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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第2章 琥珀氷の黄昏郷

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勇者サイド第8話 新魔王候補を追って

琥珀氷の村で、少年(新魔王)の痕跡を調査する勇者一行。


 夕食は、村の食堂で摂ることになった。


 時間が動き出してからまだ日が浅く品数は限られていたが、村長の計らいで北国風のクリームシチューが振る舞われた。


「一年ぶりにまともな煮炊きができたもんでね、腕が鳴るよ」


 恰幅のいいおかみが、鍋から湯気の立つシチューを盛り分けてくれる。


「おっ、うまそう!」


 ガルドが目を輝かせた。


「おじさんにもちょうだーい」


 クラウスが皿を差し出す。


 おかみがにこにこしながら、人数分の皿にシチューを盛っていく。


「すみません、あともう一——」


 ガルドが口を開きかけて、止まった。


 もう一皿。


 誰に?


 四人いる。四人分ある。足りている。


 なのに——「もう一皿」と言いかけた。


 指先が震えた。


 胃の奥から、あの嫌な波がせり上がってくる。


「ガルド君? どしたの?」


「……いや、何でもねぇ。数え間違えた」


 ガルドはシチューの皿を手元に引き寄せ、スプーンを握った。


 口に運ぶ。


 温かい。


 美味い。


 美味いはずなのに——この味を誰かと分けたいという衝動が、理由もなく込み上げてくる。


「……美味ぇな、これ」


 声が震えていた。


 誰も、それを指摘しなかった。


---



 食後。


 ルークは一人で村の外れまで歩いてきていた。


 街道の分岐点に、小さな道標が立っている。


 北と西を示す矢印。


 白い髪の少年は、ここから西に向かったと村人が言っていた。


「……西か」


 呟いた言葉が、秋の夜風に吸い込まれていく。


 報告書の文面が、頭の中で回っている。


 『新たなる魔王級の天災が、大陸北部に出現した』。


 魔王。


 天災。


 でも——この村にあったのは、そんなものじゃなかった。


 溶けた氷の下から芽吹いた草。


 動き出した時計塔。


 子供の頭を撫でて、『明日の朝にはお日さまが出ます』と笑った、白い髪の少年。


 誰にも名乗らず。


 誰にも礼を求めず。


 朝が来る前に、消えた。


「……なんでだ」


 ルークは右手をぎゅっと握りしめた。


「なんで——名乗らないんだ。なんで、消えるんだ。あんなことをやっておいて——誰にも知られずに行くなんて、そんなの」


 胸の奥が、軋む。


 怒りじゃない。


 悲しみとも違う。


 もっと——根源的な何か。


 この感情に名前があるはずなのに、思い出せない。


 左後ろが、痛い。


 振り返れば誰もいないのに、その空白に——白い髪と、閉じた瞳の輪郭が、一瞬だけ浮かんで消えた。


「ルーク君」


 背後から、気怠い声がした。


 振り返ると、クラウスが道の脇の石垣に腰かけて、欠伸を噛み殺していた。


 いつからそこにいたのか分からない。


「……クラウス。いつから——」


「んー? さっきから。おじさんも散歩。年寄りはさぁ、食後に歩かないと太るのよ」


 クラウスが石垣をぽんぽんと叩いて、「座る?」と誘った。


 ルークは無言で、隣に腰を下ろした。


 二人の間に、秋の夜風が通り過ぎていく。


「クラウス」


「ん?」


「……あの少年が使った魔術。セシリアにも読めなかった。おじさんは——何か分かるか?」


「おじさん? 無理無理。おじさんの専門は飲む・食う・寝る。三つ合わせて怠惰学。あの手のマニアックな解析はセシリアちゃんの領分だよ」


「そうか」


「そうそう。——ただまぁ」


 クラウスが大きく伸びをして、星を見上げた。


「壊さないように戦える奴ってのはさ、すげぇよ。壊すのは簡単なんだ。守りながら戦うのが一番難しい」


「……」


「おじさんにはできないね。昔から壊す方が得意だったから」


 何でもないことのように言って、クラウスは立ち上がった。


「明日、村を発つんだろ? 西に向かうならさ、早く寝な。おじさんはもう少し夜風に当たってくるから」


「ああ。……おやすみ、クラウス」


「おやすみ、大将」


 ルークの背中が宿の方へ消えていくのを、クラウスは石垣の上から見送っていた。


 色眼鏡の奥の表情は、暗がりに紛れて見えない。


「……参ったねぇ」


 ぽつりと、呟いた。


 何に「参った」のか——それ以上は、男は何も言わなかった。


---



 翌朝。


 村を発つ前に、ルークは村長に一つだけ尋ねた。


「村長。もう一つだけ教えてください。——あの子は、なぜ塔に行ったのだと思いますか」


 村長が少し考えて、答えた。


「分かりません。——ただ」


「ただ?」


「あの子が塔に向かう前にね、うちの孫がしがみついて泣いたのです。怖いよ、塔の化け物が怖いよ、と」


「……」


「あの子は、しゃがんで孫の頭を撫でて、言いました。『大丈夫。明日の朝には、お日さまが出ますから』と」


 ルークは、目を閉じた。


 一年間凍りついた村を一人で救いに行く少年が、戦いの前に心配したのは——子供が怖がることだった。


「——ルーク」


 セシリアの声が、背後から呼んだ。


「馬車の準備ができたわ。——西に向かうのでしょう?」


「ああ。……ああ、行こう」


 村の門を出る時、ルークはもう一度だけ時計塔を振り返った。


 天蓋が失われた塔の頂上から、秋の空が覗いている。


 歯車の音が、規則正しく刻まれていた。


 一年ぶりに動き出した時間が、この村に季節を取り戻している。


 誰にも名前を告げなかった、白い髪の少年が残した——静かな奇跡の音。


 ルークはそれを背中に受けながら、西の道を進み始めた。



最後までお読みいただきありがとうございます!

勇者たちは少年を追って西へ向かいます。

引き続きお楽しみいただけましたら、ブックマークや評価をよろしくお願いします!


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