流体金属の防壁と、五牙の連携
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ついに始まった、第二世代の精鋭たちとの模擬戦。
アルヴァ、レオン、ガルダ、バラム、アイラの見事な連携攻撃がノアを襲います。
対するノアは、ドスンさんの変幻自在な流体金属の防壁を展開。
圧倒的なチームワークに、ノアたちはどう立ち向かうのか……!
「——始め」
ゲイルの声が消えた直後。
奈落の空気が、一斉に変わった。
五つの気配が、ばらばらに散った——ように見せかけて、違った。
理の糸を通して触れる彼らの動きは、散開ではなく、まるで一枚の布が広がるように、ぴたりと呼吸が揃っていた。
「——まずは力試しだ」
焼けた鉄と煤の匂い——バラムが、正面から地面を踏みしめた。
ずん、と奈落の底が震える。
重い。
ただ立っているだけで、地面ごと沈み込むような圧力。
巨大な鉄盾を構えた気配が、壁のように僕たちの前に立ちはだかる。
「俺はバラム。鋼熊族の重装兵副隊長だ。——悪いが、ここから先は通さねえ」
温かく低い声は、敵意というよりも、誇りの響きだった。
「おい、盲目の調律師」
頭上から降ってきたのは、キンと耳の奥を刺すような金属的な声。
雲の上の乾いた空気と猛禽の尖った匂い。
——空だ。
翼を広げた気配が、奈落の吹き抜けの高いところを旋回している。
「俺はガルダ。大鷲族の急襲部隊長。——地上に張り付いてる奴を仕留めるのが、俺の仕事だ。せいぜい上を見張っておくんだな。……ああ、お前は見えないんだったか。ハハッ、ますます楽勝だ」
「ガルダ、無駄口が多いわ」
涼やかな声が、静かに滑り込んできた。
高地の涼しい風と薬草の匂い。
冷涼で、整然とした気配。
「私はアイラ。大角鹿族の魔術参謀。——レオン、あなたはまだ動かないで。バラムの後ろ。ガルダは左の崖壁沿いに高度を落として。アルヴァは——」
「言われなくても」
雨上がりの冷たい風と針葉樹林の匂いが、すっと僕の右斜め後方で揺れた。
アルヴァ。
——いつの間に、そこまで回り込んでいた。
音がない。
足音も、呼吸音も、衣擦れすらも。
まるで風そのものが人の形をしているかのように、アルヴァの気配は空気に完全に溶けていた。
「よっしゃ! いくぞ!」
そして——太陽に干した砂と柑橘の匂い。
レオンが、アイラの言葉を無視して真っ先に飛び出した。
「レオン! まだ動くなと言ったでしょう!」
「うるせえ! 先に仕掛けた方が勝ちなんだよ!」
地面を蹴る音。
一歩で、三メートル以上の距離を詰めてくる凄まじい瞬発力。
右手に握っているのは——槍。長い柄の両端に刃がついた、白銀の双刃槍。
理の糸越しに触れる黄金の闘気が、未完成ながらも爆発的に膨れ上がる。
「——リンッ」
僕は、指先を軽く弾いた。
空気中のマナが、澄んだ音を立てて震える。
きゅるるっ。
僕の目の前で、ドスンさんの体表が瞬時に波打ち——するりと広がって、巨大な半球状の防壁になった。
レオンの槍が、ドスンさんの表面に突き刺さる——いや、突き刺さらなかった。
ぬるり。
金属の表面が、水銀のようにするりと凹んで、槍の穂先を呑み込むように沈み込んだ。
刃が金属の中で止まっている。
引き抜こうとしたレオンの腕が、ぐっと引っ張られた。
「な——ッ!? なんだこれ、柔らかい——いや硬い!? どっちだよ!?」
「軟らかく受けて、硬く止める。ドスンさんは、そういう子なんです」
「はぁ!?」
レオンが混乱している隙に、上空から鋭い風切り音が落ちてきた。
ガルダだ。
音速に迫る急降下。
翼を折り畳んで、黒鋼の鉤爪を構えた猛禽の一撃。
——だが。
ドスンさんの防壁が、きゅるっと上面を硬化させた。
カンッ、と硬質な金属の音。
ガルダの鉤爪が、鋼鉄以上の硬度で弾き返された。
「ちっ——! 硬えッ!」
ガルダが翼を広げて急上昇し、距離を取る。
同時に——足元の地面が、ずしりと重くなった。
理の糸が、地表を走る見えない格子に触れた。
重力が変わっている。
アイラの結界だ。
