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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈憲法 配点28点/300点〉 統治

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[憲法・国会]現場編 「先生はこの町の代表でしょう」の罠。地元の総意で国会議員を縛ろうとする町と、“全国民の代表”という一行

挿絵(By みてみん)

 選んだ人だからといって。


 選んだ人の言うことを、全部聞かなければならないわけではありません。


 ――それが「代表」という言葉の、少し不思議なところです。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


「先生には、約束を守ってもらわないと困るんです」


 その日の相談者は、開口一番そう言いました。


「先生?」


 私は聞き返しました。


「国会議員の先生です」


「ああ」


 目の前に座っているのは、


 大橋庄一さん。


 六十二歳。


 駅前商店会の会長でした。


 背広。


 太い眉。


 大きな手。


 声も大きい。


 いかにも、


 町内会の運動会では開会宣言を任されそうな人です。


「うちの選挙区から出した先生ですよ」


 大橋さんは机を叩きました。


「なのに、地元の要望に反対するって言うんです」


「何の要望ですか」


「駅前貨物線の存続です」


 また駅前。


 この町、駅前に人生を賭けすぎでは。


 話を聞くと、こうでした。


 駅前再整備に関連して、古い貨物線の一部を廃止する構想が出ている。


 商店会や地元事業者の多くは反対。


 そこで、


 地元選出の衆議院議員、


 榊原隆一議員に、


 国会や党内で廃止反対を働きかけてもらおうとした。


 ところが。


「先生は何て?」


「『全国的な物流政策まで見て判断する』ですよ!」


 大橋さんの声が一段上がります。


「全国的な?」


「そうです!」


「それで怒ってるんですか」


「当たり前でしょう!」


 大橋さんは紙を取り出しました。


 商店会。


 運送会社。


 周辺自治会。


 地元経済団体。


 ずらりと署名があります。


「これだけ地元が反対してるんですよ」


「かなり集まってますね」


「選挙のときは『地元の声を国政へ』と言ってたんです。それなのに当選したら全国だ何だと言い出す」


「なるほど」


「だったら、地元の代表じゃないじゃないですか」


 私は、


 うん。


 と言いかけました。


 確かに。


 選挙区から選ばれた国会議員。


 その選挙区の有権者が投票している。


 なら、


 地元の意見を国会へ持っていくのが仕事。


 そんな感覚は自然です。


 ところが。


 頭の奥で、


 一行の条文が引っかかりました。


 ――両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。


「……あれ?」


「どうした」


 相馬先輩が煙草をくわえたまま言いました。


「先輩」


「何だ」


「衆議院議員って、選挙区の代表じゃないですよね」


 大橋さんが固まりました。


「は?」


 しまった。


 言い方。


 相馬先輩が額を押さえました。


「お前な」


「いや、違います。地元を無視していいって意味じゃなくて」


「どういう意味です?」


 大橋さんの声が低くなりました。


 私は慌てて憲法の本を開きました。


 この時代に来てから、


 何度も法律の改正に泣かされてきました。


 行政不服審査法。


 行政事件訴訟法。


 地方自治法。


 現代の知識をそのまま持ってくると、制度が違う。


 期間が違う。


 名称が違う。


 存在する制度そのものが違う。


 でも。


 憲法だけは違います。


 昭和六十三年。


 日本国憲法第四十三条。


 そして現代。


 同じ。


 一字一句。


 そこには、


 選挙区を代表する、


 とは書いていません。


「全国民を代表する、です」


 私は言いました。


 大橋さんが眉をひそめます。


「全国民?」


「はい」


「だって、うちの選挙区から出てるんですよ」


「そうです」


「うちの票で当選した」


「そうです」


「だったら、うちの代表でしょう」


「選び方としては、この選挙区から選ばれています。でも、議員になった後の憲法上の立場は――」


 私は条文を指しました。


「全国民の代表です」


 大橋さんはしばらく黙りました。


「……そんな馬鹿な」


 気持ちは分かります。


 選挙区から選ばれているのに、


 選挙区だけの代表ではない。


 なんだか禅問答です。


 片桐所長が奥から出てきました。


「大橋さん」


「はい」


「何をしたいんです」


「榊原先生に、地元の決議に従うと約束してもらいたいんです」


「約束?」


「ええ」


 大橋さんが別の紙を出しました。


 そこには、


 ――地元意思尊重確認書。


 とあります。


 内容を読んで。


 私は目を見開きました。


 駅前貨物線その他地域の重要案件について、


 地元各団体の合同決議がなされた場合、


 榊原議員はその決議に従って国会活動を行う。


「……これ」


 私は呟きました。


「議員を拘束するんですか」


「当然でしょう」


 大橋さんは言います。


「地元の代表なんだから」


 相馬先輩が煙草を灰皿へ押しつけました。


「それは無理だ」


「なぜです」


「国会議員は、おたくらの使い走りじゃねえ」


「相馬さん!」


 言い方!


