雷弓と、錆びた騎士
お読みいただきありがとうございます!
ロード・スクラップの一撃がノアを襲った前回の続きです。
物理が通じない鉄の巨人に、ノア・フク・シオンの三位一体の戦闘が始まります。
耳が、鳴っている。
キーン、という高音が頭蓋の内側を叩き続ける中で、最初に戻ってきたのはフクの毛並みの温度だった。
僕はフクの背中の上にいる。
さっきの一撃の直前に、フクが咄嗟に跳んでくれたらしい。
「ノア! 生きてるッスか!?」
「……生きてます。フク、ありがとう」
「お礼は後ッス! あいつ、もう次が来るッス!」
理の糸を弾く。
振動が返ってきた——三十メートル先。
巨大な質量が、こちらに向き直っている。
四本の脚が鉄板の床を踏みしめる音。
一歩ごとに、空洞全体が揺れる。
『シンニュウシャ……ハガネノ、ユリカゴヘ……オサメル……』
カタカナの機械音声が、壁に反響して重なる。
ゆりかご。
僕たちも「保護」するつもりだ。
鉄に変えて、永遠に。
「シオン、あれの大きさは」
「全高八メートル。上半身は鎧を纏った騎士で、右腕に巨大な鉄槌。下半身の四本脚は一本一本が木の幹より太い。それと——背中から六本の腕が生えているわ。全部に違う武器を持ってる」
「八本腕ですか……」
「鉄槌、大剣、斧、盾、鋸刃、それから——最後の一本は、まだ折り畳まれてて見えない」
がちゃん。
足音がさらに一歩、近づいた。
「フク、右に走ってください」
「了解ッス!」
フクが地面を蹴った瞬間——空気がひしゃげた。
さっきまで僕たちがいた場所を、鉄槌が叩き潰す轟音。
遅れて熱風が背中を殴りつける。
鉄板の床が砕ける振動が、フクの脚を伝って腰まで響いてきた。
「シオン。今の一撃、床がどうなりましたか」
「……六メートル四方の鉄板が、紙みたいにひしゃげてるわ。厚さ三十センチはあったのに」
六メートル。
三十センチの装甲を、一打で。
「……フク、一つ試します。壁に近づけますか?」
「やるッス!」
フクが壁際へ走る。
僕は壁の表面に手を伸ばし——鉄板の破片を一枚、もぎ取った。
破片を握りしめ、理の糸で強化する。
金属の理の糸を圧縮して、限界まで硬く、鋭く。
即席の刃。
「シオン、あいつの前脚が近づいたら教えてください」
「——今! 左前脚、三メートル!」
僕は破片を振り下ろした。
手首に、硬質な衝撃が突き刺さる。
——弾かれた。
完全に、弾かれた。
刃が欠けたのではない。
破片のほうが粉々に砕けた。
スクラップの装甲には、傷一つ付いていなかった。
「……硬い」
「硬いなんてもんじゃないわ。今の一撃で、あんたの破片のほうが爆散したわよ」
理の糸で強化した鉄片が、相手の装甲に触れた瞬間に砕け散る。
物理攻撃は通じない。
次元が違う硬さだ。
『マモル……マモル……スベテヲ、マモル……』
スクラップが再び動き出した。
四本の脚が加速する。
突進。
まっすぐに、僕たちに向かって。
「フク、左に!」
フクが身体をひねる。
巨体がすぐ横を通過する際の風圧で、毛皮がばさばさと暴れた。
すれ違いざまに、六本の腕が同時に振り回される。
大剣が空を薙ぐ風切り音。
斧が壁を削る金属の悲鳴。
鉄槌が天井を掠めて粉塵を降らせる。
その全てを、フクが紙一重で躱しきった。
「フク、すごいです」
「褒めてる場合じゃないッス! おいらもう脚がガクガクッス!」
物理がだめなら——魔術しかない。
僕は右手の五本の指を開き、理の糸を手繰り始めた。
風の糸。
速い。
軽い。
スースーする、透明な振動。
雷の糸。
ビリビリする。
触れた指先がチリチリと痺れる、尖った振動。
この二つを——撚り合わせる。
ただし、今までの「風雷の一閃」とは形を変える。
弾丸ではなく。
一点を射抜く、「矢」にする。
風の糸を弓のように弧を描かせ、その弦に雷の糸を番える。
指先で弦を引き絞る感触。
ぴん、と張った糸が、ビリビリと指の腹を焼く。
「……シオン」
「何」
「彼の関節、見えますか」
「……見える。前脚の膝に四箇所、肘に二箇所、首の付け根に一箇所。装甲と装甲のあいだに、歯車の噛み合わせ部分が剥き出しになってる」
