鉄の産声
お読みいただきありがとうございます!
光の檻が閉じようとする中、コアの歯車が必死に回り続けていました。
そして——最大の一撃が放たれたその瞬間、「何か」が目を覚まします。
結界が、あと数十秒で閉じる。
光の柱が東西南北から伸びてきて、頭上で合流しようとしている。
繋がった瞬間、この谷は完全な「光の檻」になる。
フクの脚は限界を超えていた。
走っているというより、惰性で前に倒れ続けているだけだ。
「フク、もう少しだけ——」
「ノア。来るわ」
シオンの声が、凍った。
今までとは、質が違う。
空気が——白く変色していく。
東側の結界陣の中心で、イェレミヤが両手を天に掲げていた。
そして、その背後に並んだ聖教騎士団の全員が——同時に、祈りの詠唱を始めた。
五十の声が重なる。
祈りの波動が重なる。
魔力が重なる。
一つの巨大な光の柱へと、すべてが収束していく。
「……全員分の魔力を一点に集中してるわ。あれは——個人の魔術じゃない。軍団魔術よ」
シオンの声が震えた。
「最大規模の神聖攻撃魔術——名前は知ってる。【聖裁の天柱】。リタニアが城壁ごと異端を焼き尽くすために使う、対城塞殲滅術。あんなもの、まともに受けたら——」
言い終わる前に、イェレミヤの声が響いた。
「——女神よ。どうか、哀れな罪人に安息を」
祈りだった。
殺すための祈り。
「【聖裁の天柱】——降ろしなさい」
天が、割れた。
頭上から、太陽が落ちてきた。
そうとしか表現できない。
光の柱ではなかった。
光の「壁」だった。
谷の幅いっぱいに広がる、白い滅びの光が、真上から押し潰すように降りてくる。
影が消えた。
シオンの影が——光に焼かれて、存在できなくなった。
「っ——!」
シオンが苦痛の声を漏らす。
フクが、もう走れない脚で、それでも最後の一歩を踏み出そうとする。
間に合わない。
避けられない。
防げない。
——その時。
胸の中のコアが、爆発した。
いや、爆発ではない。
回転した。
今までの弱々しい「きゅる」ではなかった。
ギュルルルルルルルルルル——!!!!
コアの歯車が、狂ったように回転を始めた。
同時に、僕の体中の理の糸が——引っ張られた。
指先から。
腕から。
胸の奥から。
僕が持つすべての理の糸を、コアが巻き取るように吸い込んでいく。
「なっ——」
糸を奪われているのではない。
借りている。
コアの歯車が、僕の糸を芯にして——何かを、「編んで」いる。
僕の上着の内側から、コアが飛び出した。
宙に浮いたコアから、黄金色の光が四方八方に炸裂する。
光ではない。
金属だ。
コアの内部から、金属が——水のように溢れ出している。
それが空中で形を変え、結合し、積み上がっていく。
脚ができた。
二本の、太い鉄の脚。
胴ができた。
分厚い、樽のような鉄の胴体。
腕ができた。
丸太のように太い、二本の鉄の腕。
そして——頭。
ずんぐりとした、球体に近い頭部。
目はない。
口もない。
ただ、胸の中央に——コアの歯車が、黄金の光を放ちながら回転している。
全高三メートル。
ノアたちを覆い隠すように、鉄の巨人が立ちはだかった。
——ドスン。
巨人の足が、地面を踏みしめた。
その足音が、谷全体を震わせた。
【聖裁の天柱】の光が、鉄の巨人の頭上に落ちた。
直撃。
白い光が、鉄の体を飲み込む。
——だが。
鉄の巨人は、両腕を頭上で交差させた。
ただそれだけの動作。
光が——弾けた。
ドォンッ!!!!
白い滅びの光が、左右に分裂して谷の壁を抉った。
五十人分の魔力を集束した最大規模の神聖魔術が、鉄の腕二本で——弾き返された。
轟音の余韻が消えた後、谷に静寂が落ちた。
鉄の巨人は、微動だにしていなかった。
胸のコアが、きゅるん、と一回だけ回った。
鉄の巨人が、ゆっくりと振り返った。
東側の結界陣——閉じかけていた光の檻に向かって。
そして。
右腕を、振り上げた。
何の助走もなく。
何の予備動作もなく。
ただ、握った拳を——結界の柱に向かって叩きつけた。
——ドッッッスンッ!!!!!!
