↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈憲法 配点28点/300点〉 統治

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
392/614

[憲法・国会]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所。


 昼間の騒がしさが嘘みたいに、電話が鳴りません。


 窓の外では、駅前の商店街にぽつぽつと明かりが灯り始めています。


 私は自分の机にノートを広げました。


 今日の見出しは。


 ――国会。


 その下に、大きく三つ。


 一、国民の代表機関。


 二、国権の最高機関。


 三、唯一の立法機関。


「……強そう」


 思わず呟きました。


 向かいで新聞を読んでいた相馬先輩が顔を上げます。


「何がだ」


「国会です」


「そりゃ国会だからな」


「だって見てくださいよ」


 私はノートを持ち上げました。


「代表機関」


「うん」


「最高機関」


「うん」


「唯一の立法機関」


「うん」


「肩書き盛りすぎじゃないですか」


「知らねえよ」


「最高で唯一ですよ。少年漫画なら最終回に出てくる組織ですよ」


「お前、憲法を何だと思ってんだ」


 いや。


 でも。


 受験生だったころの私は、たぶん本当にそんな感覚でした。


 憲法第四十一条。


 ――国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。


 憲法第四十三条。


 ――両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。


 ここから導かれる、


 国会の三つの地位。


 国民の代表機関。


 国権の最高機関。


 唯一の立法機関。


 行政書士試験では重要。


 だから覚える。


 でも。


 昨日までは、それぞれが何を意味しているのか、ちゃんとつながっていませんでした。


 今日までは。


「まず」


 私は鉛筆を握りました。


「全国民の代表からいきます」


「昨日やったやつだな」


「はい」


 駅前商店会の大橋さん。


 地元選出の榊原衆議院議員に、


 駅前貨物線存続のために動いてほしい。


 それ自体は問題ありません。


 陳情。


 要望。


 署名。


 説得。


 全部できる。


 でも大橋さんたちは、さらに一歩進もうとしました。


 地元で決めたことに、


 国会議員を従わせようとした。


「そこで四十三条」


 私はノートに書きます。


 ――全国民を代表する。


「これ、昨日までだったら」


 私は言いました。


「全国民の代表です。以上。って覚えてました」


「それで試験に受かるなら楽だな」


「受かりませんね」


「だろ」


「だから今日はちゃんとやります」


 私は線を引きました。


 衆議院議員も。


 参議院議員も。


 選挙区だけの代表ではない。


 全国民の代表。


「ここ、最初ちょっと変に感じたんですよ」


「何が」


「選挙区から選ばれる議員もいるじゃないですか」


「ああ」


「だったら、その選挙区の代表じゃないんですかって」


「昨日の大橋さんと同じだな」


「はい」


 選挙では、


 ある地域から選ばれる。


 地元の有権者が票を入れる。


 地元の後援会が応援する。


 だから感覚としては、


 うちの町の代表。


 うちの県の代表。


 そう思いたくなる。


 でも憲法は、


 全国民を代表する、


 と書いている。


「だから」


 私はノートに矢印を書きました。


 選出基盤。


 と。


 代表する対象。


 は違う。


「選挙区から選ばれたとしても」


「全国民の代表」


「そうです」


 そこで出てくるのが、


