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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第3章 錆骸の機巧谷

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「はじめまして」

同じ街に到着した勇者パーティ。そして偶然、市場で買い物をしていたノアに声が掛かります。


 六日目の朝。


 ベルの食堂で朝食を済ませてから、トロの工房で金床の調律をした帰り道だった。


 シオンに手を引かれて、市場通りを歩いている。


 フクは宿でお昼寝中。


 最近、鍛冶場の火を貸しすぎて少し疲れ気味なので、今日はゆっくり休ませることにした。


「ノア、右手に果物屋。リンゴが安いわ」


「買いましょう。フクにもお土産——」


 足が、止まる。


 理の糸が——震えている。


 ほんの一瞬、一瞬だけ、世界中の音が消えて、たった一本の糸だけが金色に鳴り響いたような錯覚。


 知っている振動。


 忘れるはずのない。


 ——ルーク。


「ノア? どうしたの」


「……いえ。なんでもないです」


 僕は微笑む。


 いつもの微笑み。


 シオンの手を、ほんの少しだけ強く握り返して。


「リンゴ、買いましょうか」


---



 果物屋の前で。


 リンゴを選んでいると、右の方から人の気配が近づいてくる。


 鉄と革の匂い。


 旅人の匂いだけれど、この街のドワーフたちとは違う。


 人間の——しかも、かなり鍛え上げられた体の気配。


 理の糸の振動が、はっきりと教えてくれる。


 金色の太い糸。


 真っ直ぐで、迷いを含んでいて、でも芯は折れていない。


 ——ルーク。


 知っている。


 知りすぎるほど知っている、この糸の音色。


「あの、すみません」


 声が、かかる。


 少し低くなっている。


 以前よりも。


 当たり前だ。


 もう一年以上が経っている。


 声変わりの途中。


 それでもこの声は——世界で一番聞き慣れた声の一つだ。


「目が不自由な方ですよね。ちょっとお聞きしたいんですけど——」


「はい?」


 僕は顔を上げる。


 見えないけれど、相手の方を向く。


 にこりと笑う。


 完璧に。


「この街で、白い髪の少年を見かけませんでしたか? 盲目で、歳は同じくらいの——旅をしている少年なんですが」


 ——白い髪の少年。


 盲目。


 旅をしている。


 ルークが、僕を探している。


 目の前にいる僕を。


 灰色の髪になった、僕を。


「白い髪……ですか。いえ、見かけていないですね。——あ、僕、目が見えないので、『見かけて』はいないんですけど」


 小さく笑う。


 ルークも、つられて笑う気配がする。


「あ、ごめん。失礼な聞き方だった。——えっと、じゃあ噂でも。この街周辺で、何か不思議な力を使う少年がいるとか」


「不思議な力……。うーん、この街はドワーフの職人さんばかりですからねぇ。みんなそれぞれ不思議なくらい上手ですけど」


「そうか。……ありがとう」


 ルークの声に、少しだけ落胆が混じる。


 けれど、すぐに持ち直す。


 ルークはいつもそうだ。


 落ち込んでも、次の瞬間には前を向ける。


 そういう、まぶしい人だ。


「ところで——えっと、あなたのお名前は?」


「名前?」


「ああ、ごめん。急に。——僕はルーク。旅をしている者です」


 ルークが手を差し出す気配。


 握手のための手。


 僕はその手を取る。


 ——温かい。


 剣を振り続けてきた手。


 硬くなったマメと、それでも柔らかさを失わない指先。


 変わっていない。


 何も変わっていない。


「はじめまして、ルークさん。僕は——旅の修理屋です。名前は、まぁ、ないようなものなので」


 はじめまして。


 そう言った。


 言えた。


 息をするように自然に、笑って。


「名前がない? 珍しいな。——じゃあ、何て呼べばいい?」


「好きに呼んでください。みんなは大体『兄ちゃん』って呼びますけど」


「あはは。じゃあ——修理屋くん、で」


「修理屋くん。いいですねぇ、気に入りました」


 ルークが笑う。


 あの笑い方。


 太陽みたいな、真っ直ぐに明るい笑い声。


 ぜんぶ知ってる。


 ぜんぶ。


 でも、知らないふりをする。


「隣の美人さんはお姉さん?」


「……保護者よ。この子、一人じゃ道も歩けないから」


 シオンが、いつも通りの声で答える。


 完璧に。


 僕以上に完璧に。


「へぇ、仲がいいんだな。——なんか、見てると安心するよ。旅の途中にこういう穏やかな光景があると、ほっとする」


「ルークさんも旅を?」


「うん。ちょっと——人を探していてね。なかなか見つからないんだけど」


「見つかるといいですね」


「……ありがとう」


 ルークの声が、一瞬だけ揺れる。



お読みいただきありがとうございます!

探していた相手がすぐ目の前にいるのに、髪が灰色になっていたせいで全く気づかないルーク。そしてそれを知りながら「はじめまして」と笑うノア。

次話は、この不思議な状況のまま少しだけ言葉を交わします。


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