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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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奈落の若き牙と、太陽の少年

 お読みいただきありがとうございます!

 五牙の長たちの前で、死か生かを賭けた実力証明を求められたノア。

 奈落の底へと姿を現す五人の第二世代たち。

 その中に、かつての友の面影を見出したノアは——。



 崖の反対側——奈落の底から、微かな足音が聞こえてきた。


 複数。


 五つの気配が、砂を踏みながらこちらへ近づいてくる。


 雨上がりの冷たい風と針葉樹林の匂い——アルヴァ。


 雲の上の乾いた空気と猛禽の尖った匂い——空を飛ぶ者。


 焼けた鉄と煤の匂い——鍛冶の熱。


 高地の涼しい風と薬草の匂い——冷涼な知性。


 そして——太陽に干した砂と柑橘の匂い。


 さっき、崖の上で唇を噛んでいた少年だ。


「我が国の若き精鋭たちだ」


 ゲイルが言った。


「この奈落の底で、模擬戦を行え。——俺の目で、お前の力を量る」


 模擬戦。


 五対一——いや、五対四か。


 シオン、フク、ドスンさんを入れれば。


「お待ちください、獣王様!」


 ヤスハの声が、再び崖の上から響いた。


 今度は、さっきよりも切迫していた。


「彼は盲目なんです! 模擬戦なんて——怪我をしたら——」


「ヤスハ」


 ゲイルの声が、ほんの僅かに——柔らかくなった。


「だからこそだ。——盲目で、丸腰で、あの体格で。それでも『魔王』を名乗る者が、本当に力を持っているのなら。見てみたいとは思わんか」


 ヤスハが、言葉に詰まった。


 崖の上に、しん、と沈黙が落ちた。


 五牙の長たちが、それぞれの思惑を胸に、僕を見下ろしている。


 処刑を望む者。


 興味を抱く者。


 疑う者。


 心配する者。


 ——そして、黙って見据える、絶対の王。


「さて」


 僕は、そっと息を吸い込んだ。


 奈落の底に吹き込む風は、赤土と鉄錆の匂いがした。


 朝の空気は澄んでいて、岩壁に反響する風の音が、まるで巨大な楽器の内側にいるみたいに美しかった。


 フクが、僕の足元で唸りを上げている。


 シオンが、僕の肩の上で爪を立てている。


 ドスンさんのランプが、赤く点灯している。


 三人とも、臨戦態勢だ。


 ——切迫した風は、しかし怒りの匂いじゃない。


 試されているだけだ。


「おや」


 僕は、にこりと笑った。


「運動ですか。いいですねぇ」


「…………」


 奈落の底が、しん、と静まり返った。


「シオン、聞きましたか。朝ごはんの前に、良い準備運動ができそうですよ」


「……あんた、今のこの状況が理解できてるの?」


「はい。模擬戦ですよね。体を動かすのは久しぶりですから、楽しみです。——あ、でも、お肉は模擬戦の後にいただけるんでしょうか。シオンが、この山のお肉はジューシーで美味しいって言っていたので、フクにも食べさせてあげたいんですけれど」


