[行政手続法34条・許認可等の権限に関連する行政指導]現場編 「こちらには許可を出さないこともできますからね」の罠。使えない権限と、使う気もない権限をちらつかせる窓口
役所の「お願い」は、後ろに許可証が見えた瞬間、急に断りにくくなります。
たとえば。
「できれば、こちらに協力していただきたいんですが」
ここまでなら、まだお願いです。
でも、その人の机の引き出しに、
あなたが欲しい許可証が入っている。
そして相手が、少し声を落として、
「まあ、こちらには許可を出す立場もありますからね」
なんて言ったら。
人は考えます。
これ、断って大丈夫なんだろうか。
お願いに見えて、
背中に許認可権限を背負っている。
こういうお願いは、普通のお願いよりずっと重いのです。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所で、私は一枚の営業許可証の写しを見ていました。
正確には、
まだ許可証ではありません。
許可申請書です。
「……先輩」
「何だ」
「また駅前です」
「最近この町、駅前しかないみたいだな」
「私も思ってます」
相馬先輩は煙草をくわえながら、私の手元を覗き込みました。
申請者は、
駅前商店街で惣菜店を営む大橋正治さん。
五十六歳。
店名は「大橋惣菜店」。
コロッケ。
煮物。
唐揚げ。
ポテトサラダ。
そういう、夕方になると商店街じゅうに匂いで営業をかけてくるタイプのお店です。
今回、大橋さんは駅前再整備に伴う仮設店舗への移転を予定していました。
そのため、
新しい仮設店舗で営業を続けるために必要な許認可の手続を進めている。
問題は。
役所から、
「一つお願いがある」
と言われたことでした。
「で、そのお願いって何です?」
私が聞くと、相馬先輩が机の上の紙を指で叩きました。
「駅前整備事業への協力だ」
「ざっくりしてますね」
「もっと具体的に言えば、仮設店舗前の共同スペースを、市の観光案内の展示場所として空けてくれと」
「それだけなら、ありそうですけど」
「本人は嫌だってさ」
「どうして?」
「商売できなくなるから」
そこまで聞いたところで、事務所の戸が開きました。
「ごめんください」
入ってきたのは、小柄な男性でした。
白い半袖シャツ。
肩には古い布鞄。
右手には紙袋。
紙袋から、ものすごくいい匂いがします。
私の脳が、
法律より先に反応しました。
コロッケ。
たぶんコロッケです。
「大橋正治です」
男性が頭を下げます。
「片桐先生――じゃない、片桐所長さんには電話で」
「聞いています」
所長が応接を示しました。
「どうぞ」
大橋さんは椅子に腰掛けると、
すぐに鞄から書類を出しました。
「これが、市から言われたやつです」
私は横から見ます。
仮設店舗配置図。
大橋惣菜店の区画。
その前。
赤鉛筆で大きく囲まれた部分があります。
メモ。
――観光案内展示スペースとして確保願います。
「ここ、どれくらいの広さです?」
「店先の半分くらいです」
「半分?」
「そうです」
大橋さんの顔が曇りました。
「うち、揚げ物を店先に並べるんですよ。仮設だから店の中が狭いんで。そこを半分空けたら、商品を置く場所がない」
「市には言いました?」
「もちろん」
「何て?」
「店の営業に差し支えるから困るって」
「そしたら?」
大橋さんは少し口を閉じました。
この間。
嫌な話の前にある間です。
「担当の人がね」
「はい」
「『あくまでお願いです』って」
あ。
また来ました。
最近、このシリーズで最も信用ならない前置きランキング一位。
あくまでお願いです。
「その後は?」
「『ただ、こちらとしても、営業許可のことがありますから』って」
私は顔を上げました。
「営業許可?」
「ええ」
「何て続けました?」
「『市に協力していただけないとなると、今後の手続も難しくなるかもしれませんよ』って」
はい。
出ました。
お願いの後ろから、
許可証が顔を出しました。
私は思わず眉間を押さえました。
「誰が言ったんです?」
「倉田さんっていう係長さん」
「また!」
思わず声が出ました。
最近、倉田係長と私、
会う頻度だけなら親戚を超えています。
相馬先輩が笑いました。
「仲いいな」
「よくないです」
「向こうはお前の顔見たら胃が痛くなってそうだな」
「それはちょっと申し訳ない」
でも。
今回の話。
嫌な匂いがします。
コロッケとは別方向に。
