[憲法・議院内閣制と内閣総辞職]法理編 こはるノート
偉い人が辞めても、明日の朝はやってきます。
政治家が代わっても。
内閣が総辞職しても。
お年寄りには年金が必要ですし、道路には修理が必要です。
そして、旅館のお風呂場には、滑り止めが必要なのです。
昭和六十三年。
夕方の片桐行政書士事務所。
「……まんじゅうがない」
私は机の上を見つめていました。
昨日、森下文江さんが持ってきてくれた温泉まんじゅう。
最後の一個は、片桐所長が食べてしまいました。
民主的な手続を完全に無視して。
「先輩」
「何だ」
「やっぱり納得できません」
「まんじゅうか」
「はい」
「いつまで引きずってんだ」
「民主主義の危機です」
「まんじゅう一個で国政を語るな」
相馬先輩は新聞を広げました。
一面には、国会情勢の記事。
内閣不信任。
衆議院解散。
政局の行方。
そんな文字が踊っています。
昨日までなら、私はこう思ったでしょう。
政治って難しい。
総理大臣が辞めるとか、衆議院が解散するとか、試験では覚えるけれど。
実際には、自分とあまり関係がない。
でも。
森下さんの旅館の補助金申請が、政局を理由に止まりかけた。
その一件で、考えが変わりました。
政治の仕組みを間違えて理解すると、行政の現場でおかしなことが起こる。
しかも。
その影響を受けるのは、必ずしも政治家ではありません。
普通に暮らしている人たちです。
「よし」
私はノートを開きました。
「今日は議院内閣制です!」
「勝手にやれ」
「付き合ってください」
「嫌だ」
「所長!」
奥で帳簿を整理していた片桐所長が、顔を上げずに言いました。
「付き合え」
「……はい」
相馬先輩が新聞を畳みました。
強い。
これが権力分立の機能していない組織です。
「でも所長」
私は言いました。
「今日はちゃんと憲法を勉強しますよ」
「いつもそうしろ」
「前回もしました!」
「まんじゅうの話が半分だった」
「それは所長が全部食べるからです!」
片桐所長は何も答えませんでした。
たぶん反省していません。
私はノートの一番上に、大きく書きました。
――議院内閣制と内閣総辞職。
さて。
今日は、あの補助金申請の事件を、憲法の仕組みから整理してみましょう。
「まず、行政権です」
私は六法を開きました。
「憲法六十五条。行政権は、内閣に属する」
「短いな」
相馬先輩が言いました。
「ものすごく短いです」
「でも大事なんだろ」
「はい」
国会は立法権。
裁判所は司法権。
内閣は行政権。
三権分立の基本です。
ところが。
「先輩。行政権って何ですか?」
「役所の仕事だろ」
「雑!」
「じゃあお前が説明しろ」
「はい」
私はノートに書きました。
行政権。
基本的には、法律を執行し、国の行政を行う権限。
ただし、その範囲は非常に広い。
国民年金に関する事務。
道路や公共施設の整備。
各種の許認可。
社会保障。
外交。
行政サービス。
もちろん、図書館を設置したり道路を管理したりする仕事の中には、地方公共団体が自らの権限で行うものもあります。
すべての役所の仕事が、直接内閣の仕事になるわけではありません。
「そこ、大事ですね」
私が言うと、所長が頷きました。
「国の行政権と、地方自治体の権限を混同するな」
「はい」
昨日の森下さんの件も、まさにそこでした。
国の補助金が財源に関係している。
だから国の動向を確認する必要はある。
でも。
市が定めた受付期間や受付方法まで、自動的に消えるわけではない。
国政と地方行政の関係を、きちんと区別しなければならなかったのです。
「ちなみに」
私はペンを持ち直しました。
「行政権の定義には、有名な考え方があります」
「何だ」
「控除説です」
「……何を控除するんだ」
「国家の作用から、立法と司法を除きます」
「残ったものが行政か」
「そうです」
私はノートに書きました。
国家作用全体。
そこから立法作用を除く。
司法作用も除く。
残る作用を行政と捉える。
「つまり」
相馬先輩が言いました。
「国会が法律を作る。裁判所が裁判する。それ以外が行政って考え方か」
「大づかみにはそうです」
「ずいぶん広いな」
「だから行政権を一言で定義するのは難しいんです」
ただし、この控除説も、現実の権限分配を何でも機械的に決める魔法ではありません。
それぞれの国家機関がどの権限を持つのかは、憲法の具体的な条文に従って考えます。
「じゃあ、今回の事件で重要なのは?」
所長が聞きました。
「行政は、内閣総理大臣一人の個人的な仕事ではない、ということです」
「うん」
「内閣という組織が行政権を担う。そして、政治の責任者が代わっても、法律に基づく行政は継続する」
「そうだ」
私は六十五条に丸をつけました。
行政権は、内閣に属する。
たった一行。
でも、国の仕事を誰が担うのかを定めた、とても重要な一行でした。
「次は議院内閣制です」
