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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第3章 錆骸の機巧谷

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馴染みゆく街の音、そして正門を叩く勇者の足音

ドワーフの街にすっかり馴染んできたノア。

しかし一方、街の外からは、彼を探していた「あの人物」たちが到着し……。


 翌日から、僕たちはドール・ガリアで過ごし始める。


 ベルが紹介してくれた宿『銅の寝床』は、大通りから二本入った静かな路地にある、こぢんまりとした石造りの建物で、おかみさんがドワーフにしては珍しく物静かな人で、フクを見ても「あら、温かい子ね」としか言わない穏やかさだった。


 朝はシオンに手を引かれて市場へ買い出しに行く。


 ドワーフの市場は、他のどの街とも違う。


 野菜や肉の隣に、工具や鉄材が当たり前のように並んでいて、値段交渉はハンマーの品質論争に発展する。


「お師匠、あれ何ッスか? 鉄のかたまりが動いてるッス!」


「あれは自動鍛冶ゴーレムよ。ドワーフの職人が嫌がる単純作業を代わりにやってくれるの」


「すげぇッス! おいらもあんなのに乗りたいッス!」


「乗り物じゃないわよ」


 フクが尻尾をぶんぶん振りながら、ゴーレムの足元を駆け回る。


 盲導狼モードを完全に忘れている。


「フク、戻っておいで。——あ、すみません、リンゴ三つください」


「あいよ。——兄ちゃん、目ぇ見えないのか? 大変だなぁ。ほら、一個おまけだ」


「ありがとうございます」


 この街の人たちは、とにかく気前がいい。


 職人気質というのか、回りくどい社交辞令よりも手を動かす方が好きらしい。


---


 二日目の午後。


 谷の話をもっと詳しく聞きたくて、古い鍛冶場が集まる下層区へ足を運ぶ。


 年配のドワーフたちは口が重い。


 けれど、僕が「糸の音が聞こえる」という話をすると、不思議な顔をしながらも少しずつ語り始めてくれる。


「谷は、何千年も前からあそこにある」


 白髪の——もとい、白い髭の長老格が、パイプの煙を吐きながら言う。


「儂らの鋼は、あの谷の廃熱で鍛えてきた。あの谷がなければ、ドール・ガリアの炉は冷えちまう」


「つまり、谷はドワーフの街にとって——」


「心臓だ。嫌な心臓だがな。あの谷の奥にいる"何か"が、地熱を回し続けている。それが壊れれば、この街は終わる」


「でも、今は霧が……」


「ああ。心臓が、血を吐き始めたのさ」


 長老がパイプを置いて、遠い目をする。


「百年前にも似たことがあった。その時は王が精鋭を率いて谷に入り、霧の元を封じ直した。だが——今回は規模が違う。王城の廊下にまで錆の匂いが届いてるって話だ」


---


 三日目。


 市場の鍛冶道具屋でロープと探索用の灯りを調達する。


 谷に入るための準備。


「シオン」


「何?」


 宿の部屋で、道具を整理しながら、僕は切り出す。


「この街の人たちは——谷を怖がってます。でも、谷がなければ街が死ぬ。どっちにしても追い詰められてる」


「ええ。だから早めに動きましょう。準備が整ったら谷を調査する。いつも通りよ」


「はい。——でも、もう少しだけ、この街にいたいです」


 シオンが少しだけ目を細める。


「珍しいわね。あなたがそういうこと言うの」


「だって——ベルさんの鉄板焼き、美味しいんですもん」


「……はぁ」


 呆れたような溜息。


 でもシオンの手が、僕の髪——まだ灰色のままの髪——をそっと撫でている。


 嫌がっているわけじゃない、と思う。


「ワフッ! おいらも骨ッス! ベルのねえちゃんの骨、最高ッス!」


「あなたたちは本当に食べ物に弱いわね……」


---


 四日目の朝。


 ベルの食堂で朝食を摂っていると、あの大槌の青年——トロが、入口に立っている。


 気配で分かる。


 理の糸が、あの日とは全然違う振動で震えている。


 前は悲しみで錆びていた糸が——今は、微かに熱を持っている。


「……おい、あんた」


「おはようございます」


「あの日——あんたが触った槌。あれで昨日、初めて鳴った。鋼が、歌ったんだ」


「よかったですねぇ」


「よかったじゃねぇよ! 何したんだ!? あの槌に何を——」


「何もしてないですよ。あの槌は最初から歌えたんです。あなたが、お父さんと同じ手で握ってあげたから」


 トロが何かを言いかけて、口をつぐむ。


 耳の先が赤くなっている。


「……もう一個、頼みがある。うちの工房の古い金床——あれも、最近鳴りが悪くて——」


「いいですよ。朝ごはん食べたら行きます」


「飯優先かよ!」


「だってベルさんのスープ美味しいんですもん」


 ベルがカウンターの向こうで、嬉しそうに鼻歌を歌っている。


---



 こうして、灰色の髪の不思議な少年は、ドール・ガリアの日常にゆるやかに溶け込んでいく。


 鍛冶場の工具を直し、鉄板の鳴りを調整し、配管の軋みを静め。


 名前は誰にも名乗らない。


 聞かれれば「旅の者です」とだけ答えて、微笑む。


 その微笑みが、やけに温かいことに、街の職人たちは少しずつ気づき始めていた。


---


 ——五日後。


 ドール・ガリアの正門に、一台の馬車が到着する。


 門番のドワーフが、馬車の窓から差し出された通行証を確認して、目を見開く。


「——勇者の御一行だと?」


---


 ルークは馬車から降りて、地底都市の大門を見上げる。


 鍛鉄の匂い。


 蒸気の熱。


 歯車の音。


 記憶にある通りの——活気に満ちた街の入口。


 けれど、今回の目的は観光じゃない。


「琥珀氷の村で聞いた情報は確かだ。白い髪の少年は西に向かった。——ここに立ち寄った可能性は高い」


 セシリアが地図を広げながら、静かに言う。


「街の人に聞き込みをしましょう。白い髪の盲目の少年を見かけなかったか、と」


「白い髪、ねぇ……」


 ガルドが腕を組む。


「一年前の氷が溶けてこっちに来たわけだ。随分と遠い旅だよな」


 ルークは門をくぐりながら、胸の奥にある小さな棘を意識する。


 琥珀氷の村で見た、あの痕跡。


 壊すのではなく、直す力。


 子供の頭を撫でた手。


 ——あれが魔王だと?


 あれが、討伐対象だと?


「ルーク君、難しい顔ー」


 クラウスが欠伸を噛み殺しながら、ルークの横に並ぶ。


「まぁまぁ、まずは飯にしようよ。おじさんお腹空いちゃって。——この街、美味い飯屋あるかなぁ」


「食い意地はってるのはいいが、先に宿を取らねぇとな」


 ガルドが苦笑する。


「聞き込みは明日にするか? もう日が暮れかけてる」


「ええ。今日は休みましょう」


 セシリアが頷く。


「……そうだな。明日だ」


 ルークが歩き出す。


 蒸気に霞む地底都市の大通り。


 その先の、どこかの宿で。


 どこかの食堂で。


 灰色の髪の少年が、今日も誰かの工具を直して、名前も告げずに微笑んでいることを——。


 ルークは、まだ知らない。





お読みいただきありがとうございました!

ついに、ルークたち勇者パーティが同じ街に到着しました。ルークたちが探しているのは「白い髪の少年」。しかし現在のノアは「煤で真っ黒(灰色)な髪の少年」。

互いに街に出たとき、どんなすれ違いと邂逅が待っているのでしょうか。


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