片桐所長が静かに聞きました。
「営業許可について、現在何か問題があると言われていますか」
「いえ」
「設備基準を満たしていないとか」
「それもないです」
「申請書の不備は」
「ないって」
「では、市は何を根拠に『手続が難しくなる』と言ったんでしょう」
大橋さんが首を振りました。
「分かりません」
私は申請書を見ました。
ここで、
頭の中にまた未来の条文が浮かびます。
行政手続法第三十四条。
許認可等をする権限。
あるいは、
許認可等に基づく処分をする権限。
そういう権限を持つ行政機関が、
本当はその権限を行使できない場合。
または、
行使する意思がない場合。
そのくせ、
「こちらにはその権限がありますよ」
と殊更に示して、
相手を行政指導に従わせる。
それは駄目。
……名前だけ読むと非常に眠い。
でも今。
目の前にコロッケ屋のおじさんを置くと、
急に怖い話です。
「所長」
私は言いました。
「まず確認したいです」
「何を」
「本当に、市役所が大橋さんの営業許可を出さない権限を持っているのか」
大橋さんが私を見ました。
私は続けます。
「正確には、その担当部署がどういう権限を持ってるのか」
「うん」
「それと」
私は赤鉛筆で囲まれた展示スペースを指しました。
「店先を観光展示スペースとして空けないことが、営業許可を出さない理由になるのか」
片桐所長が頷きます。
「そこだ」
相馬先輩が腕を組みました。
「権限があるのと、今回使えるのは別ってことか」
「たぶん」
「たぶんかよ」
「まだ調べてません!」
私は超人ではありません。
受験生です。
しかも昭和に飛ばされた受験生です。
行政法は急に血が通っても、条文まで勝手に全文暗唱できる魔法にはなりません。
「でも」
私は続けました。
「例えば、役所に営業許可を出す権限があるとしても」
「うん」
「営業設備が基準を満たしていて、他の許可要件も満たしているのに」
「うん」
「『観光案内のために店先を空けなかったから許可しません』って、本当にできるのかは別ですよね」
「そうだ」
所長が言いました。
「権限の存在と、その権限を今この理由で行使できるかは別だ」
来ました。
短くて重いやつ。
私は心の中で丸をつけました。
権限がある。
だからいつでも何にでも使える。
ではない。
行政法って、
武器を持っていることと、
その場で抜いていいことを、
やたら厳しく分けたがります。
「それからもう一つ」
私は言いました。
「本当は許可を出さない気なんてないのに、ちらつかせてる可能性もあります」
相馬先輩がこちらを見る。
「どういう意味だ」
「市として本当に不許可にするつもりはない。でも、大橋さんを観光事業に協力させたいから」
私は少し声を落としました。
「『こちらには許可をどうするか決める力がありますよ』って見せてるだけ」
大橋さんの顔が変わりました。
「……それ、まさにそんな感じだった」
「何て?」
「担当の人、最後にこう言ったんです」
大橋さんは思い出すように言いました。
「『こちらも別に、許可を止めたいわけじゃないんですよ。ただ、協力していただけるなら話が早いってことです』」
はい。
かなり来ました。
私は椅子の背に軽くもたれました。
未来の三十四条。
そのままです。
まだ存在しない条文が、
昭和の窓口で先に事件化している。
「相馬」
所長が立ち上がりました。
「市役所だ」
「今日も即日ですか」
「何度言わせる」
「聞いただけです」
最近、片桐事務所の相談は、
午前相談。
午後市役所。
夕方差し入れ。
みたいな定型ができつつあります。
行政法の水戸黄門。
市役所へ着くと、
商工観光課には見覚えのある背中がありました。
倉田係長。
私たちの姿を見た瞬間。
眉間に皺。
「……今日は何ですか」
「挨拶より先に嫌そうな顔するのやめてください」
「君らが来ると、だいたい話が増えるんだ」
「元からある話を見えるようにしてるだけです」
「それが一番増えるんだよ」
最近、会話が完全に馴染んできています。
よろしくない。
片桐所長が、大橋さんの件を切り出しました。
「仮設店舗の営業許可の件です」
「ああ」
倉田係長は一瞬だけ視線を逸らしました。
知っている顔です。
「大橋さんに、観光案内展示への協力を求めましたね」
「求めました」
「任意ですか」
「もちろんです」
相馬先輩がすぐ言いました。
「じゃあ断っても許可には影響しないな」
「……」
倉田係長が止まりました。
