表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第3章 錆骸の機巧谷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/105

嵐のあと


 お読みいただきありがとうございます!

 ハクの乱入で、戦場の空気が一変しました。

 メルクリウスは——どちらを選ぶのでしょうか。



 沈黙は、三十秒ほど続いた。


 ハクがにこにこと笑い続ける三十秒。


 メルクリウスが微動だにしない三十秒。


 倒れた兵士たちが息を止める三十秒。


 やがて——メルクリウスが、右手を下ろした。


「全軍、撤退」


 ヴィクターが、弾かれたように振り返った。


「メ、メルクリウス殿!? 撤退とは——コアの回収は!?」


「聞こえなかったの? 撤退と言ったのよ」


 メルクリウスの声は、もう元の感情のない平坦さに戻っていた。


「消耗しきった魔王と、五十人分の魔力を喰ったばかりの帝国の特異体。同時に相手にするには——分が悪すぎるわ」


「しかし、コアは目の前に——」


「ヴィクター・アルマン」


 名前を呼ばれた瞬間、ヴィクターの口が閉じた。


「あなたの部下は何人残っているの」


「……三十二名です」


「まともに戦える者は?」


「……七名」


「七名。それで、あの特異体を止められると思う?」


 ヴィクターは何も言わなかった。


「イェレミヤ執行官」


「……はい」


 地面から、イェレミヤの声が返ってきた。


「聖教騎士団の残存兵力は」


「……戦闘可能な者は十二名。ですが——全員、魔力が底を突いています」


「十九名。杖も折れ、防壁も張れない十九名で、あの化け物を止めるの? 七秒で全滅するわ」


 メルクリウスが、淡々と計算を告げる。


 感情ではなく、数字で結論を出す人間の声だった。


「それに——」


 メルクリウスの声が、わずかに落ちた。


「役割は、果たしたでしょう」


 ヴィクターが、息を呑んだ。


「中継は全世界に届いた。【四座の天秤】の総意による魔王認定は、今この瞬間にも大陸中に拡散している。王宮に。教会に。冒険者ギルドに。辺境の村に至るまで」


 メルクリウスの声が、ほんの少しだけ——満足そうに聞こえた。


「あとは——勇者が来るわ」


 僕の背筋に、冷たいものが走った。


「前の魔王を討伐した時と同じように。勇者パーティが、世界を救うために魔王を殺しに来る。それが——世界のことわりでしょう」


 前の魔王。


 ヴォイド。


 ——僕が、あの場所にいた時の。


 僕が、三人の命を巻き戻すために全てを差し出した、あの戦いの。


 あの時と同じことが——今度は、僕を標的にして、繰り返される。


「転移陣を開きなさい。負傷者を先に送って。記録水晶は全て本国へ転送」


 メルクリウスの指示が、流れるように飛ぶ。


 ヴィクターが悔しそうに唇を噛みながらも、部下に撤収を命じた。


「……回収できなかった。あのコアを、目の前で——」


「次がある。魔王が死ねば、コアは残骸として回収できるわ。急ぐ必要はないのよ」


 魔王が死ねば。


 あっさりと。


 僕の死を前提にした言葉が、何でもないことのように口にされた。


 イェレミヤが、ゆっくりと立ち上がった。


 泥と血に塗れた白い法衣が、夜風に揺れる。


「……罪人」


 僕に向かって、最後の言葉を投げた。


「次は——女神の名の下に。必ず、裁きを下す」


 それだけ言って、イェレミヤは転移陣の光の中に消えた。


 一人、また一人と、兵士たちが光に飲まれて消えていく。


 甲冑の軋む音。


 杖を引きずる音。


 仲間を担ぐ足音。


 そのすべてが——光の中に吸い込まれ、消える。


 メルクリウスが、最後だった。


 転移陣の前で、一度だけ振り返った。


「ノア」


 名前を、呼ばれた。


「あなたの魔術は——確かに美しかったわ」


 皮肉なのか、本心なのか、分からない声で。


「だからこそ、許されないの」


 光が閃き——メルクリウスは消えた。


 七つの転移陣が、一つずつ閉じていく。


 空間の裂け目が縫い合わさり、世界の表面が元に戻る。


