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【休載中】世界を救った代償に存在を消された盲目の【最強】魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に【勘違い】認定されました  作者: ミロク
第4章 咆哮の峰ヴォルグと孤独の黄金宮殿

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声なき戦場と、光の矢

 フクの背に跨り、ドスンさんの流体防壁に守られながら、シオンの声だけを頼りにノアは光の矢を放ちます。

 矢が当たるたびに、セトの心の奥底に閉じ込められた声が——ノアの魂に流れ込んでくる。

 フクの背中は、思っていたよりずっと温かかった。


「フク、お願い」


「任せるッス! お師匠、しっかり掴まっててくだせぇ!」


 太陽の仔の毛皮に指を絡ませた瞬間、フクが地面を蹴った。


 重力が消える。


 風を切る感覚だけが、僕の体を包み込む——けれどその「風」すら、結界の外では音を奪われて無音になる。フクの爪が硝子の床を蹴る衝撃だけが、骨伝導のように僕の体を伝わってくる。


「左斜め前に五歩分! 硝子の槍が三本、上から来るわ!」


 シオンの声。


 フクが鋭く跳んだ。僕の体がぐわんと揺れる。


 一瞬遅れて、背後で硝子が砕ける振動。さっきまで僕がいた場所に、巨大な硝子の槍が突き刺さったのだろう。


 きゅるるるっ!


 ドスンさんが僕の頭上を覆うように流体金属を展開した。水銀のような金属が薄く広がり、傘のように硝子の欠片を弾く。欠片がドスンさんの表面で弾ける振動が、かちかちと小気味いいリズムを刻んでいた。


 セトの攻撃は、すべてが無音だった。


 硝子の刃も、無音の衝撃波も、足音すら立てずに空間を切り裂いてくる。普段の僕なら理の糸で全て把握できる——けれど今の僕は、調律に脳のほぼすべてを注ぎ込んでいる。


 右手に編まれた光の弓が、静かに脈動していた。


 弦に触れるたびに、温かい振動が指先から腕を伝い、胸の奥まで染み渡る。理の糸から紡いだ、正しい音色の結晶。これを矢にして——セトの魂に、直接届ける。


「ノア、正面。セトが硝子の壁を展開してるわ。突っ込めない」


「回り込めますか」


「フク、右に大きく回って! 壁の端が途切れてる場所がある、そこから射線が通る!」


「了解ッス!」


 フクの体が、ぐんと右に傾いた。


 硝子の床を蹴る振動が、三拍子から不規則なリズムに変わる。ジグザグに走っている。シオンの指示を、フクは声を聞いた瞬間に全身で反応していた。


 ——来るな。


 セトの「声」が、理の糸を通じて僕に叩きつけられた。


 ——近づくな。妾に触れるな。


「シオン、どこですか」


「十一時の方向、距離七歩。高さ二メートル。——今よ!」


 僕は弓を構えた。


 弦を引く。理の糸がぴんと張り詰め、指先に一本の光の矢が凝縮されていく。


 正しい音。正しい振動。セトの魂に届くための、たった一音。


 ——放つ。


 指が弦を離した。


 光の矢が空間を裂いて飛んだ——と、思う。僕には見えない。音も聞こえない。ただ弦を離した瞬間に理の糸が震え、光の残響が空間を駆け抜けていった感触だけがあった。


 そして——当たった。


 セトの魂に、僕の矢が触れた瞬間。


 何かが、僕の胸の中で爆ぜた。





 ——……ぁ。


 映像ではない。音でもない。


 純粋な感情の断片が、セトの魂から弾かれるように僕に流れ込んできた。


 温かい、砂の匂い。


 誰かの——小さな手。


 子どもの手だ。セトの指に絡みつく、小さくて、砂まみれで、けれどとても温かい手。


 ——おうさま、おうさま。


 ——きょうね、あのね、いちばでね、おおきなおさかな みたの!