「そこ、止まるところですか」
私が言うと、
「君は少し黙ってなさい」
「はい」
三秒だけ黙ります。
「営業許可は、必要な要件を見て判断するものですよね」
三秒終了。
「黙る気ないだろ」
「あります。短時間型です」
相馬先輩が吹き出しました。
片桐所長は笑わず、
倉田係長を見ました。
「確認します。大橋さんの営業許可申請について、現時点で法令上の不備はありますか」
「今のところ大きなものはありません」
「設備基準は」
「仮設店舗の設計上は満たす見込みです」
「では、観光案内スペースを提供しないことを理由に、不許可にできますか」
倉田係長が黙りました。
長い。
役所の沈黙って、
時々どんな答弁より正直です。
「……それ単独では難しいでしょうね」
出ました。
「難しいっていうのは?」
相馬先輩が詰めます。
「許可要件とは直接関係ありません」
「じゃあ、許可を出さない権限は今回の協力要請には使えない」
「まあ……そうなります」
私は心の中で線を引きました。
一つ目。
権限はある。
でも、
今この理由では行使できない。
「もう一つ」
片桐所長が言います。
「実際に、大橋さんが協力しなければ不許可にする意思はありますか」
倉田係長の顔がさらに渋くなりました。
「そこまでのつもりはありません」
はい。
二つ目。
行使する意思もない。
つまり。
使えない。
使う気もない。
その権限を、
「こちらには許可権限がありますからね」
と見せていた。
私は、なんだか背筋がぞわっとしました。
行政法の怖いところって、
こんなに地味なのに、
人の選択を簡単に曲げられるところです。
「じゃあ」
私は言いました。
「大橋さんに『営業許可のことがありますから』って言ったのは、何だったんです?」
「君ねえ……」
「確認です」
「圧があるな」
「行政書士事務所の見習いですから」
「関係ないだろ」
倉田係長は腕を組みました。
「市としては、仮設店舗全体で観光振興に協力してもらいたいんです」
「はい」
「大橋さんだけ断ると、他の店舗にも示しがつかない」
「はい」
「だから、できれば協力してもらいたかった」
「そこまでは分かります」
「それで」
倉田係長が言葉を探しました。
「多少、強めにお願いした」
相馬先輩が鼻で笑いました。
「多少?」
「言い方の問題だ」
「許可を持ち出してるだろ」
「実際、許可に関する手続をしているのはこちら側なんだから、全く関係がないわけでは」
「関係があるのと、脅しに使えるのは別でしょう」
私が言うと、
倉田係長がこちらを見ました。
「脅しって言い方はやめなさい」
「じゃあ何て言います?」
「……強いお願い」
「役所語がすごい」
強いお願い。
便利だなあ。
柔らかい武器みたいな言葉です。
「倉田さん」
片桐所長が静かに言いました。
「あなた方には許認可の権限がある」
「はい」
「だからこそ、その権限を背景にした言葉は重い」
倉田係長が黙ります。
「普通の商店会長が『協力してください』と言うのと、許可に関わる行政側が『協力してください。こちらには許可のこともあります』と言うのは違う」
「……」
「相手は断ったら許可されないと思う」
所長の声は穏やかでした。
でも一番刺さる。
「実際には、その理由で許可権限を行使できない。しかも行使する意思もない。なら、その権限を殊更に示して行政指導へ従わせるべきではない」
私は少し息を止めました。
未来の条文そのものではありません。
でも。
骨格が同じです。
権限を持っている。
その事実だけで人は怖がる。
だから、
使えない権限。
使うつもりのない権限。
それをわざと見せて、
「従わないと使うかもしれませんよ」
と思わせる。
これが危ない。
行政指導の任意性を、
外から壊してしまうから。
「大橋さん」
倉田係長が言いました。
大橋さんが少し身構えます。
「営業許可については、観光案内スペースへの協力とは切り離して判断します」
「本当ですか」
「はい」
「断っても?」
「それだけを理由に不許可にすることはありません」
大橋さんは、しばらく何も言いませんでした。
やがて。
「じゃあ」
「はい」
「展示スペースの話は、もう一回考えさせてもらっていいですか」
その言葉に、
私は少し驚きました。
てっきり、
嫌です。
断ります。
で終わると思っていたから。
「もちろんです」
倉田係長が答えます。
「ただ、協力していただける範囲があれば」
