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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政手続法

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[行政手続法13条・不利益処分の意見陳述]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、ときどき昼間より重たい言葉が似合います。


 取消し。


 処分。


 資格。


 失効。


 解任。


 営業停止。


 並べるだけで胃が重い。


 法律用語というより、人の人生から何かを一枚ずつ剥がしていく単語みたいです。


 そのくせ、テキストでは平然と太字で並んでいる。


 受験生時代の私は、その太字を見て眠くなっていました。


 今となっては、よく眠れたなと思います。


 だって。


 許可を取り消される。


 それはつまり、田所さんの食堂が閉まるかもしれないということです。


 私は机の上にノートを開きました。


 その横には、昨日の唐揚げを入れていたアルミ容器。


 もちろん空です。


「ないですね」


「何が」


 相馬先輩が帳簿から顔も上げずに言いました。


「唐揚げ」


「昨日食っただろ」


「差し入れが必要です」


「知らん」


 奥では片桐所長が書類を読んでいました。


 私は昨日のメモを見直します。


 田所食堂。


 食品営業許可。


 衛生状態に問題あり。


 役所は許可取消しの方針。


 しかし、田所さん本人から改善後の事情を十分に聞かないまま、内部ではほぼ結論を出していた。


 私たちが求めたのは、


 取消すな。


 ではありません。


 まず聞いてから決めてください。


 ただ、それだけでした。


 そして私は、その下に新しく一行書きました。


 ――不利益処分。


「まずそこからか」


 相馬先輩が覗き込みます。


「はい」


「説明しろ」


「先輩がですか?」


「お前が」


「ですよね」


 私はペンを持ち直しました。


「不利益処分っていうのは、ざっくり言えば、行政庁が特定の人に対して、権利を制限したり、義務を課したり、不利益を与えたりする処分です」


「ざっくりしすぎだな」


「今はざっくりです」


 受験勉強なら、定義はもっと丁寧にやるべきでしょう。


 でも現場を思い出すなら、まずこれでいい。


 田所さんの食品営業許可を取り消す。


 それまで営業できていた人が、営業できなくなる。


 典型的な不利益です。


「で」


 相馬先輩が言います。


「昨日のお前の頭の中では、未来の法律が鳴ってたんだろ」


 私は一瞬固まりました。


「……何で分かったんです?」


「顔」


「そんなに出ます?」


「出る」


 片桐所長まで言いました。


 ひどい。


 私は咳払いしました。


「未来では、不利益処分をしようとするとき、原則として、本人に意見を述べる機会を与える制度があります」


「未来では、な」


「はい」


 ここが大事です。


 昭和六十三年。


 行政手続法はまだない。


 だから片桐所長や相馬先輩は、行政手続法十三条という条文を知りません。


 でも。


 昨日の所長の言葉。


 重い処分なら、本人に弁明させる機会を設けても行政の権限は失われない。


 あれはまさに、後に法律で整理されていく発想と重なっています。


 私はノートに二つ並べました。


 聴聞。


 弁明の機会の付与。


「名前がまた眠いな」


 相馬先輩が言います。


「分かります」


「同意するな」


「でも本当ですよ。聴聞と弁明の機会の付与。名前だけ見ると、どっちも話を聞くんでしょう、で終わりたくなる」


「違うのか?」


「違います」


 私は指を二本立てました。


「まず、重い不利益処分は聴聞」


「重い?」