 自由委任の原則。


 私はその四文字を丸で囲みました。


「昨日の事件の核心ですね」


「どういう意味だ」


 相馬先輩が聞きます。


 試してるな。


 私は答えました。


「国会議員は、選挙区の有権者や後援団体から、こう投票しろ、こう発言しろって法的に命令される立場じゃない」


「うん」


「国民全体のために何がいいかを考えて、自分の判断と信念で議員活動をする」


「うん」


「だから、地元の多数派と違う判断をしたからといって、それだけで憲法上の代表じゃなくなるわけじゃない」


「そこだ」


 片桐所長が奥から言いました。


 いつの間に聞いていたんでしょう。


「ただし」


 所長が続けます。


「好き勝手していい、ではない」


「ですよね」


 ここ。


 大事です。


 自由委任。


 という言葉だけ聞くと、


 議員は何をしても自由。


 有権者の声なんて無視していい。


 そう聞こえるかもしれません。


 でも違う。


「法的に拘束されないのと、政治的責任を負わないのは別」


 私が言うと、所長が頷きました。


「そうだ」


 有権者の声を聞く。


 地元の事情を知る。


 政策を説明する。


 批判される。


 そして。


 次の選挙で評価される。


「つまり」


 私はノートに書きました。


 自由委任。


 =命令に法的に拘束されない。


 ≠有権者を無視してよい。


「これですね」


「それなら忘れんだろ」


「はい」


 昨日の榊原議員もそうでした。


 大橋さんたちの陳情書を読んだ。


 地元の事情も聞いた。


 でも、


 貨物線を残すかどうかについて、


 地元の要望だけで決めるとは約束しなかった。


 全国の物流政策との関係まで見て判断する。


 大橋さんにとっては、


 冷たい返事だったかもしれません。


 でも。


 全国民の代表という立場から考えれば、


 筋は通っている。


「じゃあ」


 私は新しい見出しを書きました。


 ――政治的代表。


「これが自由委任と結びつくんですよね」


「ああ」


 議員が、


 選挙区や支持者の命令に拘束されず、


 全国民の利益を考え、


 自己の信念に基づいて活動する。


 そういう代表の考え方。


 政治的代表。


「でも」


 私は鉛筆を止めました。


「これだけだと怖くないですか」


「何が」


「選挙が終わったら、議員が『俺は全国民の代表だから、お前らの意見なんか知らん』ってなったら」


「それで次の選挙に勝てると思うか」


「……無理そうですね」


「そういうことだ」


 さらに。


 現実の国会は、


 国民の多様な意思をできるだけ反映しなければならない。


 地域。


 職業。


 世代。


 価値観。


 さまざまな社会の実勢力が国会に反映される。


 国民の意思と、


 代表者の意思を、


 できるだけ近づける。


「それが」


 私は書きました。


 ――社会学的代表。


「政治的代表と社会学的代表」


 似ているようで、


 見ている方向が違う。


 政治的代表は、


 議員が選挙民の命令に法的に拘束されない。


 社会学的代表は、


 それでも国会には社会の多様な意思ができるだけ反映されるべきだ。


「片方だけじゃないんですね」


「そうだ」


 所長が言います。


「自由に判断する代表でありながら、社会の意思から切り離されてもいない」


「絶妙ですね」


「民主政治なんざ、だいたい絶妙なところで持ってる」


 相馬先輩が言いました。


「雑にまとめないでください」


 私はページをめくりました。


「次。国権の最高機関」


「来たな」


「これ、昔の私は完全に誤解してました」


「どう誤解してた」


「国会が一番偉い」


 相馬先輩が笑いました。


「小学生か」


「だって『最高機関』ですよ!」


 最高。


 と書いてある。


 だったら。


