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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈民法 配点76点/300点〉 債権

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501/578

[民法・保証債務]現場編 「保証人なんだから、先に払え!」の嘘。借金を踏み倒す本人と、老母の家を狙う金貸しを止めた二つの抗弁権

挿絵(By みてみん)

 人の借金に名前を貸しただけで、自分の家まで失うことがある。


 保証人。


 たった三文字です。


 でも、その三文字の裏には、とんでもない責任が隠れています。


 借りた本人がお金を返さなければ、代わりに返す。


 利息も。


 違約金も。


 場合によっては損害賠償まで。


 そんな重い責任を負うのが、保証人です。


 ただし。


 だからといって。


 お金を貸した人が、最初から保証人の財産を好き勝手に奪っていいわけではありません。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 その日の私は、一本の赤い線が引かれた督促状を見て、思わず叫ぶことになります。


「えっ! お金を借りた本人は、土地を持っているんですか!?」


 そして。


 現代の民法を覚えている私に、昭和の民法が容赦なく襲いかかってきたのです。


「家を売れと言われたんです」


 朝九時。


 事務所を訪れた女性は、そう言いました。


 名前は、杉浦ハルさん。


 六十八歳。


 小柄な身体に、色あせた紺色のカーディガン。


 両手には、古い風呂敷包み。


 指先が少し震えています。


「家を……ですか?」


 私は聞き返しました。


「はい。来週までにお金を払わなければ、家を差し押さえるって」


「いくらですか?」


「……四百八十万円です」


「よ、四百八十万円!?」


 私は思わず声を上げました。


 昭和六十三年。


 四百八十万円。


 決して軽い金額ではありません。


「何か借金をされたんですか?」


「いいえ」


 ハルさんは首を横に振りました。


「私は、一円も借りていないんです」


「え?」


「借りたのは、弟です」


 私は鉛筆を止めました。


「弟さん?」


「杉浦正一といいます。五十五歳です」


 弟の借金。


 姉の家。


 そして、四百八十万円の督促。


 嫌な予感しかしません。


 ハルさんが風呂敷を開きました。


 中から出てきたのは、二枚の紙。


 一枚は、古い借用証書。


 もう一枚は、真新しい督促状でした。


 私は借用証書を読みました。


 ――借入金額 二百万円。


 ――借主 杉浦正一。


 ――貸主 大黒金融 代表者 黒田栄吉。


 ――返済期限 昭和六十三年六月三十日。


 ――保証人 杉浦ハル。


 そして、ハルさんの名前の横には、赤い印鑑。


「……保証人」


 私は呟きました。


「はい」


 ハルさんはうつむきました。


「弟が、店を直すのにお金がいるって言うものですから」


「お店?」


「自動車修理工場です」


 なるほど。


 弟は自営業者。


 工場の設備更新のため、金融業者から二百万円を借りた。


 その際、姉に保証人になってもらった。


 ここまでは、珍しくない話です。


 問題は。


「四百八十万円って、どういう計算ですか?」


「それが……」


 ハルさんは督促状を指差しました。


 そこには。


 元金 二百万円。


 利息等 四十万円。


 違約金・損害金 二百四十万円。


 合計 四百八十万円。


 と記載されていました。


「……倍以上?」


 私は眉をひそめました。


 いくら何でも。


 この金額はおかしい。


 しかも督促状の最後には、太い赤線が引かれていました。


 ――保証人は主債務者と同等以上の責任を負う。


 ――よって、保証人所有の自宅不動産を処分し、全額を弁済されたい。


 同等以上。


 ……以上?


 私はその二文字を見つめました。


 何だか。


 ものすごく嫌な文章です。


「大丈夫です!」


 私は勢いよく立ち上がりました。


「保証契約は、書面でしなければ効力がありません!」


 ハルさんが顔を上げます。


「え?」


「民法四百四十六条です!」


 私は六法を開こうとしました。


 現代の民法。


 保証契約は、書面でしなければ効力を生じない。


 電磁的記録による場合にも、法律上の要件が定められている。


 だから。


 保証人にされた経緯を調べて、書面が不十分なら――。


「こはる」


 背後から低い声。


 相馬先輩です。


「はい!」


「今、何て言った?」


「保証契約は書面でなければ無効です!」


「誰が決めた?」


「民法四百四十六条第二項です!」


「……第二項?」


 先輩の眉が動きました。


「お前、また変な六法を読んだな?」


「え?」


「四百四十六条に、そんな第二項はねえぞ」


 ……。


 あ。


 あああっ!


 しまった!


 やってしまいました。


 昭和六十三年。


 そうです。


 この時代。


 保証契約は、口頭でも成立し得るのです!