私はページをめくりました。
「日本は議院内閣制を採用しています」
「知ってる」
「じゃあ、議院内閣制って何ですか」
「……」
「先輩?」
「国会と内閣が仲良くやる制度だろ」
「雑すぎます!」
「分かりやすいだろ」
「仲が悪くなったら内閣不信任案が出るじゃないですか!」
相馬先輩が笑いました。
「だから、仲良くできなくなったら別れるんだろ」
「離婚制度じゃありません!」
片桐所長が口を開きました。
「こはる。重要なのは、権力の結びつきと責任だ」
「はい」
「国会と内閣を完全に切り離さない。その代わり、内閣に国会への政治的責任を負わせる」
「それが議院内閣制ですね」
私はノートに線を引きました。
三権分立と聞くと、三つの機関が完全に独立しているように感じます。
でも日本は、そうではありません。
国会と内閣は、一定の関係を持っています。
総理大臣は国会から生まれる。
国務大臣にも国会議員が多く含まれる。
内閣は国会に対して責任を負う。
そして、衆議院の信任を失えば、そのまま何事もなかったようには続けられない。
「じゃあ、ここから試験です」
「来たな」
「議院内閣制の特徴、五つ!」
相馬先輩が嫌そうな顔をしました。
「多いな」
「全部重要です」
「お前、受験生だったら絶対そういう先生を嫌ってただろ」
「否定できません」
私はまず、憲法六十七条を開きました。
「内閣総理大臣は、どうやって決まりますか?」
「国民の選挙だろ」
「違います!」
「おお、そうだった」
「日本の内閣総理大臣は、国民が直接選挙で選ぶわけではありません」
憲法六十七条第一項。
内閣総理大臣は、国会議員の中から、国会の議決で指名される。
「つまり、国会議員であることが必要です」
「衆議院議員でなきゃ駄目なのか?」
「そこが罠です!」
私は赤ペンを持ちました。
国会議員。
と書く。
その下に、
衆議院議員に限定されない。
と書き加えました。
「参議院議員でも、憲法上は内閣総理大臣になれます」
「へえ」
「国会議員の中から指名する、と書いてありますから」
「なるほどな」
「しかも国会の議決で指名します」
「天皇が指名するんじゃないんだな」
「そうです。天皇は、国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命します」
憲法六条第一項です。
指名するのは国会。
任命するのは天皇。
しかも天皇が自分の政治判断で好きな人を選ぶわけではありません。
「指名と任命、分けて覚えるんだな」
「はい!」
私は勢いよく丸をつけました。
すると、所長が言いました。
「衆議院と参議院で指名する人が違ったらどうする」
「あ、それも重要です」
両議院で異なる人を指名した場合、法律の定めるところによる両院協議会を開いても意見が一致せず、または憲法所定の期間内に参議院が指名しないときは、衆議院の議決が国会の議決となります。
「つまり、総理大臣の指名については衆議院の優越があります」
「じゃあ、最後は衆議院の判断が優先される場合があるわけか」
「そうです」
議院内閣制。
その中でも衆議院が重要な役割を果たす理由が、少し見えてきました。
次。
憲法六十八条。
「国務大臣は誰が任命しますか?」
「総理大臣」
「正解です!」
「おお」
「ただし、条件があります」
私は黒板の代わりにノートを叩きました。
国務大臣の過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。
「全員じゃないんですね」
相馬先輩が言いました。
「そうです」
「半分でもいいのか?」
「過半数ですから、半分ちょうどでは足りません」
ここです。
試験で本当に嫌な引っかけ。
半数。
過半数。
たった一文字違うだけで、答えが変わります。
「例えば、国務大臣が十人いたら?」
「五人」
「違います!」
「……六人か」
「はい!」
過半数。
半分を超えること。
だから十人なら六人以上。
そして、内閣総理大臣自身は国会議員でなければならない。
「つまり、国会と内閣の人的な結びつきが強いんですね」
私は言いました。
「そういうことだ」
片桐所長が頷きました。
「ただし、国務大臣の全員を国会議員にする必要はない」
「はい」
私はノートに書きました。
総理大臣。
国会議員であることが必要。
国務大臣。
過半数が国会議員であればよい。
「試験に出ますね、これ」
「出るだろうな」
相馬先輩が言いました。
「数字が違うところは大抵狙われます」
「嫌な試験だな」
「本当に」
私たちは、しばらく受験生の苦労について意見が一致しました。
「では、三つ目」
私は憲法六十六条を開きました。
「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負います」
「連帯?」
相馬先輩が聞きました。
「はい」