 足音が消える。


 甲冑の音が消える。


 詠唱の余韻が消える。


 すべてが——消えた。





 残ったのは、ハクだった。


「あーあ。帰っちゃった」


 心底つまらなさそうな声。


「もうちょっと撃ってくれたら、もっと食べられたのになぁ」


 ハクが、大きく伸びをした。


 ぼきぼきと骨が鳴る。


 体から立ち昇っていた蒸気は、もうほとんど消えている。


 五十人分の魔力を代謝し終えたのだ。


「まあ、おれもお腹いっぱいだし。そろそろ帰るね」


 くるり、と僕の方を向いた。


「ねえ、魔王くん」


「……ノアです」


「ノア。うん、覚えた」


 にこっと笑った気配。


「また元気いっぱいの時に、食べに来るね。約束」


「約束した覚えは——」


「じゃあね!」


 聞いていなかった。


 ドン、と。


 地面が一瞬だけ陥没して、ハクの体が空に跳んだ。


 跳躍。


 たった一跳びで、谷の崖を超え、夜空の向こうに消えていく。


 風圧が一瞬だけ谷を吹き抜けて——そのあとには、何も残らなかった。


 蒸気の匂いだけが、うっすらと空気に溶けている。





 嵐が——去った。


 谷に残ったのは、僕たちだけだった。


 盲目の少年が一人。


 立てない子狼が一匹。


 影が薄れかけた猫が一匹。


 歯車の回らない鉄の塊が一つ。


 それだけ。


 頭上に、風が吹いた。


 鉄の匂いはもうしない。


 草の匂い。


 水の匂い。


 星空の匂い。


 さっき取り戻したばかりの、この谷の本来の風。


 それが、ぼろぼろの僕たちの上を、静かに通り過ぎていく。


「……終わったッスか」


 フクの声が、地面の上から聞こえた。


「……終わりましたね」


「……おいら、もう寝るッス」


「どうぞ」


「……ノアも寝るッス」


「……はい」


 僕は、ドスンさんの脚にもたれかかったまま、ゆっくりと地面に座り込んだ。


 シオンが、僕の膝の上に丸くなった。


 小さくて、温かくて、星空の匂いがする塊。


「……シオン」


「なに」


「僕、魔王になっちゃいましたね」


「…………」


「世界中の人が、僕を敵だと思うんですかね」


「…………」


「ルークたちも、来るんですかね」


 シオンは、しばらく黙っていた。


 それから、膝の上で、小さく身じろぎした。


「……知らないわよ、そんなこと」


 声が、少しだけ震えていた。


「ただ——一つだけ言えるのは」


 ぺろ、と。


 シオンの舌が、僕の焼けた指先を舐めた。


「私は、あんたの味方よ。世界がどうなろうと」


「……シオン」


「おいらもッス」


 地面の上から、フクの声。


「魔王だろうと勇者だろうと、ノアはノアッス。おいらの相棒ッス」


 ドスンさんのコアが——か細く、一回だけ回った。


 きゅる。


 ここにいるよ、という声。


 僕は。


 世界の全てを敵に回した、生まれたての魔王は。


 子狼と猫と鉄の塊に囲まれて。


 星空の下で。


 泣きたいほど疲れた体で。


 ——少しだけ、笑った。


「……ありがとうございます」




 最後までお読みいただき、ありがとうございます!


 嵐が去りました。

 メルクリウスは「役割は果たした」と撤退し、

 ハクは「お腹いっぱい」と笑顔で跳んでいきました。


 残されたのは、ぼろぼろの魔王と、その仲間たち。

 「前の魔王を討伐した時と同じように、勇者が来る」——

 その言葉の重さを、ノアは誰よりも知っています。

 なぜなら、前回その場にいたのは——ノア自身だったから。


 でも、世界が敵になっても。

 「私は、あんたの味方よ」と言ってくれる猫がいて。

 「ノアはノアッス」と言ってくれる狐がいて。

 「きゅる」と回ってくれる歯車がいる。


 それだけで——少しだけ、笑えました。


次回から、機巧谷編はいよいよ最終盤に入ります。

 少しでも「泣いた」「この仲間が好き」と思っていただけましたら、

 ページ下部の【☆☆☆☆☆】から応援やブックマークをしていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