「典型は、許認可等の取消しです」


 私は昨日の通知を指で叩きました。


「田所さんの営業許可取消し。これは未来の行政手続法なら、聴聞の対象になります」


「ほう」


「ほかにも、資格や地位を直接奪う処分。それから、役員の解任命令や除名命令なんかも」


 相馬先輩が眉を上げました。


「随分物騒なのが並ぶな」


「だから聴聞なんです」


 私はノートに書きました。


 許認可等の取消し。


 資格・地位の直接のはく奪。


 役員等の解任命令・除名命令。


「この辺りは、本人にとって打撃が大きい」


 私は言います。


「だから、より慎重な手続が用意される」


「聴聞って、具体的には?」


「口頭での審理が中心です」


 ここは試験でも重要。


 私は大きく囲みました。


 聴聞――口頭審理。


 弁明の機会の付与――原則として書面審理。


「つまり」


 相馬先輩が言います。


「田所さんみたいな取消しは、未来なら役所に呼んで話を聞く」


「はい。もちろん実際の制度はもっと細かいですけど、まず試験ではそこを押さえる」


「じゃあ弁明は?」


「それ以外の不利益処分が基本です」


 私は横に書きます。


 聴聞に該当しない不利益処分。


 弁明の機会の付与。


「こっちは書面が中心」


「軽いから?」


「必ずしも“軽い処分”ってだけで覚えると危ないです」


 所長がそこで顔を上げました。


「ほう」


「区分は法律が決めてます。重そうに見えるかどうかを受験生が自由に判断するわけじゃない」


「それはそうだ」


「許可取消しなら聴聞。まず型で覚える」


 私は自分でも少し偉そうだなと思いました。


 でも試験では、この手のところを感覚で解くとだいたい落とします。


 行政法は、人情に厚そうな選択肢を平気で不正解にしてくる。


「じゃあ昨日の田所さんなら」


 相馬先輩が言います。


「未来の制度では、聴聞」


「はい」


「口頭審理」


「はい」


「役所の“もう決まってます”で終わりじゃない」


「そこです」


 私はペンを置きました。


 昨日、一番危なかったのは。


 役所が悪かったことではありません。


 立入検査の写真は悪かった。


 衛生状態に問題があった。


 役所が何らかの処分を考えること自体には理由がある。


 危なかったのは、


 その一つの証拠だけを見て、


 本人がその後何をしたか。


 今どうなっているか。


 何を説明したいのか。


 そこを閉じたまま、結論へ進もうとしたことです。


「聴聞って」


 私は呟きました。


「行政庁のためでもあるんですね」


「どういう意味だ」


 相馬先輩が聞きます。


「本人を守るためだけじゃなくて」


 私は昨日の写真と改善記録を思い出しました。


「行政が、間違った事実認定のまま突っ走るのを防ぐ」


 所長が頷きました。


「そうだな」


「田所さんの言い分を聞いたら、改善後の状態を見る必要が出てきた。再検査したら、実際かなり直ってた」


「だから取消し以外の処分も検討することになった」


「はい」


 まさに。


 手続が結論を変えた可能性があります。


 もちろん、聞いた結果。


 やっぱり取消し。


 ということもある。


 でもその場合も。


 少なくとも判断材料は増える。


「手続って、結論を優しくする仕組みじゃないんですね」


「当然だ」


 所長が言いました。


「正しく決めるための仕組みだ」


 短い。


 今日も刺さります。


 私はノートに書きました。


 意見陳述手続の目的。


 本人に防御の機会を与える。


 行政庁の事実認定・判断の適正を確保する。


「ここで試験的に大事なのは」


 私はもう一段、線を引きました。


「不利益処分を“したあと”じゃなくて、“しようとする場合”だということです」


 相馬先輩が目を細めます。


「前だな」


「前です」


 つまり。


 決定してから、


 何か言いたいことあります?


