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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第3章 錆骸の機巧谷

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絶望は、空から降ってくる


 お読みいただきありがとうございます!

 魔王と宣告されたノア。

 だがその宣言は、まだ始まりに過ぎませんでした。



 魔王。


 その言葉が、まだ耳の奥にこびりついている。


 メルクリウスの感情のない声で告げられた、たった二文字。


 でも——今はそれを噛み砕いている暇すらなかった。


「ノア。立てる?」


 シオンの声が、すぐ近くで聞こえた。


 僕は、ドスンさんの脚に寄りかかったまま、膝を震わせて立ち上がった。


 立てる。


 立てるけれど——それだけだった。


 体の中の理の糸が、ほとんど反応しない。


 さっきの倍返しで、ドスンさんの増幅があったとはいえ、三百人分の魔力を操作した反動が全身を蝕んでいた。


 指先から肘まで、感覚がない。


 息を吸うたびに、胸の奥がきしむ。


「フクは?」


「……生きてるッス」


 フクの声は、地面の上からだった。


 四本の脚が、全部折れたわけではない。


 でも、もう立ち上がる力が残っていなかった。


 横倒しになったまま、荒い息をしている。


「おいら、もう走れないッス……ごめん、ノア……」


「謝らないでください。十分すぎるほど走ってくれました」


 ドスンさんも——限界だった。


 あの三メートルの鉄の巨体が、少しずつ縮んでいる。


 金属が水のようにコアへと戻り始めていた。


 全力を出し切った代償。


 胸のコアの歯車は、きゅる……きゅる……と、か細い音しか立てなくなっていた。


 三人と一体。


 全員が、限界を超えていた。





 敵も——無事ではなかった。


 倍返しの衝撃で吹き飛ばされた兵士たちの大半は、地面に転がったまま動けない。


 杖は折れ、魔導具は砕け、甲冑は歪んでいる。


 三百人のうち、まともに立っているのは——五十人もいないだろう。


 ヴィクターは片眼鏡を割られ、白衣を泥まみれにして、よろよろと立ち上がっていた。


 イェレミヤは法衣の裾が焦げ、顔の火傷の上からさらに新しい傷を負っていた。


 彼らもまた、消耗していた。


 でも。


「……五十人」


 シオンが、呟いた。


「まだ五十人いるわ。私たちは——三人と、動けないコアが一つ」


 数の暴力。


 どれだけ互いに消耗していても、この差は覆せない。


 一対一なら負けない。


 十対一でも、ドスンさんがいればなんとかなったかもしれない。


 でも、五十対三。


 しかも、こちらは全員が立っているのがやっと。


 メルクリウスが、静かに口を開いた。


「まだ立っている者。前に出なさい」


 命令は、淡々としていた。


「魔王殲滅は【四座の天秤】の最優先任務。一人残らず前に出て、撃ちなさい」


 よろめきながら、兵士たちが立ち上がる。


 折れた杖の代わりに、素手で魔法陣を描く者。


 砕けた魔導具の破片を握りしめ、残りカスの魔力を絞り出す者。


 盾を構え直し、震える脚で陣形を組み直す騎士たち。


 五十の弱々しい——しかし確実な殺意が、僕たちに向けられた。


「……ノア」


 シオンが、僕の肩に爪を立てた。


 痛い。


 でも、それがシオンの精一杯の「しがみつき」だと分かった。


「もう一回、あの倍返しは——」


「……無理です」


 正直に言った。


「ドスンさんの歯車がもう回らない。僕の糸も、もう——」


 指を動かしてみる。


 理の糸が、一本だけ、か細く震えた。


 たった一本。


 それが、今の僕の全てだった。


「……そう」


 シオンは、それ以上何も言わなかった。


 フクが、地面の上で、ゆっくりと首を持ち上げた。


「ノア。おいら、まだ噛みつけるッス。歯は残ってるッス」


「フク……」


「走れなくても、噛みつけるッス。一人くらいなら」


 フクの目が、震えながらも真っ直ぐ前を向いている。


 ——ああ。


 こんな時でも。


 この二人は。