光の柱が、粉々に砕け散った。
それだけではない。
拳の衝撃波が連鎖して、隣の柱が折れ、さらに隣の柱が折れ——結界陣が、ドミノのように崩壊していく。
東。
北。
南。
西。
四方の光の檻が、一撃の余波で全壊した。
夜空が——戻ってきた。
星の光が、谷に降り注ぐ。
鉄の巨人が、もう一度足を踏み鳴らした。
ドスン。
その音が、谷を埋め尽くす軍勢の足元を、びりびりと震わせた。
「で、でかいッス……!」
僕の足元で、フクが目を丸くして巨人の背中を見上げていた。
「さっきのスクラップの半分くらいだけど……でも、あんな光の柱を腕だけで弾き返したッス! なんて頑丈さッスか!」
「……驚いたわ」
シオンも、僕の肩の上で息を吐いた。
「魔導形状記憶合金。持ち主の魔力と意志に応じて形状を変える究極の金属。あのコアは、あんたの理の糸を『芯』にして、自分の一番頑丈な形を編み上げたのね。……どう? ノア」
「……温かいです」
僕は、目の前に立つ巨人の太い脚に、そっと手を伸ばした。
鉄の表面は、もうあの赤い霧のような冷たくて錆びた匂いはしなかった。
まるで、日向で温められた石のような、穏やかな熱。
「ありがとう……ドスン、さん」
巨人の胸の中で、コアが「きゅるん!」と嬉しそうに回った気がした。
「……いま、さらっと変な名前つけたッスよね!?」
「足音が、ドスンって鳴ったので」
「あんなかっこよく助けてくれたのに、もっとこう、ナイトとかアイアンとかなかったッスか!?」
「ドスンさんです」
僕が言い切ると、ドスンさんは同意するように、もう一度「ドスン」と足を踏み鳴らした。
沈黙が、十秒ほど続いた。
最初に声を上げたのは、ヴィクターだった。
「——素晴らしい」
震えていた。
恐怖ではない。
歓喜だ。
「素晴らしいッ!! 素晴らしいぞッ!! 見たか!? 見たのか!? コアが自律覚醒した! 魔導形状記憶合金が自己構築して戦闘形態を取った!! これだ、これこそが! 人間の限界を突破する永久機関の——!!」
ヴィクターの声が裏返っている。
片眼鏡が目まぐるしく回転し、数値を吐き出し続けている。
「記録しろ!! 全員、全計測器を起動しろ!! あの巨人の挙動をすべて記録するんだ!! 一秒たりとも逃すな!!」
アルケインの魔導師たちが、慌てて魔導具を取り出す。
光を放つ結晶体が、鉄の巨人に向けられた。
記録装置。
——そしてヴィクターが、さらに叫んだ。
「それから——中継を繋げ!! 本国と天秤に!! 今すぐだ!! 全世界に映像を飛ばせる回線を確保しろ!!」
「中継……ッ!?」
シオンが息を呑んだ。
「あいつら、映像をリアルタイムで飛ばすつもりよ!」
中継。
この場で起きていることを、世界中に。
イェレミヤも、冷たい目で鉄の巨人を見上げていた。
「……やはり、目覚めたか」
感情のない声。
だが、その奥に——深い憎悪の炎が揺れていた。
「全騎士に告ぐ。対象の脅威度を最大に引き上げなさい。先ほどの一撃は前哨戦に過ぎない」
イェレミヤが、法衣の内側から小さな水晶球を取り出した。
「——聖都、聞こえますか。特務執行官イェレミヤです。機巧谷の古代遺物が自律覚醒しました。先の報告通り、第三特異点の核は健在。ただし——予想を超える規模です。増援を要請します。同時に、天秤の監視局にも本映像を転送してください」
天秤。
二度目だ。
二つの国が——同じ名前を口にしている。
「ノア。『天秤』って何か知ってる?」
「……知りません」
「私も知らないわ。でも——二つの敵対国が同じ相手に報告してる。ということは、あの二つの上にいる誰か、ということよ」
鉄の巨人は——ドスンさんは、僕たちの前に立ち続けていた。
何も言わず。
ただ、胸の歯車をきゅるきゅると回しながら。
僕を、守るために。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ドスンさん、覚醒!
ノアの理の糸を芯にして自らの体を編み上げ、【聖裁の天柱】を腕二本で弾き返し、光の檻を一撃で粉砕しました。
しかし——喜んでいる暇はありません。
敵は「中継」を繋ぎ始めました。しかも、アルケインもリタニアも、「天秤」という謎の存在に映像を送ろうとしています。
二大国の上に立つ「天秤」とは一体——?
次回、中継が繋がった世界の目の前で、ノアの「神のごとき力」が暴かれていきます。
少しでも「ドスンさんがカッコいい!」「天秤って何!?」と思っていただけましたら、
ページ下部の【☆☆☆☆☆】から応援やブックマークをしていただけると大変嬉しいです!