「うそ……」


 私は思わず呟きました。


「何が嘘だ」


「いえ、その……保証契約って、書面が必要じゃ……」


「いつからそんな法律になったんだ?」


 先輩が怪訝な顔をします。


 私は固まりました。


 現代では、保証契約の書面要件が民法に定められています。


 しかし、その規定が設けられたのは、平成十六年の民法改正。


 施行は平成十七年。


 昭和六十三年から見れば、十七年も先のことです。


 現代の法律を持ち込んでしまった。


 またです。


 また、時代錯誤です。


「こはる」


 片桐所長が静かに言いました。


「保証の約束は、口でもできる」


「……はい」


「だから、安易に保証人になるなと昔から言われる」


「はい……」


「今回は署名押印のある借用証書もある。まず、保証の内容を確認するんだ」


 私はうなだれました。


 現代なら書面要件から考えられる場面でも。


 昭和では、その逃げ道が使えない。


 しかも。


 今回は、実際に保証人の署名がある。


 これは。


 相当厄介です。


「でも所長!」


 私は顔を上げました。


「保証人になったからって、何でも払わなければいけないわけじゃありませんよね!」


 所長が頷きました。


「そうだ」


「ですよね!」


「まず、保証の種類を確認しろ」


 私は借用証書を見直しました。


 保証人。


 杉浦ハル。


 そこには、こう書かれています。


 ――保証人は、借主の債務を保証する。


 それだけ。


 連帯して保証する。


 という文言はありません。


「……普通の保証ですね」


「ああ」


 相馬先輩が頷きました。


「少なくとも、この証書には連帯保証とは書かれていねえ。ほかの合意も調べる必要はあるがな」


「はい!」


「だったら、使える武器がある」


 私は顔を上げました。


「武器?」


 先輩は六法を開きました。


 民法四百五十二条。


 そして。


 四百五十三条。


「保証人には、二つの抗弁権がある」


 私は、その条文を見つめました。


 催告の抗弁権。


 検索の抗弁権。


 現代の受験勉強でも覚えた言葉です。


 でも。


 問題集の中では、ただの二択問題でした。


 ところが今。


 この二つが。


 ハルさんの家を守る、最後の砦になろうとしていたのです。


「正一さんは、どこにいるんですか?」


 私はハルさんに尋ねました。


「弟ですか?」


「はい」


「町の南に住んでいます」


「行方不明ではないんですね?」


「いいえ。昨日も電話で話しました」


 私は顔を上げました。


「じゃあ、弟さんは何と言っているんですか?」


 ハルさんの表情が曇りました。


「……姉ちゃんが保証人なんだから、姉ちゃんが払えばいいって」


「……は?」


 私は思わず聞き返しました。


「それだけですか?」


「はい」


「自分で借りたお金ですよね?」


「そうです」


「自分で使ったお金ですよね?」


「そうです」


「それを、お姉さんに払わせるんですか?」


 ハルさんは、小さく頷きました。


 ……。


 私は深呼吸しました。


 駄目です。


 怒ってはいけません。


 今は冷静に。


 法律です。


 民法です。


「正一さんには、財産はないんですか?」


「ありますよ」


 ハルさんは不思議そうに言いました。


「……あります?」


「工場がありますから」


「工場?」


「土地も、建物も、弟のものです」


 私は止まりました。


「……土地も?」


「はい」


「借金の担保に取られたりは?」


「それは分かりません」


「登記はどうなっているんでしょう」


「さあ……」


 私は相馬先輩を見ました。


 先輩も私を見ました。


 そして。


 にやり。


 笑いました。


「こはる」


「はい」


「仕事ができたな」


「はい!」


 そうです。


 債務者に財産がある。


 しかも。


 土地と建物。


 これは、非常に重要な事実です。


 ただし、単に財産があるというだけでは足りません。


 ほかの担保権がついていないか。


 売却して換価できる価値があるか。


 強制執行が容易か。


 それを確認する必要があります。


「先輩!」


「何だ」


「登記簿です!」


「分かってる」


「法務局!」


「分かってるって」


「行きましょう!」


「お前は少し落ち着け!」


 こうして。


 私たちは、弟の工場を調べることになったのです。


 その日の午後。


 私と相馬先輩は、法務局から戻ってきました。


 机の上には、土地と建物の登記簿謄本。


 昭和です。


 オンライン登記情報サービスなんてありません。


 もちろんスマートフォンもありません。


 窓口へ行き。


 申請書を書き。


 手数料を納め。


 紙の謄本を受け取る。


 何もかも、足で稼ぐ時代です。


「先輩!」


「何だ」


「ありました!」


「ああ」


「土地も建物も正一さん名義です!」


「そうだな」


「しかも、抵当権の登記がありません!」


「それも確認した」