「誰か一人が失敗したら、ほかの大臣まで責任を取るってことか」
「そこは少し丁寧に考えましょう」
私は昨日の沢渡課長とのやり取りを思い出しました。
森下さんの補助金申請。
国の補助事業が関係している。
だから、国の行政方針が変われば、市の事業にも影響する可能性はある。
けれど。
「例えば、ある大臣の担当する行政で大きな問題が起きたとします」
「ああ」
「その大臣だけが説明して終わり、で済むとは限りません」
「なぜだ」
「内閣は、組織として国会に責任を負っているからです」
内閣総理大臣。
各国務大臣。
それぞれ担当する行政分野は違います。
でも。
内閣全体として行政権を行使する以上、その政治的責任も内閣全体で引き受ける。
これが連帯責任です。
「じゃあ、大臣の一人が不祥事を起こしたら、必ず内閣総辞職か?」
「いいえ」
「違うのか」
「そこが大切です」
私は首を振りました。
国務大臣の一人に問題が生じても、それだけで憲法上、内閣全体の総辞職が自動的に必要になるわけではありません。
その大臣だけが辞任する場合もあります。
内閣総理大臣が、その国務大臣を罷免する場合もあります。
「でも、政治的には内閣全体の責任を問われることがある」
「そういうことです」
だから国会で追及される。
内閣が説明する。
場合によっては、衆議院で内閣不信任案が提出される。
そのような仕組みにつながっています。
「つまり」
私は言いました。
「連帯して責任を負うというのは、全員が必ず一緒に辞めるという意味ではありません」
「ふむ」
「内閣全体が、国会に対して行政運営の政治的責任を負うという意味です」
相馬先輩が頷きました。
「なるほどな」
私は六十六条第三項に二重線を引きました。
そして、少し考えました。
「所長」
「何だ」
「内閣が国会に対して連帯責任を負うということは、国民への責任とは違うんですか?」
「国民に責任を負わなくていい、という意味ではない」
「はい」
「国民は国会議員を選ぶ。国会は内閣の責任を問う。その関係が重要なんだ」
「……なるほど」
国民。
国会。
内閣。
別々の箱ではありません。
一本の線でつながっている。
国民が選挙によって国会議員を選ぶ。
国会が内閣総理大臣を指名する。
内閣は国会に対して連帯して責任を負う。
そして国会、とりわけ衆議院は、内閣の信任を問うことができる。
「議院内閣制って」
私は呟きました。
「行政権を国民の意思と結びつける仕組みでもあるんですね」
片桐所長が頷きました。
「そうだ」
私はノートに書きました。
――国民が国会を選び、国会が内閣を支え、内閣は国会に責任を負う。
これなら、忘れません。
「次は四つ目。憲法六十三条です」
私は六法をめくりました。
「先輩。国会に大臣を呼ぶことはできますか?」
「国会議員なんだから、勝手に行くだろ」
「国会議員じゃない国務大臣もいるんですけど!」
「そうだったな」
私は六十三条を指しました。
内閣総理大臣その他の国務大臣は、議案について発言するために、議院へ出席できます。
国会議員でない国務大臣でも、同じです。
そして。
答弁または説明のために出席を求められたときは、出席しなければなりません。
「ここ、重要です」
私は言いました。
「出席できる、という権利の側面と、求められたら出席しなければならない、という義務の側面があります」
「なるほど」
「呼ばれたら、面倒だから行きません、では済みません」
「俺だったら行きたくねえな」
「先輩は国務大臣にならないでください」
「何でだよ」
「国会答弁で喧嘩しそうなので」
「喧嘩じゃねえ。議論だ」
「相手に『てめえ』とか言いそうです」
「言わねえよ」
本当でしょうか。
かなり怪しいです。
私は続けました。
「それに、総理大臣や国務大臣は、国会議員でなくても議院で議案について発言するために出席できるんです」
「国会が仕事を監督するだけじゃなく、内閣側も議論に参加できるわけか」
「そうです」
これも国会と内閣の結びつき。
完全に分離していたら、こういう制度にはなりません。
「昨日の沢渡課長みたいなものか」
相馬先輩が言いました。
「え?」
「質問されたら説明する」
「……似てはいますけど、憲法六十三条が沢渡課長に適用されるわけじゃありませんよ」
「分かってる」
私は笑いました。
でも、考え方は通じます。
行政権を行使する側は、理由も説明しなければならない。
少なくとも、国会と内閣の関係では、憲法がそのための仕組みを明確に設けている。
内閣は、国会から独立した無責任な権力ではないのです。
「さて」
私はペンを置きました。
「ここからが本日の本丸です」
「ようやくか」
相馬先輩が時計を見ました。
「長えな」
「大切なところです!」
「分かった、分かった」
私は憲法六十九条を開きました。
内閣不信任決議。
衆議院解散。
内閣総辞職。