 では遅い。


 実質的に全部決めたあとで話だけ聞く。


 それでは手続が飾りになります。


「昨日の役所がちょっと危なかったの、そこですよね」


「内部ではもう決裁が通ってる、と言ってたな」


「はい」


「形式上はまだ処分前」


「でも中ではほぼ結論済み」


「なるほど」


 私は昨日、自分が感じた違和感を思い出します。


 まだ処分日前。


 でも担当者は、


 もう決まっています。


 と言った。


 それでは本人の説明が判断に影響する余地がない。


「聴聞って」


 私は言いました。


「口だけ聞けばいい制度じゃないんですね」


「そりゃそうだ」


 相馬先輩が鼻で笑います。


「聞いたふりして結論変える気ゼロなら、時間の無駄だ」


「それ、実務で言うと刺さりますね」


「だろ」


 意外と先輩が本質を突きます。


 私は次の見出しを書きました。


 例外。


「来たな」


 相馬先輩が嫌そうな顔をしました。


「法律は例外が好きですから」


「お前ら受験生も好きだろ」


「嫌いです」


「でも出る」


「もっと嫌いです」


 行政手続法十三条には、意見陳述手続を省略できる場合があります。


 教材でまず押さえるべき代表例。


 公益上、緊急に不利益処分をする必要がある場合。


「昨日、所長が言ってましたよね」


「何を」


「今まさに危険な食品が売られていて、食中毒が広がってるような場合」


「ああ」


「そんなとき、まず聴聞の日程を決めましょう、なんて悠長なことしてたら被害が広がる」


「当然だ」


「だから緊急なら、例外的に意見陳述手続を経ずに処分できる」


 私は大きく、


 公益上+緊急性。


 と書きました。


「ここ、“公益上必要”だけじゃ足りないですよね」


「どういうことだ」


「行政の処分なんて、大体何らかの公益目的があります」


「まあそうだな」


「だから、公益のためです、だけで全部手続省略できたら制度が消えます」


 所長が小さく頷きました。


「緊急に、というところか」


「はい」


 田所さんの場合。


 店は自主休業していた。


 改善措置も取っていた。


 再検査の時間もあった。


 少なくとも昨日の状況では、


 話を聞いている暇なんて一切ない。


 というほどの緊急性は見えなかった。


「逆に」


 私は言いました。


「営業を続けていて、今まさに危険があるなら話は違った」


「そういうことだ」


 私はさらにノートを進めました。


「例外は、緊急時だけじゃありません」


「まだあるのか」


「あります」


 相馬先輩が露骨に嫌そうな顔をしました。


 受験生だった私も同じ顔をしていたと思います。


「たとえば、資格がないことが客観的資料で直接証明されていて、法令上必ず処分しなきゃいけない場合」


「具体的には」


「裁判所の判決書とか、公的な書類なんかで資格喪失が明白な場合ですね」


「本人に聞いても変わらない?」


「そういう場面です」


 もちろん厳密には要件があります。


 でも今は構造を掴む。


「それから」


 私は続けました。


「技術的な基準違反が、計測や実験などで客観的に確認されていて、その基準に従うよう命ずる処分」


「数字で明らかな場合か」


「そうです」


「ほかは?」


「金銭関係の一定の処分。それから、課される義務が著しく軽微なものとして政令で定める処分など」


「多いな」


「試験はそこを狙います」


「嫌な商売だな」


「試験制度に言ってください」


 私はノートを眺めました。


 緊急。


 客観的資料で資格喪失が明白。


 技術基準違反が客観的に確認。


 一定の金銭関係処分。


 著しく軽微な義務。


「でも」


 私は言いました。


「全部に共通してるのは、“先に本人に話を聞く必要性が低い、または聞いている余裕がない”場面なんですね」


 所長が答えます。


「そう整理するといい」


「ただし」


 私はすぐ付け足しました。


「受験では勝手に例外を広げない」


「重要だな」


「“どうせ結果は同じだから聞かなくていい”は、役所側が自由に作れる例外じゃない」


 昨日の森川主任の、


 写真がありますから。


 もう決まっています。


 という言葉を思い出します。


 それでは足りない。


 将来の法律は、


 行政が面倒だから。


 本人が悪そうだから。


 証拠が一つあるから。


 という理由だけで意見陳述を飛ばせるようには作られていません。


「所長」


「何だ」


「一つ気になってるんですけど」


「言え」


「行政手続法ができる前って、じゃあ何でも聞かずに処分してよかったんですか」


 これ。


 今回いちばん大事なところです。


 片桐所長は少し考えました。


「そんな単純な話ではない」


「ですよね」


「個別の法律に手続の定めがある場合もある。処分の性質によっては、手続の公正さが強く求められることもある。裁判でも、手続上の問題が争われることはある」


「つまり」


