「はじめまして」
同じ街に到着した勇者パーティ。そして偶然、市場で買い物をしていたノアに声が掛かります。
六日目の朝。
ベルの食堂で朝食を済ませてから、トロの工房で金床の調律をした帰り道だった。
シオンに手を引かれて、市場通りを歩いている。
フクは宿でお昼寝中。
最近、鍛冶場の火を貸しすぎて少し疲れ気味なので、今日はゆっくり休ませることにした。
「ノア、右手に果物屋。リンゴが安いわ」
「買いましょう。フクにもお土産——」
足が、止まる。
理の糸が——震えている。
ほんの一瞬、一瞬だけ、世界中の音が消えて、たった一本の糸だけが金色に鳴り響いたような錯覚。
知っている振動。
忘れるはずのない。
——ルーク。
「ノア? どうしたの」
「……いえ。なんでもないです」
僕は微笑む。
いつもの微笑み。
シオンの手を、ほんの少しだけ強く握り返して。
「リンゴ、買いましょうか」
---
果物屋の前で。
リンゴを選んでいると、右の方から人の気配が近づいてくる。
鉄と革の匂い。
旅人の匂いだけれど、この街のドワーフたちとは違う。
人間の——しかも、かなり鍛え上げられた体の気配。
理の糸の振動が、はっきりと教えてくれる。
金色の太い糸。
真っ直ぐで、迷いを含んでいて、でも芯は折れていない。
——ルーク。
知っている。
知りすぎるほど知っている、この糸の音色。
「あの、すみません」
声が、かかる。
少し低くなっている。
以前よりも。
当たり前だ。
もう一年以上が経っている。
声変わりの途中。
それでもこの声は——世界で一番聞き慣れた声の一つだ。
「目が不自由な方ですよね。ちょっとお聞きしたいんですけど——」
「はい?」
僕は顔を上げる。
見えないけれど、相手の方を向く。
にこりと笑う。
完璧に。
「この街で、白い髪の少年を見かけませんでしたか? 盲目で、歳は同じくらいの——旅をしている少年なんですが」
——白い髪の少年。
盲目。
旅をしている。
ルークが、僕を探している。
目の前にいる僕を。
灰色の髪になった、僕を。
「白い髪……ですか。いえ、見かけていないですね。——あ、僕、目が見えないので、『見かけて』はいないんですけど」
小さく笑う。
ルークも、つられて笑う気配がする。
「あ、ごめん。失礼な聞き方だった。——えっと、じゃあ噂でも。この街周辺で、何か不思議な力を使う少年がいるとか」
「不思議な力……。うーん、この街はドワーフの職人さんばかりですからねぇ。みんなそれぞれ不思議なくらい上手ですけど」
「そうか。……ありがとう」
ルークの声に、少しだけ落胆が混じる。
けれど、すぐに持ち直す。
ルークはいつもそうだ。
落ち込んでも、次の瞬間には前を向ける。
そういう、まぶしい人だ。
「ところで——えっと、あなたのお名前は?」
「名前?」
「ああ、ごめん。急に。——僕はルーク。旅をしている者です」
ルークが手を差し出す気配。
握手のための手。
僕はその手を取る。
——温かい。
剣を振り続けてきた手。
硬くなったマメと、それでも柔らかさを失わない指先。
変わっていない。
何も変わっていない。
「はじめまして、ルークさん。僕は——旅の修理屋です。名前は、まぁ、ないようなものなので」
はじめまして。
そう言った。
言えた。
息をするように自然に、笑って。
「名前がない? 珍しいな。——じゃあ、何て呼べばいい?」
「好きに呼んでください。みんなは大体『兄ちゃん』って呼びますけど」
「あはは。じゃあ——修理屋くん、で」
「修理屋くん。いいですねぇ、気に入りました」
ルークが笑う。
あの笑い方。
太陽みたいな、真っ直ぐに明るい笑い声。
ぜんぶ知ってる。
ぜんぶ。
でも、知らないふりをする。
「隣の美人さんはお姉さん?」
「……保護者よ。この子、一人じゃ道も歩けないから」
シオンが、いつも通りの声で答える。
完璧に。
僕以上に完璧に。
「へぇ、仲がいいんだな。——なんか、見てると安心するよ。旅の途中にこういう穏やかな光景があると、ほっとする」
「ルークさんも旅を?」
「うん。ちょっと——人を探していてね。なかなか見つからないんだけど」
「見つかるといいですね」
「……ありがとう」
ルークの声が、一瞬だけ揺れる。
お読みいただきありがとうございます!
探していた相手がすぐ目の前にいるのに、髪が灰色になっていたせいで全く気づかないルーク。そしてそれを知りながら「はじめまして」と笑うノア。
次話は、この不思議な状況のまま少しだけ言葉を交わします。
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