 私は登記簿を机に広げました。


 土地。


 約百二十坪。


 建物。


 鉄骨造の修理工場。


 所有者。


 杉浦正一。


 抵当権その他の担保権の登記。


 なし。


「これ、かなり有利じゃないですか?」


「まだだ」


 先輩が言いました。


「登記簿だけじゃ値段は分からねえ」


「はい」


「差押えが先に入ってないか。他の債権者に押さえられていないか。売っていくらになるのか」


「はい」


「そこまで調べろ」


 私は頷きました。


 保証人が主債務者の財産を先に処分するよう求めるには。


 主債務者に弁済する資力があり。


 その財産への執行が容易であること。


 それを証明する必要があります。


 ただ、


「土地があります!」


 では足りない。


 だからこそ。


 証拠が必要なのです。


 翌日。


 地元の不動産業者から、工場用地の査定書を受け取りました。


 土地と建物を合わせた概算評価。


 九百万円前後。


 もちろん、実際の競売でその金額がつくとは限りません。


 建物の状態。


 買受希望者。


 工場設備の扱い。


 ほかの債務や差押えの有無。


 調べなければならないことはあります。


 しかし。


 少なくとも。


 主債務者に財産がない、という説明には無理がありそうです。


「所長!」


 私は資料を並べました。


「弟さんには、十分な財産がある可能性があります!」


 片桐所長が謄本を読みました。


 査定書を読みました。


 それから、もう一枚の紙に目を留めました。


「これは?」


「正一さんの借入金の明細です」


「どこから?」


「ハルさんが弟さんから以前もらっていた控えです。本人の署名があります」


 所長はしばらく黙っていました。


 そして言いました。


「相馬」


「はい」


「大黒金融の請求額、計算し直せ」


「やっぱりですか」


「ああ」


 私は首をかしげました。


「請求額?」


 所長が督促状を指差しました。


「四百八十万円という金額だ」


「はい」


「それは、本当に正一さんが負っている債務なのか」


 私は、はっとしました。


 そうです。


 保証人は、主たる債務を保証する立場。


 だから。


 主債務者が負っていないものまで、当然に負担させられるわけではありません。


「こはる」


 所長が言いました。


「民法四百四十八条だ」


 私は六法を開きました。


 保証人の負担が、主たる債務より重い場合。


 主たる債務の限度まで減縮される。


「……あっ!」


 私は督促状を見直しました。


 元金二百万円。


 利息等四十万円。


 違約金・損害金二百四十万円。


「この二百四十万円、根拠が必要ですね!」


「そうだ」


 相馬先輩が古い借用証書を取りました。


「しかも、こいつを見ろ」


「はい?」


「違約金のところだ」


 私は顔を近づけました。


 借用証書には、元金と利息の約定はありました。


 しかし。


 二百四十万円という違約金は、どこにも書かれていません。


「先輩!」


「何だ」


「後から勝手に上乗せしたんですか!?」


「その可能性がある」


 先輩が低い声で言いました。


「だから、まず根拠を出させる」


 もちろん、契約に明記されていないからといって、損害賠償が一切発生しないとは限りません。


 法定の遅延損害金などが問題になる場合もあります。


 でも。


 何の根拠も示さずに。


 二百万円の借金を、四百八十万円にする。


 そんな請求が当然に通るはずはない。


「こはる」


 相馬先輩が言いました。


「保証人は、便利な財布じゃねえ」


「はい」


「払う責任はある。だが、何でも払えって意味じゃねえんだ」


 私は強く頷きました。


 ようやく。


 事件の形が見えてきました。


 大黒金融は。


 借主の正一さんより先に、保証人のハルさんへ請求している。


 そのうえ。


 請求金額まで膨らませている疑いがある。


 しかも。


 ハルさんには、自宅という財産がある。


 ……なるほど。


 これは。


 狙われています。


 翌朝。


 大黒金融から電話が入りました。


 相手は、代表の黒田栄吉。


 五十歳前後。


 町では強引な取り立てで知られている男だそうです。


『片桐事務所か?』


「はい」


 私が答えると、受話器の向こうから大きな声が響きました。


『杉浦ハルって婆さん、そっちに相談してるんだろ!』


「ご相談の内容については、お答えできません」


『とぼけるな! 保証人なんだから払ってもらうぞ!』


 私は受話器を握り直しました。


『行政書士なんかに相談したって無駄だ! 契約書にはハンコがある!』


「……」


『来週までに払わなきゃ家を差し押さえるって伝えとけ!』


 私は言いました。


「差押えには、法律上の手続が必要です」


『何だと?』


「督促状を送っただけで、当然に家を差し押さえられるわけではありません」


『生意気な小娘だな!』


 むっ。


 小娘。


 確かに十八歳ですけど。


 それは関係ないでしょう。