 国会。


 その下に内閣。


 その下に裁判所。


 そんなピラミッドを想像したくなる。


 でも。


「違うんですよね」


「違う」


 日本国憲法は、


 権力分立を採っています。


 立法。


 行政。


 司法。


 国会が、


 内閣や裁判所に対して、


 何でも命令できるわけではない。


 裁判所には司法権がある。


 内閣には行政権がある。


 最高裁判所には違憲審査権もある。


「じゃあ」


 相馬先輩が聞きました。


「最高機関って何だ」


「国政の中心的な地位を占めるという、政治的な意味」


「なぜだ」


「国民が直接選挙した議員で構成されるから」


「そうだ」


 私はノートに大きく書きました。


 ――「最高」=他の国家機関を法的に支配する、ではない。


「国民が直接選んだ議員が集まる場所だから、国政の中心に置かれている」


「そういうことだ」


 国民主権。


 その国民が、


 選挙によって議員を選ぶ。


 その議員によって国会が構成される。


 だから。


 国会は国政の中心的地位を占める。


「最高機関って」


 私は言いました。


「偉さランキングじゃないんですね」


「その覚え方はやめろ」


「でも試験では効きますよ」


 私はノートの端に書きました。


 ――最高=最強ではない。


「どうです」


「馬鹿っぽい」


「覚えやすさが大事です」


「そして」


 私は鉛筆を持ち直しました。


「今日の本丸」


 ――唯一の立法機関。


「法律を作れるのは国会だけ」


 私は言いました。


「……って覚えると、また罠なんですよね」


「分かってきたじゃねえか」


「憲法、短い言葉の中に罠を埋めすぎです」


 まず。


 立法とは何か。


 ここから整理しなければならない。


「形式的意味の立法」


 私は書きました。


 形式を見る。


 国会の議決によって、


 法律という形式のものを制定する。


「内容は?」


 相馬先輩が聞きます。


「問いません」


「それが形式的意味」


「はい」


 次。


 実質的意味の立法。


「こっちは中身を見る」


 一般的。


 抽象的。


 法規範。


 私は三つ並べました。


「不特定多数の人に適用される」


「一般的」


「不特定多数の事案に適用される」


「抽象的」


「そういうルールを作る」


「実質的意味の立法」


「はい」


 私は丸で囲みます。


 一般的抽象的法規範。


「これ、受験生時代は呪文でした」


「今は?」


「まだちょっと呪文です」


「駄目じゃねえか」


「でも前より分かります!」


 たとえば。


 ――全国の飲食店は、毎週水曜日午後三時に店先へ赤い旗を掲げなければならない。


「何だその法律」


「例です!」


 特定の一店舗だけではない。


 全国の対象者に一般的に適用される。


 今日一回だけではなく、


 条件に当てはまる事案に繰り返し適用される。


 一般的。


 抽象的。


 そういう法規範を定立することが、


 実質的意味の立法。


「四十一条の『立法』は」


 私は言いました。


「単に法律という名前の文書を作ることだけを意味するわけじゃない」


「ああ」


「実質的な法規範を定めることまで問題になる」


「そうだ」


 ここから。


 さらに嫌な用語が二つ出てきます。


 私はページの中央に、


 大きく左右に分けて書きました。


 国会中心立法の原則。


 国会単独立法の原則。


「名前似すぎじゃないですか」


「俺に言うな」


「試験中に絶対混ざるやつですよ」


「だから今混ぜるな」


 はい。


 まず。


 国会中心立法の原則。


「立法の中心は国会」


「雑だな」


「これから細かくします!」


 実質的意味の立法は、


 原則として国会が行う。


 国会以外の機関が勝手に、


