってくれた女性。


泣きそうな顔で、でも笑っていた人。


あの人たちは、今——元気だろうか。


「ノア」


「……はい。ええと、知り合いの宿屋の女将さんが、餞別にくれたんです。大事に飲んでます」


「ふうん」


アイラが茶碗を傾けて、ぷはっと息を吐いた。


「悔しいけど、美味い」


「レオンは?」


「……まあ、飲めるな」


「素直じゃないわね、あんた」


「うるせえ」


岩場に座って茶を飲む七人と、一匹と、一匹と、一つの鉄塊。


不思議な光景だろうなと思う。見えないけれど。




 午後の行軍は、地形が目に見えて——いや、足裏で感じるほどに変わった。


岩場の石が、ざらざらとした砂混じりになっていく。風に乗る匂いから、木の気配がほとんど消えた。代わりに、鉄錆のような、焦げた砂のような匂いが鼻の奥にかすかに刺さる。


「砂漠の匂いね」


シオンが呟いた。


「もう近いわ」


アルヴァが、前方で足を止めた。


「……全員、止まれ」


声が硬い。


フクの耳がぴんと立ったのが、毛の動きで分かった。


「どうした、アルヴァ」


レオンが低い声で問う。


「——見ろ」


沈黙。


二世たちの呼吸が、一斉に浅くなった。何か——よくないものが、目の前に広がっているのだろう。


「シオン」


「……ええ」


シオンの声が、かすかに震えていた。


「硝子砂漠の境界線よ、ノア。地面が——普通の砂と岩から、自然にガラスに変わっている。溶けた砂が冷えて固まったような、不自然な地面がどこまでも続いてる」


「綺麗ですか?」


「……綺麗よ。綺麗だけど、異常。自然にこうはならない」


僕は、フクの背中からそっと降りた。


靴の裏が、じゃり、と音を立てた。砂を踏む感触。そこから一歩踏み出すと——かつん、と硬い音に変わった。


硝子だ。


靴底を通じて伝わる温度が、一気に冷えた。灼けた砂漠の中に、氷のように冷たいガラスの大地。


「……マナが凍っている」


僕は、指先をそっと地面に触れた。


理の糸が——止まっていた。


流れるはずのマナの糸が、一本残らず静止して、ガラスの中に閉じ込められている。川の水が一瞬で凍りついたような、不自然な静寂。


「ノア様」


ヤスハが、声を震わせた。


「精霊たちの声が……ここから先、何も聞こえません」


「ああ」


アルヴァが低く頷いた。


「ここが境界だ。——これより南が、無音の領域」


風が吹いた。


だが、その風が硝子の大地に触れた瞬間——音が、消えた。


風の音が、ない。


砂を巻き上げる音が、ない。


空気は動いているのに、鼓膜に届く情報だけが消失している。


世界から、音だけが抜き取られたような——


「…………」


僕は、指先を硝子の地面から離した。


糸の先に触れたものは、怒りでも悲しみでもなかった。


ただ——とてつもなく、深い孤独だった。


何千年も、ひとりぼっちで泣いている誰かの——凍りついた涙のような。


「ノア」


シオンが、僕の肩の上で身じろぎした。


その声には、珍しく——焦りに似たものが混じっていた。


「……この先にいるもの、私は知ってる」


「シオン?」


「後で話す。——今は、ここまでにしましょう」


シオンの尻尾が、僕の首にきゅっと巻きつく。


冷たかった。いつもより、ずっと。


アルヴァが振り返った。


「今日はここで野営する。——明朝、境界を越える」


二世たちが頷いて、手際よく野営の準備を始めた。


僕は背中のドスンさんを降ろした。きゅるるると展開し、今度は小さな焚き火台のような形に変形してくれる。


フクがとてとてと僕の足元に来て、鼻先をぐりぐりと膝に押しつけた。


「お師匠……なんか、ここ、怖いッス」


「大丈夫ですよ、フク」


僕はフクの頭を撫でた。


太陽の仔の毛は、いつもより少しだけ——冷えていた。


硝子砂漠の境界線から、音のない風が吹いてくる。


その風の奥に、僕の指先は確かに感じていた。


——泣いている。


この砂漠の奥で、何千年もの間、誰にも聞こえない声で、誰かが泣いている。


僕のすべきことは、最初から変わらない。


星の綻びを、直す。


ただ——シオンの冷たい尻尾の震えが、気にかかった。



 お読みいただきありがとうございました!

 前半の穏やかなお茶会から一転、辿り着いた「硝子砂漠」の不気味な境界。

 音が消滅し、マナの糸すら凍りつく不自然な大地の奥底に、ノアは深く凍てついた「誰かの涙と孤独」を感じ取ります。

 そしてかつての記憶に顔をしかめるシオン。彼女が語った「知っている」という存在の正体とは……?

 次回、いよいよこの絶対の静寂を孕む「無音の領域」へと歩みを進めます。

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