「黒田さん」


 私は落ち着いて言いました。


「借用証書には、連帯保証と書かれていませんね」


『……だから何だ!』


「普通の保証と連帯保証では、法律上の扱いが異なります」


『保証は保証だろうが!』


 ……。


 ああ。


 なるほど。


 この人。


 分かっていません。


 自分が持っている契約書の意味を。


「それと、違約金二百四十万円の根拠も確認が必要です」


『そんなもん、うちの決まりだ!』


「契約上の根拠を示していただく必要があります」


『何だと!』


 私は一度、息を吸いました。


「ご請求の内容については、ハルさんご本人から書面で回答する予定です」


『はっ!』


 黒田は鼻で笑いました。


『書面? 紙切れ一枚で借金が消えるのかよ!』


「消えるとは申し上げていません」


『だったら黙って払わせろ!』


 そこで。


 相馬先輩が私に手を差し出しました。


「代われ」


 私は受話器を渡しました。


「片桐事務所の相馬です」


『おう! 話の分かる奴に代われ!』


「一点だけ確認します」


『何だ!』


「現在、杉浦正一さんに対して、どのような請求をなさっていますか」


『本人に請求したって払わねえんだよ!』


「正一さんの所在地は分かっているわけですね」


『当たり前だ! 工場にいるんだからな!』


「承知しました」


『だから婆さんから取るんだよ!』


「ご事情は確認しました」


 先輩は静かに言いました。


「今後、ご本人からの通知書をご確認ください」


『……何だと?』


「それでは」


 がちゃん。


 電話が切れました。


「先輩!」


「何だ」


「相手、完全に開き直ってましたよ!」


「そうだな」


「もっと言ってやればよかったのに!」


「何をだ」


「催告の抗弁権とか、検索の抗弁権とか!」


 先輩は椅子に座りました。


「こはる」


「はい」


「俺たちは弁護士じゃねえ」


「……はい」


「依頼人の代理人として、金貸しと示談交渉する仕事じゃねえんだ」


「はい」


「本人がどんな権利を持ち、どんな事実を主張するか。それを書面にする」


 私は黙りました。


 先輩は机の上の資料を叩きました。


「口で怒鳴り合っても、相手は忘れたと言う」


「はい」


「だが、内容証明なら、何を通知したかが残る」


「はい!」


「世の中、声がでかい奴じゃなくて、書面にハンコを押させた奴が勝つんだよ」


 出ました。


 先輩の決め台詞。


 でも今日は。


 いつも以上に重く聞こえました。


「さて、こはる」


 片桐所長が私を呼びました。


「はい!」


「内容証明の原案を書け」


「任せてください!」


「まず、催告の抗弁だ」


 私は六法を開きました。


 民法四百五十二条。


 普通の保証人は、債権者から請求を受けたとき。


 まず主たる債務者へ請求するよう求めることができます。


 これが、催告の抗弁権。


 ただし。


 昭和六十三年当時の法律では、主債務者が破産宣告を受けていたり、行方不明だったりする場合には、この抗弁は使えません。


 今回。


 正一さんは町に住んでいます。


 工場も営業しています。


 破産宣告を受けた事実も確認されていません。


 つまり。


 催告の抗弁を主張する余地がある。


「所長!」


「何だ」


「まず正一さんに請求してくれ、と書けます!」


「そうだ」


 私は勢いよく書き始めました。


 でも。


「待て」


 相馬先輩が言いました。


「はい?」


「催告の抗弁だけじゃ足りねえぞ」


「え?」


「相手が正一のところへ行って、払えと言ったらどうなる」


 私は考えました。


 大黒金融が正一さんに請求する。


 正一さんが払わない。


 そして。


「……またハルさんに請求してきます」


「そうだ」


 先輩は頷きました。


「だから、もう一本必要なんだよ」


 私は六法の次の条文を見ました。


 民法四百五十三条。


 検索の抗弁権。


 保証人が。


 主債務者に弁済する資力があること。


 そして。


 その財産への執行が容易であること。


 この二つを証明できれば。


 債権者に対して、まず主債務者の財産から取り立てるよう求めることができます。


「……なるほど!」


 私は思わず声を上げました。


「催告は、まず本人に請求してください!」


「そうだ」


「検索は、本人に財産があるなら、そこから先に回収してください!」


「そういうことだ」


 私は机に並んだ資料を見ました。


 登記簿謄本。


 土地建物の査定書。


 工場の所在地。


 正一さんが営業していることを示す資料。


 確認できた差押えの有無。


 どれも。


 この瞬間のために集めたものです。


 ただ条文を暗記しているだけでは。


 こういう書面は作れません。


 何を証明すれば、法律が自分を守ってくれるのか。


 それを知らなければならないのです。


「所長!」


「何だ」


「私、分かりました!」


「言ってみろ」


「催告の抗弁権は、請求の順番を問題にする権利です!」


「うん」