 大橋さんの顔が真っ赤になります。


「使い走りとは何だ!」


「先輩!」


「じゃあ何だ。商店会の決議が出たら、その通り国会で動けって契約させるのか」


「地元の民意です!」


「民意は聞かせりゃいい」


「なら従うべきでしょう!」


「違う」


 相馬先輩が即答しました。


「聞くのと、縛るのは別だ」


 部屋が静かになりました。


 片桐所長が確認書を手に取ります。


「大橋さん。この書面は作れません」


「行政書士でしょう」


「だからです」


「署名をもらうだけですよ」


「陳情書なら作れます」


 所長は言いました。


「地元の事情を整理し、貨物線存続を求める要望書も作れる。署名簿を添付することもできる」


「だったら――」


「しかし」


 所長は紙を机へ戻しました。


「国会議員に、地元団体の決定に従って議員活動をする義務を負わせる文書を、法律上当然の拘束力があるものとして作ることはできません」


「なぜです」


「憲法四十三条です」


 また。


 憲法。


 私は少し驚いていました。


 行政書士の事務所で。


 しかも商店会の相談で。


 こんなところから憲法四十三条が出てくるなんて。


 受験生だったころなら、


 国会議員=全国民の代表。


 自由委任。


 はい、暗記。


 それで終わっていたところです。


 でも今は。


 一枚の確認書を作れるかどうかを左右している。


 問題は、それだけでは終わりませんでした。


 二日後。


 市役所二階。


 総務課。


「市としても、地元意思を一本化したいと考えています」


 沢渡課長は平然と言いました。


「一本化?」


 私は聞き返しました。


「貨物線問題についてです」


 机の上には、


 市役所が作った文書案がありました。


 ――地域総意確認会議設置要綱案。


 市。


 商店会。


 自治会。


 運送事業者。


 地元経済団体。


 それらが集まり、


 地域としての統一見解を決める。


 そこまではいい。


 問題は、その次でした。


 ――地元選出国会議員に対し、地域総意に沿った国政活動を求める。


「またこれですか」


 私は呟きました。


 沢渡課長が眼鏡越しにこちらを見ます。


「何か問題が?」


「要望するだけならいいと思います」


「当然でしょう」


「でも、市は榊原議員に、この決定に従うよう求めるんですか」


「地元選出議員ですから」


「課長まで言うんですね」


「朝比奈さん」


 沢渡課長は少し声を低くしました。


「行政というのは、法律論だけでは動きません」


 来た。


 嫌な予感がする言葉。


「地元の和があります」


 出た。


「関係団体との調整があります」


 はい。


「多数の住民が望む方向をまとめ、それを地元選出議員に届ける。それが民主主義ではありませんか」


 一瞬。


 私は黙りました。


 それは。


 かなりもっともらしい。


 むしろ、


 良いことに聞こえます。


 住民の声をまとめる。


 国会議員へ伝える。


 国政へ反映してもらう。


 民主主義。


 どこが悪いのか。


「……でも」


 私は言いました。


「従わせるのは違う」


「従わせる?」


「地元の多数派が決めたから、国会議員はその通りに動けっていうのは」


「政治家は有権者の意思を尊重するものでしょう」


「尊重するのと、拘束されるのは違います」


「理屈ですね」


 その言葉が刺さりました。


 理屈。


 昭和に来てから何度も感じた空気。


 理屈ではそうでも。


 世間では。


 普通は。


 みんなそうしている。


 波風を立てるな。


 和を乱すな。


 私は窓の外を見ました。


 市役所前の掲示板。


 駅前整備のポスター。


 商店街。


 自治会。


 地元有力者。


 選挙区。


 後援会。


 昭和の地方都市では、


 その全部が太い紐で結ばれているように見えます。


 この町から選ばれた議員なら、


 この町のために動け。


 この町の多数派に従え。


 それが恩だ。


 それが筋だ。


 それが常識だ。


 ――重い。


 条文は同じなのに。


 空気が重い。


「朝比奈」


 相馬先輩が言いました。


「何、負けそうな顔してんだ」


「してません」


