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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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守護者の調律、獣王の裁定

 お読みいただきありがとうございます!

 レオンの全霊の一撃すら静かに飲み込まれ、五人の精鋭が戦意を喪失した模擬戦。

 沈黙に包まれた奈落の底に、崖の上から獣王ゲイルの豪快な声が響き渡ります。

 ノアたちに対する獣王、そして五牙の長たちの下した裁定とは——?


 奈落の底に、しんとした静寂が広がった。


 フクの炎の壁が、ちりちりと小さな音を立てている。


その静寂を——


「——そこまでだ」


ゲイルの声が、破った。


崖の上から。


豪快で、重厚で、大地そのもののような声が、奈落を満たした。


僕は顔を上げた。


「小僧」


獣王の声に、怒りはなかった。


呆れも、失望もなかった。


代わりにあったのは——深い、深い笑いだった。


「ハッハッハ——ハッハッハッハッハ!!」


ゲイルが笑っていた。


腹の底から、大地を震わせるような、豪快な哄笑。


崖の岩がびりびりと共鳴するほどの笑い声が、奈落の天井から降り注いだ。


「面白い!! 実に面白いぞ、人間の小僧!!」


ゲイルがもう一度、地面を踏み鳴らした。


崖全体が、どん、と鳴る。


「——模擬戦は終わりだ。牙ども、剣を引け」


終戦の、宣言。


崖の上から聞こえていた五牙の長たちの息遣いが、一斉にざわりと揺れた。


「獣王——」


ルーガスの冷たい声が、鋭く響いた。


「よろしいのですか。あの黒猫の正体が何であるか——」


「見えたさ」


ゲイルの声が、一転して静かになった。


笑いの余韻が消え、代わりに——獣王としての、絶対の重みが戻ってきた。


「あの猫の腹の中には、俺でも殺されかねん化け物が眠っている。——だが」


ゲイルが、一度言葉を切った。


「あの小僧の肩の上で、大人しく前脚を舐めているだろう」


「……」


「引いて小僧は、あの化け物に頭を下げさせるでもなく、鎖をかけるでもなく——『うちの猫が意地悪してすみません』と、相手の肩を叩いてやっている」


ゲイルの声に、かすかな感嘆が混じった。


「あの小僧は、戦っていない」


「…………」


「一度もだ。剣も振るわず、攻撃魔術も放たず、指を弾いて鉄を動かし、猫の声で戦場を視て、仔狼の炎で檻を作り——それでいて、誰一人傷つけていない。倒れたレオンをクッションで受け止め、怯えた若造の肩を撫でている」


ゲイルが、低く息を吐いた。


「あれが『魔王』か? ——笑わせるな。あれは魔王どころか、戦士ですらない」


崖の上が、しん、と静まった。


「あれは——守護者まもりびとだ」


その言葉が、奈落の底まで落ちてきた。


静かに、重く。


「……獣王」


バルガスの声が、初めて——ほんの僅かだが、揺れた。


「私は、百十二年の生を通して、無数の人間を見てきました。握手を交わす裏で牙を研ぐ者ばかりでした。……しかし」


老参謀が、一度目を閉じた。


「あの盲目の少年が放つ力の本流には……澱みも、偽りも、一つとしてありませんでした」


「バルガス殿」


ルーガスが、鋭く目で老参謀を見た。


「あなたまで——」


「ルーガス。お前の目と耳を信じろ」


ゲイルが、静かに言った。


「お前のアルヴァは、あの小僧の音を聴いて刃を収めた。お前の一族が誇る『千耳』の耳が、嘘を聞き逃すと思うか?」


「……」


ルーガスが、黙った。


耳がぴくりと動き、そして——低く「……フン」と鼻を鳴らした。


それは、拒絶ではなかった。


渋々の、沈黙の肯定だった。


「ゼピュロス」


ゲイルが、老鷲の名を呼んだ。


「お前はどうだ」


「……あの猫の化け物は気に入らん」


ゼピュロスの声が、鋭く響いた。


「だが——あの盲目の小僧が『空を荒らす意志がない』ことは、俺の目でも見えた。我が息子ガルダの急降下を何度も弾き返しておきながら、一度も反撃をしなかった。……屈辱的だが、認めてやる」