「全部半分は無理です」
「ではどこまでなら」
「店先の端なら少し」
あ。
話し合いになった。
さっきまで、
許可が怖くて断れない。
その状態だったのに。
許可と協力要請を切り分けた途端、
初めて、
どこまでなら協力できるか。
という話になった。
これ。
たぶん大事です。
行政指導は、
権力を抜いた方が、
かえって話し合いになることがある。
「幅一メートルくらいなら」
大橋さんが言いました。
「商品台の横に案内板を置くのはいいです」
「パンフレットラックも?」
「小さいのなら」
「観光地図は」
「壁に貼るくらいなら」
倉田係長がメモを取り始めます。
「じゃあ、その線で仮設店舗担当と調整します」
「お願いします」
大橋さんの表情は、
事務所へ来たときよりずっと柔らかくなっていました。
完全拒否ではない。
全面協力でもない。
自分の商売を守りながら、
できる範囲で協力する。
たぶん、
本来の行政指導ってこういうものなんでしょう。
相手が自由に断れるからこそ、
自由に譲ることもできる。
市役所を出たところで、
大橋さんが大きく息を吐きました。
「いやあ」
「どうしました?」
「何か、拍子抜けしました」
「何がです」
「許可を出してもらえなくなると思ってたから」
「やっぱり、そう思ってたんですね」
「そりゃ思いますよ」
大橋さんは笑いました。
「役所の人に『こちらには許可がありますから』って言われたら」
少し間を置いて。
「従わなきゃいけないと思うでしょう」
それです。
行政指導の怖さ。
言葉だけなら、
お願い。
でも相手が持っているものによって、
そのお願いの重さは変わる。
許可。
認可。
取消し。
停止。
そういう権限を持っている人からのお願いは、
普通よりずっと断りづらい。
「でも」
大橋さんは続けました。
「許可と別だって分かったら、こっちも少し考えられました」
「観光案内のことですか」
「ええ」
「全部嫌だったわけじゃない?」
「店先半分取られるのが嫌だったんです」
なるほど。
これは大きい違いです。
行政は、
「協力するか、しないか」
の二択にしていた。
でも本当は、
どこまでならできるか。
という第三の道があった。
権限で押すと、
相手は従うか反発するかになります。
権限を外すと、
ようやく交渉が始まる。
法律って。
人を縛るだけじゃなく、
話し合いの条件を整えることもあるんですね。
事務所へ戻ると、
大橋さんが紙袋を置きました。
「これ、よかったら」
「まさか」
私は袋を覗きました。
コロッケ。
予想的中。
行政法より先に嗅覚で正解していました。
「店のです」
「ありがとうございます!」
「こはる」
相馬先輩が言いました。
「今だけ声がでかいぞ」
「正当な利益です」
「何の」
「コロッケ利益」
「そんなものはない」
大橋さんが笑いました。
「六個ありますから」
私は相馬先輩を見ました。
相馬先輩も私を見ました。
「一人二個です」
「俺は三個」
「許しません」
「こっちには先輩権限がある」
「先輩権限を殊更に示して私に従うことを余儀なくさせないでください!」
「何だそれ」
片桐所長が新聞をめくりながら言いました。
「一人二個」
「はい」
行政庁より迅速な処分。
異議申立ての余地なし。
いえ、これは処分じゃありません。
日が暮れたころ。
私は机に戻って、ノートを開きました。
今日の見出し。
――許認可等の権限に関連する行政指導。
「長い」
思わず声に出ました。
「何が」
相馬先輩が聞きます。
「テーマ名が」
「じゃあ縮めろ」
「許可ちらつかせ禁止」
「雑」
「でも今日の話、だいたいそうですよ」
大橋さんに対して、
行政は観光案内スペースへの協力を求めた。
それ自体は、
行政指導としてあり得る。
でも。
その行政機関には、
大橋さんの営業に関する許認可へ関わる権限があった。
そして担当者は、
その権限を、
協力要請の場でわざわざ見せた。
こちらには営業許可のことがあります。
手続が難しくなるかもしれませんよ。
そんな言い方で。
ところが確認すると、
観光案内スペースを提供しないことだけを理由に、
その許認可権限を行使できるわけではなかった。
しかも、
実際に不許可にする意思もなかった。
それでも。
権限だけは見せた。
「所長」
私は聞きました。
「これって、どうしてそんなに駄目なんでしょう」
「任意じゃなくなるからだ」
即答でした。
「あ」
「行政指導は相手の協力で成り立つ」