「メルクリウス殿。準備完了です」


 ヴィクターの声。


 もう慇懃無礼な余裕はなかった。


 ただ生き残った者の、乾いた報告。


「聖教騎士団、残存兵力。射撃準備完了」


 イェレミヤの声。


 相変わらず感情はない。


 でも、声がかすれていた。


 メルクリウスが——右手を挙げた。


「撃ちなさい」


 五十の魔力が、同時に光を帯びた。


 規模はさっきの十分の一にも満たない。


 でも、今の僕たちには——それで十分だった。


 ドスンさんが、崩れかけた体で、最後の一歩を踏み出そうとした。


 もう三メートルもない。


 二メートルほどにまで縮んだ体を、それでも僕たちの前に置こうとする。


 歯車が——軋んだ。


 きゅる、と回ろうとして、途中で引っかかった。


 回れない。


 もう、回れない。


 それでも——回ろうとしている。


 何千年前と同じだ。


 守ると言われたから。


 守りたいから。


 壊れても。


 止まっても。


 ——僕は、ドスンさんの脚に手を伸ばした。


 もう一度、触れた。


 力は戻らなかった。


 奇跡は起きなかった。


 ただ——温かかった。


 日向で温められた石のような、穏やかな熱だけが、指先に残っていた。


「ありがとう、ドスンさん」


 今度は——お礼を言った。


 フクが「終わりみたいに聞こえる」と怒るかもしれない。


 でも、言いたかった。


 五十の光が、一斉に放たれた。





 ——その光が、僕たちに届くことは、なかった。


 光が消えた。


 放たれた五十の魔力の光が、僕たちに届く前に——消えた。


 いや。


 「消えた」のではない。


 「喰われた」。


 何かが——空から降ってきた。


 風を切る音すらなかった。


 理の糸が、その存在を捉えた瞬間、糸そのものが悲鳴を上げた。


 触れてはいけないものに触れた時の、あの灼けるような拒絶反応。


 僕の体中の理の糸が、一斉に逆立った。


 ——ドォン!!!


 僕たちと五十人の兵士たちの、ちょうど中間地点。


 そこに——何かが、墜落した。


 地面が陥没し、土と岩が四方に飛び散る。


 着地の衝撃だけで、立っていた兵士の半分が吹き飛ばされた。


 土煙が晴れた。


 クレーターの真ん中に、人影が一つ。


 立っていた。


「……なに、あれ」


 シオンが、声を失った。


「魔力が——ない。一切ない。あの人間の体から、魔力が一欠片も感じられない。なのに——存在感だけが、この谷にいる全員の合計より重い」


 理の糸で触れようとした。


 触れた瞬間——糸が、溶けた。


 触れただけで。


 魔力そのものを、否定する体。


 人影が、ゆっくりと首を回した。


 こきり、と首の骨が鳴る、気の抜けた音。


 そして——さっき喰った五十人分の魔力の余韻を、大きな欠伸と一緒に吐き出した。


「——ふあぁぁ……」


 欠伸。


 この状況で。


 世界中が中継で見守る、魔王殲滅戦のど真ん中で。


 何の緊張感もない、眠そうな欠伸が一つ。


 メルクリウスの声が——初めて、感情を帯びた。


「……帝国の、廃棄体……? なぜ、ここに——」


 人影は、メルクリウスの方を見もしなかった。


 代わりに、僕の方を——正確には、僕が抱えているコアの方を向いた。


 理の糸が伝える、その視線の温度は。


 敵意でも、善意でもなかった。


 ただ——純粋な、好奇心だった。




 最後までお読みいただき、ありがとうございます!


 限界を超えたノアたち。

 もう奇跡は起きない。

 ドスンさんの歯車ももう回らない。


 五十の光が放たれた、その瞬間——空から「それ」が降ってきました。

 魔力が一切ない。なのに、存在感だけが谷にいる全員の合計より重い。

 触れるだけで魔力が溶ける。放たれた魔法を丸ごと喰って、欠伸をする。


 帝国の「廃棄体」。

 メルクリウスすら動揺する、想定外の乱入者。


 その目が見つめているのは——ノアでも、敵でもなく、コアでした。


 次回、この絶望的な三つ巴の中で、一体何が起こるのか。

 少しでも「鳥肌が立った!」「続きが気になる!」と感じていただけましたら、

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