あの日、森下さんの補助金申請を止める口実に使われた言葉です。
「先輩。衆議院で内閣不信任決議案が可決されたら、内閣はどうなりますか?」
「総辞職する」
「半分正解です」
「半分?」
「必ず直ちに総辞職するわけではありません」
私はノートに大きく書きました。
――十日以内。
「ここです」
憲法六十九条。
衆議院で内閣不信任決議案が可決される。
または、内閣信任決議案が否決される。
その場合。
十日以内に衆議院が解散されなければ、内閣は総辞職しなければならない。
「つまり」
私は言いました。
「不信任決議が可決されたら、内閣には大きく二つの道があります」
「解散か、総辞職か」
「はい」
衆議院を解散する。
または。
衆議院を解散せず、総辞職する。
「でも正確には、条文は『十日以内に衆議院が解散されない限り』と書いています」
「そうだな」
「だから十日という期限が重要なんです」
私は赤ペンで囲みました。
十日。
十日。
十日。
「おい」
「何ですか」
「何回書くんだ」
「試験で間違えたくないので」
「そんなに強く書いたら裏のページまで抜けるぞ」
確かに。
少し力みすぎました。
でも、ここは本当に重要です。
「先輩。もし十日以内に解散しなかったら?」
「総辞職」
「正解!」
「じゃあ、十日以内に解散したら?」
「六十九条による総辞職義務は、その時点では生じません」
「ふむ」
「ただし、その後の総選挙を経て、初めて国会が召集されたときには、七十条によって内閣は総辞職するんです」
相馬先輩が眉を上げました。
「結局、総辞職するのか」
「そうです!」
「だったら、何でわざわざ解散するんだ?」
私は少し考えました。
「国民に判断を仰ぐためです」
衆議院から不信任を突きつけられた。
内閣は、その衆議院の構成を選挙によって問い直すことができる。
国民は総選挙で、衆議院の議員を選び直す。
その結果を受けて、新しい内閣総理大臣が指名される。
「だから、解散して総選挙をした後にも、内閣を新しく組み直す手続が必要なんですね」
「なるほどな」
相馬先輩は頷きました。
「不信任を受けた内閣が、解散して選挙に勝ったから、そのまま何の手続もなく続くってわけじゃねえのか」
「そうです」
私は七十条を指しました。
衆議院議員総選挙の後に初めて国会が召集されたとき。
内閣は総辞職しなければならない。
「これ、選挙で与党が勝っても同じです」
「勝ったのに?」
「はい」
内閣の総辞職は、必ずしも政治的な敗北を意味しません。
総選挙後、新しい衆議院の構成の下で、改めて内閣総理大臣を指名するための区切りでもあるのです。
「じゃあ、同じ人がまた総理大臣になる場合もあるわけか」
「あります」
「それでも一度総辞職する」
「そうです」
私はノートに書きました。
――選挙で勝っても、総選挙後の初国会では総辞職。
「……何だか不思議ですね」
私が言うと、片桐所長が答えました。
「選挙の結果を、新しい国会と内閣の関係に反映させるためだ」
「なるほど」
議院内閣制では、内閣の正統性は国会との関係に支えられています。
だから、衆議院が新しく選び直されたなら。
内閣も、新しい国会の下で組み直される。
筋が通っています。
「ちなみに」
私はもう一つ、注意書きをしました。
衆議院の解散は、任期満了前に衆議院議員全員の地位を失わせることです。
任期が満了して議員の地位を失うこととは、区別します。
そして憲法六十九条は、不信任決議などがあった場合について、解散と総辞職の関係を明確に定めています。
衆議院解散の権限や、六十九条以外の場合に解散できるかという問題には憲法七条も関係し、学説上の議論があります。
「そこは今度、別のテーマで整理しましょう」
「逃げたな」
「範囲管理です!」
相馬先輩が笑いました。
そして片桐所長が、静かに言いました。
「もう一つ、勘違いするな」
「はい?」
「内閣不信任決議の話をしているのは、衆議院だ」
「あ、はい」
「参議院の問責決議と混同するな」
私は、はっとしました。
参議院でも大臣や内閣に対する問責決議が問題になることはあります。
しかし、参議院の問責決議には、憲法六十九条と同じ総辞職義務を直接発生させる効力はありません。
「六十九条の不信任決議は、衆議院ですね」
「そうだ」
私はそこにも大きな丸をつけました。
衆議院。
十日以内。
解散されなければ総辞職。
この三つは、絶対に忘れません。
「次は憲法七十条です」
私はノートの新しいページを開きました。
ここは、六十九条と並んで重要です。
でも、受験生だったころの私は、ここでよく混乱しました。
「先輩。内閣総辞職になる場合を全部言えますか?」
「不信任決議だろ」
「はい」
「総選挙のあとだろ」
「はい」
「あと……総理大臣が辞めたときか」
「正解です!」
私は頷きました。
ただし、試験ではもう少し正確に覚える必要があります。