 一般的抽象的な法規範を作ることは許されない。


 ただし。


 憲法自身が、


 国会以外の機関に規範制定権を認めている場合がある。


「例外ですね」


 私は三つ書きました。


 各議院の議院規則。


 最高裁判所の裁判所規則。


 地方公共団体の条例。


「条文は?」


「議院規則が五十八条二項」


「うん」


「最高裁判所規則が七十七条一項」


「うん」


「条例が九十四条」


「よし」


 ここでは。


 国会は直接関わらない。


 衆議院や参議院が自分たちの規則を定める。


 最高裁判所が裁判所の手続などに関する規則を定める。


 地方公共団体が条例を制定する。


「だから」


 私は矢印を書きました。


 国会中心立法の原則。


 ↓


 例外=憲法が別の機関に規範制定権を与えている場合。


「地方自治法でやった条例も、ここにつながるんですね」


「ああ」


 以前なら、


 憲法は憲法。


 地方自治法は地方自治法。


 別々の科目に見えていました。


 でも。


 地方公共団体が条例を作れる根っこには、


 憲法九十四条がある。


 法律は縦につながっています。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「国会単独立法は?」


「こっちは、国会が法律を作るとき、原則として他の機関の同意や関与を必要としない」


「つまり」


「国会の議決だけで法律を成立させられる」


「そうだ」


 私は横に書きます。


 中心。


 =誰が立法を担うか。


 単独。


 =国会が法律を作るとき、他機関の関与が必要か。


「あ」


 書いてみると。


 かなり違う。


「名前が似てるだけですね」


「最初からそう言ってんだろ」


「言ってません」


「気持ちでは言った」


「法律家が気持ちで発言を補完しないでください」


 そして。


 国会単独立法の原則にも例外がある。


「憲法九十五条」


 私は言いました。


「地方自治特別法」


 特定の地方公共団体だけに適用される特別法。


 これは。


 国会が、


 はい作りました。


 で終われない。


 その地方公共団体の住民投票で、


 過半数の同意を得なければ制定できない。


「つまり」


 私は書きます。


 国会の議決。


 +


 住民の同意。


「国会だけじゃ完成しない」


「だから単独立法の原則の例外」


「はい」


 ここでようやく。


 二つが頭の中で分かれました。


 国会中心立法。


 ――立法は原則として国会が中心。


 例外。


 議院規則。


 最高裁判所規則。


 条例。


 国会単独立法。


 ――国会が立法するときは、原則として国会だけで成立させる。


 例外。


 地方自治特別法。


 住民投票による同意が必要。


「これ」


 私は言いました。


「問題にされたら間違えそうですね」


「だから表にしろ」


 相馬先輩が言います。


「中心は?」


「誰がルールを作るか」


「例外は?」


「議院規則、最高裁判所規則、条例」


「単独は?」


「国会以外の関与が必要か」


「例外は?」


「地方自治特別法の住民投票」


「よし」


 なるほど。


 この人、


 口は悪いけど受験指導向きなのでは。


「次」


 私は新しいページを開きました。


 ――二院制。


「衆議院と参議院」


「ああ」


「ここ、時代ギャップありますよね」


 相馬先輩が嫌そうな顔をしました。


「また未来の話か」


「今回は大事です」


 日本国憲法の条文そのものは、


 昭和六十三年も現代も変わっていない。


 でも。


 国会を取り巻く制度は変わっています。


「現代の数字を、そのまま昭和六十三年に持ってきたら事故ります」


「例えば?」


「衆議院の定数四百六十五人」


「違うな」


「ですよね」


