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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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聖剣の重さと、魂の葛藤

 セトの調律を終え、砂漠に音が戻った束の間の安息——しかし、それは嵐の前の静けさに過ぎませんでした。

 軟禁を破り追いかけてきた勇者ルークたちが、ついにノアの前に立ちはだかります。

 砂漠に音が戻って、どれくらい経っただろう。


 僕はまだ砂の上に座り込んでいた。調律の反動で体が鉛のように重い。指先の感覚が遠くて、立ち上がるのにフクの背中を借りなければならなかったほどだ。


 レオンたちが周囲を警戒してくれている。アルヴァが風の匂いを読み、ガルダやバラムが砂丘の向こうに目を光らせている。


 穏やかだった。


 セトが還した音が、砂漠いっぱいに広がっている。風の歌。砂の囁き。遠い空の向こうで、鳥が鳴いている。


「ノア。体は動く?」


 シオンが肩の上から、静かに訊いた。


「はい……少しだけ、足が痺れてますけど」


「そう。——なら、歩ける?」


 不思議な訊き方だった。「大丈夫?」ではなく「歩ける?」。


 まるで——これから、歩かなければならない何かが迫っていると、言わんばかりに。


「シオン?」


「……来るわ」


 シオンの声が、低く沈んだ。


「北東。砂丘三つ向こう。複数の足音——人間の」


 僕の全身を、冷たいものが走り抜けた。


 理の糸に意識を向ける。脳に負荷がかかる。視界のない世界に、糸の振動だけが広がる。


 遠い。けれど確かに——複数の人間が、こちらに向かって走っている。


その先頭にいる糸が、まばゆいほどに輝いていた。


金色の光。太陽を飲み込んだような、まっすぐで、熱くて、けれどどこか痛々しい光。


そして——その光の中心に、とてつもなく重い一本の糸が脈打っている。


聖剣の糸。


世界の理そのものが結晶化したような、白く灼熱の糸。


「……ルーク」


名前が、勝手に唇からこぼれた。


「お師匠? ルークって——」


「フク。みんなの後ろに下がって」


「えっ、でも——」


「お願い」


僕は立ち上がった。足が震えている。調律の反動がまだ残っている。けれど——立たなければならない。


「レオン、みなさん。少し下がってください」


「はあ? なんでだよ、ノア様——」


「勇者が来ます」


その一言で、空気が凍った。


「——あのクレオに軟禁されてたはずの連中が、どうやって抜け出しやがった」


レオンが低く唸った。


「抜け出したんじゃない。おそらく——力ずくで突破した」


アルヴァが冷静に言った。


「クレオ殿の結界は、中にいる者の意志では破れない。だが勇者の聖剣は——世界の理そのものを切り裂く。あの剣なら、結界ごと斬れる」


「冗談だろ……」


「レオン。お願いです。ここは僕に——」


「ダメだ」


レオンが、僕の前に立ちはだかった。


「アイツらが何者か知らねえが、ノア様に剣を向けるなら——俺が焼く」


「レオン」


「——レオン」


シオンの声が、鋭く割り込んだ。


「下がりなさい。あなたの炎は、あの聖剣の前では紙と同じよ。無駄死にする気?」


レオンの歯が軋む音が聞こえた。悔しさと怒りが、彼の全身の糸をびりびりと震わせている。


「……くそっ」


「レオン。ありがとう」


僕は、できるだけ穏やかな声で言った。


「でも、大丈夫です。あの人たちは——悪い人じゃないんです」


嘘じゃない。本当にそう思っている。