まず、六十九条。
衆議院で不信任決議案が可決され、または信任決議案が否決され、十日以内に衆議院が解散されない場合。
次に、七十条。
内閣総理大臣が欠けたとき。
そして、衆議院議員総選挙の後に初めて国会が召集されたとき。
この三つが、憲法上、内閣総辞職を要する場面です。
「ここで質問です」
私は相馬先輩を見ました。
「総理大臣が欠けたとき、ってどういう意味でしょう?」
「いなくなったとき」
「ものすごく雑ですが、方向性は合っています」
「じゃあいいだろ」
「よくありません!」
私はノートに書きました。
内閣総理大臣が死亡した場合。
辞職した場合。
国会議員の地位を失った場合。
これらは、総理大臣が欠ける典型例です。
「例えば、総理大臣が亡くなったら」
私は言いました。
「ほかの大臣は、そのまま新しい総理大臣を選んで続ければいいんですか?」
「駄目なのか?」
「駄目です」
内閣総理大臣は、内閣の中心にいます。
そもそも、内閣総理大臣は国会が指名するもの。
ほかの国務大臣たちが勝手に新しい総理大臣を決めることはできません。
「だから、総理大臣が欠けたら、内閣全体が総辞職するんです」
「なるほどな」
相馬先輩が頷きました。
「頭だけ入れ替えて、前の内閣をそのまま続けるわけにはいかねえんだな」
「そうです」
ここで私は、ふと思いました。
「でも所長」
「何だ」
「総理大臣が病気で一時的に仕事をできなくなった場合も、すぐ総辞職ですか?」
「それは別だ」
「ですよね」
総理大臣が一時的に職務を行えない場合には、内閣法に基づく臨時代理の仕組みがあります。
総理大臣が欠けた場合の総辞職とは、区別する必要があります。
「ここも試験の罠ですね」
私は言いました。
「欠けたことと、一時的に職務を行えないことを混同しない」
「細かいな」
「法律は、その細かさで国を動かしているんです」
少し得意げに言うと、相馬先輩が笑いました。
「お前、最近ずいぶん偉そうになったな」
「成長したと言ってください」
「じゃあ成長した」
「素直すぎて怖い!」
片桐所長が小さく咳払いしました。
まだ終わっていません。
私は姿勢を正しました。
「では七十条のもう一つ。総選挙後、初めて国会が召集された場合です」
ここで重要なのが、特別会です。
衆議院が解散される。
総選挙が行われる。
新たな衆議院議員が選ばれる。
その後、憲法の定めに従って国会が召集されます。
「衆議院の解散による総選挙の場合は、憲法五十四条で、選挙の日から三十日以内に国会を召集しなければならないと定められています」
「また数字か」
「また数字です」
相馬先輩が嫌そうな顔をしました。
「十日とか三十日とか、面倒くせえな」
「しかも意味が違います」
十日以内。
六十九条。
不信任決議などの後、衆議院を解散するかどうかに関係する期限。
三十日以内。
五十四条。
衆議院解散後の総選挙から、国会召集までの期限。
「数字だけ覚えると、混ざりますね」
「そうだな」
「だから、何をするための期限なのかを一緒に覚えるんです」
私は赤ペンで書きました。
十日――解散か総辞職か。
三十日――解散総選挙後の国会召集。
そして。
総選挙後、初めて国会が召集されたとき。
七十条によって、内閣は総辞職する。
「これが一連の流れです」
私はノートを見せました。
「……分かりやすいじゃねえか」
相馬先輩が言いました。
「でしょう!」
「珍しく」
「余計な一言!」
「さて」
私はノートの最後の見出しを書きました。
憲法七十一条。
ここが、昨日の事件を解決する鍵になった条文です。
「先輩」
「何だ」
「内閣が総辞職したら、国の行政はどうなりますか?」
「止まらねえ」
「正解です」
「昨日やったからな」
私は笑いました。
そう。
昨日、森下さんの旅館の補助金申請を進めるうえで、一番重要だったところです。
市役所は、国政の動向が不透明であることを理由に、申請を事実上受け付けない状態にしていました。
でも。
憲法七十一条は、内閣が総辞職した場合でも、新しい内閣総理大臣が任命されるまで、引き続きその職務を行うと定めています。
「つまり」
私は言いました。
「内閣総辞職は、行政権そのものを消す制度ではない」
「そうだ」
「新しい内閣へ移るまでの間も、従前の内閣が職務を続ける」
「うん」
「だから、内閣が総辞職するかもしれないというだけで、国の行政が全部止まると考えるのは間違い」
「そのとおりだ」
片桐所長が頷きました。
私は昨日の沢渡課長との会話を思い出しました。
国の補助金交付の見通しが不透明。
それは事実です。
新しい内閣が政策を見直す可能性もある。
予算執行について、別の判断が必要になることもある。
だから、補助金が必ず交付されるとは言えません。
でも。
内閣総辞職と、法律に基づく行政事務の全面停止は違います。
「ここを混同すると」
私は言いました。
