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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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分析完了、全員動きなさい

 お読みいただきありがとうございます!

 模擬戦は膠着状態。ドスンさんの球体防御に手も足も出ない第二世代の精鋭たち。

 獣王ゲイルから終戦条件が告げられたそのとき——シオンの金色の瞳が、静かに開きます。

 「分析は終わったわ」。

 待ちに待ったフクの出番と、ノア一行の完全分業戦闘が、いま始まる。



「……小僧」


 崖の上から、ゲイルの声が降ってきた。


 さっきまでの笑いの温度は消えていて、代わりに、獣王としての重い響きが奈落を満たした。


「模擬戦の終わりが知りたいと言ったな。——いいだろう、教えてやる」


 ゲイルが一度、地面を踏み鳴らした。


 崖全体が、びりっと震える。


「俺の若き牙ども五人を、全員その場に伏せさせろ。それが終わりだ」


「…………」


 奈落の底が、しん、と静まった。


「おやおや」


 僕は、球体の中で苦笑した。


「倒さないといけないんですか」


「そうだ。——お前が本物かどうかを量るのに、引きこもっているだけでは判断できん。防御だけなら、臆病者にもできる」


 ……なるほど。


 それは、確かにその通りだ。


「ノア」


 シオンの声が、変わった。


 それまでの観察者の冷静さが、するりと剥がれ落ちて——その下から、研ぎ澄まされた刃のような声が出てきた。


「分析は終わったわ」


 球体の中の空気が、きゅっと引き締まった。


 フクの耳が、ぴん、と立ったのがわかった。


「五人の連携パターン、個体の癖、結界の範囲と死角、上空の旋回軌道。全部、頭に入った」


 シオンが僕の肩の上で姿勢を変えた。


 猫の体が低く沈み、前脚の爪がローブの布を掴む。


 戦闘態勢だ。


「フク」


 シオンが、仔狼の名前を呼んだ。


 その声は——さっきの「座りなさい」とはまるで別物だった。


「出番よ」


 フクの尻尾が、一瞬で跳ね上がった。


「——ッ! 待ってましたッス!!」


 白金の毛並みの根元から、一気に熱が噴き上がる。


 太陽の欠片のような、乾いた灼熱。


 球体の内側が、ほんのりとオレンジ色に染まった。


「ノア、球体を解いて。ドスンさんは私の指示で動かして」


「はい、シオン」


「いい? あんたは一歩も動かなくていいわ。指だけ。——全部、私が視る」


「お任せします」


 僕は、にこりと笑った。


 シオンの爪が、きゅっと僕の肩を掴んだ。


 ——信頼。


 僕の目はシオン。僕の盾はドスンさん。僕の牙はフク。


 それが、僕たちだ。


「——リンッ」


 指先を弾いた。


 ドスンさんの球体が、きゅるるっと音を立てて——するりと解けた。


 閉じていた金属が水銀のように流れ、僕の周囲に滑らかな半球の壁として再配置される。


 風が、一気に流れ込んできた。


 奈落の冷たい空気。赤土と鉄錆と、五つの獣の匂い。


「——出てきたぞ!」


 ガルダの声が上空から落ちた。


「今度は中から出てきた! 攻めてくる気か!?」


「レオン、正面に——」


 アイラが指示を出しかけた、その瞬間。


「フク、行きなさい。闘技場を反時計回り、全速力」


 シオンの声は、囁くように静かだった。


「ぜんりょくッスね!?」


「全力よ」


「了解ッスーーーッ!!」


 フクが、弾丸のように飛び出した。


 白金の体が地面を蹴った瞬間、四肢から太陽の炎が噴き出す。


 残像すら灼けて消えるほどの速度で、フクは闘技場の外縁を駆け抜けていった。


 その軌跡に——炎が残る。


 地面の上を走る黄金の線が、奈落の底を円く囲んでいく。


「なっ——!? 速い!」


 レオンが目で追おうとして、フクの残像を見失った。


「上空注意! いや、あれは地上——回ってる!?」


 ガルダが慌てて旋回軌道を変える。


 フクが闘技場をぐるりと一周し終えた時——奈落の底には、黄金の炎の囲いが完成していた。


 ごう、と低い音を立てて、炎の壁が立ち上がる。


 高さは三メートルほど。逃げ場を塞ぐ檻のように、闘技場の外縁を完全に囲んでいる。


「炎の檻だと……!?」


 バラムが盾を構え直した。


「あの仔狼、一周で——」


「バラム、ガルダ! 上空の退路が制限されている!」


 アイラが声を上げた。


「炎の熱で上昇気流が乱れてるわ! ガルダ、今の状態だと急降下の制動が——」


「わかってる! だがこのくらいの炎——」


「ノア、右」


 シオンの声。


 短く、正確で、無駄がない。


「——リンッ」