「検索の抗弁権は、財産から取り立てる順番を問題にする権利です!」


 片桐所長が静かに頷きました。


「それでいい」


 私は嬉しくなりました。


 よし。


 今なら。


 この二つ、絶対に間違えません。


 ところが。


 書面を作り始めて三十分後。


 私は、また地雷を踏みました。


「所長!」


「何だ」


「保証契約をした後で、正一さんの借金の条件が重くなったとしても、保証人の負担は当然には増えませんよね!」


「そうだな」


「民法四百四十八条第二項です!」


 ……。


 沈黙。


 相馬先輩が顔を上げました。


「……第二項?」


 あ。


 しまった。


 またです。


 私は六法を見ました。


 そして。


 固まりました。


「……ない」


「何がだ」


「第二項が……ありません」


「当たり前だろ」


 相馬先輩が呆れた顔をしました。


「また未来の条文か?」


「……はい」


「未来って何だよ」


「あっ、いえ! その!」


 危ない。


 転生者の秘密。


 漏れそうになりました。


 現代の民法四百四十八条には、第二項があります。


 保証契約の締結後に、主たる債務の負担が重くなっても、保証人の負担は当然には重くならない。


 そう明文化されています。


 しかし。


 その第二項が新設されたのは、令和二年施行の債権法改正です。


 昭和六十三年には存在しません。


「こはる」


 片桐所長が言いました。


「後から債務者と債権者だけで約束を変えたからといって、保証人の責任を際限なく重くできるわけではない」


「はい」


「だが、今は今の法律と契約内容で考えろ」


「……はい」


「書いていない条文を引用するな」


「はい……」


 私は肩を落としました。


 民法。


 本当に恐ろしい。


 考え方が似ていても。


 条文番号。


 規定の有無。


 表現。


 時代によって違います。


 しかも。


 現代の知識があると、つい安心してしまう。


 でも。


 昭和の実務で使えるのは、昭和の法律。


 それを忘れてはいけないのです。


「それと、こはる」


 相馬先輩が言いました。


「はい」


「保証人の責任は、元金だけじゃねえぞ」


「はい?」


「四百四十七条を読め」


 私は六法を開きました。


 保証債務は、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他の従たるものを含む。


 ……。


 あ。


「じゃあ……」


 私はハルさんを思い浮かべました。


「保証人は二百万円だけ返せばいい、と単純には言えないんですね」


「そうだ」


 先輩が頷きました。


「契約と法律に基づいて発生した利息や損害金も、保証の範囲に入ることがある」


「はい」


「だからこそ、請求額の根拠を一円ずつ確認するんだ」


 なるほど。


 保証人だから全部払え。


 それも間違い。


 保証人だから元金しか払わなくていい。


 それも間違い。


 正しいのは。


 保証された主債務の内容と範囲を、きちんと確かめること。


 そのうえで。


 法律上認められる責任だけを負う。


 それが民法です。


 午後四時。


 ついに内容証明郵便の原案が完成しました。


 差出人。


 杉浦ハル。


 宛先。


 大黒金融代表者 黒田栄吉。


 私は、慎重に読み上げました。


「通知書」


 相馬先輩が腕を組みます。


 片桐所長も、黙って聞いています。


「第一。本通知人は、杉浦正一を主たる債務者とする昭和六十三年某月某日付借用証書につき、普通保証人として記載されている」


「うん」


「第二。本件保証は連帯保証と記載されたものではなく、現時点で確認できた資料上、連帯保証の合意も認められない」


「うん」


「第三。主たる債務者杉浦正一は現在も所在が明らかであり、事業を営んでいる。破産宣告を受けた事実も確認されていない」


 私は息を吸いました。


「よって、本通知人は、民法第四百五十二条に基づき、まず主たる債務者に対して履行の催告をするよう請求する」


 相馬先輩が頷きました。


「次だ」


「はい!」


 私は続けました。


「第四。主たる債務者杉浦正一は、別紙記載の土地及び建物を所有している」


「うん」


「第五。右不動産については、登記簿上、抵当権その他の担保権の設定が確認されず、別紙査定資料等によれば、相当の換価価値を有する」


「うん」


「第六。これらの資料に照らし、主たる債務者には弁済資力があり、右不動産に対する強制執行も容易であると考えられる」


 私は一拍置きました。


「よって、本通知人は、民法第四百五十三条に基づき、まず主たる債務者の財産に対する執行を求める」


 相馬先輩が、小さく笑いました。


「いいぞ」


 私はさらに読みました。


「第七。貴殿の請求額四百八十万円については、元金、利息、違約金及び損害金の発生根拠と計算過程が明らかではない」


「うん」


「第八。保証債務の範囲は、民法第四百四十七条及び第四百四十八条等に照らして判断されるべきものであり、根拠の不明な加算額について、当然に保証人が負担するものではない」