「……お師匠」


 フクが、力の抜けた声を出した。


「今そこッスか?」


「だって、フクも山の肉は食べたいでしょう?」


「食べたいけど! 今はそういう話じゃなくてッ!」


 崖の上で、ぶっ、と誰かが吹き出した。


 すぐに咳払いで誤魔化す音が聞こえたが、遅い。


 ——ああ、笑った。


 昨晩、地下牢を覗きに来た子たちと同じだ。


 崖の上で、ゲイルが——低く、腹の底から、地響きのような笑い声を上げた。


「ハッハッハ!」


 その笑い声は、覇気とは違う種類の圧力で、奈落全体を揺らした。


「面白い! 面白い小僧だ! 帝国と教会が血相を変えて追い回す新魔王が、肉の心配をしているとは!」


 ゲイルの笑い声が、ゆっくりと収まった。


 けれど、その声の温度は、さっきより少しだけ上がっていた。


「……いいだろう」


 ゲイルが言った。


「気に入った。——小僧、お前の名は」


 僕は、のんびりとお辞儀をした。


「ノアです。ただのしがない調律師です。よろしくお願いします」


「調律師だと」


「はい。ちょっとした、世界のお手入れみたいなものです」


「……ヴォルダ」


 ゲイルが、五牙のひとりに声をかけた。


 返ってきたのは、極めて短く、ぶっきらぼうなダミ声だった。


「……王。生かして見る価値はある」


 それだけ。


 けれど、その短い言葉には、不思議な重みがあった。


「ルーガスは反対だろう。ゼピュロスも」


「…………」


 凍てついた沈黙と、キンと冷たい舌打ち。


「反対派にも見せてやれ」


 ゲイルが、巨大な大剣を——崖の上から、奈落の底に投げ落とした。


 ずどん、という轟音とともに、大剣が砂の地面に深々と突き刺さった。


 その衝撃波が僕の足元を揺らし、フクが「ひゃっ」と小さく跳ねた。


「我が若き牙どもよ!」


 ゲイルの咆咆が、奈落を震わせた。


「この盲目の人間に、お前たちの全力を見せてやれ。——手加減するな。手加減をすれば、死ぬのは己だと思え」


 奈落の底で、五つの気配が——ぴりっと、引き締まった。


 アルヴァの冷たい糸が、鋭く研ぎ澄まされる。


 猛禽の気配が、ばさりと翼を広げた。


 鍛冶の熱が、ぐっと足場を踏み固めた。


 薬草の匂いが、すっと静かに集中した。


 そして——太陽に干した砂と柑橘の匂い。


 さっき、崖の上で唇を噛んでいた少年だ。


 にやりと。


 真っ直ぐで、隠し事のない、若い笑み。


「よっしゃ!」


 少年の声が、朗々と奈落に響いた。


「聞いたかアルヴァ、ガルダ! 親父が手加減するなって言ったぞ! ——おい、盲目の調律師! 俺はレオン・レグリア・ヴォルグ! 獣王ゲイルの息子だ! お前が魔王だろうが何だろうが——全力でぶっ飛ばす!!」


 若い。


 真っ直ぐ。


 あまりにも真っ直ぐで、思わず胸が——きゅ、と痛くなった。


 なぜだろう。


 この声と、この匂いと、この焦るような真っ直ぐさが——誰かに、とてもよく似ている気がした。


 誰だったかな。


 僕の知っている誰か。


 太陽のような金髪で、いつも一番に突っ込んでいって、いつも一番に怪我をして、それでも絶対に折れない——


 ——ああ。


 ……ルーク。


 ほんの一瞬だけ、胸の奥で、とても古い糸が震えた。


 大剣を振るう彼の、眩しい笑顔。


 でも、その名前は、もう僕から世界に届くことはない。


 だから——。


「よろしくお願いします、レオンくん」


 僕は、にこりと笑った。


「あまり激しくしないでくださいね。僕、運動は苦手なので」


「はぁ!? ナメてんのか!?」


「ナメてないですよ。本当に苦手なんです」


「お師匠ぉ……」


 フクが、頭を抱えるような声を出した。


 シオンが、深い深い溜め息を吐いて、僕の肩の上で爪を研ぎ直した。


「……はいはい。どうせ何を言っても無駄ね。——ドスンさん、準備して。フク、あんたもよ」


 僕の腕の中からするりと抜け出したドスンさんが、きゅるる……と体表を波打たせながら、滑らかな液体金属のように広がっていった。


 黒銀色の金属が、するりと流れるように巨大な壁へと形を変え、僕たちの正面へとぬるりと移動する。


 フクが、ぶるっと全身の毛を逆立てた。


 白金の毛並みの根元から、微かな——けれど確かな熱が立ち昇る。


 太陽の欠片のような、乾いた熱。


 崖の上から、ゲイルが見下ろしている。


五牙の長たちが、腕を組み、あるいは杖を握り、それぞれの思惑を胸に——じっと、奈落の底を見つめている。


 朝日が、筒状に切り取られた空から差し込んで、奈落の底に細い光の柱を立てた。


その光の中に、僕たちは立っている。


 盲目の調律師と、黒猫と、仔狼と、鉄の騎獣。


対するは、大山脈が誇る若き精鋭——五つの部族の、未来そのもの。


 風が、ゆっくりと動き始めた。


奈落の底に、赤土と獣と、朝露の匂いが満ちていた。


「——始め」


 ゲイルの声が、落ちた。



 お読みいただきありがとうございました!

 ついに始まった、第二世代の精鋭たちとの模擬戦。

 かつての勇者ルークを彷彿とさせる、獣王の息子レオンの真っ直ぐな言葉に、ノアは何を思うのか。

 次回、いよいよ戦闘開始です!

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