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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第1章 蒼滝の逆樹海

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幕間:【三人称視点】嘘で塗り潰された報告書。世界を救った少年の名前を、誰も知らない

公式記録は「魔術師団が解決した」。——でも、ある准術師が個人的に書き残した、真実の非公式手記がありました。

 王立魔術院 特異点調査部門 第四分隊


 蒼滝逆樹海・特異点修復任務 事後報告書(非公式記録)


 記録者:アレン・リーヴス准術師(第四分隊所属・第三席)


 日付:帝暦326年 蒼月の18日


 ※本記録は、正規の任務報告書(提出済)とは別に、記録者であるアレン・リーヴスが個人的に書き残したものである。


 ここに記された内容は公式の見解ではなく、また、上官の許可を得たものでもない。


 それでも、私はこれを書かなければならなかった。


 いつか、誰かがこの記録を見つけてくれることを願って。


 一、正規報告書について

 先ず、事実を述べなければならない。


 本日付で王立魔術院に提出された正規の任務報告書には、以下のように記載されている。


「王立魔術師団第四分隊は、蒼滝逆樹海に発生した特異点(星の綻び)を、重力律復元術式・第三律改の連続施行により修復することに成功した。修復に際し、特異点の核となっていた水竜(種別:古代水蛇竜)の暴走を鎮圧。その交戦の過程において、術式の臨界反応として軍隊魔術『アブソリュートゼロ(絶対零度)』の自然発現を確認した。水竜および周辺域一帯が完全に氷結・封印されており、現地周辺に永続的な永久凍土の生成を観測している。発現の詳細な要因は不明であり、継続的な調査が推奨される。術式の副産物として、滝上空に大規模な光学現象(虹橋)が発生した」