 幼い声が、セトの記憶の中で弾けていた。


 セトは——笑っていた。


 穏やかで、優しい笑み。糸を通じてその感情が流れ込んでくるだけで、僕の目頭が勝手に熱くなる。


「……っ」


 映像が途切れた。


 同時に——セトの怒りが、膨れ上がった。


 ——見るなっ!


 無音の衝撃波が、僕を正面から殴りつけた。


 きゅるるるっ!


 ドスンさんが咄嗟に僕とフクの前方に壁状に変形し、衝撃を受け止めた。流体金属の表面が激しく波打つ。凄まじい圧力だ。


「お師匠! 大丈夫ッスか!」


「大丈夫……ドスンさん、ありがとう」


 きゅる……。


 ドスンさんのランプが、赤から青へ、そしてまた赤に。「大丈夫だけど、あんまり無理すんな」と言いたげな点滅。


「ノア、セトが怒ってるわ。攻撃の頻度が上がった。硝子の刃が壁から射出されてる、四方八方から」


「フク、動いて」


「わかったッス!」


 フクが再び跳んだ。


 ドスンさんが今度は盾の形ではなく、僕の周囲を薄く球体で覆う繭のような形に変化した。走りながら防御を維持する——フクの機動力を殺さないための、柔らかい防壁。


 硝子の刃が、四方から飛んでくるのを感じる。ドスンさんの表面で弾ける振動が、ぱちぱちと不規則に響いていた。


「左前方、上から大きいの来るわ! フク、急加速!」


「うっしゃぁッス!」


 フクの体温が跳ね上がった。太陽の炎が足元に灯り、硝子の床を蹴った衝撃で僕の体が浮く。


 背後で、巨大な何かが硝子の床を叩き割る振動。


「シオン、もう一射いけますか」


「……三時の方向、八歩。セトが硝子の柱の陰にいるわ。でも柱の隙間から射線が通る。——精密射撃よ、角度は右に二十五度」


「……はい」


 僕は弓を構え直した。


 弦を引く。光の矢を凝縮する。セトの魂の中にある、凍りついた糸を一本だけ正しい音で弾くための——精密な一射。


 右に二十五度。シオンの言葉だけを信じて、放つ。


 弦が鳴った。


 光の矢が柱の隙間を縫い——セトに、届いた。





 二射目が当たった瞬間、僕の中に流れ込んできたのは——怒りだった。


 けれど、ただの怒りではない。


 守れなかった怒り。


 ——あの子たちは。


 セトの記憶。


 市場の子どもたち。笑い声。砂の匂い。けれどそこに——剣の音が混じる。


 悲鳴。


 笑い声が、悲鳴に変わる瞬間の記憶。あの温かい小さな手が、冷たくなっていく感触。


 セトは王として戦った。剣を執り、兵を率いた。けれど守り切れなかった。あの子たちの声は、二度と宮殿には届かなくなった。


 ——許さぬ。


 ——お前たち人間が奪ったのだ。あの子たちの声を。笑顔を。温かさを。


 僕の胸が、引き裂かれるように痛んだ。


 セトの怒りは——悲しみだった。


「……セトさん」


 呟いた声は、震えていた。


「お師匠、泣いてるッスか……?」


 フクが、走りながら振り返った気配。


「泣いてません。……少しだけ、セトさんの気持ちが流れてきたんです」


「ノア」


 シオンの声が、僅かに柔らかくなった。


「……矢を当てるたびに、セトの記憶が流れ込んでくるのね」


「はい。セトさんの、本当の声が」


「……そう」


 シオンは一拍だけ沈黙した。それから——いつもの、鋭い声に戻った。


「なら、なおさら全部受け止めなさい。セトの本当の声を聞けるのは、あんただけよ」


「……はい」


 僕は涙を拭った。


 セトの怒りが——硝子の嵐となって、再び空間を満たしていく。結界が軋む。音の泡が、また少し小さくなった。


 ドスンさんが繭を厚くして防御を固める。フクが小刻みに方向を変えて刃の雨を躱す。シオンが絶え間なく座標を読み続ける。


「正面やや左、四歩。セトが降りてきたわ。地上にいる。——今なら近い、撃てる!」


