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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第3章 錆骸の機巧谷

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三分間の心臓と、誰かが埋めた罠


 お読みいただきありがとうございます!

 神雷鳴の一矢でコアが露出した前回の直後。

 しかし、剥き出しの心臓は「終わり」ではなく、さらなる絶望の「始まり」でした。



 コアが、震えている。


 握り拳ほどの鉄の心臓が、露出した胸の中で激しく明滅を繰り返す。


 とくん。


 とくん、とくん、とくん——。


 鼓動が、急激に速くなっていく。


 理の糸を通して伝わる振動が、不規則に乱れ始めた。


 これは——


『——ケイコク。ケイコク。コア、ロシュツ。サイシュウ、ボウエイ、キコウ——キドウ』


 機械音声の調子が変わった。


 さっきまでの虚ろな呟きではない。


 冷たく、正確で、感情の欠片もない——「システム音声」。


『ジカイ、シーケンス、カイシ。ハンケイ、ゴキロ、ナイ、ノ、ゼンコウゾウ、ヲ——ショウキャク』


「——ノア!!」


 シオンの悲鳴に近い声が響いた。


「あいつの体の中で、何か光り始めてる! 胸の核から、赤い光の筋が全身に走ってる——血管みたいに! それが壁にも、床にも、天井にも伝播していってる!」


 理の糸で触れた瞬間、その意味が分かった。


 自壊。


 コアが外気に触れたことをトリガーにして、最終防衛機構が作動した。


 半径五キロ以内のすべてを巻き込んで、自分ごと焼き尽くす。


「シオン、あの赤い光が全身に行き渡るまでの時間は——」


「……三分。長くて三分よ。赤い筋が全部つながった瞬間に——起爆する」


 三分。


 たった百八十秒。


『ジカイマデ……ヒャクハチジュウ……ヒャクナナジュウキュウ……ヒャクナナジュウハチ……』


 カウントダウンが始まった。


 無機質な声が、一秒ごとに数を刻んでいく。


「五キロって……! 街も、トロのとこも、ベルさんの食堂も全部じゃないッスか!!」


 フクの声が裏返る。


 その通りだ。


 ドール・ガリアの街は、ここから三キロも離れていない。


 この自壊が完了すれば、街ごと消し飛ぶ。


 トロが。


 ベルが。


 あの食堂の温かいスープも。


 全部。


「……止めます」


 僕はフクの背中から飛び降り、スクラップの胸に向かって走った。


「ノア!? あんた正気!?」


「止められます。自壊のシーケンスも、理の糸で編まれたプログラムです。糸で編まれたものなら——僕に解けないものはありません」


 むき出しのコアに、両手を伸ばす。


 指先が、脈動する鉄の心臓に触れた。


 ——熱い。


 焼けるように熱い。


 自壊のエネルギーが、コアの表面を灼熱に変えている。


 皮膚が焦げる匂い。


 自分の手のひらの。


 構わない。


 理の糸を、コアの内部へと沈めていく。


『ヒャクロクジュウ……ヒャクゴジュウキュウ……』




 コアの内側は、精密な糸の塊だった。


 何万本という理の糸が、一本一本丁寧に編み上げられている。


 この糸の配列こそが、ロード・スクラップというシステムの「意志」そのもの。


 「守れ」「保存しろ」「失うな」——単純で、ひたむきで、何千年も変わらなかった命令の数々。


 その糸を辿りながら、自壊シーケンスの根元を探す。


 どこだ。


 どこから、この「壊れろ」という命令が出ている——


 ——あった。


 コアの裏側。


 本体の糸の束とは明らかに異質な、冷たい糸の結び目。


 僕は、一瞬、指を止めた。


 この結び目は——おかしい。


 スクラップの糸は、すべてが有機的に絡み合っている。


 何千年もかけて、少しずつ編み足され、修繕され、自分自身の手で紡がれた糸。


 けれど、この自壊プログラムの糸だけが違う。


 外科手術のように正確で、冷たくて、機械的。


 まるで、完成した作品の裏側に、後から誰かがこっそり爆弾を縫い付けたような——


「……これは」


 声が震えた。


「シオン。この自壊装置は——もともとスクラップのものじゃありません」


「何ですって?」


「後から取り付けられたものです。スクラップの糸とは全然違う『手触り』の糸で、コアの裏側に——寄生するように縫い込まれてる」


『ヒャクサンジュウ……ヒャクニジュウキュウ……』


 カウントダウンは止まらない。


「誰かが——この子に、爆弾を仕込んだんです」


 何千年も独りで谷を守り続けた、この哀しい機械の中に。


 「もしコアが破られたら、証拠ごと全部消し飛ばせ」と。


 誰が。


 何のために。


 ——今はそれを考えている暇がない。


「解除します。三分以内に、この糸を全部解く」


 指先を、冷たい結び目に潜り込ませる。


 寄生された糸を、一本ずつ、スクラップの本来の糸から引き剥がしていく。


 慎重に。


 一本でも間違えれば、即座に起爆する。


『ヒャクジュウ……ヒャクキュウ……』




 がしゃん。


 コアの中の糸に集中していた僕の意識を、巨大な振動が引き戻した。


 スクラップが——まだ動いている。


 胸に大穴を開けられ、自壊カウントが進行し、コアがむき出しになった状態で。


 それでも、四本の脚が床を踏みしめ、残った腕が武器を振り上げる。


『マモ……ル……マモラ、ナケ……レバ……』


