二世の風と、旅路の追憶
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部族長会議『五牙』の激論を経て、南の硝子砂漠に眠る「特異点」の共同調査をすることになったノアたち。
二世の精鋭たちと共に、朝の大山脈から南へと向けて旅立ちます。
道中の微笑ましくも息の合った掛け合いと、かつて自分たちの旅を重ね合わせるノアの心境を描きます。
どうぞお楽しみください!
朝の大山脈は、冷たい松脂の匂いがした。
まだ陽が低いのだろう。肌を撫でる空気が薄く冷えていて、吸い込むたびに肺の奥が透き通るような感覚がある。
咆哮砦の南門は、岩壁を斧で割ったような巨大な裂け目だった——と、シオンが説明してくれた。
「結構な高さよ。門というより、崖を縦にくり抜いた隧道ね。両脇に衛兵が六人。……こっちをじろじろ見てるわ」
「見送りですかね」
「監視よ」
シオンがぴしゃりと言った。たぶん、正解だ。
「お師匠ッ! フク、準備できたッス!」
足元で、ふかふかの毛並みがぶわりと膨らむ気配。
フクだ。
昨夜のうちに「明日からはフクの背中に乗って移動する」と決まったのだが、フクは朝からやたらと張り切っていた。
「フク。大きくなれますか?」
「任せるッス!」
ぼふん、と空気が弾ける音。
毛の中で熱い光の粒が弾け、フクの体がみるみる大きくなっていく。
フクは、大きくなった。
出会った頃はただの子狼だったのに、ロード・スクラップとの戦い、ドール・ガリアでの騒動、およびヴォルグでの模擬戦——戦いを重ねるたびに、太陽の仔の器はその経験を糧にして育っていた。今では大型犬よりもさらに一回り大きく、僕が跨がるには十分な体躯になっている。
太陽の仔の毛並みは炎のように熱く、でも火傷はしない。不思議な温度。座った瞬間、腰から下がじんわりと温まった。
「……快適ッスか?」
「とても。フクの背中、あったかい」
「へへ」
フクの尻尾が、ぶんぶんと振れた。風が起きるほどに。
僕がフクの背に跨がると、足元でドスンさんがきゅるると鳴いた。
いつもの球体形態——装甲板をぎゅっと畳んで丸くなった、直径三十センチほどの鉄の球。ころん、と転がって僕の手に収まり、背中に回すと自分で位置を調整して、リュックのようにぴたりと密着する。
きゅる。
単眼のランプが青く灯った。準備完了の合図だ。
前にフクの炎の温もり、背中にドスンさんの鉄の温もり。重さはあるけれど体に均等に分散されていて、背負っているというよりは温かい鉄板を当てているような感覚。
「……器用な鉄塊ね」
シオンが僕の右肩の上で呆れたように呟いた。
「便利ですよ。背中があったかい」
「あなた、前も後ろも暖房じゃない」
「贅沢ですね」
「…………」
尻尾でぺしっと首を叩かれた。
南門を抜けると、空気が変わった。
松脂の匂いが薄れ、代わりに乾いた土と、焼けた石の匂いが混じり始める。大山脈の北側とは植生が違うのだろう。風が温かく、乾いている。
「よう、人間」
前方から声が降ってきた。
レオンだ。
低く、太く、どこかぶっきらぼうな声。だけど昨夜の食卓で聞いたときよりも、わずかに角が取れている。
「おはようございます、レオンさん」
「『さん』はいらねえ」
「じゃあ、レオン」
「……まあいい」
その隣を、羽ばたきの音が抜けていく。ガルダだ。鷲獣人の彼は、低空を滑るように飛んで先行し、周囲の地形を確認しているらしい。一言も喋らないが、時折翼を一度だけ打ち鳴らす——それが「異常なし」の合図だと、アルヴァが教えてくれた。
「ガルダは口下手なだけで、あれで仲間思いだ」
アルヴァの声は静かで、無駄がない。
隊列の先頭を歩くアルヴァ、その左右にレオンとバラム。上空にガルダ。そして少し離れた位置にアイラとヤスハが並び、僕たちは隊列の中央に据えられていた。
——護衛というよりは、監視と護衛の中間。でも、敵意はもうない。
「ノア様」
後方から、澄んだ声。ヤスハだ。
「はい?」
「そのお背中の……丸い鉄は、生き物なのですか?」
