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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第3章 錆骸の機巧谷

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灰かぶりの修理屋と、金色の迷える勇者

お互いの正体(と探している相手であること)を知らないまま、言葉を交わす二人。

ノアの隣で、すべてを知るシオンだけが静かに見つめています。


 果物屋の前の石段に、二人で腰掛ける。


 リンゴを半分に割って、ルークに片方を渡す。


「え、いいの?」


「どうぞ。この街のリンゴ、すごく美味しいんですよ」


「ん——うまっ! 何これ、甘い!」


「地熱で育ってるからですかね。普通のリンゴより糖度が高いんですって」


「へぇ。——修理屋くん、この街には長いの?」


「五日くらいです。でももう少しいるつもりで。この街、居心地がいいんですよねぇ」


「分かる。ドワーフって、一見怖いけどめちゃくちゃ親切だよな。さっきも道聞いたら、肩叩かれすぎて脱臼するかと思った」


「あはは。僕も来た日にやられました」


 笑う。


 二人で笑う。


 リンゴの汁が指を伝って、石段の上にぽたりと落ちる。


 こんな何でもない時間が——たまらなく懐かしい。


 以前は、こうやって道端に座って、二人でよく食べ物を分け合っていた。


 焼き菓子とか。


 串焼きとか。


 ルークが「半分こしよう」って言って、いつも少しだけ大きい方を僕に渡してくれて——。


 ……知らない。


 僕は、それを知らない。


 知らないことに、している。


「——あ、そうだ。修理屋くん、ちょっと見てほしいものがあるんだけど」


 ルークが腰の鞘から、何かを取り外す気配。


「剣の鞘の留め具が、旅の途中で歪んじゃって。開け閉めのたびに引っかかるんだ。この街で直してもらおうと思ったんだけど、鍛冶場はどこも忙しそうで」


「見せてもらってもいいですか?」


「うん」


 手のひらに乗せられた、小さな金属の留め具。


 指先で触れる。


 ——理の糸が、流れ込んでくる。


 この留め具に触れてきた者たちの記録。


 ルークの手。


 それから——微かに、ガルドの手。


 セシリアの手。


 三人分の振動が重なって、小さな金属の中に息づいている。


 三人。


 ……三人だけ。


 当たり前だ。


 四人目の記憶は、世界から消えている。


「簡単な歪みですね。すぐ直りますよ」


 指先で、留め具の理の糸をそっと手繰る。


 歪んだ振動を正す。


 ほんの数秒。


 元通りの、滑らかな動きに戻る。


「——はい。もう大丈夫です」


「え、もう? 触っただけで?」


「ちょっとした調整です。大したことはしてないですよ」


 ルークが留め具を受け取って、鞘に嵌め直す。


 かちり、と小気味いい音。


「すごい……。完璧だ。新品みたいに滑らかになってる」


「気に入ってもらえたなら嬉しいです」


「気に入るどころじゃないよ。——ありがとう、修理屋くん。お代は——」


「いらないです。リンゴのお礼ということで」


「リンゴはそっちが奢ってくれたやつだろ!」


「あはは。細かいことは気にしないでください」


 ルークが、困ったように笑う。


 ——その笑顔が、少しだけ曇る。


「……なぁ、修理屋くん」


「はい?」


「変なこと聞いてもいい?」


「どうぞ」


「俺さ、今——すっごく変な気持ちなんだ。初めて会ったのに、初めて会った気がしないっていうか。なんだろうな。うまく言えないけど——」


 ルークが言葉を探している。


 見えないけれど。


 分かる。


 ルークは今、胸の奥にある「空白」と向き合っている。


 名前のない寂しさ。


 理由のない懐かしさ。


 それが何なのか分からないまま、ずっと探し続けている。


「——安心するんだ。君と話してると。なんでだろ」


「それはきっと——」


 僕は少しだけ間を置いて。


「リンゴって、人を幸せにする果物なんですよ。一緒に食べると、誰とでも仲良くなれるんです」


「……何それ。修理屋くん、絶対テキトーなこと言ってるだろ」


「ばれました? えへへ」


 ルークが吹き出す。


 その笑い声が、市場の喧騒に溶けて消えていく。


---



「——そろそろ行かなきゃ。仲間が待ってるから」


 ルークが立ち上がる。


「仲間がいるんですね。いいなぁ」


「うん。三人で旅をしてるんだ。——いや、四人なんだけどな。一人は自由行動中で、どこにいるか分からない」


「賑やかそうですねぇ」


「まぁな。——あ、修理屋くんもこの街にいるなら、また会えるかな」


「会えるといいですね」


「うん。——じゃあ、またな、修理屋くん」


「はい。また」


 ルークが歩き出す。


 数歩。


 そして——立ち止まる。


 振り返る気配。


 左後ろを。


「……」


 でも、そこには僕はいない。


 僕は、彼の正面にいたのだから。


 ルークは首を振って、人混みの中へと消えていく。


 その足音が完全に聞こえなくなるまで、僕は果物屋の前の石段に座ったまま、リンゴの残りを齧っている。


 隣で、シオンが何も言わずに立っている。


 長い、沈黙。


 市場の喧騒だけが、遠い世界の出来事みたいに耳を掠めていく。


---



「……ノア」


 シオンが、ようやく口を開く。


 いつもより、ずっと静かな声。


「はい?」


「あなた——大丈夫?」


「大丈夫ですよ。何がですか?」


 僕は微笑む。


 いつもの微笑み。


 ちゃんと笑えている。


「ルークさん、元気そうでよかったです」


「……ノア」


「背も伸びてましたね。声も低くなってて。一年で、ずいぶん大人っぽくなったなぁ」


「ノア」


「——また会えただけでも、奇跡のようなものですから」


 シオンが、僕の手を取る。


 両手で、包み込むように。


 星空の匂いがする、温かい手。


「あなたは——あの子に、『はじめまして』って言ったのね」


「はい」


「——辛くないの」


「辛くないですよ」


 嘘じゃない。


 本当に、辛くない。


 ルークが元気で、笑っていて、仲間と旅をしている。


 それだけで十分すぎるほど十分だ。


 僕がいなくなったことで空いた穴は——きっと、時間が埋めてくれる。


 ガルドの料理も。


 セシリアの祈りも。


 全部、ちゃんとそこにある。


 僕一人が抜けたところで、世界は回り続ける。


 それが、正しい。


「……あなたのその笑顔が、一番怖いって知ってる?」


 シオンの声が、微かに震えている。


 珍しい。


 泣いているのだろうか。


 見えないから分からない。


「シオン。大丈夫ですよ」


「……大丈夫じゃないのはあなたでしょう」


「僕は大丈夫です。——本当に」


 リンゴの芯を、石段の脇に置く。


 立ち上がって、シオンの手を握り直す。


「帰りましょうか。フクが起きてたら寂しがりますから」


「……ええ」


 シオンが僕の手を引いて、歩き出す。


 市場通りを抜けて、宿へと戻る道すがら。


 右手に握った温かな手の感触だけが、今の僕にとっての全世界で。


 左後ろには誰もいなくて。


 ——それで、いいのだ。



最後までお読みいただきありがとうございました!

ルークの無意識の優しさ、空白を抱える寂しさ。そしてそれを全て受け入れて笑うノアの自己犠牲と、隣で見守るシオンの思い。

第一部のクライマックスに向け、二人の運命はここで一度交わり、また離れていきます。


少しでも彼らの行く末が気になったり、「エモい!」と感じていただけましたら、ぜひページ下部の☆☆☆☆☆評価やブックマークへのご登録をお願いいたします。皆さまの応援が何よりの励みになります!


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