「してる」


「だって」


 私は小声で言いました。


「こういうの、法律より空気のほうが強くないですか」


「馬鹿」


「馬鹿!?」


「空気が法律より強かったら、俺たち何しに来たんだ」


 相馬先輩は沢渡課長を見ました。


「課長」


「何でしょう」


「世間の常識?」


「私はその言葉は使っていません」


「じゃあ地元の和?」


「行政運営では無視できない要素です」


「そうか」


 相馬先輩が鼻で笑いました。


「だが、俺たちが守ってんのは法律だ」


 その瞬間。


 私はもう一度、


 憲法四十三条を思い出しました。


 全国民を代表する。


 そうだ。


 この一文は。


 議員を偉くするためにあるんじゃない。


 地元の圧力から、


 議員の判断を自由にする意味もある。


 選挙区。


 後援会。


 業界団体。


 多数派。


 そこから意見を聞く。


 もちろん大事。


 でも。


 命令されるわけじゃない。


「課長」


 私は言いました。


「榊原議員は、この町だけの代表じゃありません」


「選挙区から選ばれています」


「選出方法の話です」


 沢渡課長の目が少し細くなりました。


「憲法上は全国民の代表です」


「四十三条ですか」


 即答。


 さすが。


 知っている。


 この人は知らずに壁を作っているんじゃない。


 知ったうえで、


 どこまでなら行政として安全かを計算している。


「はい」


 私は頷きました。


「だから、市が地元住民の意見を議員に伝えることはできます」


「でしょうね」


「陳情も要望もできます」


「ええ」


「でも、市が『地域総意』を作って、それに従って国会活動をするよう議員を拘束するところまで行けば、話は別です」


 沢渡課長は黙ります。


「議員は選挙区の命令を受けて国会で票を投じる人じゃない。全国民の代表として、自分の判断で活動する」


「自由委任」


 沢渡課長が言いました。


「……ご存じじゃないですか」


「知っていますよ」


「だったら最初から言ってください!」


「朝比奈さんがどこまで理解しているか確認しただけです」


「試験官ですか!」


 相馬先輩が笑いました。


 でも。


 沢渡課長はすぐには引きませんでした。


「しかし、市が政治的要望を示すことまで禁じられるわけではない」


「もちろんです」


「住民意思を集約することも違憲ではない」


「はい」


「なら、問題は文言でしょう」


 片桐所長が初めて口を開きました。


「そうです」


 私は所長を見ます。


「意見を伝えることと、議員を法的に拘束することを分ける」


「それを書け」


「はい」


 来ました。


 仕事です。


 その日の午後。


 片桐行政書士事務所。


 私たちは意見書を作りました。


 題名。


 ――地域要望の国会議員への提出に関する法的意見書。


 まず。


 地域住民や団体が、


 地元選出国会議員に対して要望・陳情を行うこと自体は当然に可能。


 議員がそれを政治判断の資料とすることにも問題はない。


 しかし。


 憲法第四十三条は、


 衆議院・参議院の議員を、


 「全国民を代表する選挙された議員」


 と定める。


 したがって、


 国会議員は特定選挙区や特定団体の法的な代理人ではない。


 選挙区の意思に法的に拘束され、


 その指示どおりに国会活動をしなければならない立場でもない。


 私はペンを止めました。


「先輩」


「何だ」


「ここまででいいですか」


「まだだ」


「何が足りません?」


「市役所が一番嫌がるやつ」


「一番嫌がるやつ?」


「結論」


 なるほど。


 片桐所長が言いました。


「要綱案の修正文まで作れ」


「はい」


 批判するだけじゃない。


 どう直せば合法的になるのか。


 そこまで出す。


 私たちは、


 ――地域総意に沿った国政活動を求める。


 を削り、


 ――地域住民及び関係団体の意見を取りまとめ、国政上の判断に資する資料として関係国会議員に提出する。


 と直しました。


「これなら」


 私は言いました。


「住民の声は届けられる」


「ああ」


「でも議員の判断は縛らない」


「ああ」


「政治的代表としての自由委任を壊さない」


「そこだ」


 さらに。


