繋がる糸、溢れる力
お読みいただきありがとうございます!
ドスンさんが覚醒し、敵の最大攻撃を弾き返しました。
しかし——敵は、まだ本気を出していなかったのです。
ドスンさんは、僕たちの前に立ち続けていた。
ヴィクターの魔導師部隊が放つ炎弾も。
イェレミヤの騎士団が飛ばす光の鎖も。
すべて、あの分厚い腕で受け止め、弾き、払い除けていく。
ドゴン。
炎弾が着弾する。
ドスンさんの体が、一歩も後退しない。
ガキン。
光の鎖が腕に絡みつく。
ドスンさんが腕を振る。
鎖が千切れ飛ぶ。
一撃。
また一撃。
また一撃。
ドスンさんは、すべてを受け続けていた。
反撃はしない。
ただ、両腕を広げて、僕たちの前に壁のように立っている。
——守っている。
何千年前に「守れ」と言われた、あの小さな銀色の人形と同じように。
ただ、守るために。
「すごいッス……全然効いてないッス……」
フクが、ドスンさんの背中の向こうで弾ける炎を見ながら呟いた。
「でも——」
シオンが、声を低くした。
「ドスンさんも無限じゃないわ。よく見て。腕の表面に、少しずつ傷が増えてる。金属が元に戻る速度が、攻撃の頻度に追いつかなくなってきてる」
確かに、理の糸を通じて伝わってくるドスンさんの振動が——少しずつ、荒くなっていた。
きゅるきゅるきゅる。
歯車が速く回っている。
回復しようとしている。
でも、次から次へと飛んでくる攻撃に、修復が間に合わない。
ヴィクターが叫んだ。
「——中継は繋がったか!?」
「はっ! 本国回線、接続完了! 天秤監視局、映像転送開始しました!」
「よろしい! ならば——」
ヴィクターの声が、ぞっとするほど冷静になった。
「増援を呼べ。第二陣、第三陣、すべてだ。転移陣を開け」
——空気が、また割れた。
さっきと同じ、世界の表面を爪で引き裂くような不快な振動。
だが今度は——一つではなかった。
「ノア! 転移陣が——一つ、二つ、三つ……!!」
シオンの声が裏返った。
「七つ!! 七つの転移陣が同時に開いてるわ!!」
ビリビリビリビリビリ——!!
谷のあちこちで空間が裂ける音。
その裂け目から、人間の足音が溢れ出てくる。
甲冑の軋む音。
杖が石畳を叩く音。
詠唱が折り重なる音。
何十、何百という足音が、一斉に。
「……嘘、でしょ」
シオンの声が、掠れた。
「最初の五十人に加えて——二百。いいえ、まだ増えてる。三百は超えてるわ。正規軍の規模よ、これは」
三百人。
一国の精鋭部隊が丸ごと転移してきたような数。
それが、僕たちたった三人と鉄の巨人一体に向かって、包囲陣を敷いている。
「イェレミヤ殿! うちの増援も到着したことだし、お宅の騎士団も追加を呼んだらどうかね?」
「すでに呼んである」
イェレミヤの冷たい声。
東側の転移陣から、さらに整然とした足音が流れ込んでくる。
重い甲冑。
揃った呼吸。
聖教騎士団の本隊。
「第二聖騎士団、全員到着。第三聖騎士団、展開完了」
報告する声が、機械のように正確だった。
「……もう、数える意味もないッスね」
フクが、乾いた声で笑った。
笑うしかなかった。
増援の到着が完了すると——空気が、変わった。
最初の五十人の時とは、比較にならない密度の魔力が、谷を満たし始めていた。
息をするだけで、肺が圧迫される。
重い。
魔力の重圧だけで、フクの脚が震えている。
「さて」
ヴィクターの声が、谷に響いた。
「あの鉄の巨人は確かに頑丈だ。五十人程度の攻撃では傷一つつかない。素晴らしい防御力だよ。だからこそ——」
片眼鏡がカチリと回る。
「全員で、同時に撃つ」
アルケインの魔導師たちが、一斉に杖を掲げた。
百を超える杖の先端に、それぞれが異なる色の光を灯す。
炎。
氷。
雷。
風。
あらゆる属性の魔砲が、同時に充填されていく。
「聖教騎士団」
イェレミヤが、静かに宣告した。
