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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第3章 錆骸の機巧谷

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勇者と鋼鉄王


 お読みいただきありがとうございます!

 盲目の少年が去った後の、謁見の間。

 鋼鉄の王と、勇者が向き合います。




 扉が閉まった。


 静かな足音が、石の廊下を遠ざかっていく。


 裸足の足音と、小さな爪の音と——金属がかすかに擦れ合う、きゅる、という音。


 やがて、それも消えた。


 謁見の間に残ったのは、蝋燭の爆ぜる音と、鋼鉄王ボルダーの呼吸だけだった。


 ボルダーは、玉座に座り直さなかった。


 片膝をついたまま、石の床に右手をついて、動かない。


 その巨大な背中が——震えていた。





「——出てこい」


 低い声が、壁を叩いた。


「勇者。もう隠れておる必要はない」


 壁の裏側で、足音が動いた。


 石壁に偽装された細い通路——ドワーフの城に無数にある、監視用の隠し通路。


 ルークが最初に出てきた。


 顔が蒼白だった。


 剣の柄を握る右手が、未だに白くなっている。


 続いて、ガルド。


 太い腕を組んだまま、眉間に深い皺を刻んでいる。


 セシリア。


 唇を噛みしめ、両手を胸の前で祈るように組んでいた。


 最後に、クラウス。


 丸眼鏡を指で押し上げながら、いつもの眠そうな顔で——だが、その目だけは起きていた。


「陛下」


 ルークが、声を絞り出した。


「なぜ——」


 言葉が、続かない。


 何を聞きたいのか自分でも分からないのだろう。


 ボルダーは、ゆっくりと立ち上がった。


 二メートルに届かない身長だが、その存在感は玉座の間を埋め尽くしている。


 目が赤い。


 鋼鉄の王の目が、赤く腫れている。


「なぜ、そんなに——悲しそうなのですか」


 ルークが、もう一度聞いた。


「あの少年は、天秤に魔王と認定された犯罪者です。陛下は正しい判断をされた。追放は——」


「黙れ」


 ボルダーの声が、部屋を揺らした。


 ルークの口が閉じる。


「正しい判断だと? ——正しかったら、なぜワシが泣いておると思う」


 ボルダーが、右腕を持ち上げた。


 太い腕。


 鍛冶師として何十年も鉄を打ち続けた、岩のような腕。


 その内側に——古い火傷の痕が、長い線を引いている。


「この傷は二十年前に負った。溶鉱炉が崩れた時だ。骨にまで熱が入り込んで、どの癒し手に診せても、どの聖職者が祈っても——消えなかった。二十年間、一日たりとも痛みの消えた日はなかった」


 ボルダーが、その腕を見つめる。


「五日前に——消えた」


「……」


「あの小僧が街に来た日の夜だ。何をされたかすら分からん。ただ——骨の奥を通り過ぎていった。温かくて、静かで、何も求めない、風のようなものが」


 ボルダーの目が、ルークを射抜いた。


「ワシは——あの小僧を知っておる」


 ルークが息を呑んだ。


「知っておるのだ。ここが」


 ボルダーの太い指が、自分の胸を叩いた。


 ドン、と重い音が響く。


「だが、思い出せん。名前も。顔も。いつ会ったのかも。——なのに、魂が震える。こいつは知り合いだと。こいつは恩人だと。理由が分からんのに——涙が止まらん」


 沈黙が、部屋に降りた。


 蝋燭が一つ、ぱちりと爆ぜた。


 セシリアの目から、一筋の涙が流れた。


 彼女も——気づいているのだ。


 この既視感の正体が分からないまま、胸の奥で何かが暴れていることに。


「陛下は——あの少年が魔王だと思いますか」


 セシリアが、震える声で聞いた。


「思わん」


 即答だった。


「断言する。あやつは魔王ではない」


 ボルダーの声は、もう震えていなかった。


 鋼鉄を打つ時の、硬く揺るぎない音に戻っていた。


「あの音は——修繕の音だ。壊すための力ではない。直すための力だ。二十年消えなかった古傷を、通りすがりに、何も言わず、何も求めず、治していく。そんな者が魔王であるはずがない」


「ですが——天秤の決定は」


「天秤の決定は、天秤の決定だ」


 ボルダーが吐き捨てた。


「連中のことは知っておるわ。利権と保身で動く人間どもの寄り合い所帯だ。あの小僧が脅威だというのは、連中の権力にとっての脅威だということに過ぎん」


 ボルダーは一歩、ルークに近づいた。


「だが——ワシには抗えん」


 声が低くなった。


「一国の王として、世界の決定には抗えん。討伐令が正式に発布されれば、この国もそれに従わねばならん。二万の民を道連れにはできん。だから——追放した」


 追放。


 涙を呑んで、恩人を叩き出した。


 それが、王にできる精一杯の「抵抗」だった。


 ボルダーが、ルークの目を——真っ直ぐに見据えた。


「勇者」


「はい」


「お前も見ておったな。あの小僧を」


「……はい」


「中継で初めて見たのか」


 ルークの唇が、わずかに震えた。


「……いいえ。市場で——会いました。修理屋として。リンゴを半分にして、一緒に食べました」


「……そうか」


 ボルダーの目が、一瞬だけ細くなった。


 痛みを堪えるように。


「リンゴを半分にする魔王か。——世も末だな」


 誰も笑わなかった。


 笑えなかった。


「勇者。ワシはお前に命令はせん。ワシはこの国の王であって、お前の上官ではない」


「……」


「天秤がお前に討伐を命じるだろう。正式な勅命として。勇者の義務として。——だが」


 ボルダーが、背を向けた。


 窓の外に目を向ける。


 朝の光が、緑に覆われ始めた谷を照らしている。


 何千年ぶりに蘇った、この谷の命。


 それを取り戻したのが、誰なのか——この国の全員が知っている。


「自分の目で見ろ。自分の耳で聞け。自分の魂で判断しろ」


 ボルダーの声が、静かに、しかし深く響いた。


「誰かに決められた『正義』で剣を振るな。お前が正しいと思ったものだけを——斬れ」


 ルークは——何も答えなかった。


 答えられなかった。


 ただ、右手から剣の柄を離した。


 白くなっていた指に、ゆっくりと血の色が戻っていく。


 ガルドが、低く呟いた。


「……いい王だ」


 クラウスは、壁にもたれて目を閉じていた。


 眠っているのか起きているのか分からない。


 だが——丸眼鏡の奥の目が、微かに潤んでいたことを、誰も見ていなかった。




 最後までお読みいただき、ありがとうございます!


 ボルダー王は断言しました——「あやつは魔王ではない」と。

 魂が震える。知っている。恩人だと分かっている。なのに思い出せない。

 それでも、王は二万の民のために涙を呑んで追放しました。


 そしてルークに投げかけた言葉は、命令ではなく——問いでした。

 「誰かに決められた正義で剣を振るな。お前が正しいと思ったものだけを斬れ」


 「リンゴを半分にする魔王か。世も末だな」——

 誰も笑えなかったその一言が、ルークの中で長く残り続けるでしょう。


 次回、街の住人たちが「共犯者」となるノアの脱出劇です。

 少しでも「ボルダー王が好きになった」「クラウスの涙……」と感じていただけましたら、

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