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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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焚き火の宴と、無音の招待状

 お読みいただきありがとうございます!

 模擬戦を終え、獣王ゲイルに「客人」として迎えられたノアたち。

 五牙の長たちと獣王が並ぶ食卓に招かれ、温かな食事を囲みながら、なぜ人間に「魔王」と呼ばれているのか、そして大山脈が今抱えている深刻な問題が語られます。

 静かな夜に交わされる言葉が、新たな旅路への扉を開きます。



 砦の最上層——獣王の広間は、想像していたよりも質素だった。


 巨大な岩壁をくり抜いた半洞窟の広間に、長い石のテーブルがどんと据えられている。天井には無数の燭台が吊るされ、獣脂の炎がゆらゆらと揺れていた。


 テーブルの上座にゲイルが座り、その左右に五牙の長たちが並んでいる。


 僕たちは——その向かい側に、客人として通された。


「さあ食え、小僧。腹が減っては話もできん」


 ゲイルの声に促されて、目の前に次々と料理が運ばれてくる。


 焼いた山羊の肉、煮込んだ根菜の鍋、蜂蜜を垂らした固いパン。——そして、レオンが言っていた山イチゴのスープ。


「おや。甘い匂いがしますね、シオン」


「山イチゴとヤギ乳のスープよ。……悔しいけど、いい匂いね」


 シオンが僕の右肩の上で、小さく鼻をひくひくさせた。


 僕がスープを一口すすると、ほのかな酸味と甘みが舌に広がった。


「……美味しい」


「だろ」


 テーブルの向こうで、レオンがぼそりと言った。


「バラムの奴が作ると、なぜかこれが一番うまい」


「……レオンが美味いって言うと作り甲斐がある」


 バラムが巨体を揺らして照れくさそうに笑う。その隣でアイラが「あんた料理の時だけ繊細よね」と冷静に突っ込み、ガルダが翼を畳んで黙々と肉を齧っている。


 アルヴァだけが、少し離れた場所から僕たちを静かに観察していた。


 ——まだ、完全には心を開いていない。けれど、敵意はもうない。


 フクはもう三皿目の肉をハグハグと平らげており、ドスンさんはテーブルの脇できゅるると体を丸め、単眼のランプを穏やかな青に灯していた。


 不思議な食卓だった。


 獣王と五牙の長たちが並ぶ席に、盲目の人間の少年と、黒猫と、仔狼と、鉄塊が座っている。


「——さて」


 ゲイルが骨付き肉を豪快に齧り終え、ぐいと杯を煽ってから口を開いた。


「小僧。お前に訊きたいことがある」


「はい」


「なぜ人間どもは、お前を『魔王』と呼ぶ」


 広間が、しん、と静まった。


 五牙の長たちの視線が、一斉に僕に集まる。


「……僕にも、正直よく分からないんです」


 僕は、苦笑した。


「以前、ある街で——星の綻びを直しました。特異点と呼ばれる、世界のマナが歪んで暴走している場所です。それを調律……ええと、元に戻したんです」


「元に戻した、だと?」


「はい。歪んだマナの糸を解いて、正しい流れに編み直しただけです。……でも、その時の戦いの映像が街の中継で流れて、僕の魔術が——その、とても大きく見えてしまったらしくて」


「……フン」


 ルーガスが鼻を鳴らした。


「つまり貴様は、世界を救った行為を以て、世界の敵に仕立て上げられたと?」


「救ったなんて大袈裟なものじゃないですけど……はい、そういうことに、なってしまいました」


「バカバカしい」


 ゼピュロスが吐き捨てた。


「人間どもの愚かさは百年前から変わらんな。恩人を追い立てる。俺たちの同胞を実験台にしたのと同じだ。——やることが変わらん」


 実験台。


 その言葉に、テーブルの空気がさらに冷えた。


「……実験、ですか?」


「知らんのか、小僧」


 ゲイルの声が、低くなった。


「二十年前、ガルヴァニア帝国が俺たちの国境の村を襲った。若い獣人を四十人以上攫い、『感覚略奪実験』と称して——獣人固有の聴覚や嗅覚を切り取り、人間の兵士に移植しようとした」


