馴染みゆく街の音、そして正門を叩く勇者の足音
ドワーフの街にすっかり馴染んできたノア。
しかし一方、街の外からは、彼を探していた「あの人物」たちが到着し……。
翌日から、僕たちはドール・ガリアで過ごし始める。
ベルが紹介してくれた宿『銅の寝床』は、大通りから二本入った静かな路地にある、こぢんまりとした石造りの建物で、おかみさんがドワーフにしては珍しく物静かな人で、フクを見ても「あら、温かい子ね」としか言わない穏やかさだった。
朝はシオンに手を引かれて市場へ買い出しに行く。
ドワーフの市場は、他のどの街とも違う。
野菜や肉の隣に、工具や鉄材が当たり前のように並んでいて、値段交渉はハンマーの品質論争に発展する。
「お師匠、あれ何ッスか? 鉄のかたまりが動いてるッス!」
「あれは自動鍛冶ゴーレムよ。ドワーフの職人が嫌がる単純作業を代わりにやってくれるの」
「すげぇッス! おいらもあんなのに乗りたいッス!」
「乗り物じゃないわよ」
フクが尻尾をぶんぶん振りながら、ゴーレムの足元を駆け回る。
盲導狼モードを完全に忘れている。
「フク、戻っておいで。——あ、すみません、リンゴ三つください」
「あいよ。——兄ちゃん、目ぇ見えないのか? 大変だなぁ。ほら、一個おまけだ」
「ありがとうございます」
この街の人たちは、とにかく気前がいい。
職人気質というのか、回りくどい社交辞令よりも手を動かす方が好きらしい。
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二日目の午後。
谷の話をもっと詳しく聞きたくて、古い鍛冶場が集まる下層区へ足を運ぶ。
年配のドワーフたちは口が重い。
けれど、僕が「糸の音が聞こえる」という話をすると、不思議な顔をしながらも少しずつ語り始めてくれる。
「谷は、何千年も前からあそこにある」
白髪の——もとい、白い髭の長老格が、パイプの煙を吐きながら言う。
「儂らの鋼は、あの谷の廃熱で鍛えてきた。あの谷がなければ、ドール・ガリアの炉は冷えちまう」
「つまり、谷はドワーフの街にとって——」
「心臓だ。嫌な心臓だがな。あの谷の奥にいる"何か"が、地熱を回し続けている。それが壊れれば、この街は終わる」
「でも、今は霧が……」
「ああ。心臓が、血を吐き始めたのさ」
長老がパイプを置いて、遠い目をする。
「百年前にも似たことがあった。その時は王が精鋭を率いて谷に入り、霧の元を封じ直した。だが——今回は規模が違う。王城の廊下にまで錆の匂いが届いてるって話だ」
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三日目。
市場の鍛冶道具屋でロープと探索用の灯りを調達する。
谷に入るための準備。
「シオン」
「何?」
宿の部屋で、道具を整理しながら、僕は切り出す。
「この街の人たちは——谷を怖がってます。でも、谷がなければ街が死ぬ。どっちにしても追い詰められてる」
「ええ。だから早めに動きましょう。準備が整ったら谷を調査する。いつも通りよ」
「はい。——でも、もう少しだけ、この街にいたいです」
シオンが少しだけ目を細める。
「珍しいわね。あなたがそういうこと言うの」
「だって——ベルさんの鉄板焼き、美味しいんですもん」
「……はぁ」
呆れたような溜息。
でもシオンの手が、僕の髪——まだ灰色のままの髪——をそっと撫でている。
嫌がっているわけじゃない、と思う。
「ワフッ! おいらも骨ッス! ベルのねえちゃんの骨、最高ッス!」
「あなたたちは本当に食べ物に弱いわね……」
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四日目の朝。
ベルの食堂で朝食を摂っていると、あの大槌の青年——トロが、入口に立っている。
気配で分かる。
理の糸が、あの日とは全然違う振動で震えている。
前は悲しみで錆びていた糸が——今は、微かに熱を持っている。
「……おい、あんた」
「おはようございます」
「あの日——あんたが触った槌。あれで昨日、初めて鳴った。鋼が、歌ったんだ」
「よかったですねぇ」
「よかったじゃねぇよ! 何したんだ!? あの槌に何を——」
「何もしてないですよ。あの槌は最初から歌えたんです。あなたが、お父さんと同じ手で握ってあげたから」
トロが何かを言いかけて、口をつぐむ。
耳の先が赤くなっている。
「……もう一個、頼みがある。うちの工房の古い金床——あれも、最近鳴りが悪くて——」
「いいですよ。朝ごはん食べたら行きます」
「飯優先かよ!」
「だってベルさんのスープ美味しいんですもん」
ベルがカウンターの向こうで、嬉しそうに鼻歌を歌っている。
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こうして、灰色の髪の不思議な少年は、ドール・ガリアの日常にゆるやかに溶け込んでいく。
鍛冶場の工具を直し、鉄板の鳴りを調整し、配管の軋みを静め。
名前は誰にも名乗らない。
聞かれれば「旅の者です」とだけ答えて、微笑む。
その微笑みが、やけに温かいことに、街の職人たちは少しずつ気づき始めていた。
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——五日後。
ドール・ガリアの正門に、一台の馬車が到着する。
門番のドワーフが、馬車の窓から差し出された通行証を確認して、目を見開く。
「——勇者の御一行だと?」
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ルークは馬車から降りて、地底都市の大門を見上げる。
鍛鉄の匂い。
蒸気の熱。
歯車の音。
記憶にある通りの——活気に満ちた街の入口。
けれど、今回の目的は観光じゃない。
「琥珀氷の村で聞いた情報は確かだ。白い髪の少年は西に向かった。——ここに立ち寄った可能性は高い」
セシリアが地図を広げながら、静かに言う。
「街の人に聞き込みをしましょう。白い髪の盲目の少年を見かけなかったか、と」
「白い髪、ねぇ……」
ガルドが腕を組む。
「一年前の氷が溶けてこっちに来たわけだ。随分と遠い旅だよな」
ルークは門をくぐりながら、胸の奥にある小さな棘を意識する。
琥珀氷の村で見た、あの痕跡。
壊すのではなく、直す力。
子供の頭を撫でた手。
——あれが魔王だと?
あれが、討伐対象だと?
「ルーク君、難しい顔ー」
クラウスが欠伸を噛み殺しながら、ルークの横に並ぶ。
「まぁまぁ、まずは飯にしようよ。おじさんお腹空いちゃって。——この街、美味い飯屋あるかなぁ」
「食い意地はってるのはいいが、先に宿を取らねぇとな」
ガルドが苦笑する。
「聞き込みは明日にするか? もう日が暮れかけてる」
「ええ。今日は休みましょう」
セシリアが頷く。
「……そうだな。明日だ」
ルークが歩き出す。
蒸気に霞む地底都市の大通り。
その先の、どこかの宿で。
どこかの食堂で。
灰色の髪の少年が、今日も誰かの工具を直して、名前も告げずに微笑んでいることを——。
ルークは、まだ知らない。
お読みいただきありがとうございました!
ついに、ルークたち勇者パーティが同じ街に到着しました。ルークたちが探しているのは「白い髪の少年」。しかし現在のノアは「煤で真っ黒(灰色)な髪の少年」。
互いに街に出たとき、どんなすれ違いと邂逅が待っているのでしょうか。
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