「ヴォルダ」


「……殺すのは惜しい」


ヴォルダが、ぶっきらぼうに言った。


「あの鉄塊ドスンさんの金属——あれは、古代の鍛冶仕事だ。あんな金属は俺も見たことがねえ。液体のように形を変えて、硬化して、軟化して、武器を呑み込む。……あの盲目の小僧が指を弾くだけで、あれが動く。殺したら、あの技術も死ぬ」


——職人は、どこまでも職人だった。


「そして——」


ゲイルの声が、柔らかくなった。


「ヤスハ」


「……はい、獣王様」


ヤスハの声が、崖の上から響いた。


震えていた。泣いているのかもしれない。


「お前は最初から、あの人間を庇っていたな」


「……はい。あの方のまとう穏やかで澄んだ色を視た時から……この方は、敵ではないと……感じていました」


「それでいい」


ゲイルが、短く言った。


「巫女の勘は、百の剣よりも信じるに足る。——よくぞ声を上げた、ヤスハ」


「……っ」


ヤスハが、小さく嗚咽を漏らした。


崖の上の空気が、ゆっくりと——変わっていくのが分かった。


険しさが溶けて、代わりに、困惑と驚きと——ほんの僅かな、好奇心が滲み始めている。


「小僧」


ゲイルの声が、再び僕に向けられた。


「名を聞いていなかったな」


「……ノアです」


僕は、崖の上に向かって小さく頭を下げた。


「ノア。それだけか?」


「はい。それだけです」


「……ハッ」


ゲイルが、短く笑った。


「名前も肩書きもない、盲目で武器も持たない人間の小僧が——俺の精鋭五人を、指を弾くだけで完封した。おまけに、肩の上に得体の知れない化け物を飼い、炎の仔狼を従え、古代の鍛冶の結晶を従えている」


「飼っているんじゃないですよ。シオンは——」


「うるさいわよ」


シオンが僕の耳を前脚でぺしりと叩いた。


「……家族です」


僕は、にこりと言った。


崖の上で、ゲイルが——一瞬、黙った。


そして。


「……いいだろう」


獣王の声が、奈落の底に、静かに降り積もった。


「ノア。——お前を、客人として迎える。殺さん。追い出さん。話を、聞こう」


奈落の底で、フクの炎の壁が、ゆっくりと消えていった。


黄金の光が薄れ、闘技場に、赤土の冷たい風が戻ってくる。


僕の足元で、レオンがまだ膝をついたまま、呆然と僕を見上げている気配がした。


「……おい」


レオンが、掠れた声で言った。


「お前……何者なんだよ……」


「何者でもないですよ」


僕は、手を差し伸べた。


「立てますか、レオンくん。——お腹、空きませんか? 模擬戦の後は、何か温かいものが飲みたいですねぇ」


「…………」


レオンが、差し出された手を見つめていた。


長い、長い沈黙の後——


少年の手が、僕の手を掴んだ。


——温かい手だった。


太陽に干した砂と柑橘の匂いがする、十六歳の、まだ少し震えている手。


「……スープがいい」


レオンが、ぼそりと言った。


「バラムの奴が作る、山イチゴのスープ」


「おや、それは美味しそうですね」


「……うるせえ」


ドスンさんが、きゅるる、と小さく体を波打たせた。


単眼のランプが、青く——穏やかに、点灯した。



 お読みいただきありがとうございました!

 獣王ゲイルが下した裁定は「客人として迎える」というものでした。

 五牙の長たちそれぞれの反応——バルガスの「澱みも偽りもない」、ヴォルダの「殺すのは惜しい」、ヤスハの涙。

 そして戦いが終わり、ノアの差し伸べた手を取ったレオンが「山イチゴのスープ」をねだるシーンなど、少しずつわだかまりが溶け始めています。

 次回、ノアたちは客人として砦に招かれます。二世の若者たちとの不思議な交流が始まります!

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