 そして。


 最後。


「以上により、本通知人は、請求額の根拠資料の提示を求めるとともに、上記各抗弁権を行使する」


 読み終えました。


 静かな事務所。


 柱時計の音だけが響きます。


 かち。


 かち。


 かち。


「……どうでしょう」


 私は恐る恐る聞きました。


 片桐所長が、原案を読み直しました。


 そして。


「相馬」


「はい」


「判例と条文、確認したな」


「はい。保証の範囲と、普通保証人の抗弁について確認済みです」


「事実関係は?」


「登記簿、査定資料、借用証書を照合しました。主債務者への請求状況も記録に残しています」


「よし」


 所長が頷きました。


「こはる」


「はい!」


「これで本人に説明しろ」


 私はハルさんに向き直りました。


「ハルさん」


「はい」


「この書面を送ったからといって、保証債務が全部なくなるわけではありません」


「……はい」


「でも、借りた本人に財産があるのに、何の理由もなく先にハルさんの家を狙っていい、という話ではありません」


 ハルさんは、じっと私を見ています。


「まず本人へ請求するよう求めることができます」


「はい……」


「それに、本人に財産があり、そこから容易に取り立てられると証明できれば、そこから先に回収するよう求めることもできます」


「……そんな法律があるんですか」


「はい」


 ハルさんの目が、少し潤みました。


「私は……」


 声が震えます。


「保証人になったんだから、何をされても仕方ないと思っていました」


 私は首を横に振りました。


「保証人にも、権利があります」


 ハルさんは、何度も頷きました。


 そして。


 書面を読み直したあと、自分の意思で署名押印しました。


 赤い印鑑。


 同じ印鑑です。


 弟の借金を保証したときに押した、あの印鑑。


 でも今度は。


 自分の家を守るために押す印鑑でした。


 内容証明郵便を発送して三日後。


 大黒金融の黒田栄吉は、事務所へ電話をかけてきました。


『……片桐さんはいるか』


 私は受話器を取りました。


「はい、少々お待ちください」


 声が違いました。


 前回のような怒鳴り声ではありません。


 妙に小さい。


 所長が電話に出ました。


「片桐です」


『あの……杉浦ハルさんからの書面ですが』


「はい」


『これ、どういうことですか』


「通知書に記載されているのは、ハルさんご本人の意思表示です」


『いや……』


 黒田が言葉に詰まりました。


『民法四百五十二条とか、四百五十三条とか……』


 私は耳を澄ませました。


『保証人に、こんな権利があるんですか』


 ……。


 知りませんでしたか。


 やっぱり。


 黒田は続けました。


『弁護士に聞いたんですが……』


 所長は黙って聞いています。


『連帯保証じゃないなら、催告と検索の抗弁が問題になるって……』


「はい」


『それに、正一の工場の登記まで調べたんですか』


「通知書の資料に記載されています」


『あそこ、抵当権がついてなかったんですね……』


「はい」


 電話の向こうで、紙をめくる音がしました。


『それから、二百四十万円の違約金の件ですが……』


「はい」


『うちの担当が、社内で使っている督促用の数字を、そのまま入れてしまって……』


 ……。


 私は思わず目を見開きました。


 社内で使っている数字?


 契約の根拠ではなく?


 そんな。


 適当な!


『弁護士から、契約に基づかない金額をそのまま請求するのはまずいと言われまして……』


「そうですか」


『こちらで計算をやり直します』


 黒田の声は、明らかに弱くなっていました。


『それと……』


「はい」


『正一本人への請求を進めることにしました』


 私は、思わず拳を握りました。


 やった!