「……っ」


「生き残りは、三人だった。全員が五感の大半を失い、廃人となって帰された。——見せしめだ」


 僕は、何も言えなかった。


「ルーガスの弟は、その三人のうちの一人だった」


 ゲイルが静かに言った。


 ルーガスは黙ったまま、杯の中の酒を睨んでいた。


 ——だから。


 だから彼らは、人間を信じない。信じられない。


「……ごめんなさい」


 僕は、小さく頭を下げた。


「僕には、何もできません。でも——」


「謝るな」


 ゲイルが遮った。


「お前がやったことじゃない。——だが、お前が人間であることは事実だ。その上で、俺はお前を客人として迎えた。その意味が分かるか?」


「……」


「お前は今日、俺の精鋭を指一本で完封して、誰も傷つけなかった。それは『強さ』じゃない。あれは——お前の本性だ」


 ゲイルの声に、不思議な温かさが混じった。


守護者まもりびと。——俺はそう言ったな」


「はい」


「その守護者に、頼みがある」


 ——来た。


 シオンの尻尾が、僕の首筋でぴくりと動いた。


「南だ」


 ゲイルが、テーブルの上に大きな手を置いた。


「俺たちの領土の南に、硝子砂漠がある。そこに——半年前から、異変が起きている」


「……無音の蝕病」


 僕が呟くと、ゲイルの眉が動いた。


「知っているのか」


「ここに来る途中、少しだけ触れました。マナの歪みが……音を消している」


「そうだ。砂漠の中心から無音が広がり続けている。——最初は砂漠の端だけだった。だが今は、俺たちの南の集落にまで浸食が始まっている」


 バルガスが、静かに口を開いた。


「無音の領域に入った者は、共有聴覚を通じて脳に激痛が走り、錯乱します。斥候を三隊送りましたが、いずれも深部に到達できず撤退。——原因は不明です」


「砂漠の中心に、何かがある」


 ヴォルダがぶっきらぼうに言った。


「だが、近づけねえ」


 僕は、スープの椀をそっとテーブルに置いた。


「……ゲイルさん」


「ん?」


「それは——特異点です」


 広間が、再び沈黙した。


「星の綻び。世界のマナが結び目のように歪んで暴走している場所。僕が各地で調律してきたものと、同じです」


「……それを、お前が直せるのか」


「直せます」


 僕は、はっきりと言った。


 迷いはなかった。


 南の砂漠に、特異点の気配を感じていたから。


「……ノア」


 シオンが、僕の耳元で囁いた。


「分かってるわよね。あの砂漠の奥に何がいるか、まだ分からないのよ」


「ええ。でも、放っておいたら——この人たちの南の集落が飲まれます」


「…………」


 シオンが、小さく溜息をついた。


「……はいはい。あなたはいつもそう」


 呆れたような、でもどこか誇らしげな声だった。


「ゲイルさん」


 僕は、崖の上の獣王に向き直った。


「僕に、その砂漠の調査をさせてください。——特異点を調律します」


 ゲイルが、じっと僕を見ていた。


 長い沈黙。


 そして——にやりと、獣王が笑った。


「言うと思ったぞ、小僧」


 ゲイルが立ち上がり、テーブルをどんと叩いた。


「二世の精鋭を同行させる。アルヴァ、レオン、ガルダ、バラム、アイラ——お前たちが案内と護衛だ」


「——了解」


 アルヴァが、静かに頷いた。


 その横で、レオンが少し驚いた顔をしていた。


「……俺たちが、こいつの護衛?」


「文句あるか」


「ねえよ。——ただ」


 レオンが、ちらりと僕を見た。


「護衛っつうか、こいつの方が強えから、何を護衛するのか分かんねえけど」


「レオン」


 アルヴァが短く言った。


「砂漠を知っているのは俺たちだ。——それだけで、意味がある」


「……ふん」


 レオンが腕を組んで、ぼそりと呟いた。


「……まあ、スープの礼くらいはしてやる」


 バラムが小さく笑い、アイラが「素直じゃないわね」と肩をすくめた。


 ガルダは翼を一度広げ、無言で首を縦に振った。


 ヤスハが——崖の上の席から、そっと立ち上がった。


「あの——」


 震えるような、でも芯のある声。


「私も、同行させてください」


「ヤスハ」


 ルーガスが鋭い声を上げた。


「お前は五牙の長だ。砂漠に出る必要は——」


「蝕病の浸食は、精霊たちの悲鳴でもあります。巫女として、それを聴かなければなりません」


 ヤスハが、静かに、でもはっきりと言った。


「それに——」


 少女の視線が、僕のほうに向いた気がした。


「ノア様のまとう色を、もう少し近くで視たいのです」


「…………」


 ルーガスが黙った。


 ゲイルが「……好きにしろ」と短く笑って、杯を掲げた。


「明朝、出立だ。——小僧、酒は飲めるか」


「すみません、お酒はちょっと……お茶があれば嬉しいです」


「茶ぁ?」


 ゲイルが豪快に笑った。


「こいつは傑作だ! 魔王がお茶ときた!!」


 広間に笑い声が響いた。


 五牙の長たちの中にも、ほんの少しだけ——険しさの溶けた空気が混じっていた。


 フクが「ノア、肉もう一個!」と尻尾を振り、ドスンさんが単眼のランプをぽう、と黄色く灯す。


 シオンが僕の肩の上で、前脚をぺろりと舐めた。


「……まったく。あなたって本当に、いつもこう」


「こう、って?」


「知らない間に、敵の食卓に座ってるのよ」


「敵じゃないですよ、シオン。——だって、スープが美味しい」


「…………」


 シオンの尻尾が、ぱたんと僕の首を叩いた。


 ——明日、僕たちは南の砂漠へ向かう。


 無音の特異点。星の綻び。


 それを調律するのが、僕の旅だ。


 温かいスープの余韻を舌に残しながら、僕はそっと微笑んだ。



 お読みいただきありがとうございました!

 獣王の食卓で明かされたノアの「魔王」の真実——世界を救った行為が、そのまま追放の理由になるという皮肉。

 そして獣人たちが人間を信じられない深い理由も語られました。

 南の硝子砂漠に広がる「無音の特異点」。ノアにとって、それは逃げる理由ではなく、進む理由です。

 二世の精鋭たち+ヤスハを加えた共同調査隊が、いよいよ砂漠へ出発します!

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