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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第3章 錆骸の機巧谷

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無垢なる虚無



 お読みいただきありがとうございます!

 空から降ってきた「それ」は、五十人分の魔法を丸ごと喰って、欠伸をしました。

 この絶望的な三つ巴に、新たな役者が加わります。



 土煙が、ゆっくりと晴れていく。


 クレーターの真ん中に立つ人影の輪郭が、少しずつ形を取り始めた。


 理の糸は、もう使えない。


 触れた瞬間に溶かされたから。


 だから——僕は、音と匂いだけで、その存在を「見た」。


 最初に届いたのは、匂いだった。


 鉄でもない。


 火薬でもない。


 焦げた空気の匂い。


 さっき喰った五十人分の魔力を体内で代謝した余熱が、皮膚の表面から蒸気になって立ち昇っている。


 しゅう、しゅう、と湿った音。


 まるで——熱い鉄を水に浸けた時のような。


 足音が近づいてきた。


 軽い。


 甲冑でも、革靴でもない。


 素足だ。


 素足で、砕けた岩の上を歩いている。


 痛くないのか。


 いや——たぶん、痛くないのだろう。


「シオン。見えますか」


「……見えるわ」


 シオンの声は、硬く凍っていた。


「人間の——男。十代後半くらい。細身。でも細いのに、足跡が深い。体重が見た目と合っていないわ。中に鉄でも詰まってるの……?」


 着痩せする体。


 だがその皮膚の下には、鋼鉄より密度の高い筋肉が詰まっている。


「服は——裾がちぎれたボロ布みたいなもの。元は帝国式の囚人服ね。顔は——」


 シオンが、一瞬黙った。


「——笑ってるわ」


「笑ってる?」


「にこにこ笑ってる。あどけない顔。少年みたいな澄んだ瞳。人懐っこい笑顔。それが——体から立ち上る蒸気と、足元のクレーターと、まったく噛み合わない」


 足音が、止まった。


 目の前。


 至近距離。


 息がかかるほど近くに、その「人間」は立っていた。


 しゅう、と蒸気が頬を撫でる。


 熱い。


 さっき喰った魔力の余熱が、まだ体から抜けきっていない。


 そして——覗き込まれた。


 理の糸がなくても分かった。


 僕の顔を、至近距離から、まじまじと見ている。


 好奇心の塊のような、無邪気な視線。


「——うまそうだなぁ」


 第一声が、それだった。


 敵意ではない。


 殺意でもない。


 お腹を空かせた子どもが、パン屋のショーウィンドウを覗き込んだ時みたいな、純粋な感想。


「すっごい匂いすんの。君の中、めちゃくちゃ良いの詰まってる。糸? なんかキラキラしたやつ。あれ、絶対うまい」


「……はい?」


「でもなぁ——」


 声のトーンが、少し残念そうに下がった。


「今、すっからかんじゃん。しぼりカスみたい。これ食べても全然お腹膨れないやつだ」


 しぼりカス。


 間違ってはいない。


 今の僕は、理の糸が一本しか残っていない、文字通りの空っぽだ。


「もったいないなぁ。もっと元気な時に会いたかったなぁ」


 心底残念そうな声。


 それから——ぱっと、声が明るくなった。


「でもいいや! 待ってる! もっと強くなったら、もっとうまそうになるでしょ? その時に食べればいいもんね!」


 食べる。


 僕を。


 あまりにも自然に言うものだから、恐怖が一周回って追いつかなかった。


「ああ、そうだ。自己紹介しないと」


 蒸気の向こうで、にこっと笑った気配がした。


「おれ、ハク。名前はそれだけ。帝国ってとこで作られて、要らないって捨てられて、今はブラブラしてる」


 ハク。


 帝国で作られて。


 要らないって捨てられて。


「魔法食べるの。得意なの。っていうか、それしかできないの。あはは」


 笑った。


 本当に楽しそうに。


 自分が「要らない」と捨てられたことを、まるで天気の話でもするように。


「あと、君のそのちっちゃいの」


 ハクの視線が——僕の胸の中のドスンさんに移った。


「それもすっごい良い匂いする。金属なのに、中で何か回ってる。面白い。でも——食べちゃったら君が悲しそうだから、やめとく」


「……ありがとう、ございます」


「えへへ。お礼言われた」


 フクが、地面の上で小声で囁いた。


「ノア……あいつ、やばいッス……頭のネジがぜんぶ外れてるッス……」


 否定できなかった。





「——廃棄体」


 メルクリウスの声が、背後から響いた。


 さっきまでの感情のない声に——わずかに、緊張が混じっている。


「ガルヴァニア帝国、層状監獄の登録番号〇〇七。適正値がマイナスに振り切れた失敗作。三年前に脱走して以来、行方不明だった個体。……なぜ、ここにいるの」


「んー?」


 ハクが、のんびりと振り返った。


「すっごい美味しそうな匂いがしたから来た」


「……それだけ?」


「それだけ」


 メルクリウスが、片眼鏡越しにハクを測定しているのが、空気の振動で分かった。


 そして——数値を見て、何かを悟った気配がした。


「あなた。先ほどの五十人分の魔力を全て吸収したわね。今の身体能力は——」


「知らない。数字とかわかんないし」


「……推定で、A級討伐対象の上限を超えている」


 メルクリウスの声が、珍しく詰まった。


「この場の残存兵力で対処できる範囲を——大幅に逸脱しているわ」


 ハクが、首をかしげた。


 こきり、と骨が鳴る。


「ねえ、おばさん」


「——おば……」


 メルクリウスの声が、一瞬だけ凍った。


「そっちの兵隊さんたち、みんなボロボロだよね。魔法もほとんど残ってないし。でもおれ、さっきの五十人分食べてお腹いっぱいだから、すっごい元気なんだけど」


 ハクの声が——変わらなかった。


 にこにこしたまま。


 世間話のトーンのまま。


「ここで続けるなら、全員食べちゃうよ?」


 軽い。


 あまりにも軽い。


 三百人の精鋭を「全員食べる」と、おやつの話みたいに言っている。


「……どっちでもいいけどさ」


 ハクが、大きく伸びをした。


 ぼきぼきと、全身の骨が鳴る。


 蒸気が、もう一度吹き上がった。


「引くか、全員喰われるか。好きな方選びなよ」


 谷が、沈黙した。


 メルクリウスが——動かない。


 ヴィクターが——息すら止めている。


 イェレミヤが——初めて、祈りの言葉を失っていた。


 ハクだけが、にこにこと笑っている。


 何百人もの兵士に囲まれた、ボロ布一枚の素足の少年が。


 この場で最も「絶望的」な存在だった。





 最後までお読みいただき、ありがとうございます!


 ハク——帝国の失敗作にして、魔術師殺し。

 魔法を食べて筋力に変える異常体質。

 笑顔で人を壊し、悪意すらない、純粋な虚無。


 「うまそうだなぁ」から始まった自己紹介は、

 「全員喰われるか、引くか選びなよ」で終わりました。


 メルクリウスは——どちらを選ぶのでしょうか。

 少しでも「ハクやばい!」「このキャラ好き!」と感じていただけましたら、

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