 指を弾いた。


 きゅるっ。


 ドスンさんの半球壁が、右側だけをするりと伸ばして——アルヴァの無音の斬撃を、ぬるりと呑み込んだ。


 同時にシオンが言う。


「上、鳥」


「——リンッ」


 もう一度。


 ドスンさんの上面が瞬時に硬化し、カンッ、とガルダの急降下を弾き返す。


「ちっ——! また読まれてる!?」


「読んでいるんじゃないわ」


 シオンが、冷たく言った。


「視ているのよ。——フク、もう一周」


「おっけーッス!」


 フクが二周目に入った。


 炎の壁が、さらに厚くなる。


 熱が闘技場全体に満ち始め、上昇気流がさらに乱れた。


 ガルダの旋回が、明らかに不安定になっている。


「重力結界を再展開——」


 アイラが杖を構えた瞬間、シオンが言った。


「ノア、左斜め下、地面」


「——リンッ」


 ドスンさんの体の一部が、するっと地面に向かって液体金属のように流れ出し——アイラの足元に走りかけていた魔力の格子を、物理的に遮断した。


 金属が地面を覆い、結界の起点を塞いでしまう。


「——っ! 私の結界の起点を!?」


 アイラの声が、初めて揺れた。


「嘘でしょう……格子の起点の位置まで把握しているの……!?」


「バラム、正面」


 シオンが次の指示を出す。


「——リンッ」


 ドスンさんが正面に壁を展開し、バラムの槌の一撃をぬるりと受け止める。


 軟化して衝撃を吸収し、そのまま槌の頭を金属の中に沈み込ませて拘束した。


「おわっ!? またこれか! ぬるぬるして抜けねえ!」


「バラム、手放しなさい! 呑まれるわ!」


 アイラの警告で、バラムが即座に槌を手放す。


 ドスンさんが、きゅるりと槌を地面に吐き出した。


 その間にも——


「ノア、後ろ。影」


「——リンッ」


 背後から迫っていたアルヴァの二撃目を、ドスンさんが背面に生やした薄い板でぺしりと弾いた。


 アルヴァが音もなく飛び退く。


「…………」


 アルヴァの気配が、静かに揺れていた。


 驚きでも焦りでもない。


 それは——感嘆だった。


「あの黒猫が、全部指示を出しているのか」


 アルヴァが低く呟いた。


「調律師は一歩も動いていない。指を弾いているだけだ。——防御も、反撃の位置も、全て猫の声で」


「それだけじゃないわ」


 アイラが、苦い声で言った。


「あの仔狼の炎で退路と制空権を奪い、金属の化け物で攻撃を全ていなし、黒猫が目となって戦場を完全に支配している。——あの調律師、最初から一歩も動くつもりがないのよ。なのに、私たちが動かされている」


「うるせえ!!」


 レオンの声が、炎の向こうから響いた。


「動かないなら——動かなくていい場所まで、俺が行く!!」


 地面を砕くような踏み込み。


 黄金の闘気が爆発的に膨れ上がった。


 レオンが、双刃槍を構えて真正面から突っ込んでくる。


「ノア、正面。大きいのが来るわ」


「はい」


「——でも、止めなくていい」


「え?」


「フク」


 シオンが、静かに言った。


「あの金髪の前に出なさい。——噛まなくていいから、吠えなさい」


 フクが二周目の軌道から弧を描いて飛び出し、レオンの正面に躍り出た。


 白金の仔狼が、太陽の炎を全身にまとって、大きく口を開けた。


「ヴッ——!!」


 小さな体から放たれた咆哮が、熱波となってレオンの顔面を叩いた。


 攻撃ではない。


 しかし、一瞬——ほんの一瞬だけ、レオンの踏み込みが鈍った。


 その隙に。


「——リンッ」


 ドスンさんが、するりとレオンの足元に薄い金属の膜を滑り込ませた。


 ぬるり。


 レオンの足が滑り、体勢が崩れる。


「うわっ!?」


 前のめりに倒れかけたレオンを、ドスンさんの金属がするりと包み込むようにして——ぽすん、と柔らかく受け止めた。


 硬い金属のはずなのに、落ちた瞬間だけ、まるでクッションのように柔らかく凹む。


「……は?」


 レオンが、金属の上で目を丸くしている気配が伝わってきた。


「……怪我はないですか、レオンくん」


「な……なんだよこれ……攻撃じゃないのかよ……」


「攻撃じゃないですよ。模擬戦ですから」


「…………」


 崖の上で、ゲイルが——三度目の、低い笑い声を上げた。


 今度は、さっきよりも深い響きだった。




 お読みいただきありがとうございました!

 シオンの精密ナビゲーション、ドスンさんの流体防壁、フクの太陽の炎による制空権制圧——ノア一行の「完全分業」が、ついにその片鱗を見せました。

 一歩も動かず、指を弾くだけ。それなのに、五人の精鋭たちが「動かされている」。

 次回、模擬戦の決着。ノアの「調律」の真髄が、奈落を震わせます。

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