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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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赤い谷と、静かなる蝕


 お読みいただきありがとうございます!

 灰狼族の斥候隊に捕らえられたノアたち。

 手首を縛られ、目隠しをされたまま、獣人たちの本拠地へと連行されていきます。

 険しい谷の合間で聞こえてくる、獣人兵たちの焦りを孕んだ囁き声。

 そこには、この国を脅かす新たな影が潜んでいました。



 数時間が、過ぎた。


 砂を踏む、砂利の音。


 風に混じる、多くの獣たちの乾いた体温。


 麻縄で後ろ手に縛られた手首が、乾燥した夜風のせいで少し痛む。


 目隠しをされているけれど、僕にとってはあまり意味がなかった。


 元から見えない僕の目にとって、世界は「光」ではなく「ことわりの糸」の振動で編まれているから。


「シオン」


 僕は、右肩の上にそっと話しかけた。


「今、僕たちはどんな場所にいるんですか」


 シオンの長い尻尾が、僕の首筋をぱたりと叩いた。


「……赤い岩壁よ。見渡す限りね」


「赤い、ですか」


「ええ。硝子がらす砂漠の白い砂とは違うわ。鉄分を含んだ赤土の巨大な岩壁が、左右から押し迫るようにそそり立っているの。私たちはその深い谷底を歩かされているわ。頭上を仰いでも、岩に切り取られた細い青空が一筋見えるだけ」


 周囲の情景を語るときのシオンの声は、いつもほんの少しだけ柔らかい。


 見えない僕に、その色彩を届けてくれようとしているみたいに。


「岩肌の至る所に、爪痕が刻まれているわ。かなり深くて荒々しいものね。古いものは風雨に晒されて丸くなっているけれど、新しいものは刃物のように鋭い。何世代もの獣人が、ここを通った証なのでしょうね」