 私は慎重に言葉を選びました。


「行政手続法ができたから初めて、“話を聞くべきだ”という発想が生まれたわけじゃない」


「そういうことだ」


 ここ。


 転生ものとして妙に面白い。


 未来の私は条文を知っています。


 第十三条。


 聴聞。


 弁明の機会の付与。


 でも昭和六十三年の片桐所長は、その条文なしで、


 本人に弁明させる機会を設ければいい。


 と言った。


 未来の法律は、突然空から降ってきたわけではない。


 すでに社会の中にあった問題。


 行政実務の中にあった不公平。


 人が感じていた違和感。


 そういうものを、後から制度として整理していった。


「なんか」


 私は呟きました。


「法律って、問題が先なんですね」


 相馬先輩が言います。


「当たり前だろ」


「でも受験勉強してると、法律が先にあって世界が後からできたみたいに見えるんですよ」


「重症だな」


「本当にそうなんです」


 条文。


 要件。


 効果。


 判例。


 順番に覚えていると。


 まるで世の中が条文どおりに動いていて、例外的に事件が起きるように錯覚する。


 でも逆です。


 先に人が困る。


 揉める。


 役所が迷う。


 裁判になる。


 それをどう公平に扱うか考える。


 その積み重ねの後ろに法律がある。


 私は昨日の田所さんを思い出しました。


 自分で説明できるなら、納得できます。


 あの言葉。


「聴聞とか弁明って」


 私はノートに書きながら言いました。


「結果を保証する制度じゃないんですね」


「そうだ」


「勝たせる制度じゃない」


「ああ」


「負けるにしても、決める前に話す席を残す制度」


 所長は少しだけ目を細めました。


「それでいい」


 私は次に、似ている言葉を書きました。


 聴聞。


 弁明の機会の付与。


 審査請求。


「混ぜるなよ」


 相馬先輩が言いました。


「そこです」


 意見陳述手続は、処分前。


 審査請求などの不服申立ては、原則として処分後。


「時系列が違う」


「はい」


「聴聞で言い分を述べても、処分されたら?」


「その後、要件を満たせば不服申立てや訴訟で争うことになる」


「じゃあ聴聞は裁判じゃない」


「もちろんです」


 私は三段階に並べました。


 処分前。


 意見陳述。


 処分。


 処分後。


 不服申立て・訴訟。


「この順番で見ると分かりやすいですね」


「現場もな」


 所長が言いました。


「はい」


 昨日の田所さんは、


 まだ処分されていない。


 だから私たちが問題にしたのは、


 どう争うか。


 ではなく。


 決める前に何を聞くか。


 でした。


「じゃあ試験で」


 相馬先輩が言いました。


「営業許可取消しをしようとする場合、弁明の機会を付与すればよい」


「誤り」


「即答だな」


「取消しは聴聞です」


「営業停止なら?」


「それだけでは即断しません。法定の区分を確認します」


「急に慎重」


「そこ大事です」


 私は指を立てました。


「“重そうだから聴聞”って覚え方だけだと危ないんです。条文上、聴聞が必要な類型が決まってる」


「なるほど」


「まず許認可等の取消し。資格・地位の直接はく奪。役員等の解任・除名命令。あと行政庁が相当と認める場合」


「最後は裁量か」


「はい」


「それ以外が弁明」


「基本はそうです」


 私は一度ノートを閉じかけて。


 また開きました。


「まだあるのか」


「最後に一個だけ」


「お前の一個は長い」


「行政法ですから」


 私は昨日の再検査のことを書きます。


 行政庁が本人の意見を聞く。


 その意味は、


 単に本人にしゃべらせることではない。


 資料を出せる。


 説明できる。


 行政側が持っている情報の偏りを修正できる。


「田所さんの場合」


 私は言いました。


「役所には改善前の写真しかなかった」


「本人には改善後の領収書と作業記録があった」


「そうです」


「聞かなかったら?」


「役所は、古い状態だけを前提に処分していたかもしれない」


「聞いたから?」


「再検査につながった」


 それが意見陳述手続のいちばん分かりやすい効用でした。


 手続は飾りじゃない。


 情報を増やす仕組みです。


 だから。


 本人の言い分を聞くことは、行政への邪魔ではない。


 行政が正しく判断するための材料でもある。


「昨日」


 私は言いました。


「森川主任、最初は“聞いても結論は変わらない”みたいな感じでしたよね」


「ああ」


「でも結果、変わるかもしれない」


「取消しから営業停止の検討になったな」


「はい」


 ここが全部です。


 聞く前に、


 どうせ同じ。


 とは分からない。


 分からないから聞く。


 手続の意味って、案外そこなのかもしれません。


 夕方の光が机の上を横切ります。


 私はノートの最後に、今日の一行を書きました。


