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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第3章 錆骸の機巧谷

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焚き火と、鉄の目覚め



 お読みいただきありがとうございます!

 街を追われたノア一行、初めての野宿。

 星空の下で交わされるのんびりとした会話と——思わぬ仲間の「変身」です。



 焚き火が、ぱちぱちと音を立てている。


 空気は冷たい。


 でも、火の温かさが頬に届いて、ちょうどいい。


 地面に敷いた毛布の上に座って、僕はぼんやりと夜の音を聴いていた。


 虫の声。


 遠くの水の音——たぶん、岩場の間を流れる細い沢。


 風が木の枝を揺らす音。


 それから——フクの寝息。


 僕の膝の上で丸くなったフクは、街を出てから半日歩いただけで力尽きて、ころんと眠ってしまった。


 小さな背中が、呼吸のたびにぽこぽこと膨らむ。


 温かい。


「……いい顔して寝てるわね」


 シオンが焚き火の傍で毛繕いをしながら呟いた。


「疲れてるんでしょうね。ここ数日、ずっと戦いの連続でしたし」


「あなたもでしょう。少しは休みなさい」


「はい。でも——」


 僕は顔を上げて、見えない空を仰いだ。


「……なんか、久しぶりですね。こういうの」


「こういうの?」


「静かで。危なくなくて。誰にも追われてなくて。ただ火の音と虫の声と——風の匂いだけがある夜」


 深く息を吸い込んだ。


 土の匂い。草の匂い。遠くの岩の、冷たくて硬い匂い。


 それから——星の匂い。


 見えないけれど、空にはきっと星が出ている。


 シオンの匂いと同じ、澄んだ光の匂いが上から降ってくる。


「いいですねぇ」


「……のんきなもんね」


 シオンの声に呆れが滲んだ。


「世界中に魔王って手配されて、国を追い出されて、明日の道も決まってないのに」


「だって、気持ちいいんですもん。この風」


「はぁ……」


 シオンが深く溜息をついた。


 でもその尻尾が、ゆらりと揺れている。


 怒ってはいない。





「——さて。のんきな話はそのくらいにして」


 シオンが姿勢を正した。


 ナビゲーションモードの声。


「明日からのルートを考えましょう」


「はい」


「今いるのは、ドール・ガリアの西門を出て半日ほど歩いた丘陵地帯。ここからもう少し西に進むと、大山脈の外縁にぶつかるわ」


「山脈……」


「ええ。大陸の西部から北東にかけて弧を描いて走る、大山脈。中央の人間領と外縁の亜人領を隔てる——文字通りの『世界の壁』」


 僕は地面に指で簡単な地図を描いた。


 見えないけれど、指先の感覚で大まかな位置関係は分かる。


「この山脈の西端が獣人領ヴォルグ。北東の先端にフクのお母さんがいる雷峰。その弧に沿って歩けば、たどり着ける——理屈の上では」


「理屈の上では、ね」


 シオンが言葉を重ねた。


「問題は山脈そのものよ。切り立った岩壁。街道なんてものは存在しない。天候は荒れやすく、岩場の魔物も出る。あなたの体は連戦で限界に近いし、魔力もほとんど残っていない」