「はい」
「だが、許可を出す者が『従わないならどうなるか分かるな』と匂わせれば?」
「……断れない」
「そういうことだ」
私は頷きました。
未来では、
この場面に行政手続法第三十四条が置かれます。
許認可等をする権限。
または、
許認可等に基づく処分をする権限。
そうした権限を持つ行政機関が、
その権限を行使できない場合。
あるいは、
行使する意思がない場合。
それなのに、
その権限を行使し得ることを殊更に示して、
相手方を行政指導に従わせてはいけない。
でも今は昭和六十三年。
まだその条文はない。
だから、
今日の片桐所長の言葉の方が短い。
――任意じゃなくなるからだ。
法律は、
後から長くなる。
現場は、
先に短く気づく。
そんな感じがします。
「先輩」
「何だ」
「権限があるってこと自体は悪くないですよね」
「当たり前だ」
「むしろ、行政には必要」
「ああ」
「問題は、それを関係ないところで見せて相手を怖がらせること」
「そうだろうな」
「しかも、本当に使える場面じゃないのに」
「うん」
「あるいは、使う気もないのに」
「そういうことだ」
私はノートに二つの言葉だけ書きました。
使えない権限。
使う気のない権限。
その下に。
――それを「使えるぞ」と見せて、行政指導に従わせない。
たぶん。
今日の教訓はこれです。
行政が権限を持つこと。
その権限を正しく行使すること。
そして、
権限をただの威圧材料に使うこと。
全部別の話。
権限が強ければ強いほど、
使い方は冷たく整理しなければならない。
その冷たさが、
大橋さんに、
「断っても許可とは別なんだ」
という余白を作った。
そしてその余白があったから、
大橋さんは、
全面拒否ではなく、
店先の端なら協力できる、
という答えを出せた。
制度の冷たさが、
かえって話し合いを温かくすることもある。
行政法って、
時々そういう変なことをします。
「こはる」
相馬先輩が言いました。
「コロッケ一個残ってるぞ」
「本当ですか」
「食うか?」
「食べます」
「ただし」
「何です」
「明日の朝、俺の机整理しろ」
「行政指導ですか?」
「お願いだ」
「断ったら?」
「コロッケは俺が食う」
「それは単なる交換条件!」
「じゃあどうする」
私はコロッケを見ました。
相馬先輩を見ました。
もう一度コロッケを見ました。
「……机、どの程度です?」
「従うのかよ」
「これは任意の協力です!」
奥で片桐所長が新聞越しに言いました。
「半分にしろ」
「所長!」
最も公平な行政介入が入りました。
コロッケは半分になりました。
行政指導も、
許認可も、
コロッケも。
大事なのは、
持っている力を、
持っているというだけで振り回さないこと。
今日の私は、
たぶんそれを覚えました。
役所が、
「こちらには許可する力がありますから」
と言ったとき。
本当に見るべきなのは、
その力があるかどうかだけではない。
今、その力を使えるのか。
本当に使うつもりなのか。
そして、
その権限を見せることで、
ただの「お願い」を、
断れない命令に変えていないか。
行政法は、
権限があるかどうかだけを見る法律じゃありません。
権限を、
どう使っているかを見る法律でもある。
私はノートの最後に、一行だけ書きました。
――使えない権限、使わない権限を、脅しの背景にしない。
少し考えて。
もう一行。
――「お願い」の後ろに許可証を立たせたら、それはもう普通のお願いではない。
相馬先輩が横から覗き込みました。
「後ろの方が覚えやすいな」
「ですよね」
「ただし試験にはそのまま書くなよ」
「分かってます!」
窓の外では、
駅前の工事現場に仮設の照明が灯っていました。
町は少しずつ変わっていきます。
新しい店。
仮設店舗。
観光案内。
再整備。
役所には、
町全体を動かす事情がある。
でも。
そのために、
許認可という大きな力を、
小さなお願いの後ろに立たせてはいけない。
権限は、
使うべきときに、
正しい理由で使う。
使えないなら、
使えるような顔をしない。
使う気がないなら、
使うかもしれないと匂わせない。
その線を守ることで、
市民は初めて、
「はい」も、
「いいえ」も、
自分の言葉で選べる。
今日のコロッケは、
半分でも十分おいしかったです。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