 片桐所長は一枚紙を追加しました。


「所長?」


「四十一条も入れろ」


「国会は、国権の最高機関であって――」


「国の唯一の立法機関」


 相馬先輩が続けます。


「今回そこまで要ります?」


「要る」


 所長は短く言いました。


「市役所が国会議員を地元の代理人として扱っている。なら、国会が何なのかから書け」


 私は少し考えました。


 国会。


 全国民を代表する議員で構成される。


 国政の中心的地位を占める。


 そして。


 国の唯一の立法機関。


「つまり」


 私は呟きました。


「国会って、地方の要望を持ち寄って足し算するだけの場所じゃない」


「そういうことだ」


 全国民の代表が、


 全国的な視点で議論し、


 法律を作る。


 だからこそ。


 榊原議員が、


 地元の貨物線だけを見るのではなく、


 全国的な物流政策まで見て判断する。


 と言ったことは。


「むしろ憲法の考え方に合ってる……」


 私は呟きました。


 相馬先輩が頷きます。


「地元に嫌われるかもしれんがな」


「選挙では怖いですね」


「だから政治家は大変なんだろ」


 確かに。


 自由に判断できる。


 でも、


 次の選挙では有権者から評価される。


 自由委任は、


 好き勝手していい、


 という意味ではありません。


 法的には命令されない。


 政治的には責任を負う。


 その微妙なところに、


 議会制民主主義は立っています。


 三日後。


 市役所。


 沢渡課長は、


 私たちの意見書を最後まで読みました。


 そして。


「この部分は削ります」


 早い。


「え?」


「『地域総意に沿った国政活動を求める』」


「いいんですか」


「問題があるから修正するのでしょう」


「いや、もう少し抵抗されるかと」


「何を期待しているんですか」


「カタルシスを」


「知りません」


 昭和の役人にカタルシスという言葉を求めた私が悪かった。


 沢渡課長は続けます。


「市として、地域の意見を国会議員へ伝えることは続けます」


「はい」


「ただし、議員の国会活動を地域決議に従属させるような表現は使わない」


「はい」


「それなら問題ありませんね」


 私は頷きました。


「ありません」


 沢渡課長は意見書を閉じました。


「朝比奈さん」


「はい」


「一つ勘違いしないでください」


「何をです?」


「憲法を持ち出せば役所が何でも引くと思わないことです」


 う。


「憲法論は大きい。だからこそ雑に使えば、ただの脅し文句になります」


 私は黙りました。


「『憲法違反だ』と叫ぶだけなら誰でもできる」


 沢渡課長は言いました。


「どの条文が、どの行政行為に、どう関係するのか。そこまで整理されて初めて、こちらも検討できます」


 敵なのか先生なのか。


 本当に分からない人です。


「……覚えておきます」


「そうしてください」


 その横で相馬先輩が笑いました。


「説教されてやんの」


「先輩も一緒に来てるんですけど」


「俺は憲法違反だなんて叫んでねえ」


「『使い走りじゃねえ』って叫んでましたよね」


「あれは法律論だ」


「どこがですか!」


 沢渡課長が小さくため息をつきました。


 一週間後。


 大橋さんが事務所へ来ました。


「榊原先生に会ってきました」


「どうでした?」


「腹は立ちました」


「そこからですか」


「貨物線存続を約束しろと言ったら、約束できないと言われました」


 やっぱり。


「ただ」


 大橋さんは紙袋を机に置きました。


「資料は全部読んでくれた」


「資料?」


「あなたたちに作ってもらった陳情書です」


 貨物線を利用している事業者数。


 年間輸送量。


 廃止された場合のトラック輸送増加。


 商店街への影響。


 高齢事業者の事情。


 地域住民の署名。


 感情だけではなく、


 事実を並べた陳情書。


「先生は何て?」


「『地元の意見として重く受け止める。ただ、最後は全国の政策との関係で判断する』って」


「そうですか」


「昔なら腹を立てて帰ったでしょうな」


 大橋さんは苦笑しました。


「でも」


 少し間を置いて。


「それが仕事なんでしょう?」


 私は笑いました。


「たぶん」


「たぶん?」