 現在の制度では、


 衆議院の定数は四百六十五。


 任期四年。


 解散あり。


 被選挙権は満二十五歳以上。


 小選挙区比例代表並立制。


 そして参議院は、


 定数二百四十八。


 任期六年。


 三年ごとに半数改選。


 解散なし。


 被選挙権は満三十歳以上。


 選挙区制と比例代表制。


 でも。


「昭和六十三年には、小選挙区比例代表並立制はまだありません」


「未来の制度を持ち込むな」


「はい」


 衆議院の選挙制度は、


 のちに大きく変わる。


 選挙権年齢だって、


 現代では満十八歳以上ですが、


 昭和六十三年当時は二十歳以上。


「憲法は変わってない」


 私は言いました。


「でも、その憲法の下にある公職選挙法とか制度は変わってる」


「そういうことだ」


「ややこしいですね」


「法律は生き物だからな」


 所長が言いました。


 私は少し驚きました。


「所長、今ちょっと格好いいこと言いました?」


「気のせいだ」


「今日それ多いですね」


 でも。


 本当にそうです。


 憲法は変わっていない。


 一字一句同じ。


 なのに。


 選挙制度。


 定数。


 選挙権年齢。


 政治の常識。


 社会の空気。


 その周りは変わっている。


 だから。


 現代の行政書士試験で問われる数字を、


 昭和六十三年の物語の中へそのまま持ってくることはできない。


「ただし」


 私は言いました。


「衆議院と参議院の基本的な違いは重要」


 衆議院。


 任期四年。


 解散あり。


 被選挙権二十五歳以上。


 参議院。


 任期六年。


 解散なし。


 三年ごとに半数改選。


 被選挙権三十歳以上。


「この辺は?」


「覚えろ」


「身も蓋もない」


「数字は最後は覚えるしかねえ」


「小説の敗北ですね」


「勝手に負けんな」


 私はノートを最初のページまで戻しました。


 国会。


 三つの地位。


 国民の代表機関。


 国権の最高機関。


 唯一の立法機関。


 さっきまで。


 三つの暗記語句だったものが、


 少しずつつながってきました。


 国民主権。


 国民が議員を選ぶ。


 その議員は、


 特定の選挙区だけではなく、


 全国民を代表する。


 だから国会は、


 国政の中心的地位を占める。


 そして。


 一般的抽象的な法規範を定める立法について、


 中心的な役割を担う。


「所長」


「何だ」


「昨日の事件って」


 私は言いました。


「結局、四十三条だけの事件じゃなかったんですね」


「どういう意味だ」


「大橋さんは、榊原議員を『地元から国会へ送った人』として見てた」


「ああ」


「でも憲法は、国会議員を全国民の代表として置いてる」


「ああ」


「その全国民の代表が集まる国会を、国政の中心に置いて」


「ああ」


「そこで全国に適用される法律を作る」


「そうだ」


 一本につながっています。


 もし。


 国会議員が全部、


 自分の選挙区だけの命令に従う代理人だったら。


 国会は、


 全国の利益を考える場所ではなく、


 地域ごとの要求をぶつけ合う場所になってしまう。


 もちろん現実の政治では、


 地域利益も重要です。


 地元の声を届けることも必要。


 でも。


 最後の判断まで、


 選挙区の命令で縛るわけではない。


「だから自由委任なんですね」


「そうだ」


 そこで。


 私は昨日の沢渡課長の言葉を思い出しました。


 ――憲法を持ち出せば役所が何でも引くと思わないことです。


「先輩」


「何だ」


「これ、結構大事なこと言われましたよね」


「珍しく反省したのか」


「珍しくは余計です」


 憲法は最高法規。


 だから強い。


 でも。


 強いからこそ。


 何でもかんでも、


 憲法違反!