「ドスンさんです。僕たちの大切な仲間で、今は丸くなって休んでいます」
きゅる。
背中で、ドスンさんがランプを点滅させた。
「まあ……挨拶をしてくれているのですね」
ヤスハが小さく笑った。
彼女の声は透き通っていて、風鈴に少しだけ蜂蜜を塗ったような、柔らかな響きがある。
「ヤスハの聴覚はヴォルグでも随一だ」
アルヴァが前を向いたまま言った。
「精霊の声を聴ける巫女だからな。——お前の言う『理の糸』も、ヤスハなら何か感じ取れるかもしれない」
「そうなんですか?」
「……少しだけ」
ヤスハが控えめに答えた。
「ノア様のまわりには、とても淡い……金色の、旋律のようなものが漂っています。精霊たちが、ノア様に寄り添っているような」
「へえ。僕には見えませんけど、嬉しいな」
「見えない、って——あ」
ヤスハが口を押さえた。
「す、すみません、私——」
「気にしないでください。よく忘れられるんです、僕が見えないこと」
僕が笑うと、ヤスハは少しだけ安心したように息を吐いた。
「……不思議な方」
「よく言われます」
「自覚しなさい」
シオンが冷たく追撃した。
南への道は、大山脈の稜線を斜めに降りていく細い獣道だった。
針葉樹の森がやがて疎らになり、代わりに低い灌木と岩場が増えていく。フクの足取りは軽く、太陽の仔の四肢は岩場でも滑ることなく、ぱたぱたと確かな足音を刻んでいる。
「レオン、左の崖下に角蛇。二匹」
アイラの声が、隊列の後方から飛んだ。
「見えてる。——放っとけ、向こうから来なきゃ手は出さねえ」
「了解。バラム、水筒」
「ん」
バラムが無言で水筒を後方に回す。アイラがそれを受け取り、一口飲んでからヤスハに渡す。
滑らかだった。
声のやり取り、間合い、呼吸——全部が噛み合っている。誰が何をすべきか、考える前に体が動いている。
「……すごいですね」
僕がぽつりと言うと、レオンが振り向いた。
「あ?」
「皆さんのチームワーク。息がぴったりで」
「……別に。ガキの頃からずっと一緒にいるだけだ」
レオンが素っ気なく言った。が、その声にはどこか温かみがあった。
バラムが飯を作って、アイラが文句を言って、ガルダが黙って見張って、アルヴァが全部まとめる。——昔っから変わんねえ。
「へえ」
「俺は力担当だ。細けえことは他の奴らに任せる」
「潔いですね」
「うるせえ」
バラムが小さく笑った。
レオンは昔から、自分の役割に迷いがないんだ。——それが、いいところだと思う。
「バラム、お前恥ずかしいこと言うな」
「事実だから」
アイラが「あんたたち仲良いわね」と呆れたように言い、ガルダが上空で翼を一度だけ打った。異常なし。
僕は——その温かいやり取りを、フクの背中で聴いていた。
聴いて、いた。
——ルークも、こうだった。
突然、胸の奥で何かが軋んだ。
突っ込んでくるルーク。それを怒るガルド。仲裁するセシリア。端っこでお茶を飲んでいる僕。
ルークが崖から落ちかけて、ガルドが首根っこを掴んで引き上げて、セシリアが「もう、ルーク様ったら」と苦笑して——僕がそっとガルドに傷薬を渡す。
あの日常。あの笑い声。
あの——眩しかった、四人の旅。
「ノア?」
シオンが、僕の肩の上で小さく声をかけた。
「……ん。なんでもないです」
「嘘」
「……ちょっとだけ、懐かしくなりました」
シオンは何も言わなかった。ただ、尻尾がそっと僕の首に巻きついた。
冷たくて、やわらかくて、それだけでよかった。
お読みいただきありがとうございました!
二世たちとの旅路。彼らの強い絆や気さくなやり取りに、ノアがかつての勇者パーティの日々を重ねる、少し切なくも温かいお話でした。
少しずつお互いの距離が縮まっていくのを感じる一行ですが、この先いよいよ旅は本格的な砂漠の領域へ入っていきます。
次回、道中での穏やかな休憩時間、そしてついに音が消え、マナが凍る「硝子砂漠」の境界へ。
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