 三射目。


 弦を引き、光を込め——放つ。


 矢が飛ぶ。





 三射目で流れ込んできたのは——祈りだった。


 静かな、静かな祈り。


 ——せめて。


 ——妾が全ての音を消せば。


 ——もう誰も、悲鳴を上げずに済む。


 セトは民を守るために、音を消した。


 悲鳴が聞こえなければ、悲しみも生まれない。笑い声が聞こえなければ、それが奪われる恐怖もない。


 何もかもを消してしまえば——誰も、傷つかない。


 それがセトの祈りだった。


 世界で一番優しくて、世界で一番間違った祈り。


「……セトさん」


 僕は、光の弓を握り直した。


「あなたの声、聞こえています」


 ——黙れ。


「聞こえていますよ。ずっと」


 ——聞くなっ!


 無音の嵐が荒れ狂う。硝子の刃が竜巻のように渦を巻き、ドスンさんの繭の表面を削り始めた。


 きゅるるるっ!


 ドスンさんが軋んだ。繭の一部が薄くなり、硝子の欠片が僕の頬を掠める。


「お師匠、ドスンさんがヤバいッス!」


「シオン!」


「分かってる! ——ノア、ここは私が時間を稼ぐ。フク、ノアを連れて距離を取りなさい!」


 シオンの体が、僕の肩から飛び降りた気配。


 小さな、けれど途方もなく密度の高いマナが——僕の右肩から離れていく。


「シオン!?」


「心配しないで。ちょっとだけ、あの子の足を止めるだけよ」


 シオンの闇が展開された。僕には見えない。けれど理の糸が教えてくれる——シオンが、セトの周囲の空間にごく薄い闇の膜を張ったのだ。セトの動きを封じるのではなく、硝子の刃の軌道をほんの僅かにずらすための——精密な妨害。


「——今のうちに弓を強化しなさい! あと一射で核に届くわ!」


「……はい!」


 僕は弓の弦に両手を添えた。


 理の糸をさらに束ねる。一本、二本、三本——澄んだ音を奏でる糸を、光の弓に織り込んでいく。


 フクが僕を乗せたまま、大きく旋回した。ドスンさんが繭を解いて、今度は僕の前方だけに集中した分厚い盾を形成する。


「シオン、戻ってきて!」


「まだよ。もう少し——」


 ぱきん。


 硝子が砕ける音。セトがシオンの闇を力ずくで破った音だと、僕には分かった。


 シオンが弾かれる気配。


「シオンっ!」


「——大丈夫。ちゃんと時間は稼いだわ」


 小さな体が、僕の右肩に戻ってきた。少しだけ——息が荒い。


「ノア。弓の準備は」


「できました」


 光の弓が、腕の中で静かに震えていた。さっきまでとは比べものにならないほど強く、深い音色を宿している。


「……聞かせてあげなさい」


 シオンの声が、僕の耳元で囁いた。


「セトが本当に聞きたかった音を」




お読みいただき、ありがとうございます!


 フクの機動力、ドスンさんの変幻自在の防御、シオンの精密なナビゲーション——仲間全員の力を結集した、かつてない連携戦闘でした。

 光の矢が当たるたびにセトの心の声がノアに流れ込み、怒りの奥にある本当の想い——民を守れなかった悲しみと、全てを消すことでしか守れなかった祈りが明らかになりました。


 次回、ノアが放つ最後の一射は、セトの魂に何を届けるのか。

 声なきレクイエムの調律が、いよいよ佳境を迎えます。お楽しみに!


【☆作者からのお願い☆】


壊れかけた世界を静かに直すノアとシオンの旅を、**下にある【ブックマーク登録】と【☆評価】**で応援していただけないでしょうか?


皆様の☆とブクマの温かい一票が、作者の執筆の命の糸(日々の更新の強力な原動力)になります。


少しでも「面白い!」「ノアの旅の続きが読みたい」と思っていただけましたら、どうかお力添えのほど、よろしくお願いいたします……!


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