「……はい」


「正直に言うわ。——厳しい」


 沈黙が落ちた。


 焚き火がぱちりと爆ぜた。


「じゃあ、山を避けて南に迂回するのは?」


「南は中央の平原——グランデール、アルケイン、リタニア。人間の三大国が密集してるエリアよ。魔王として手配された今、街道を歩くだけで捕縛されるわ」


「北は」


「ガルヴァニア帝国。あなたを兵器として回収しようとする可能性すらある。論外」


「……東に戻る?」


「戻ってどうするの。行き止まりよ」


 つまり。


 西の山脈は厳しい。


 でも、南も北も東も——全部塞がっている。


「……詰んでますね」


「詰んでるわね」


 二人で焚き火を見つめた。


 見えないけど。


「お師匠ぉ……おなかすいたっス……」


 フクが寝ぼけた声で呟いて、僕の膝の上でもぞもぞ動いた。


「……寝てなさい、フク」


「むにゃ……おにぎり……梅干し……」


 寝言だった。


 ベルのおにぎり、よほど美味しかったらしい。


「……まぁ、今すぐ結論を出す必要はないわ。明日、山脈の外縁まで行ってみて——」


 シオンがそう言いかけた、その時だった。





 きゅる。


 背中で、音がした。


 ドスンさんだ。


 トロの台座の中で眠っていたドスンさんのコアが——歯車を回し始めた。


 きゅるるるる。


 さっきまでの寝ぼけた一回転とは違う。


 連続した、意志のある回転。


「ドスンさん?」


 背負子を下ろして、台座を確認する。


 指先でコアに触れた瞬間——振動が変わった。


 きゅるるるるるるるるる。


 歯車が高速で回転し始めた。


 熱い。


 コアの表面温度が上がっている。


「ノア、離れ——」


 シオンが警告を発するより早く。


 ドスンさんのコアが——膨張した。


 いや、膨張じゃない。


 変形だ。


 拳大だったコアから、金属の線が一本、二本と伸び出す。


 糸のように細い線が空気に触れた瞬間、厚みを増し、板になり、骨格になり——。


 がしゃん。


 がしゃん、がしゃん。


 歯車の噛み合う音が連鎖して、目の前の地面に——何かが、組み上がっていく。


「……何これ」


 シオンが声を失っている。


 僕は理の糸で「見た」。


 ドスンさんの形状記憶合金が、コアを中心に展開している。


 四本の脚。


 太くて頑丈な、動物の脚のような構造。


 背中は平らで広い——人が座れるほどの。


 首のように伸びた前部には、小さな歯車の塊が回転している。


 それは——。


「……トロさんの背負子の構造を、覚えてる」


 肩紐の角度。荷重の分散構造。関節の可動域。


 トロが作った背負子に嵌め込まれていた間に、ドスンさんはその設計思想を学習していたのだ。


 そして今、それを自分の体で「再解釈」した。


 荷物を背負うための構造ではなく——荷物を乗せて運ぶための構造。


 四足歩行の、鉄の騎獣。


 大きさは——馬よりは小さい。


 大型犬くらいか。


 まだ完全に回復していないから、フルサイズではないのだろう。


 でも——。


「乗れ、って言ってるのかしら」


 シオンが呟いた。


 きゅる。


 ドスンさんの歯車が一回、肯定の音で鳴った。


「形状記憶合金って——こんな形にもなれるんですか」


「なれるんでしょうね。あの子のコアには、元は谷全体を制御していた古代文明のAIが入ってるのよ。四足歩行の獣型くらい、プログラムに入ってて当然かもしれないわ」


 僕はドスンさんの背中にそっと手を置いた。


 金属なのに、温かい。


 歯車の振動が、トクン、トクンと心臓のように脈打っている。


 鞍の部分——というか、背中の平らな面——はトロの背負子と同じ荷重分散の原理で設計されていて、座ってもお尻が痛くならなそうだ。


「……ドスンさん」


 きゅる。


「これなら——山、登れますか」


 きゅるるる。


 四本の脚が、一歩ずつ踏み出した。


 がしゃん。がしゃん。がしゃん。がしゃん。


 重い金属音が地面を叩く。


 でも——安定している。


