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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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二世の風と、旅路の追憶

 お読みいただきありがとうございます!

 部族長会議『五牙』の激論を経て、南の硝子砂漠に眠る「特異点」の共同調査をすることになったノアたち。

 二世の精鋭たちと共に、朝の大山脈から南へと向けて旅立ちます。

 道中の微笑ましくも息の合った掛け合いと、かつて自分たちの旅を重ね合わせるノアの心境を描きます。

 どうぞお楽しみください!


 朝の大山脈は、冷たい松脂の匂いがした。


 まだ陽が低いのだろう。肌を撫でる空気が薄く冷えていて、吸い込むたびに肺の奥が透き通るような感覚がある。


 咆哮砦の南門は、岩壁を斧で割ったような巨大な裂け目だった——と、シオンが説明してくれた。


「結構な高さよ。門というより、崖を縦にくり抜いた隧道ね。両脇に衛兵が六人。……こっちをじろじろ見てるわ」


「見送りですかね」


「監視よ」


 シオンがぴしゃりと言った。たぶん、正解だ。


「お師匠ッ! フク、準備できたッス!」


 足元で、ふかふかの毛並みがぶわりと膨らむ気配。


 フクだ。


 昨夜のうちに「明日からはフクの背中に乗って移動する」と決まったのだが、フクは朝からやたらと張り切っていた。


「フク。大きくなれますか?」


「任せるッス!」


 ぼふん、と空気が弾ける音。


毛の中で熱い光の粒が弾け、フクの体がみるみる大きくなっていく。


フクは、大きくなった。


出会った頃はただの子狼だったのに、ロード・スクラップとの戦い、ドール・ガリアでの騒動、およびヴォルグでの模擬戦——戦いを重ねるたびに、太陽の仔の器はその経験を糧にして育っていた。今では大型犬よりもさらに一回り大きく、僕が跨がるには十分な体躯になっている。


太陽の仔の毛並みは炎のように熱く、でも火傷はしない。不思議な温度。座った瞬間、腰から下がじんわりと温まった。


「……快適ッスか?」


「とても。フクの背中、あったかい」


「へへ」


フクの尻尾が、ぶんぶんと振れた。風が起きるほどに。


僕がフクの背に跨がると、足元でドスンさんがきゅるると鳴いた。


いつもの球体形態——装甲板をぎゅっと畳んで丸くなった、直径三十センチほどの鉄の球。ころん、と転がって僕の手に収まり、背中に回すと自分で位置を調整して、リュックのようにぴたりと密着する。


きゅる。


単眼のランプが青く灯った。準備完了の合図だ。


前にフクの炎の温もり、背中にドスンさんの鉄の温もり。重さはあるけれど体に均等に分散されていて、背負っているというよりは温かい鉄板を当てているような感覚。


「……器用な鉄塊ね」


シオンが僕の右肩の上で呆れたように呟いた。


「便利ですよ。背中があったかい」


「あなた、前も後ろも暖房じゃない」


「贅沢ですね」


「…………」


尻尾でぺしっと首を叩かれた。





 南門を抜けると、空気が変わった。


松脂の匂いが薄れ、代わりに乾いた土と、焼けた石の匂いが混じり始める。大山脈の北側とは植生が違うのだろう。風が温かく、乾いている。


「よう、人間」


前方から声が降ってきた。


レオンだ。


低く、太く、どこかぶっきらぼうな声。だけど昨夜の食卓で聞いたときよりも、わずかに角が取れている。


「おはようございます、レオンさん」


「『さん』はいらねえ」


「じゃあ、レオン」


「……まあいい」


その隣を、羽ばたきの音が抜けていく。ガルダだ。鷲獣人の彼は、低空を滑るように飛んで先行し、周囲の地形を確認しているらしい。一言も喋らないが、時折翼を一度だけ打ち鳴らす——それが「異常なし」の合図だと、アルヴァが教えてくれた。