 ――不利益を与えるなら、結論の前に席を一つ空けておく。


 相馬先輩が横から読みます。


「抽象的だな」


「じゃあ試験向けにします」


 私はその下に書き足しました。


 ――許認可等の取消しは聴聞。それ以外の不利益処分は原則として弁明。例外は、条文どおり狭く見る。


「急に受験生だな」


「法理編なので」


「何だそれ」


 聞こえないふりをしました。


 奥から片桐所長が言います。


「もう一行」


「まだですか」


「昨日の事件の本質だ」


 私は少し考えます。


 写真があった。


 違反もあった。


 役所に処分権限もあった。


 それでも。


 本人の話を聞く意味はあった。


 私は最後に書きました。


 ――悪い事実があることと、聞かなくていいことは、別問題。


 所長が見ます。


「それでいい」


 そのとき、事務所の扉が開きました。


「こんばんは」


 田所さんでした。


 手には、またアルミ容器。


 相馬先輩が立ち上がります。


「何です?」


「コロッケです」


「おお」


 早い。


 反応が完全に犬です。


「店のほうは?」


 私が聞くと、田所さんが頷きました。


「営業停止十日間。その後、再確認して再開できることになりました」


「取消しじゃなく?」


「はい」


 少し照れたように笑います。


「悪かったところは悪かったですから。そこは仕方ないです」


 でも。


 その顔は晴れていました。


「市役所で、ちゃんと理由も聞きました。向こうも、こっちの話を聞いてくれました」


「そうですか」


「許可取消しになってたら、たぶん店畳んでました」


 私は胸の奥が少し軽くなるのを感じました。


「よかったですね」


「本当に」


 田所さんが頭を下げます。


「ありがとうございました」


 所長が言いました。


「これからです」


「はい」


「衛生管理、続けてください」


「もちろんです」


 甘くない。


 でもそれでいい。


 法律は、田所さんを無罪にしたわけじゃない。


 役所を負けさせたわけでもない。


 悪かったところは悪かった。


 だから営業停止。


 でも。


 改善したことも聞いた。


 今の状態も見た。


 その上で処分を決めた。


 たぶん、それがいちばん健全です。


 白か黒か。


 住民か役所か。


 勝ちか負けか。


 現場は、そんなに単純じゃない。


 必要なのは、


 決めるべき人が。


 必要な情報を見て。


 言い分を聞いて。


 それから決めること。


 制度の冷たさは、ときどき人を守ります。


 聞きたいから聞く。


 かわいそうだから聞く。


 ではなく。


 聞くべき場面だから聞く。


 それがルールなら。


 担当者の気分で、人の人生から「話す機会」を消されにくくなる。


 私はコロッケを一つ皿に取りました。


 相馬先輩が二つ目に手を伸ばしています。


「先輩」


「何だ」


「一人一個にしません?」


「嫌だ」


「私は反対意見を陳述します」


「却下」


「聴聞してください」


「これは許認可取消しじゃない」


「知識の使い方が腹立つ!」


 田所さんが笑います。


 所長まで少し笑いました。


 未来では。


 この「先に聞く」という考え方は、行政手続法の中で、もっと明確な形になります。


 聴聞。


 弁明の機会の付与。


 例外。


 対象となる処分。


 細かいルール。


 でも。


 昭和六十三年の小さな食堂で起きていたことは、そのずっと手前にありました。


 店を閉めろと言われる前に。


 言わせてほしい。


 直した。


 説明したい。


 見てほしい。


 その一言を、行政が聞くかどうか。


 法律になる前から。


 問題はもう、人の暮らしの中にあったんです。


 私はノートを閉じました。


 今日の一行。


 もう一度だけ、頭の中で読みます。


 許認可等の取消しは聴聞。


 それ以外は原則として弁明。


 緊急時などには例外。


 でも。


 試験用の言葉を全部剥がしたあとに残るのは、たぶんもっと単純です。


 取り上げる前に。


 その人の話を聞く。


 法律は冷たい。


 けれど。


 冷たいからこそ、


「今日は忙しいから聞かない」


「悪そうだから聞かない」


「もう決めたから聞かない」


 そんな雑な理由を、少しずつ押し返せる。


 昨日の田所さんが守ったのは。


 営業許可だけじゃありません。


 決められる前に、自分の言葉を置く場所でした。


 私は最後のコロッケへ箸を伸ばします。


 同時に。


 相馬先輩の箸も伸びました。


「先輩」


「何だ」


「これこそ聴聞が必要では」


「じゃんけんでいい」


「行政法どこ行ったんですか!」


 結局。


 コロッケの分配だけは。


 意見陳述より、じゃんけんのほうが早いようでした。

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