 でも。


 所長は静かなままです。


「その方針については、ハルさんご本人に書面でお知らせください」


『……分かりました』


 電話が切れました。


「所長!」


「何だ」


「折れましたね!」


「ああ」


「やりましたね!」


 相馬先輩が横から言いました。


「まだだ」


「ええっ!」


「返済が済んだわけじゃねえ」


「……あ」


「請求額の訂正も、本人への請求も、書面で確かめろ」


 そうでした。


 電話で言っただけでは足りません。


 実際に何が行われたのか。


 それが大切なのです。


 それから一週間。


 事態は、大きく動きました。


 正一さんの工場に、大黒金融から正式な請求書が届きました。


 さらに。


 正一さん自身も、土地と建物が債権回収の対象になり得ることを知り、ようやく態度を変えました。


 それまでは、


「姉ちゃんが保証人なんだから」


 と言っていた男が。


 今度は、


「工場を取られたら困る!」


 と騒ぎ始めたのです。


 ……。


 いや。


 それは。


 最初から自分で返してくださいよ。


 私は心の中で何度も突っ込みました。


 結局、正一さんは取引先の協力を得て、手持ちの機械設備を売却。


 さらに、工場敷地の一部について買主を見つけ、代金を借金の返済に充てることになりました。


 もちろん。


 実際の売買や返済は、関係者本人が必要な手続を行います。


 紛争についての代理交渉が必要になれば、弁護士の仕事です。


 私たちは、本人の依頼に基づく書類作成と事実関係の整理を担当しました。


 そして。


 二週間後。


 大黒金融から、ハルさんへ通知書が届いたのです。


 ――本件貸付金については、主たる債務者杉浦正一から、元金及び適法に算定された利息・損害金の全額弁済を受領した。


 ――これにより、本件主たる債務は消滅した。


 ――本件保証債務についても、残存する請求はない。


 私は、その通知書を三回読みました。


 そして。


「所長!」


「何だ」


「返済、終わりました!」


「ああ」


「弟さんが、全部返しました!」


「そうだな」


「じゃあ、ハルさんの保証債務も……」


「消えた」


 片桐所長が、静かに言いました。


 私は目を輝かせました。


 そうです。


 保証債務には、付従性があります。


 主たる債務に従う性質です。


 だから。


 主債務が弁済によって消滅すれば。


 その債務を保証する責任も、原則として消滅する。


 正一さんが借金を返したのに、ハルさんにもう一度同じ借金を払わせる。


 そんなことはできません。


「……よかった」


 私は胸を撫で下ろしました。


 本当に。


 よかった。


 その日の夕方。


 杉浦ハルさんが、事務所を訪れました。


 今度は。


 風呂敷包みを持っていません。


 代わりに。


 小さな紙袋を持っています。


「これ……」


 ハルさんが差し出しました。


 中には、お饅頭。


 六個入り。


「家の近くのお菓子屋さんで買ってきました」


「わあ!」


 私は思わず声を上げました。


「ありがとうございます!」


 相馬先輩が横から言いました。


「こはる、先に話を聞け」


「あっ、はい!」


 私は慌てて座り直しました。


 ハルさんは、静かに笑いました。


「家を、売らずに済みました」


「はい」


「主人が、生きていた頃に建てた家なんです」


 私は黙って聞きました。


「小さい家ですけどね」


 ハルさんは、膝の上で手を重ねました。


「庭に柿の木が一本あって」


「柿の木?」


「はい。主人が植えたんです」


 ハルさんの声が、少し柔らかくなりました。


「毎年、秋になると実がなります」


 窓の外。


 昭和の町に、夕方の光が差し込んでいます。


「主人が亡くなってからも、その木だけは毎年、ちゃんと実をつけるんです」


「……はい」


「だから、あの家を失うのが、本当に怖かった」


 私は、何も言えませんでした。


 四百八十万円。


 督促状。


 差押え。


 保証債務。


 民法の条文。


 事務所で扱っていたのは、そんな言葉ばかりでした。


 でも。


 その向こうには。


 一本の柿の木があったのです。


「保証人になった私が悪いんだと思っていました」


 ハルさんが言いました。


「弟を信じて、ハンコを押したんですから」


 私は首を横に振りかけました。


 でも。


 片桐所長が、先に口を開きました。


「ハルさん」


「はい」


「保証人になった責任は、確かにあります」


「……はい」


「しかし、責任があることと、何も言えなくなることは違います」


 ハルさんは顔を上げました。


「法律には、保証人を守る決まりもあります」


 所長は静かに続けました。


「今回は、それを使っただけです」


 ハルさんは、しばらく黙っていました。


 そして。


 目元を押さえました。


「……ありがとうございました」


 私は、胸が熱くなりました。


 借りた本人が返す。


 それだけのことです。


 本来なら。


 最初から、そうするべきだったのです。


 でも。


 保証人という名前を利用して。


 弱い立場の人に押しつけようとする者がいる。


 そんなとき。


 民法は、ただ黙って支払えとは言っていません。


 保証人にも。


 ちゃんと、反論する権利を与えているのです。


 ハルさんが帰ったあと。


 私は机の上の六法を眺めていました。


「相馬先輩」


「何だ」


「保証人って、怖いですね」


「ああ」


「自分で借りていないお金を、代わりに払わないといけないことがあるんですよね」


「そうだ」


「しかも、利息や違約金まで」


「適法に発生したものならな」


「……怖いです」


 先輩が頷きました。


「だから、軽々しくなるもんじゃねえ」


 私はノートを開きました。


 保証債務。


 主たる債務。


 付従性。


 随伴性。


 補充性。


 催告の抗弁権。


 検索の抗弁権。


 教科書には、難しい言葉が並んでいます。


 でも。


 今日の事件を思い出せば、意味が分かります。


 主たる債務。


 弟が借りた二百万円。


 保証債務。


 弟が返せなかったときに、姉が負う責任。


 催告の抗弁権。


 まず弟に請求してください。


 検索の抗弁権。


 弟には財産があります。そこから先に回収してください。


 付従性。


 弟の借金が消えれば、その借金を保証する責任も消える。


 全部。


 あの小さな家を守るために使った知識です。