 爪の部分が、地面の凹凸に合わせて変形し、しっかり噛みついている。


 岩場用のグリップ。


 これも形状記憶。


 地形に合わせてリアルタイムで足の形を変えられる。


「……すごい」


「すごいわね」


 シオンも素直に感嘆していた。


「岩壁でも、この爪なら登攀できる。風除けの装甲も展開できるだろうし——ちょっとした屋根くらいなら背中から伸ばせるかもしれない」


「つまり——」


「つまり」


 シオンの声に、微かな笑みが混じった。


「歩く拠点どころか、歩く登山隊ね。この子は」


 僕はドスンさんの首の部分を撫でた。


 小さな歯車が、きゅる、と嬉しそうに回った。





「お師匠! なんかすごいのがいるッス!!」


 フクがようやく起きた。


 目の前に四足歩行の鉄の獣がいて、目を丸くしている。


「ドスンさんだよ、フク」


「え!? ドスンさんこんな形になれるんスか!? かっこいいッス!!」


 フクがドスンさんの周りをぐるぐる走り回って、興奮で尻尾がちぎれそうに振れている。


 ドスンさんは微動だにせず、ただ歯車だけをきゅるきゅる回して——たぶん、照れている。


「シオン」


「なに」


「ルート、変えましょう」


 シオンが僕の顔を見た。


 見えないけれど——視線が合った気がした。


「中央を迂回して獣人領を目指す遠回りのルートじゃなくて。ここから真っ直ぐ、大山脈に入る」


「……正気?」


「ドスンさんがいます。岩壁も登れる。風も防げる。屋根にもなる。フクは偵察ができるし、シオンのナビゲーションがあれば道に迷わない」


「あなたの魔力はほとんど空よ」


「だから、戦わなくて済むルートを選ぶんです。山脈の稜線を歩く。人も魔物も少ない、空に一番近い道」


 シオンが長い沈黙の後——ふぅ、と息を吐いた。


「……弧に沿って歩くのね。西から入って、山脈の稜線を北東へ。獣人領を通過して、そのまま龍人領の雷峰まで」


「はい。フクのお母さんのところまで——山脈一本道」


「一本道って言うには険しすぎるけどね」


「えへへ」


「笑ってる場合じゃないの」


 でもシオンの尻尾が、ゆっくり一回揺れた。


 賛成の合図。


「おいらもお母さんのとこ行くッス! ドスンさんに乗っていくッス!」


 フクがぴょんとドスンさんの背中に飛び乗った。


 がしゃ、と軽い金属音。


 ドスンさんは微動だにせず——ただ、フクの体重に合わせて鞍の部分を僅かに窪ませた。


 ぴったりフィットする、仔狼専用の座席。


「……この子、案外面倒見がいいわね」


 きゅる。


 ドスンさんの歯車が、照れたように一回鳴った。





 焚き火に薪を足して、僕はもう一度空を見上げた。


 明日から、山に入る。


 世界の壁と呼ばれる大山脈。


 街道もなければ地図もない。


 でも——仲間がいる。


 肩の上に、黒猫。


 膝の上に、仔狼。


 隣に、鉄の騎獣。


 そして荷物の中に、ベルのおにぎりと、名前も知らないドワーフたちの温もり。


「……おやすみなさい」


 誰にともなく呟いて、目を閉じた。


 もともと閉じてるけど。


 虫の声と、焚き火の音と、フクの寝息と、ドスンさんの歯車の回転音。


 四つの音を子守唄にして——僕は、眠った。





 最後までお読みいただき、ありがとうございます!


 追放された翌夜、焚き火を囲んで途方に暮れる一行。

 南も北も東も全部塞がって、西の山脈は厳しすぎる——詰んでいました。


 でもドスンさんが目覚めました。

 トロの背負子から「乗せて運ぶ」構造を学習し、四足歩行の鉄の騎獣に変形。

 形状記憶合金の爪は地形に合わせてリアルタイムで変形し、岩壁すら登攀可能。


 ルート変更。

 大山脈の稜線を、弧に沿って西から北東へ。

 人も魔物も少ない、空に一番近い道を——フクのお母さんのもとへ。


 少しでも「ドスンさんかっこいい」「フクの座席かわいい」と感じていただけましたら、

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