「私も勉強中なので」


「頼りない行政書士さんだ」


「まだ見習いです!」


「それなら仕方ない」


 相馬先輩が奥から口を挟みます。


「その逃げ道便利だな」


「見習いの特権です」


「早く卒業しろ」


 大橋さんが笑いました。


 帰り際。


 玄関で立ち止まります。


「朝比奈さん」


「はい」


「地元の声って、意味ないんですかね」


 私は少し考えました。


「逆だと思います」


「逆?」


「聞いてもらうために、ちゃんと伝える意味があるんです」


「……」


「絶対従えって命令できるなら、説明する必要ないじゃないですか」


 大橋さんが目を瞬きました。


「数字を出す。事情を説明する。署名を集める。説得する」


「はい」


「議員が自由に判断できるからこそ、こっちも本気で説得する」


 私は言いました。


「それが、たぶん政治なんじゃないでしょうか」


 大橋さんは少しだけ笑いました。


「今のは見習いにしては、いいこと言いましたな」


「ですよね」


「自分で言うな」


 相馬先輩の声が飛んできました。


 夕方。


 私は机を片付けながら、


 憲法の本を閉じました。


 四十一条。


 国会は、


 国権の最高機関。


 国の唯一の立法機関。


 四十三条。


 両議院は、


 全国民を代表する選挙された議員で組織する。


 受験生だったころ。


 私はこれを、


 国会の地位、三つ。


 国民の代表機関。


 国権の最高機関。


 唯一の立法機関。


 そうやって三本の暗記カードにしていました。


 でも。


 今日見た四十三条は、


 暗記カードではありませんでした。


 町の多数派が、


 地元の議員を縛ろうとしたとき。


 後援会が、


 業界団体が、


 自治会が、


 商店会が、


 「俺たちが選んだんだから、俺たちの言う通りにしろ」


 と言ったとき。


 その太い縄を切る一行でした。


 ――全国民を代表する。


 地元の声を聞かなくていい、ではない。


 地元の利益を考えなくていい、でもない。


 聞く。


 考える。


 悩む。


 それでも最後は、


 全国民の代表として、


 自分の責任で判断する。


 自由だから、


 責任がある。


「憲法って」


 私は呟きました。


「思ってたより現場に出てきますね」


 片桐所長が帳簿を閉じました。


「憲法論を振り回す行政書士は三流だ」


「はい」


「だが」


 所長は言いました。


「下のルールで人を縛りすぎたら、上を出せ」


「最高法規」


「そうだ」


 私は少し笑いました。


「伝家の宝刀ですね」


「抜かずに済むなら、そのほうがいい」


「でも抜くときは?」


「ためらうな」


 短い。


 それだけでした。


 窓の外では、


 駅前の灯りが一つずつ点いていました。


 貨物線が残るかどうかは、


 まだ分かりません。


 榊原議員が賛成するのか。


 反対するのか。


 それも分かりません。


 でも。


 大橋さんたちの声は届いた。


 そして。


 その声に従うことを強制する縄だけは、


 外れた。


 私はノートの隅に、


 今日の教訓を書きました。


 ――代表とは、「言うことを聞く人」ではない。


 少し考えて。


 もう一行。


 ――国会議員は、選挙区から選ばれても、選挙区だけの代表ではない。


「こはる」


「はい」


 相馬先輩が新聞を畳みました。


「じゃあ俺は事務所のみんなの代表として、今日はもう帰る」


「誰が選んだんですか」


「俺」


「自己推薦じゃないですか」


「満場一致だ」


「一人しか投票してないでしょう!」


「代表民主制だ」


「絶対違う!」


 片桐所長が顔も上げずに言いました。


「相馬」


「はい」


「今日の郵便、出してから帰れ」


「……はい」


 私は吹き出しました。


「先輩」


「何だ」


「代表なのに、所長の意思に拘束されてますね」


「うるせえ」


「自由委任は?」


「ここは国会じゃねえ!」


 その通りです。


 憲法四十三条も。


 さすがに片桐行政書士事務所までは、


 守備範囲ではないようでした。

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