「所長」


「何だ」


「今日、一番大事だったのは何でしょう」


 片桐所長は少し考えました。


 そして言いました。


「保証人の責任を、正しく理解することだ」


「……はい」


「保証人は責任を負う。だが、主債務者の身代わりとして、何でも無条件に引き受ける存在ではない」


 私は頷きました。


「それと、こはる」


「はい」


「普通の保証と、連帯保証を混同するな」


「あっ!」


 そうでした。


 今回使った催告の抗弁権と検索の抗弁権。


 これらは、普通の保証人だからこそ使えたもの。


 連帯保証人には、原則として認められません。


 もし。


 あの借用証書に、


 ――連帯保証人。


 と書かれていたら。


 話は、まるで違っていたのです。


「先輩……」


「何だ」


「保証人の前に、たった二文字つくだけで、すごい違いですね」


「連帯、か」


「はい」


 相馬先輩が鼻で笑いました。


「だから契約書は、一文字ずつ読めって言ってんだ」


「はい……」


「お前、最初は何て言った?」


「……保証契約は書面じゃないと無効です」


「昭和六十三年では?」


「口頭でも成立します!」


「よし」


「現代では書面が必要です!」


「また未来の話か」


「だって重要なんです!」


「今は昭和だ!」


「分かってます!」


 私は笑いました。


 でも。


 本当に大切なことです。


 現代では、保証契約に書面要件が設けられています。


 それほど。


 保証人になるという行為は、重大なものとして扱われるようになったのです。


 人の借金を背負う。


 自分の財産を失う可能性がある。


 だからこそ。


 安易な約束だけで、重い保証責任を負わせないようにする。


 そんな方向へ、法律は変わっていきます。


 でも。


 昭和六十三年の今。


 その制度は、まだ存在しません。


 だから私たちは。


 今ある法律の中から、依頼人を守る方法を探さなければならないのです。


 私はノートの最後に、一行を書きました。


 ――保証人は借金の身代わりではない。普通保証なら、まず本人への請求と本人の財産を確かめよ。


「……よし!」


 私は鉛筆を置きました。


「今日の教訓、完成です!」


 相馬先輩が覗き込みました。


「まあ、悪くねえな」


「褒めましたね!」


「気のせいだ」


「またそれですか!」


 私は笑いました。


 保証人。


 怖い言葉です。


 でも。


 今日からは、その三文字を見るたびに思い出すでしょう。


 六十八歳のハルさん。


 亡くなったご主人が植えた柿の木。


 小さな家。


 そして。


 家を守った、二つの抗弁権。


 法律は、借金をなかったことにする魔法ではありません。


 でも。


 誰が。


 どこまで。


 どんな順番で。


 責任を負うべきなのか。


 それを正しく決める力があります。


 その力があれば。


 誰かの大切な暮らしを、不当な請求から守れることがあるのです。


「ところで、こはる」


 相馬先輩が言いました。


「はい?」


「一つ問題だ」


「おっ! 何ですか!」


「保証人が二人いたら、どうなる?」


「え?」


「同じ借金について、保証人が二人」


 私は固まりました。


「……えっと」


「二人とも、全額払うのか?」


「……」


「それとも、半分ずつか?」


「……」


 私は六法を見ました。


 相馬先輩がにやりと笑います。


「まだまだ勉強が足りねえな」


「ま、待ってください!」


「何だ」


「今、考えています!」


「早くしろ」


「保証人が二人……分別の利益……」


 あ。


 そうでした。


 保証債務には、まだ別の論点があるのです。


 共同保証。


 分別の利益。


 連帯保証。


 そして。


 保証人が代わりに払ったあとの、求償権。


「先輩!」


「何だ」


「保証って、ものすごく奥が深いですね!」


「今ごろ気づいたのか」


「はい!」


「威張るな!」


 私は思わず笑いました。


 そのとき。


 電話が鳴りました。


「はい、片桐行政書士事務所です!」


『あのう……保証人のことで相談したいんですが』


 またです。


 保証人。


 今日、何度聞いたでしょうか。


『知り合いの借金で、保証人になっているんです』


「はい」


『でも、ほかにも保証人がいるのに、私だけ全額払えって言われて……』


 私は、ゆっくり相馬先輩を見ました。


 先輩も、こちらを見ています。


「……先輩」


「何だ」


「さっきの問題です」


「そうだな」


「しかも、本物の相談です」


「聞こえてる」


 私は受話器を握り直しました。


「失礼しました。まず、保証契約書には、どのように書かれていますか?」


 普通保証なのか。


 連帯保証なのか。


 保証人は何人いるのか。


 そして。


 それぞれが、どんな責任を約束したのか。


 確認すべきことは、まだまだあります。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 今日も私は、民法に振り回されています。


 でも。


 もう分かっています。


 保証人という三文字だけで、すべてを決めつけてはいけない。


 その前に。


 誰が借りたのか。


 誰が保証したのか。


 何を約束したのか。


 どこまで責任を負うのか。


 そして。


 本当に、保証人が今すぐ払わなければならないのか。


 そこを確かめることが大切なのです。


「相馬先輩!」


「今度は何だ!」


「保証人って、借金を返すだけの人じゃなかったんですね!」


「当たり前だ!」


「法律で守られる権利もあるんですね!」


「そうだ!」


「じゃあ、保証人になるときは――」


「なる前に、契約書を読め!」


「はいっ!」


 私は笑いながら、相談票に鉛筆を走らせました。


 人の借金を背負う責任は、重い。


 でも。


 その重さを知っているからこそ。


 民法は、保証人に反論するための権利も与えている。


 私は今日、それを覚えました。


 そして、もう一つ。


 あの柿の木を思い出しながら、心の中で呟きました。


 ――誰かの借金のために、誰かの人生を簡単に奪わせてはいけない。


 保証債務。


 それは、お金を貸した人を守る制度であると同時に。


 保証人が負うべき責任の限界を、きちんと見極めなければならない制度でもあるのです。

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