「ガルダは口下手なだけで、あれで仲間思いだ」


アルヴァの声は静かで、無駄がない。


隊列の先頭を歩くアルヴァ、その左右にレオンとバラム。上空にガルダ。そして少し離れた位置にアイラとヤスハが並び、僕たちは隊列の中央に据えられていた。


——護衛というよりは、監視と護衛の中間。でも、敵意はもうない。


「ノア様」


後方から、澄んだ声。ヤスハだ。


「はい?」


「そのお背中の……丸い鉄は、生き物なのですか?」


「ドスンさんです。僕たちの大切な仲間で、今は丸くなって休んでいます」


きゅる。


背中で、ドスンさんがランプを点滅させた。


「まあ……挨拶をしてくれているのですね」


ヤスハが小さく笑った。


彼女の声は透き通っていて、風鈴に少しだけ蜂蜜を塗ったような、柔らかな響きがある。


「ヤスハの聴覚はヴォルグでも随一だ」


アルヴァが前を向いたまま言った。


「精霊の声を聴ける巫女だからな。——お前の言う『理の糸』も、ヤスハなら何か感じ取れるかもしれない」


「そうなんですか?」


「……少しだけ」


ヤスハが控えめに答えた。


「ノア様のまわりには、とても淡い……金色の、旋律のようなものが漂っています。精霊たちが、ノア様に寄り添っているような」


「へえ。僕には見えませんけど、嬉しいな」


「見えない、って——あ」


ヤスハが口を押さえた。


「す、すみません、私——」


「気にしないでください。よく忘れられるんです、僕が見えないこと」


僕が笑うと、ヤスハは少しだけ安心したように息を吐いた。


「……不思議な方」


「よく言われます」


「自覚しなさい」


シオンが冷たく追撃した。





 南への道は、大山脈の稜線を斜めに降りていく細い獣道だった。


針葉樹の森がやがて疎らになり、代わりに低い灌木と岩場が増えていく。フクの足取りは軽く、太陽の仔の四肢は岩場でも滑ることなく、ぱたぱたと確かな足音を刻んでいる。


「レオン、左の崖下に角蛇。二匹」


アイラの声が、隊列の後方から飛んだ。


「見えてる。——放っとけ、向こうから来なきゃ手は出さねえ」


「了解。バラム、水筒」


「ん」


バラムが無言で水筒を後方に回す。アイラがそれを受け取り、一口飲んでからヤスハに渡す。


滑らかだった。


声のやり取り、間合い、呼吸——全部が噛み合っている。誰が何をすべきか、考える前に体が動いている。


「……すごいですね」


僕がぽつりと言うと、レオンが振り向いた。


「あ?」


「皆さんのチームワーク。息がぴったりで」


「……別に。ガキの頃からずっと一緒にいるだけだ」


レオンが素っ気なく言った。が、その声にはどこか温かみがあった。


バラムが飯を作って、アイラが文句を言って、ガルダが黙って見張って、アルヴァが全部まとめる。——昔っから変わんねえ。


「へえ」


「俺は力担当だ。細けえことは他の奴らに任せる」


「潔いですね」


「うるせえ」


バラムが小さく笑った。


レオンは昔から、自分の役割に迷いがないんだ。——それが、いいところだと思う。


「バラム、お前恥ずかしいこと言うな」


「事実だから」


アイラが「あんたたち仲良いわね」と呆れたように言い、ガルダが上空で翼を一度だけ打った。異常なし。


僕は——その温かいやり取りを、フクの背中で聴いていた。


聴いて、いた。


——ルークも、こうだった。


突然、胸の奥で何かが軋んだ。


突っ込んでくるルーク。それを怒るガルド。仲裁するセシリア。端っこでお茶を飲んでいる僕。


ルークが崖から落ちかけて、ガルドが首根っこを掴んで引き上げて、セシリアが「もう、ルーク様ったら」と苦笑して——僕がそっとガルドに傷薬を渡す。


あの日常。あの笑い声。


あの——眩しかった、四人の旅。


「ノア?」


シオンが、僕の肩の上で小さく声をかけた。


「……ん。なんでもないです」


「嘘」


「……ちょっとだけ、懐かしくなりました」


シオンは何も言わなかった。ただ、尻尾がそっと僕の首に巻きついた。


冷たくて、やわらかくて、それだけでよかった。



 お読みいただきありがとうございました!

 二世たちとの旅路。彼らの強い絆や気さくなやり取りに、ノアがかつての勇者パーティの日々を重ねる、少し切なくも温かいお話でした。

 少しずつお互いの距離が縮まっていくのを感じる一行ですが、この先いよいよ旅は本格的な砂漠の領域へ入っていきます。

 次回、道中での穏やかな休憩時間、そしてついに音が消え、マナが凍る「硝子砂漠」の境界へ。

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