 嘘だ。


 一から十まで、すべてが嘘だ。


 我々は何も成し遂げていない。


 修復に寄与すらしていない。


 水竜を鎮圧などしていない。


 むしろ我々の術式が水竜の暴走を引き起こしたのだ。


 我々がやったことは、ただ一つ。


 逃げたのだ。


「アブソリュートゼロの自然発現」など、断じてない。


 あの魔術は、自然に発現するようなものではない。


 三十二名の魔術師が十五分の連続詠唱をかけて初めて起動する、人類の叡智の結晶だ。


「自然発現」などと書けば、誰もが首を傾げるはずだ——。


 だが、誰も傾げなかった。


 誰もが「特異点の特殊環境下における臨界反応」という言い訳を信じた。


 あるいは信じたふりをした。


 この報告書は、今後の王命調査の「根拠」として利用される。


 勇者一行が現地に派遣されるとすれば、それはこの嘘の続きだ。


 特異点を修復したのは、我々ではない。


 あの少年だ。


 二、水竜の覚醒と我々の敗走

 特異点の核が水竜であることを、我々は知らなかった。


 少年が特異点の「結び目」をほどいている最中、我々の術式が残留した乱れの影響で、封じ込められていた水竜の力が一気に噴出した。


 地中の水脈が爆発し、水の柱が天を突いた。


 水竜の咆哮は、振動そのものだった。


 空気ではなく、大地が、骨が、内臓が震えた。


 私は恐怖した。


 これは人間の手に負えるものではない。


 団長も同じ判断をした。「全員退避だ、命を捨てる気か!」——。


 当然の判断だ。


 特異点の内部では世界の「窓口」が壊れている。


 我々の魔術は「星への申請」であり、申請先がなければ発動できない。


 六名の魔術師が全力で術式を組んでも、一つとして起動しなかった。


 我々は逃げた。


 だが、あの少年だけが、逃げなかった。


 三、死線の舞踏——黒猫と盲目の少年

 少年は目が見えない。


 これは確認済みの事実だ。


 にもかかわらず、彼は水竜の攻撃を避けていた。


 正確に言えば、肩に乗った黒猫がそれを可能にしていた。


 黒猫は叫んだ。「右!」「上! 伏せて!」「前方、ブレス!」——言葉を話す猫だ。


 使い魔か、精霊か、あるいはそれ以上の何かだろう。


 猫の声に従い、少年の身体は紙一重の差で攻撃を躱し続けた。


 水竜の尾は少年の肩から五寸の距離を薙ぎ払い、ブレスは背中を掠めてローブを引き裂き、降下攻撃は頭上を数寸で通過した。


 いずれも直撃すれば即死だ。


 あの少年には盾を構える重戦士の体格もなければ、強化魔術の護りもない。


 痩せた十六歳の、血を流す少年が、死の淵を舞っていた。


 だが、私の目を本当に奪ったのは、その回避ではなかった。


 少年の指先だった。


 彼は回避しながらも、両手を休みなく動かしていた。


 空中の何かを——我々には見えない何かを——掴み取り、手繰り寄せ、指と指の間に編み込んでいく。


 あやとりだ、と思った。


 死の淵で、少年は至高の「あやとり」をしていたのだ。


 後に分かったことだが、あの少年は周囲に散らばる「熱の振動」——我々の理論では「熱量の理」と呼ぶもの——を、一本ずつ手繰り寄せていた。


 水竜に殺されかけながら、七本の糸を。


 六十秒で。


 四、黒い影

 少年が糸を紡ぎ始めた頃、水竜が最大出力のブレスを放とうとした。


 空気が吸い込まれ、減圧で鼓膜が軋むほどの力の集束。


 あれがまともに放たれていたら、少年どころか、退避していた我々すら巻き添えになっていただろう。


 そのとき、黒猫が少年の肩から跳んだ。


 一瞬だけ——本当に一瞬だけ——私は、猫ではない何かを見た。


 空間が軋み、黒い壁のようなものが、少年と水竜の間に割り込んだ。


 極大のブレスがその壁にぶつかり、四散した。


 世界が震えた。


 空気が爆発した。


 だが、少年の周囲一歩分だけは、完全な凪だった。


 あの黒猫は——いったい何者だ。


 私の知る精霊学では、この現象を記述できる項目が存在しない。


 五、「アブソリュートゼロ」の単動発動

 少年が何をしたのか。


 私は王立魔術院を次席で卒業した。


 術式理論であれば、誰にも負けない自負があった。


 だが、あの少年がやったことを説明できる理論は、私の知識の中に存在しない。


 彼は、軍隊魔術『アブソリュートゼロ(絶対零度)』を放った。


 三十二名の魔導師が円陣を組み、十五分以上の連続詠唱をかけて初めて発動する、最高位の対領域制圧魔術。


 その構造体を、わずか六十秒の、たった一人の「編み」によって完成させたのだ。


 魔法陣はなかった。


 詠唱もなかった。


 儀式すらなかった。


 あの少年は、手繰った七本の糸を両手の中で紡ぎ、最後に——「結い」と呟いた。


 それだけだ。


 きゅっ、と。


 何かが締まる音がした。


 次の瞬間、世界から音が死んだ。


 六、永久凍土の氷の監獄

 発動の直後に起きたことを、私は正確に記述する義務がある。


 まず、音が消えた。


 水竜の咆哮が、滝の轟音が、風が、虫の声が消え、自分の心臓の音すら聞こえなくなった。


 次に、温度が消えた。


 周囲から一切の熱が奪い取られた。


 白い吐息すら出なかった。


 そして——何も見えなくなった。


 いや、違う。「何もない」ように見えたのだ。


 水竜がいたはずの場所。


 逆流する滝があったはずの場所。


 琥珀色の氷などではない。


 色などなかった。


 それは、目に見えないほどに澄み切った、極限の透明だった。


 あまりにも透過率が高く、光の屈折すら生じさせない。


 背景の森がそのまま透けて見える。


 空がそのまま透けて見える。


 まるで、そこには最初から何もなかったかのように。


 ——だが、恐る恐る手を伸ばした同僚の指先が、冷たい「何か」に触れた。


 ダイヤモンドよりも硬く、鉄よりも冷たい、理の壁。


 その瞬間にようやく、我々は理解した。


 あの巨大な水竜が。


 あの逆流する滝が。


 森を覆っていた暴走のすべてが。


 この「見えない壁」の中に封じ込められたのだと。


 ——永久凍土の氷の監獄。


 それは殺戮ではなかった。


 壁の中で、水竜の心臓が——穏やかに、脈打っていた。


 後に現場を調査した術式解析班の報告によれば、この氷の結晶構造には「時間経過による融解機構」が組み込まれていたという。


 つまり、あの少年は殺さなかったのだ。


 水竜の糸がほどけて本来の姿に戻るまでの「猶予」を与えるために。


 時間が経てば解けるように、結んであった。


 戦略級魔術を単独で発動しながら、同時に、対象の救済と安全な解放を設計に組み込んでいた。


 ——正気の人間には、到底不可能な芸当だ。


 七、名前なき救済

 少年は膝から崩れ落ちた。


 三十二人で分かち合うはずの負荷を一人で背負った代償で、全身が凍りかけていたのだと思う。


 連れの黒髪の女性——あの黒猫が人の姿に戻ったものか——が、少年の手を両手で包んで温めていた。


 女性は少年の傷口を、自分のローブの裾を裂いて手当てしていた。


 少年は「痛い」と言わなかった。


 女性が「心配するに決まってるでしょう」と怒っていた。


 その光景は、世界を書き換えた直後の「英雄」のものとは、あまりにもかけ離れていた。


 ——ただの、少年と、彼を大切に思う人。


 それだけだった。


 やがて少年は立ち上がり、連れの腕に掴まりながら、振り返った。


 我々六名の方を——方向を少しだけ間違えながら——こう言った。


「あの……大丈夫ですか? 皆さん、お怪我は——」


 自分が世界を書き換えた直後に。


 自分のローブが血に染まっているのに。


 団長は「黙れ」と言った。


 杖を握るその手は、震えていた。


 少年は「シオン、行きましょうか」と連れの女性に声をかけ、静かに歩き去った。


 名前も名乗らず、報酬も求めず。


 八、消されゆく痕跡

 数日後、近隣の村で話を聞いた。


 虹の橋ができてから水脈が浄化され、子供たちが腹を壊さなくなった。


 村人たちはそれを我々の功績だと信じている。


 正規の報告書がそう書いてあるからだ。


 だが、小さな女の子がこう話していた。


「白い髪のお兄ちゃんに、クッキーを貰ったの。お砂糖と星屑のクッキー。すっごくおいしかったの」


 名前は知らない。


 顔も、ろくに覚えていない。


 だが、あの少年が世界に残した痕跡だけは、確かにここにある。


 私はこの記録を、宿舎の書棚の裏に隠す。


 いつか誰かが——あの少年の名前を知る者が——この手記を見つけてくれることを、願って。


 ——以上、非公式記録 終——


 アレン・リーヴス准術師 個人所蔵

「名前は知らない、顔も覚えていない」。でも記録は確かにそこに。次回、第2章「琥珀氷」編へ!

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