僕たちの足元に魔力の格子を走らせ、動きを物理的に鈍らせている。
「……ほう。結界ですか」
「動けるかしら? あなたの足は、今、通常の三倍の重力を受けているわ」
アイラの声は、冷静で淡々としていた。
けれど、理の糸越しに触れる彼女の魔力の網は、恐ろしく緻密だった。
格子の一つ一つが完璧に等間隔で配置され、余計な魔力の漏れが一切ない。
——すごい。
これほど精密な結界を、実戦の中でリアルタイムに展開できるなんて。
そして——右斜め後方から、無音の殺気が来た。
アルヴァだ。
重力で動きを封じ、正面はバラムの盾で塞ぎ、上空からガルダが牽制し、死角からアルヴァが仕留める。
完璧な連携だ。
けれど——。
「——リンッ」
もう一度、指先を弾いた。
ドスンさんの防壁が、きゅるりと体を回した。
半球から球体へ。
僕とシオンとフクを、すっぽりと包み込むようにして——完全な球体になった。
アルヴァの双短剣が、球体の表面に触れた。
するり、と刃が一ミリだけ沈んで——止まった。
軟化して刃を受け止め、そのまま硬化して拘束する。
アルヴァが即座に短剣を手放して飛び退いた気配がした。
——判断が速い。
呑まれる前に手放した。さすがだ。
「……なるほど」
アルヴァの声が、球体の外から静かに響いた。
「攻撃は通らない。物理も、刺突も——あの金属の化け物が全部いなしている」
「加えて、盲目のくせに反応が速すぎる」
ガルダが上空から舌打ちした。
「俺の急降下を、あの鉄の球が完璧に読んでいた。本体の人間が指を弾いた瞬間に防御が変わる。——一手先を読まれてるな」
「読まれてるんじゃないわ」
アイラが、静かに言った。
「あの調律師、私の結界にまったく動じていない。重力が三倍になっているのに、指を弾く動作のタイミングが全く変わらなかった。——つまり、結界は見えている。いえ、見えている以上に——彼にはこの闘技場全体の構造が、すでに把握されている」
球体の中で、僕はにこりと笑った。
「シオン、この子たちすごいですねぇ」
「……すごいのはわかるけど、あんた、もう少し真面目にやりなさいよ」
シオンは、球体の内側の壁にもたれかかるようにして座っていた。
——そう。
シオンは、戦っていない。
球体の中で、僕の肩の上から動かず、ただ冷静に外の状況を観察している。
「アルヴァ——灰狼族の斥候。あの子が一番厄介ね。完全無音で死角に回り込んでくる。あの無響術、まだ未完成だけれど、それでも私の耳でギリギリ捕捉できる程度。足運びに癖がないから、空気の揺れだけで位置を割り出す必要がある」
「はい」
「ガルダ——大鷲族。空からの一撃離脱型。急降下の速度は音速に近い。ただし、翼を畳んでから爪を展開するまでにわずかなタイムラグがある。その瞬間だけ、彼は方向転換ができない」
「なるほど」
「アイラ——大角鹿族の結界術士。地面に格子を走らせて重力を操作している。あの子が戦場の支配者ね。彼女を崩せば、全体のフォーメーションが瓦解する」
「崩す必要はないですよ」
「……は?」
「だって、模擬戦ですから。僕たちが勝つ必要はないでしょう? 実力を見せればいいだけです」
「…………」
シオンの尻尾が、ぺし、と僕の頬を叩いた。
「……まあ、いいわ。それより——」
シオンの声が、ほんの少しだけ真剣になった。
「バラム。あの鋼熊族の大盾使い。あの子の立ち位置を見てごらんなさい。常にレオンとヤスハの前に立っているの。攻撃するためじゃない。——最年少の二人を、体を張って守るためよ」
お読みいただきありがとうございました!
ドスンさんのするっときゅるっとした流体球体防御で、二世たちの見事な連携を完封するノアたち。
球体の中でシオンは彼らの能力を冷静に分析します。
しかし、シオンが気づいたのは、彼らの戦術的な強さだけではなく、お互いを守り合う「立ち位置」でした。
次回、かつての勇者パーティとの面影を重ねるノアの想いと、模擬戦の行方をお届けします。
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