「『総理大臣が辞めるかもしれないから、申請を受け付けません』みたいな話になってしまうんですね」
「そういうことだ」
相馬先輩が頷きました。
でも片桐所長が、そこで口を開きました。
「こはる」
「はい」
「七十一条を、補助金請求権の根拠にするなよ」
「はい」
そこです。
昨日も注意されたところ。
七十一条は、内閣の職務継続を定める条文です。
個々の申請者に、特定の補助金を受け取る権利を直接与える条文ではありません。
その点は区別しなければなりません。
「森下さんの件では」
私は整理しました。
「市が公表した受付期間内だった」
「うん」
「正式に受付を停止した決定はなかった」
「うん」
「国から、申請受付自体を止める指示も出ていなかった」
「そうだ」
「だから、交付の可否は別として、申請の受付まで止める理由があるのかを問い直した」
「そこだ」
所長は頷きました。
「七十一条で、国の行政が当然に停止するわけではないことを示した。そのうえで、市の募集要領と実際の受付運用の不整合を指摘した」
「はい」
「だから役所も見直せた」
なるほど。
憲法の条文を一つ突きつければ、すべて解決するわけではない。
でも。
役所の説明が憲法の仕組みと食い違っているなら。
その食い違いを指摘することには意味がある。
「憲法って」
私は呟きました。
「やっぱり、実務で使うんですね」
相馬先輩が笑いました。
「お前、最初は使わねえと思ってたもんな」
「はい」
正直に認めました。
憲法。
国民主権。
基本的人権。
三権分立。
議院内閣制。
受験生のころは、何となく大きすぎる話に感じていました。
でも。
森下さんが持ってきたのは、国政に関する相談ではありません。
旅館の風呂場を改修したい。
そのための補助金を申請したい。
ただ、それだけでした。
それなのに。
その問題を整理していくと、憲法七十一条にたどり着いた。
「憲法は、遠い場所にある法律じゃないんですね」
私は言いました。
「そうだ」
片桐所長が答えました。
「国の仕組みを定める法だからこそ、行政の現場にも影響する」
私は大きく頷きました。
「では、ここで最終確認です!」
私はノートを閉じかけた相馬先輩を止めました。
「まだあるのかよ!」
「最後です!」
「さっきも言ってたぞ」
「今度こそ最後です」
私は一つずつ問いかけました。
「内閣総理大臣は、誰が指名しますか?」
「国会」
「誰の中から?」
「国会議員」
「正解!」
次。
「国務大臣の過半数は?」
「国会議員から選ばれる」
「正解!」
次。
「内閣は、行政権の行使について、誰に対して責任を負いますか?」
「国会」
「どんな責任ですか?」
「連帯責任」
「正解!」
次。
「総理大臣や国務大臣は、議院から答弁や説明を求められたら?」
「出席しなければならない」
「正解!」
そして。
「衆議院で不信任決議案が可決されたら?」
「十日以内に衆議院が解散されなければ、内閣総辞職」
「正解!」
「総理大臣が欠けたら?」
「内閣総辞職」
「総選挙後、初めて国会が召集されたら?」
「内閣総辞職」
「総辞職した内閣は?」
「新しい総理大臣が任命されるまで、職務を続ける」
「満点です!」
私は思わず拍手しました。
相馬先輩が得意げに笑います。
「どうだ」
「素晴らしいです!」
「そりゃそうだ」
「じゃあ先輩、次は応用問題です!」
「おい!」
私はにやりと笑いました。
「衆議院で内閣不信任決議案が可決されました。内閣は十日以内に衆議院を解散しました。では、その瞬間に内閣総辞職しなければなりませんか?」
「……いや」
「理由は?」
「解散したから、六十九条による総辞職義務は生じねえ」
「正解!」
「ただし、総選挙後に初めて国会が召集されたら、七十条で総辞職する」
「完璧です!」
私は目を輝かせました。
「先輩、行政書士試験受けません?」
「嫌だ」
「向いてますよ」
「俺はお前の家庭教師じゃねえ」
「家庭教師より口が悪いですけどね」
「言うじゃねえか」
相馬先輩は笑いました。
でも。
そこで片桐所長が、静かに言いました。
「もう一問」
「え?」
私と相馬先輩が同時に振り向きました。
「こはる」
「はい」
「内閣総辞職の三つの事由を覚えるだけで、議院内閣制を理解したことになるか」
私は一瞬、言葉に詰まりました。
「……なりません」
「なぜだ」
少し考える。
六十五条。
六十六条。
六十七条。
六十八条。
六十九条。
七十条。
七十一条。
それぞれの条文を、頭の中に並べました。
そして。
「議院内閣制は、単に総理大臣の決め方や辞め方の制度じゃないからです」
私は答えました。
「国会と内閣を結びつけて、内閣に政治的責任を負わせる仕組みです」
「うん」
「内閣が国会の信任に基づいて行政を担当し、その信任を失った場合には、解散や総辞職によって政治的な責任を明確にする」
「うん」