 壊れかけの声が、機械音声と祈りの境目で軋んでいる。


「ノア! あいつがまた来るッス!」


 フクの叫び。


 僕は今、スクラップの胸に張り付いている。


 両手はコアに突っ込んだまま、自壊の糸を解いている最中。


 動けない。


 避けられない。


「——フク! シオン!」


「分かってる!!」


 シオンの声。


 冷たい影が、僕の周囲にドーム状に展開された。


 同時に、フクがスクラップの前に飛び出す。


「おいらがここにいるッス!! こっちッスよ、でっかいの!!」


 フクが吠えながら、スクラップの脚の間を縫うように走り回る。


 大剣が振り下ろされる。


 フクが横に跳ぶ。


 斧が空を切る。


 フクが身を伏せてくぐり抜ける。


 鉄槌が床を叩く。


 衝撃波がフクの体を弾き飛ばしそうになる——けれど、歯を食いしばって踏み留まる。


「おいらは! ノアの脚ッス!! ノアが終わるまで!! 絶対に!! 倒れないッス!!!」


 白金の毛皮が、汗と血と油で真っ黒に汚れている。


 それでもフクは走り続ける。


 僕の代わりに。


『ナナジュウニ……ナナジュウイチ……ナナジュウ……』


 カウントダウンが、残り七十秒を切った。


 僕の指の下で、冷たい糸がまだ何十本も絡みついている。


 一本解く。


 二本目。


 三本目が——深い。


 スクラップの本来の糸に、針のように食い込んでいる。


 力任せに引き抜けば、コアそのものが壊れる。


 慎重に、周囲の糸をほぐしてから、そっと引き抜く。


「くっ……」


 手が震える。


 焦げた皮膚がコアの熱で張り付いて、指を動かすたびに肉が裂ける感覚。


 痛い。


 でも——


『ゴジュウハチ……ゴジュウナナ……』


 シオンの影のドームが、スクラップの鋸刃を受け止めた。


 ぎぃん、と影が軋む音。


「……ノア。急いで」


 シオンの声が、初めて、かすれていた。


「この影、あと一分も保たないわ」


 一分。


 残りの糸は——まだ、十二本。


 十二本を六十秒で。


 一本あたり五秒。


 できる。


 やるしかない。


 七本目を引き抜いた瞬間、スクラップの全身がびくん、と痙攣した。


『ヨンジュウニ……ヨンジュウイチ……マモ……ラナケレバ……クラ……ス……』


 ——今の。


 壊れた音声のノイズの中に、一瞬だけ、何か別の響きが混じった。


 名前?


 いや——カウントダウンの声に紛れて、もう聞こえない。


 気のせいだ。


 今はそれどころじゃない。


 機械音声が、ついに途切れ途切れになった。


 九本目。


 影のドームに亀裂が走る音。


 十本目。


 フクが鉄槌を避け損ねて、壁に叩きつけられる鈍い音。


「フク!!」


「……だい、じょうぶ、ッス……。まだ……立てるッス……」


 十一本目。


『ジュウハチ……ジュウナナ……ジュウロク……』


 残り十六秒。


 最後の一本。


 この一本だけが、他のどの糸よりも深く、コアの中心に食い込んでいる。


 まるで心臓に突き刺さった棘のように。


 引き抜けば——コアが崩壊するかもしれない。


 でも、残せば——五キロが消し飛ぶ。


『ジュウニ……ジュウイチ……ジュウ……』


「ノア!!」


「シオン!!」


「ノアァァァ!!」


 フクとシオンの声が重なる。


 僕は——最後の棘を、掴んだ。


 引き抜くのではない。


 糸で包み込むのだ。


 棘の周囲に、自分の理の糸を巻きつける。


 一巻き、二巻き、三巻き——棘を「絶縁」する。


 爆弾を取り除くのではなく、起爆信号を遮断する。


『キュウ……ハチ……ナナ……ロク……』


 巻きつける。


 もう一重。


 もう一重。


『ゴ……ヨン……サン……』


 ——きゅっ。


 最後の結び目を、締めた。


『ニ……イ——————』


 カウントが。


 止まった。


 赤い光の筋が、スクラップの全身から、すっ——と消えていく。


 壁から。


 天井から。


 床から。


 静寂が、雪のように降り積もった。


 僕の両手は、コアに張り付いたまま。


 指先の感覚は、もうほとんどない。


 ただ、コアの鼓動だけが——弱々しく、でも確かに、指の腹に伝わっている。


 とくん。


 とくん。


 まだ、生きている。


「……止め、ました」


 声が出た。


 自分の声なのに、遠くから聞こえるみたいだった。


 フクが、壁際でへたり込んだまま、尻尾を一回だけ振った。


「ノア……やった、ッス……」


 シオンの影のドームが、ほどけるように消えていった。


 小さな猫の影が、ふらつきながら僕の足元に来て、額を脛に押し当てた。


 何も言わなかった。


 何も言わなくても、伝わった。



 最後までお読みいただき、ありがとうございます!


 自壊カウントダウン、三分間の死闘でした。

 そして、ノアが見つけた恐ろしい事実——自壊装置はスクラップ自身のものではなく、「誰かが後から仕込んだ」もの。

 この伏線が回収される日は、まだ先のお話です。


 次回、ついにロード・スクラップとの「対話」が始まります。

 少しでも「手に汗握った!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

 ページ下部の【☆☆☆☆☆】から応援や、ブックマークをしていただけると大変嬉しいです!

 よろしくお願いいたします!


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