「全魔力解放。【大聖裁の天柱】——集束開始」
——大聖裁。
さっきの【聖裁の天柱】のさらに上位。
五十人ではなく、三百人以上の祈りと魔力を束ねた、対都市殲滅級の神聖魔術。
空気が白く変色し始めた。
頭上に、太陽よりも眩い光の球体が形成されていく。
その光だけで、シオンの影が溶け始めた。
「っ……! 影が保てない……!」
シオンが僕の肩にしがみつく。
光属性の圧力だけで、影の存在自体が許されなくなっている。
ドスンさんが、両腕を頭上に掲げた。
さっきと同じ防御姿勢。
でも——今度は、さっきの何倍もの規模の攻撃が来る。
理の糸を通じて、ドスンさんの歯車の回転が伝わってくる。
きゅるきゅるきゅる。
速い。
必死だ。
でも——足りない。
分かる。
この規模の攻撃を、今のドスンさんの体だけで受け止めるのは——無理だ。
「ノア!! あれが来たら——」
シオンの声が、悲鳴になった。
「谷ごと消し飛ぶわ!!」
僕は、走った。
フクの背中から飛び降りて、ドスンさんの脚に向かって走った。
「ノア!? 何してるッス!?」
「ノア!! 前に出るな!!」
二人の叫びが聞こえる。
でも、止まれなかった。
止まったら——ドスンさんが一人で、あの光を受ける。
また一人で。
また、たった一人で守ろうとする。
何千年前と、同じように。
僕は、ドスンさんの脚に——触れた。
両手で。
焼けた指先で。
痛い。
でも、触れた。
——その瞬間。
世界が、静止した。
いや、静止したのは僕の中の時間だった。
ドスンさんの歯車の振動が、指先から骨を伝い、腕を駆け上がり、胸の奥に到達した。
そこで——理の糸と、歯車の回転が、噛み合った。
がちん。
たった一つの、小さな音。
歯車の歯が、僕の理の糸の一本に引っかかり——回転に巻き込んだ。
その一本が回ると、隣の糸も回った。
隣の糸が回ると、その隣も。
連鎖。
僕の体中の理の糸が、ドスンさんの歯車と同期して回り始めた。
「——なに、これ」
声が出た。
自分の声なのに、遠くに聞こえた。
体の中で、何かが——膨れ上がっている。
魔力。
僕の魔力が——桁が変わった。
さっきまで枯渇寸前だったはずの魔力が、底なしの井戸から汲み上げるように、際限なく溢れてくる。
糸の一本一本が太くなる。
強くなる。
振動が激しくなる。
世界中の理の糸が、僕の指先に集まってくるような感覚。
「ノア……!! あんた、魔力が——!!」
シオンの声が震えていた。
「ありえない……! 何十倍にも膨れ上がってる……! コアと魔力が同期してる!!」
ドスンさんの能力。
それは——「守る者の力を増幅する」こと。
何千年もの間、この谷の命を守り続けてきたコアの、本来の力。
暴走して鉄に変えるのではなく。
触れた者の「守りたい」という意志を——歯車で巻き取り、何十倍にも増幅して返す。
コアの歯車と、僕の理の糸が繋がったことで——その能力が、初めて正しく発動した。
「ドスンさん」
僕は、鉄の脚に額を押し当てた。
「一緒に、守りましょう」
きゅるん。
歯車が、一回だけ嬉しそうに鳴った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
三百人の軍勢。対都市殲滅級の神聖魔術。
絶望的な状況の中で、ノアはドスンさんの脚に触れました。
その瞬間——理の糸と歯車が噛み合い、枯渇していたはずの魔力が何十倍にも膨れ上がります。
ドスンさんの本当の力は、「鉄に変える」ことではなく、「守りたい者の力を増幅する」こと。
何千年も一人で回り続けた歯車が、ようやく——「一緒に守る」誰かと出会えたのです。
次回、増幅された力でノアは何を見せるのか——。
少しでも「震えた!」「ドスンさんの能力が熱い!」と思っていただけましたら、
ページ下部の【☆☆☆☆☆】から応援やブックマークをしていただけると嬉しいです!




