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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第2章 琥珀氷の黄昏郷

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勇者サイド第3話 聖都の鐘と、酔いどれの英雄

蒼滝の逆樹海から帰還した勇者一行は、王都リタニアの教皇庁に報告を上げます。

しかし大枢機卿ヴァレリウスが下した判断は、ルークたちの感覚とは大きくかけ離れたものでした。

さらに、新たな仲間として紹介されたのは——干し肉を齧る、だらしないおじさんで。


 王都リタニアの城門が見えた瞬間、ガルドが大きく伸びをした。


「やっと着いた。——ルーク、まず何する?」


「報告書の提出だ。枢機卿会議が待ってる」


「つまんねぇ答えだな。『まず飯』って言えよ」


「報告の後でな」


「はいはい。……セシリア、帰ったら何食いたい?」


「私は紅茶が飲みたいわ。

 王都のサロンの、あのシナモンミルクティーが恋しくて仕方ない」


「甘いのが好きだなァ、お姫さんは」


 秋の昼下がり。


 城門を潜ると、王都の喧騒が三人を包み込んだ。


 石畳の大通りを馬車が行き交い、露店の商人たちが声を張り上げている。


 焼き栗の匂い、干し肉の匂い、花屋の甘い匂い。


 生きている街の匂いだ。


 通りすがりの市民が、ルークに気づいて手を振った。


「あっ、勇者様だ!」


「お帰りなさい、ルーク様! 今度はどんな冒険を!?」


「ルーク様! うちの娘がサインをほしがってまして!」


 ルークは苦笑しながら手を振り返した。


「ただいま。みんな元気そうで何よりだ」


「ああ見えてちゃんと愛想振りまけるんだな、お前」


 ガルドがニヤニヤしている。


「仕事のうちだ。……それより、報告書を持って教皇庁に行くぞ」




 教皇庁の回廊は、いつ来ても薄暗い。


 白い大理石の壁に聖典の一節が金文字で刻まれ、天井のステンドグラスから色とりどりの光が落ちている。


 荘厳で、美しくて、そしてどこか息苦しい場所だった。


 枢機卿会議の控えの間で、三人は待たされていた。


「……遅いな」


「いつものことよ。お偉方は待たせるのが好きなの」


 セシリアが静かに言った。


 彼女はこの場所で育った。


 神聖国の聖女として、幼い頃からこの回廊を歩き、教義を暗唱し、奇跡を求める民衆の前に立ってきた。


 だから、この場所の空気を誰よりもよく知っている。


 豪華な装飾の裏に何があるかも。


「——勇者殿。お待たせしました」


 書記官が扉を開いた。


 会議の間に通される。


 長い楕円のテーブル。


 十二脚の椅子。


 そのうち座っているのは四人だけだった。


 上座に、大枢機卿ヴァレリウス。


 銀髪を撫でつけ、温和な笑みを浮かべている。


 いつ見てもこの男は笑っていた。


 慈愛に満ちた、完璧な笑顔。


 聖職者の鑑と呼ばれる顔だ。


「ルーク殿。ご苦労でした。蒼滝の件、報告書は拝読しています」


「はい、大枢機卿。特異点は鎮静化していました。

 森の重力は正常に復帰。

 ただし、中心部に巨大な透明の氷壁が残存しており、内部に水竜が——」


「ええ、ええ。存じておりますとも」


 ヴァレリウスが片手を上げ、ルークの報告を遮った。


 笑みは崩れない。


「問題は『誰がそれをやったか』です。——勇者殿。特異点は国家が管理すべき領域です。

 無許可でこれに干渉する者は、たとえ善意であろうと、秩序に対する挑戦と見なさざるを得ない」


「……善意であっても、ですか」


「ええ。特に、対象が戦略級魔術であればなおのこと。

 軍事力に匹敵する力を、国家の管理外で行使する個人がいるとすれば——それは脅威です。

 純粋な脅威ですよ」


 ルークは口を噤んだ。


 あの森を見た。


 あの泉に手を浸した。


 あの魔法が「脅威」だとは、どうしても思えなかった。


 でも、ここは教皇庁だ。


 感情で発言しても誰も聞かない。


「そこで」


 ヴァレリウスが柔らかく続けた。


「勇者殿には、引き続きこの件の調査を命じます。

 対象の術者を特定し、接触することが当面の任務です。

 ——ただし、一人で行かせるわけにはまいりません」


「どういうことです」


「助っ人をお付けします。魔導王国アルケインから、特別に一名」


 ヴァレリウスが書記官に目配せした。


 扉の向こうから、足音が聞こえる。


 杖を引きずるような、気怠い足音。




 足音の正体は、酔っ払いだった。


 いや——酔っ払いのように見える男だった。


 背は高いが猫背で、くたびれた灰色のローブを雑に羽織っている。


 黒い天然パーマの髪がぼさぼさに伸びて、首の後ろまで跳ねている。


 寝癖なのか地毛なのか判別がつかない。たぶん本人も気にしていない。


 右手には使い込まれた杖。


 左手には干し肉の串。


 口の端に油。


 色付きの丸眼鏡を鼻の先に引っ掛けて、あくびを噛み殺しながら会議の間に入ってきた。


「やぁーやぁーやぁー。お待たせしちゃったかな。

 いやぁ、門前の酒場の干し肉がさぁ、出てくるのが遅くてねぇ」


 枢機卿会議の間で、干し肉を食いながら歩いてくる男。


 ヴァレリウスの笑顔が、ほんの一瞬だけ引きつった。


「……クラウス殿。こちらは会議の場ですが」


「ああ、ごめんごめん。えーっと、食べ終わるまで待ってくんない? いま噛んでるとこだからさぁ」


 もぐもぐと咀嚼しながら、男は三人の前に立った。


 干し肉の串を左手に。


 杖を右手に。


 色眼鏡の奥の瞳は、ゆるく垂れた瞼に隠れてよく見えない。


「えーと。君が勇者のルーク君?」


「……はい」


「おっ、礼儀正しいねぇ。イイコだイイコだ。

 ——で、そっちの大きいのがガルド君。おー、いい体してんなぁ。盾もピカピカだ」


「……あんた、何者だ」


 ガルドが警戒を隠さない低い声で訊いた。


 男は干し肉を飲み込んで、にへらと笑った。


「おじさんの名前はクラウス。

 魔導王国アルケインの王立魔導院所属——つっても、もうほとんど引退みたいなもんだけどね。

 ロートルの老いぼれ魔術師だよ。よろしくな、大将」


 そして視線がセシリアに移った。


「んでんで、こっちが噂の聖女殿セシリアちゃんかい。

 いやぁ〜、写真で見るより断然かわいいねぇ。

 おじさん、もう三十年若かったらなぁ〜」


「…………」


 セシリアが氷のような目で見返した。


「お褒めに預かり光栄です。——それで、あなたは何ができる方なのかしら」


「痛いとこ突くねぇ、お姫さん。

 何ができるかって? えーっと」


 クラウスが指を折りながら数え始めた。


「飲む。食う。寝る。それから——まぁ、魔法はちょっとだけ使えるかな。

 火ぃ点けるくらいは。あと料理の火加減とか」


「それは助っ人というより居候ではないかしら」


「はっはっは。鋭い。おじさん、セシリアちゃんのそういうとこ好きだわぁ」


新キャラクター・クラウス、いかがでしたか?

枢機卿会議の間で干し肉を齧るだらしないおじさん。

でもルークの「勇者の直感」は、何かを感じ取っているようです。

次回、クラウスの「もうひとつの顔」が、ほんの少しだけ覗きます。


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