「爪痕の道標、ですね」


「そうね。彼らは文字ではなく、自らの牙や爪で歴史を刻む。——この国の生々しい息遣いが、岩に染み付いているわ」


 文字を持たない、あるいは必要としない種族。


 嘘をつけない「肉体の言語」を信じる彼ららしい、力強い道標だ。


「あ。お師匠、左の岩壁の隙間に何かいるッス」


 前方で、背中を押されながら歩いているフクが、小声で言った。


 小さな子狼の鼻と耳は、拘束されていても鋭敏に働いているらしい。


「何がいますか、フク」


「見えないッスけど、匂いでわかるッス。……子供の匂いッス。すっごくちっちゃい獣人の子が、岩陰からおいらたちを覗き込んでるッス」


 獣人の子供。


 その気配は、怯えと好奇心が混ざり合った、小刻みな鼓動となって理の糸に伝わってきた。


 人間と、見たこともない鉄のドスンさんが、縄で縛られて連れていかれる光景。


 子供たちにとっては、恐ろしくも目が離せない異物に映るのだろう。


 歩みを先導するアルヴァの足音は、一定の冷徹なリズムを崩さない。


けれど、僕たちを囲む『千耳』の若い兵士たちの間には、言葉にならない緊迫した空気が揺れていた。


 彼らは耳元のピアスのような魔導具を微かに震わせ、無言の通信を交わしている。


 けれど、時折漏れる肉声には、隠しきれない焦燥が混じっていた。


「……信じられん。あの人間の魔力、本当に表に出ていない。だが——奥が深すぎる。まるで底のない深淵を覗いているようだ」


「あの仔狼も、ただの獣じゃない。それに、あの黒猫の存在感……一瞬、背筋が凍るような冷気を感じたぞ」


「とにかく『五牙』の長たちに引き渡す。俺たちだけで判断していい存在じゃない。下手をすれば……」


 そこで、一人の若い兵士の声が、不自然に低くなった。


「……ただでさえ、南から『無音の蝕病むおんのしょくびょう』が迫っているというのに。これ以上、妙な厄介事を抱え込むのは御免だ」


「ああ。砂海がじわりと広がっている。あの『砂の女王』の動きも、このところ不穏だ。大地のマナが、あの静寂に吸い込まれるように枯れていく……」


 声に、焦りが滲んでいた。


 ——砂の女王。


 僕の肩の上で、シオンの耳が——ぴくり、と跳ねた。


 いつもは眠たげに伏せられている黒い耳が、今は油断なくピンと張り詰め、周囲の風を捉えようとしている。


硝子砂漠の主。


 その名は、旅の途中で、風の噂に聞いたことがあった。


 砂を操り、侵入する者をすべて硝子に変えてしまうという、砂漠の支配者。


 でも——その実態は、まだ僕には何もわからない。


 それよりも、僕が気になったのは別の言葉だった。


 ——無音の蝕病。


 大地のマナが、静寂に吸い込まれるように枯れていく。


 その言葉を聞いた瞬間、僕の耳の奥で、かすかな「音の乱れ」が聞こえた気がした。


 まるで、本来あるべき美しい和音が、一部だけぽっかりと削り取られてしまったかのような、不気味な空白。


世界を調律する者として、その言葉は無視できない響きを持っていた。


 考えに沈んでいるうちに、谷底の風の音が変わった。


 左右の岩壁がさらに狭まり、正面に、圧倒的な質量を持つ「影」が立ちはだかった。


理の糸が、途方もなく巨大な構造物の輪郭を拾い上げる。


「到着したわよ、ノア」


シオンが、息を呑むような気配と共に囁いた。


「これが……獣人たちの都。山をくり抜いて作られた要塞都市ね。本当に、山から直接建物が生えているみたいだわ」


獣王の咆哮砦。


ローリング・キープ。


大山脈の峻険な岩肌と、彼らの圧倒的な力強さが生み出した、不落の心臓部。


「門の前に、大勢の気配があるわ。みんな、武装している。——私たちを、歓迎しているわけではなさそうね」


先導していたアルヴァの気配が、すっと止まった。


砂利を踏む、じゃり、という音がやむ。


次の瞬間、アルヴァの喉が大きく震えた。


——オオオオオオオオオオオオオオン!


天を仰ぎ、喉の奥から放たれた、低く長い遠吠え。


それは、帰還を告げる合図であり、同時に「異物を連れてきた」という警告の響きを含んでいた。


すると、正面の巨大な岩壁の上から、呼応する遠吠えが返ってきた。


一つ。


二つ。


三つ。


いくつもの遠吠えが重なり、重厚な和音となって狭い谷間に反響し、大気をびりびりと震わせる。


「——通れ」


頭上から、地鳴りのような門番の太い声が降ってきた。


「ただし、そいつらの拘束は解くな。『五牙』の長たちへ報告を送る。指示があるまで、砦の広場で待機させろ」


ズズズズズ……と、大地を揺らす重い音が響いた。


岩と岩が擦れ合う、途方もない摩擦の音。


厚みのある巨大な石の門が、ゆっくりと左右に開いていく。


その瞬間、風が一気に切り替わった。


外の乾燥した砂漠の風が消え、岩山の内側から吹き出す、冷たくて湿った空気に包まれる。


地下水の匂い。


深い苔の匂い。


そして——何千匹もの獣たちが暮らす、圧倒的な生命の匂い。


——国だ。


この冷徹な岩山の内部に、確かに彼らの温かい営みがある。


「お師匠」


フクの声が、小さく震えていた。


「……すごい匂いッス。おいらたちと似たような、でも全然違う獣の匂いが、空気に満ち満ちてるッス」


「怖いですか、フク」


「怖くないッス! ……でも、なんだか、胸がドキドキするッス」


ドスンさんの歯車が、きゅる、と小さく鳴った。


不安そうなその響きに、僕は「大丈夫ですよ」と心の中で語りかける。


手首を縛られ、目隠しをされ、裸足のまま。


それでも僕は、不思議と落ち着いた気持ちで、獣人たちの国の門をくぐり抜けた。




 お読みいただきありがとうございました!


 ついに獣人たちの本拠地『獣王の咆哮砦』へと足を踏み入れたノアたち。

 彼らを取り巻く『無音の蝕病』や『砂の女王』の不穏な噂。


 この国で待ち受ける『五牙』との邂逅は、一体どのようなものになるのでしょうか。

 ノアの「匂い」と「調律」が、頑なな彼らの心をどう揺らすのか、どうぞご期待ください!


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