「そして、政権が交代する場面でも、国の行政が途切れないようにする」
片桐所長は頷きました。
「そこまで分かればいい」
私はほっとしました。
条文を暗記する。
数字を覚える。
制度名を覚える。
それも大切です。
でも。
なぜそんな仕組みがあるのか。
そこまで考えると、一つ一つの条文がつながってきます。
私はノートの最後のページを開きました。
ここに、今日の覚え書きを残します。
まずは整理。
議院内閣制。
国会と内閣の結びつき。
国会に対する内閣の連帯責任。
衆議院の信任。
解散と総辞職。
そして、行政の継続。
「……多いなあ」
私は呟きました。
「何がだ」
相馬先輩が聞きます。
「一行にまとめるには、情報が多すぎるんです」
「またか」
「今日は本当に多いんですよ!」
私は考えました。
内閣総理大臣は、国会議員の中から国会が指名する。
国務大臣の過半数は国会議員。
内閣は国会に対して連帯して責任を負う。
不信任決議を受ければ、解散か総辞職。
総選挙後の初国会でも総辞職。
総辞職しても、次の総理大臣が任命されるまで職務を続ける。
……長い。
全部書いたら、一行どころか六行です。
「所長」
「何だ」
「何を一番覚えておくべきでしょう」
片桐所長は、少しだけ考えました。
そして言いました。
「責任と継続だ」
「責任と、継続」
「そうだ」
短い。
相変わらず短い。
でも。
私はその言葉を聞いて、森下さんの顔を思い浮かべました。
国会が内閣の責任を問う。
必要なら、内閣は総辞職する。
衆議院が解散され、国民が議員を選び直すこともある。
それが政治の責任。
しかし。
内閣が総辞職しても、国の行政は途切れない。
新しい総理大臣が任命されるまで、従前の内閣が職務を続ける。
それが行政の継続。
「……分かりました」
私はペンを走らせました。
そして最後に、大きく囲みました。
――議院内閣制は、国会に責任を負わせ、総辞職しても行政を止めない。
「どうですか?」
相馬先輩が覗き込みました。
「まあ、いいんじゃねえか」
「本当ですか!」
「ああ」
私は嬉しくなりました。
でも、その直後。
「ただし」
「はい?」
「お前、また一行が長い」
「そこは譲れません!」
相馬先輩が笑います。
私はノートを閉じました。
今日の勉強は、これでおしまいです。
窓の外は、すっかり夕暮れでした。
商店街の向こう。
旅館あさぎりのある方角に、ぽつぽつと灯りがともり始めています。
森下さんは、今日もお客さんを迎えているのでしょう。
補助金は、まだ決まっていません。
浴室の改修工事も、始まっていません。
国の補助事業がどうなるかも、分かりません。
それでも。
申請は受け付けられました。
審査の手続が進むことになりました。
国会が揉めているから。
内閣が辞めるかもしれないから。
そんな理由だけで、窓口の前に立ち尽くす必要はなくなったのです。
「所長」
私は言いました。
「昨日の森下さん、嬉しそうでしたね」
「そうだな」
「申請が受け付けられただけなのに」
「だけ、ではない」
片桐所長が言いました。
「結果はまだ分からなくても、手続に乗ることには意味がある」
「……はい」
「行政は、政治のためだけに動くものではない」
所長は窓の外を見ました。
「その先に、暮らしている人がいる」
私は静かに頷きました。
そうです。
憲法は、国会議員や総理大臣のためだけにあるわけではありません。
内閣総辞職という大きな政治の出来事も。
衆議院解散という大きな制度も。
結局は、国民が政治の責任を問えるようにするためのものです。
そして。
その政治的な責任の取り方によって、日々の行政まで無用に止めない。
そこにも、憲法の知恵がある。
私は六法を閉じました。
「憲法って、本当に変わってないんですね」
ぽつりと言いました。
相馬先輩が振り向きます。
「何だ、急に」
「条文です。昭和六十三年でも、私が知っているものと同じなんです」
「当たり前だろ」
「……そうですよね」
私は笑いました。
憲法は、昭和二十一年に公布されて以来、一度も改正されていません。
昭和六十三年の六十五条も。
令和の六十五条も。
同じ条文です。
六十九条も。
七十条も。
七十一条も。
同じ。
けれど。
行政の現場で、それをどう理解するか。
政治の責任と、住民の暮らしをどう結びつけるか。
そこには、時代による違いもあるでしょう。
昭和の社会では、政治の混乱や上からの判断を前にして、住民が簡単には異議を唱えられない場面もあります。
役所がそう言うなら。
国が決めることだから。
仕方がない。
そんな言葉で、話が終わってしまうこともある。
でも。
憲法の条文は、変わらずそこにあります。
正しく読めば。
政治の責任を問う制度があり。
行政を継続する制度があり。
そのどちらにも、理由があることが分かる。
「……何か、いいですね」
私は呟きました。
「何がだ」