ルークは悪い人間じゃない。ガルドも、セシリアも、クラウスも。


ただ——世界が、僕たちを敵同士にしてしまっただけだ。



  *



 砂丘の向こうから、足音が近づいてくる。


砂を蹴る、力強い靴音。金属の鎧が擦れ合う音。荒い呼吸。そして——聖剣が振動する、低い唸り。


砂丘の頂を、影が越えた。


糸が教えてくれる。


先頭に立つ金色の糸——ルーク・アシュクロフト。その体から溢れる聖なるマナが、砂漠の夜気を焦がすように震えている。


その左後ろに、巨大な盾の糸。ガルド・アイゼン。世界そのものが肯定した不破壊の盾が、低く重い振動を放っている。


右後ろに、清浄な祈りの糸。セシリア・フローレンス。パイプオルガンのように重層的な神聖魔法の波動が、静かに張り詰めている。


そして——少し離れた位置に、一つだけ異質な糸。


飄々として掴みどころのない、けれど底知れなく深い糸。数千年の時間を蓄えた、古い古い糸。


クラウス・ローゼンハイム。


僕はクラウスさんの正体を知らない。知っているのは——あの人の糸だけが、他の三人とまるで違う色をしているということ。人間の糸なのに、どこか人間じゃないような。古すぎて、深すぎて、哀しすぎる糸。


「止まれ!」


レオンが吠えた。


勇者たちの足音が——止まった。


砂漠の風が、両者の間を吹き抜けていく。


十歩。それが、僕とルークの距離だった。


「…………」


沈黙が、重い。


セトの調律で取り戻したはずの砂漠の音が、ここだけ凍りついたように感じる。


「……また、お前なんだな、ノア」


ルークの声が、聞こえた。


低い。震えている。怒りなのか、苦しみなのか、それとも——もっと別の、名前のつかない感情なのか。


その言葉を聞いた瞬間、僕の胸が——ぎゅっと、締めつけられた。


魔王。


この世界が僕につけた名前。ルークが、それを何度も僕に確認し、そして拒絶しようとしながらも、向き合ってきた名前。


「はい。ノアです」


僕は、できるだけ普通の声で答えた。


「魔王かどうかは分かりませんけど——ノアです」


「……ふざけるな」


ルークの声が、かすかに裂けた。


「ふざけるな……! ドール・ガリアの街で俺の前に現れた時も、黄金の部屋で語り合った時も、お前はいつもそうやって……! お前が魔王だということは、もう何度も、嫌というほど突きつけられているんだ! それなのに——なぜ、砂漠の特異点まで暴走させて災厄をもたらす!」


「それは違います。セトさんは——」


「黙れ」


聖剣が、鳴った。


鞘から引き抜かれる音ではない。ルークの手の中で、刃が震えたのだ。世界の理そのものが結晶化した白い刃——それが、まるで泣いているかのように、高く澄んだ振動を放つ。


同時に、レオンたちの殺気が爆発した。


「聖剣を抜きやがったな……!」


「レオン、待って——」


「ノア殿を守れ!」


アルヴァの号令が飛ぶ。獣人たちが一斉に動く。レオンの炎がぶわりと燃え上がり、ガルダが大地を踏み鳴らし、アイラが宙に跳んだ。


けれど——ガルドが、一歩前に出た。


たった一歩。それだけで、獣人たちの動きが止まった。


不破壊の大盾が地面に突き立てられる。ずん、と大地が揺れる。その一撃に込められた圧は、明確な「警告」だった。


ここから先は通さない——と。


「ガルド」


ルークが、静かに言った。


「構わない。前に出ろ」


「…………」


ガルドが動かない。


彼の糸が——奇妙に揺れている。怒りでも恐怖でもない。困惑。いや——葛藤。


僕の存在に触れて、ガルドの魂が何かを訴えている。記憶にはない。けれど体が覚えている。かつてこの少年の魔術だけが、魔術を弾く自分の肉体を癒してくれたという——失われた記憶の残滓が。