「そこだけは、硬くないですか?」
「……なるほどね。歯車は動き続けなきゃいけないから、装甲で覆えない。唯一の弱点ね」
「ナビゲート、お願いします」
「いいわよ。——右前脚、膝の位置。ノアの右手から時計の二時方向、距離十五メートル、高さ一・五メートル」
指を離す。
風の弓が鳴った。
ビャン——。
雷を纏った一条の矢が、赤い霧を裂いて飛ぶ。
着弾。
パキィン! と、硬い何かが弾ける音。
『——ギ、ギ、ギギギギギ……!』
スクラップの歩行が、ほんの一瞬だけ乱れた。
右前脚の膝が、微かにぐらついている。
「……効いた?」
「歯車の一枚が欠けたわ。でも——すぐに周りの歯車が噛み合いを変えて補正してる。自己修復機能付きよ、この化け物」
自己修復。
一発では壊しきれない。
でも——効いた。
物理では傷一つ付かなかった相手に、雷の矢は確かに届いた。
「フク、走り続けられますか」
「走るのだけは得意ッスよ!」
「じゃあ——シオン、全部の関節の位置を教えてください。片っ端から撃ちます」
「上等。——次、左前脚の膝。十時方向、距離十二メートル、高さ一メートル」
弦を引く。
放つ。
ビャン。
パキィン。
『ギ、ギギ——』
フクの背中で弓を構えながら、シオンの座標ナビで次々と矢を放つ。
二射目、左前脚。
三射目、右後脚。
四射目、左後脚。
五射目、右肘。
フクが壁を蹴って方向を変えるたびに、スクラップの巨体が追いかけてくる。
六本の腕が振り回される。
大剣が頭上を薙ぎ、鋸刃が壁を抉り、斧が床を叩き割る。
その度に、鉄の破片が飛び散って僕の頬を切る。
血の匂い。
自分の。
「ノア、左! 盾が来る!」
シオンの声。
フクが沈み込むように低く跳んだ。
頭の上を、盾の縁が凄まじい速度で通過する。
風圧で髪が千切れそうになる。
「六射目、首の付け根! 十二時方向、距離八メートル、高さ五メートル!」
首。
一番深い歯車。
弦を限界まで引き絞る。
指先が、雷の熱で焼けるように痛い。
放つ。
ビャァン!
今度は音が違った。
矢が空気を引き裂く音が、一際鋭く。
着弾。
ガキィィン!!
『——ギ、ギギギギギギギギ!!』
スクラップの首が、がくん、と横に傾いた。
歯車が軋む悲鳴のような金属音が、空洞全体を震わせる。
「首の歯車、三枚砕けた! でも——ノア、まだ動いてる!」
まだ動く。
この化け物は、首の歯車が壊れてもまだ止まらない。
『マモ……ル……マモ、ラ、ナケレ……バ……!!』
壊れかけの機械音声が、半ば絶叫のように響いた。
直後。
空気が——変わった。
背中の六本の腕が、全て同時に武器を構える気配。
六方向からの同時攻撃。
「フク!!」
「分かってるッス!!」
フクが全力で跳んだ。
大剣が右を薙いだ。
斧が左を叩いた。
鉄槌が真上から落ちた。
鋸刃が足元を走った。
盾が背後を塞いだ。
そして——最後の六本目、折り畳まれていた腕が展開する。
その先端にあったのは、武器ではなかった。
理の糸が教えてくれた。
それは——巨大な「手のひら」。
武器ではなく、「掴む」ための手。
何かを抱きしめるための、大きな、大きな手のひら。
その手が、僕たちに向かって伸びてくる。
優しく。
でも、絶対に逃がさないという力で。
『ハガネ、ノ……ユリ、カゴ、ヘ——オイデ……』
——おいで。
その一言だけが、壊れた機械音声の中で、不思議なほど澄んでいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
物理攻撃が全く通じないロード・スクラップに対し、ノアは即席の「雷の弓」で関節の歯車を狙い撃ちます。
フクの機動力、シオンの精密ナビ、ノアの魔術——三位一体の連携戦闘でしたが、それでもスクラップは止まりません。
そして最後に現れた六本目の腕は、武器ではなく「手のひら」でした。
抱きしめるための、誰かを護るための、巨大な手。
次回、この「哀しい保護者」との決着です。
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