「政治家が辞めても、誰かが仕事を続けるって」
相馬先輩が少し笑いました。
「そりゃそうだろ」
「でも、当たり前じゃないんですよ」
私は言いました。
「そういう仕組みを、ちゃんと憲法が用意しているんですから」
片桐所長は、何も言わずに帳簿を閉じました。
そして、静かに頷きました。
「さて」
相馬先輩が立ち上がりました。
「勉強も終わったし、帰るぞ」
「はい」
私もノートを片付けました。
すると。
片桐所長が言いました。
「こはる」
「はい?」
「明日、買い物を頼む」
「何ですか?」
「まんじゅうだ」
私は固まりました。
「……まんじゅう?」
「昨日のものがうまかった」
「それ、森下さんのお礼の品ですよね!?」
「そうだ」
「私が買ってくるんですか!?」
「そうだ」
相馬先輩が吹き出しました。
「おい、こはる。業務命令だぞ」
「これはおかしいです!」
「何がおかしい」
「所長の個人的な食欲を、行政書士見習いの職務に組み込まないでください!」
片桐所長は、少し考えました。
そして言いました。
「では、まんじゅう購入担当大臣に任命する」
「そんな大臣ありません!」
「内閣総理大臣には、国務大臣の任命権がある」
「ここ、内閣じゃありません!」
相馬先輩が笑いながら言いました。
「お前、国会議員じゃねえだろ」
「国務大臣は全員国会議員である必要はありません!」
私は反射的に答えました。
「過半数が国会議員ならいいんです!」
「おお、ちゃんと覚えてるな」
「そういう問題じゃありません!」
片桐所長が頷きました。
「では任命する」
「だから任命しないでください!」
私は机を叩きました。
「所長! 不信任です!」
相馬先輩がすかさず手を挙げます。
「俺も賛成!」
「二対一!」
「不信任決議案可決!」
私たちは得意げに所長を見ました。
これで勝った。
そう思った瞬間。
片桐所長が静かに言いました。
「では、事務所を解散する」
「またそれですか!」
「全員、帰れ」
相馬先輩が腹を抱えて笑いました。
「こはる! 解散だ!」
「先輩、笑ってる場合じゃありません!」
「何でだよ!」
「解散したら、総選挙ですよ!」
「誰を選ぶんだ?」
「……」
私は止まりました。
事務所の所長。
総選挙。
誰を選ぶ?
……いや。
そもそも、この事務所は国会じゃありません。
「所長!」
「何だ」
「今の解散は、憲法六十九条の解散ではありません!」
「そうか」
「だから、総辞職義務も生じません!」
「よかったな」
「よくありません!」
片桐所長は、いつもの無表情のまま鞄を持ちました。
「では、明日も営業する」
「はい?」
「職務の継続だ」
「それは普通の出勤です!」
相馬先輩が笑いながら、私の肩を叩きました。
「よかったじゃねえか、こはる」
「何がですか!」
「所長が総辞職しなくて済んだ」
「そもそも内閣じゃありません!」
「じゃあ明日も、まんじゅう購入担当大臣として頑張れよ」
「任命を受けてません!」
私は叫びました。
相馬先輩は笑いながら出ていきます。
片桐所長も、何事もなかったように事務所を出ました。
私は一人、机の上のノートを見ました。
議院内閣制。
国会に対する連帯責任。
衆議院解散。
内閣総辞職。
行政の継続。
今日も、たくさん覚えました。
そして。
一番大切なことも、ちゃんと分かりました。
政治の責任は、誰かが取らなければならない。
でも。
そのために、国民の暮らしを止めてはいけない。
私はノートを閉じました。
――責任は取る。仕事は止めない。
今日の一行の覚え書きは、これに決まりです。
そのとき。
外から相馬先輩の声が聞こえました。
「おーい、こはる!」
「何ですか!」
「明日のまんじゅう、俺の分も頼むぞ!」
「嫌です!」
「国務大臣の連帯責任だ!」
「先輩も大臣になってませんから!」
夕暮れの商店街に、私の声が響きました。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
どうやら、この事務所では。
議院内閣制より先に。
権力の濫用を防ぐ仕組みを整える必要がありそうです。
もっとも。
明日の朝も所長は帳簿を開き。
相馬先輩は煙草をくわえ。
私は六法を抱えて、また誰かの相談を受けるのでしょう。
所長がまんじゅうを独占しても。
先輩が勝手に大臣を名乗っても。
私たちの仕事は、明日も続きます。
政治の世界でも。
小さな法律事務所でも。
きっと、大切なのは同じです。
人が代わっても、守るべきものは守り続ける。
その当たり前を支えているのが、法律なのです。
……ただし。
まんじゅうの購入費用については、明日、所長に正式な予算要求をするつもりです。
もちろん。
予算の議決権は、所長の食欲には属しません。
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