「ガルド。命令だ」


「……ああ」


ガルドが盾を持ち上げた。けれどその動作は——明らかに、遅い。


「ルーク。一つだけ訊いていいか」


ガルドの声が、低く響いた。


「なんだ」


「こいつの魔力——俺たちが追ってきた『魔王の痕跡』と、同じ匂いがするか?」


ルークが、息を呑んだ。


その沈黙が——僕には、とても長く感じた。


「……同じだ」


ルークの声が、掠れていた。


「同じだよ。あの——クソみたいに優しくて、温かくて、触れるだけで泣きたくなるような——あの魔力と、完全に同じだ」


最後の言葉は、もう怒りの形を保っていなかった。


壊れかけた少年の、魂の悲鳴だった。


「なんでだよ……」


ルークが、一歩踏み出した。


「なんでお前の魔力は、こんなに優しいんだ——!」


聖剣が——振り上げられた。


白い光が、砂漠の闇を切り裂く。僕の理の糸が、その白刃の軌道を克明に捉えている。


「ノア、右に——!」


シオンが叫んだ。


フクが弾けるように飛び出そうとし、ドスンさんが盾を展開しようとした。レオンの咆哮が空気を震わせた。


けれど——僕は、動かなかった。


動けなかったんじゃない。動かなかった。


ルークの聖剣が僕を斬ることはない——と、理の糸が教えてくれていたから。


剣が、止まった。


僕の首筋から三寸の距離で。白い刃が震え、風を巻き起こし、僕の前髪をさらりと揺らした。


止まった。


切れなかったのではない。切らなかったのでもない。


聖剣が——重くなったのだ。


「……な、んで……」


ルークの声が、途切れた。


「重い……聖剣が、重い……! なんでだ,クラウス——!」


「……ルーク君」


クラウスの声が、静かに響いた。飄々としているはずのその声が——ほんの僅かに、震えていた。


「聖剣アスカロンは、持ち主の精神が『正しい理』から外れると重くなる。君も知っているだろう?」


「俺が……間違ってるって言うのか……!」


「私が言っているんじゃないよ。剣が言っているんだ」


ルークの全身が震えている。理の糸を通じて、その震えが僕の肌に伝わってくる。


怒りじゃない。


絶望だ。


自分の中の「勇者」と、自分の中の「何か」が、引き裂かれるような痛み。魔王を討つことが使命だと頭では分かっている。けれど魂が、この少年の魔力に触れるたびに——泣きたくなるほど懐かしい何かを叫んでいる。


「どけよ、聖剣……こいつは、魔王だ……世界を滅ぼす災厄だ……俺が討たなきゃ……」


ルークの声が、もう言葉の形を保てなくなっていた。


僕の目から——涙が、零れた。


止められなかった。


ルークが苦しんでいる。僕のせいで。僕がいるから。僕の糸が——ルークの魂を、こんなにも苦しめている。


「……ごめんね」


僕は、小さく言った。


「ごめんなさい、ルーク」


「謝るな……! お前が謝るな……! なんでお前は……なんで——」



お読みいただき、ありがとうございます!


 セトの調律を終え、砂漠に音が戻った束の間の穏やかさに、ついに勇者ルークたちが到着しました。

 ドール・ガリアや黄金の部屋で言葉を交わし、魔王としての存在をすでに何度も確認してきたルーク。しかし、ノアのあまりにも優しく温かい魔力を前にして、ルークの魂は激しい自己矛盾と葛藤に引き裂かれます。

 その結果、聖剣アスカロンが「正しさ」から外れて重くなってしまうという形で、ルーク自身の「使命」が揺らぎ始めます。


 次回、この一触即発の戦場に、帝国の影に潜む「泥の匂いの男」が乱入し、三つ巴の戦いが始まります!

 次回もお楽しみに!


【☆作者からのお願い☆】


壊れかけた世界を静かに直すノアとシオンの旅を、**下にある【ブックマーク登録】と【☆評価】**で応援していただけないでしょうか?


皆様の☆とブクマの温かい一票が、作者の執筆の命の糸(日々の更新の強力な原動力)になります。


少しでも「面白い!」「ノアの旅の続きが読みたい」と思っていただけましたら、どうかお力添えのほど、よろしくお願いいたします……!


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