フクの大爆発〜灰かぶりの変装(?)完了
若きドワーフの嘆きを「調律」したノア。
しかし、その直後に立ち寄った鍛冶場で、フクがとんでもない事件を起こしてしまいます。
それから少し歩いたところで、別の鍛冶場の前を通りかかる。
「おーい、兄ちゃん! ちょっと待ってくれ!」
恰幅のいいドワーフの親方が、顔を真っ赤にして飛び出してくる。
「炉がよぉ、種火が消えちまったんだ! こんな大事な時に——誰か火種を持ってねぇか!?」
親方の目が、僕の足元のフクで止まる。
「おっ、その白い仔犬——なんか妙にあったけぇな? まさかお前、火ぃ吐けたりしねぇだろうな?」
「ワフッ! おいら火ならまかせてほしいッス!」
「おい、喋った!?」
「フク。お願いできる?」
「もっちろんッス! おいらの火はすっごいんスよ! シオン姉御、見ててほしいッス!」
フクが嬉しそうに尻尾をぶんぶん振りながら、鍛冶場の中に駆け込んでいく。
僕とシオンも後を追う。
「ノア、あの子の出力調整——」
「あ」
シオンが言い終わる前。
フクが炉の前で大きく息を吸い込んで——。
ぶぼぉっっ!!!
控えめにしようとした炎が、制御を半分すっぽ抜ける。
黄金の炎が炉を満たすどころか、煙突まで一気に駆け上がり、天井の排煙管を逆流して——。
数百年分の煤と灰が、鍛冶場の中に爆発的に降り注ぐ。
「ぐわぁっ!?」
「きゃっ——!」
「お師匠ぉ!? ごめんなさいッス!!」
世界が、真っ黒に染まる。
——いや、僕はもともと目が見えないので何も変わらないのだけれど。
鼻と口に煤が入り込んで、むせ返る。
頭から足先まで、真っ黒な灰まみれ。
「……ゴホッ。フク、大丈夫?」
「うぅぅ……ごめんなさいッス……おいら、まだ火加減むずかしいッス……」
「大丈夫だよ。炉には火がついたみたいだし」
確かに、炉の中では安定した火が燃えている。
結果的には成功。
……被害が甚大なだけで。
「ノア」
シオンの声が、異様に静か。
「ん?」
「……あなたの髪」
「髪?」
「真っ黒よ。灰と煤で——完全に」
手で髪に触れてみる。
ざらざらしている。
指についた粉を擦り合わせても、全然落ちない。
金属の微粒子を含んだドワーフ鍛冶場の煤は、普通の煤とは性質が違う。
鉄粉と炭素が髪の繊維に食い込んで、洗っても簡単には取れないのだ。
「あちゃあ……」
「ぷっ」
シオンが笑う。
珍しい。
「なんで笑うんですか」
「だって——あなた、今。その灰色の髪と煤だらけの顔。どこにでもいる普通の男の子にしか見えないわ。白い髪の盲目の少年なんて、誰も思わない」
「……それは、いいことなんですか?」
「さぁ。でも——少なくとも、しばらくは目立たないでしょうね」
シオンが僕の頬についた煤を、親指でそっと拭う。
落ちない。
「……全然落ちないわね、これ」
「えへへ。灰かぶりの調律師ですね」
「まったく。——フク、二度とノアの近くで全力射撃しないでちょうだい」
「うぅ……はいッス……」
フクが耳をぺたんと伏せて、しょんぼりしている。
しゃがんで、煤まみれのフクの頭を撫でてやる。
「ありがとう、フク。おかげで炉に火がついたよ。親方さん、すみませんでした——」
「いやいやいやいや!」
親方が煤だらけの顔のまま、破顔する。
「こんな威勢のいい火ぁ、久しく見てなかったぜ! 炉の温度が段違いだ! ——なぁ兄ちゃん、しばらくこの街にいるなら、いつでも火を借りに来てくれ! 飯くらい奢るからよ!」
「ありがとうございます。——あの、お勧めの食堂はありますか?」
「食堂? そりゃ決まってる。大通りを真っ直ぐ行って、三つ目の歯車看板を左だ。『鋼の胃袋』ってとこがある。ベルって嬢ちゃんがやってるんだが、あそこの鉄板焼きは世界一だ」
「鋼の胃袋……」
「ノア。まずお風呂よ」
「はい……」
---
宿を取って、水場で体を洗う。
シオンが人間の姿になり、僕の髪を丹念に洗ってくれたのだけれど——。
「……駄目ね。表面の汚れは落ちたけど、芯まで染み込んでるわ。ミスリルの微粉が混ざってるのよ、この煤。魔力を帯びた金属粉だから、普通の水じゃ抜けない」
「魔術で落とせませんか」
「落とせるけど、あなたの髪の理の糸ごと消しかねないの。下手をすると禿げるわよ」
「……それは困ります」
「でしょう。しばらくこのままね。——灰色というか、暗い銀というか。遠目に見たら黒髪に見えるわ」
鏡を見る習慣がないから、自分が今どんな見た目をしているのか分からない。
でも、シオンが「普通の男の子に見える」と言ったのなら、きっとそうなのだろう。
白い髪。
盲目。
その二つが揃えば、もしかしたら——噂が届いている場所では人目を引いてしまうかもしれない。
「シオン」
「何?」
「しばらく、このままでいましょうか。灰色の髪のまま」
「……そうね。悪くないわ。あなたの名前も、まだ出回ってないでしょうし」
「名乗ってないですからね。——誰にも」
シオンが黙る。
僕が「誰にも名乗らない」ことの意味を、彼女は誰よりも知っている。
「……さ、ご飯にしましょう。鋼の胃袋、だっけ」
「はい。行きましょう」
灰色の髪の少年と、黒猫と、白金の仔狼が、夕暮れのドワーフの街に溶け込んでいく。
誰も振り返らない。
今の僕は——ただの、旅の少年だ。
最後までお読みいただきありがとうございます!
真っ黒になってしまったノア。おかげで奇しくも変装(?)が完璧になり、普通の少年としてドワーフの街に溶け込みました。
次回は食堂「鋼の胃袋」へ向かい、看板娘との出会いが待っています。
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