 と言えばいいわけではない。


 昨日だって。


 市役所が、


 地元住民の意見を集める。


 それ自体が違憲だったわけではありません。


 国会議員へ要望書を出す。


 それも問題ない。


 地元選出議員に、


 地元事情を重く考えてほしいと頼む。


 それだって政治活動として普通にあり得る。


 問題になったのは。


 その先。


 ――地域の決定に従え。


 という拘束まで行こうとしたところ。


「境界線を引くんですね」


 私は言いました。


「何でも駄目じゃない」


「ああ」


「ここまではできる。でも、ここから先は憲法上まずい」


「それが法律論だ」


 相馬先輩が言いました。


「世間の常識? 俺たちが守ってんのは法律だ」


「昨日も言ってましたね」


「名言だから二回言った」


「自分で言います?」


「何度でも言う」


 私は笑いました。


 昭和六十三年。


 地元。


 後援会。


 自治会。


 商店会。


 町の有力者。


 今よりずっと、


 人と人とのつながりが濃く見える時代。


 だからこそ。


 ――この町から出た議員なら、この町の言うことを聞け。


 という圧力も強い。


 でも。


 憲法四十三条の文字は、


 昭和六十三年も現代も同じです。


 全国民を代表する。


 条文は変わっていない。


 変わったのは、


 その言葉を取り巻く社会。


 そして。


 その言葉をどこまで本気で使うかという、


 私たちの人権感覚や民主政治への理解なのかもしれません。


 私は最後のページを開きました。


「今日の一行」


「やっと終わりか」


「大事なところですよ」


「毎回長えんだよ」


「勉強とはそういうものです」


 何を書くか。


 少し迷いました。


 国会。


 全国民の代表。


 自由委任。


 国権の最高機関。


 唯一の立法機関。


 国会中心立法。


 国会単独立法。


 全部入れたい。


「一行じゃ無理ですね」


「だから一番大事なのを選べ」


 片桐所長が言いました。


 一番大事なもの。


 私は昨日の大橋さんを思い出しました。


 ――先生には、約束を守ってもらわないと困るんです。


 そして。


 榊原議員の言葉。


 ――地元の意見として重く受け止める。ただ、最後は全国の政策との関係で判断する。


 私は鉛筆を走らせました。


 ――国会議員は「地元の使者」ではない。全国民の代表として、自分の責任で決める。


「どうです?」


 相馬先輩が覗き込みます。


「まあいい」


「またそれ」


「何だ」


「たまには素直に褒めてくださいよ」


「嫌だ」


「自由委任ですか」


「俺の信念だ」


「じゃあ私は有権者として次の選挙で落とします」


「何の選挙だよ」


「片桐事務所・先輩選挙」


「候補者俺しかいねえだろ」


「不信任票があります」


「制度を勝手に作るな」


「唯一の立法機関なので」


「お前は国会じゃねえ!」


 奥から片桐所長が言いました。


「こはる」


「はい」


「それも書いておけ」


「何をです?」


「唯一の立法機関にも例外がある」


「あ」


「自分を国会にする例外はない」


「そこは書かなくても試験に出ません!」


 相馬先輩が吹き出しました。


 私はノートを閉じます。


 窓の外。


 駅前の向こうに、


 貨物線の古い信号が見えました。


 あの線路が残るかどうかは、


 まだ分かりません。


 地元の人たちは、


 残してほしいと言う。


 国会議員は、


 全国の事情まで考えて決めると言う。


 意見は一致していない。


 でも。


 民主主義は、


 みんなが同じ意見になる仕組みではないのでしょう。


 違う意見を持ったまま。


 伝える。


 聞く。


 議論する。


 そして。


 最後に自分の責任で決める。


 だから、


 代表には自由が必要になる。


 そして自由があるから、


 選挙で責任を問われる。


 憲法四十三条の、


 ――全国民を代表する。


 という短い言葉。


 昨日までの私には、


 試験に出る一文でした。


 今日の私には。


 多数派が一本の縄を持って、


 議員の腕を縛ろうとしたとき。


 その縄を静かに切るための一文に見えます。


 そして。


 その全国民の代表が集まる場所こそが、


 国会。


 国政の中心に立ち。


 原則として立法を担う場所。


 私はノートの表紙を閉じました。


「よし」


「帰るか」


 相馬先輩が立ち上がります。


「待ってください」


「今度は何だ」


「今日の郵便」


「……」


「昨日、所長に言われてましたよね」


「今日はお前が出せ」


「嫌です」


「先輩の命令だ」


「私は先輩の意思に拘束されません」


「ここで自由委任を使うな」


「自分の信念に従って行動します」


「お前は全国民の代表じゃねえ!」


「じゃあ事務所のみんなの代表で」


「誰が選んだ!」


「私です」


「自己推薦じゃねえか!」


 その瞬間。


 片桐所長が奥から封筒の束を持ってきました。


 どさり。


 私と相馬先輩の間に置きます。


「二人で行け」


「……はい」


「……はい」


 自由委任。


 国権の最高機関。


 唯一の立法機関。


 いろいろ勉強しましたが。


 昭和六十三年の片桐行政書士事務所では。


 どうやら今日も、


 片桐所長が最高機関のようでした。


 もちろん。


 憲法上の根拠は、


 どこにもありません。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくら司法書士補助者の法務帳 〜 昭和に転生して泥沼の争いを収めたら、実務と試験知識が完全にリンクしました 〜
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。