[憲法・権力分立]法理編 こはるノート
権力は、強いから分けるのではありません。
必要だから強くなり、
強くなるからこそ、分けておかなければならないのです。
夕方。
片桐行政書士事務所。
私はノートの真ん中に、大きな三角形を描いていました。
上。
国会。
左下。
内閣。
右下。
裁判所。
そして、それぞれの間に矢印。
「……よし」
「何がよしなんだ」
向かいの机から、相馬先輩が覗き込みました。
「三権分立です」
「見りゃ分かる」
「美しいでしょう」
「小学生の社会科みてえだな」
「行政書士試験です!」
失礼な。
受験生時代。
私はこの三角形を何度描いたことか。
国会。
内閣。
裁判所。
立法。
行政。
司法。
三権分立。
相互の抑制と均衡。
ここまで書いて。
なんとなく理解した気になっていました。
でも。
水野さんのサンドイッチ屋の件を経験したあとでは。
この三角形が、前とは少し違って見えます。
「所長」
「何だ」
「権力分立って、結局なんのためにあるんです?」
奥の机で帳簿を見ていた片桐所長が、顔を上げました。
「昨日、自分で言っていただろう」
「復習です」
「言ってみろ」
来た。
逆質問。
私はノートを見ました。
「国家権力を、その性質に応じて区別して」
「うん」
「異なる機関に担当させる」
「それで?」
「一つの機関に権力が集中して、絶対的な支配をするのを防ぐ」
「それで?」
「相互に抑制と均衡を保たせる」
「それで?」
「……まだあります?」
「一番大事なのが抜けてる」
私は少し考えました。
そして。
昨日の駅前を思い出しました。
軽トラック。
玉子サンド。
水野さん。
市役所の内部基準。
商店会に入らなければ営業を認めない。
もし。
行政がルールを自由に作れて。
自由に適用できて。
その判断が正しいかどうかまで行政自身だけで決められるなら。
「人権保障」
私は言いました。
「そうだ」
片桐所長が頷きました。
私はノートに大きく書きました。
――権力分立の究極目的=人権保障。
「ここなんですね」
「ああ」
「国会、内閣、裁判所を三つに分けること自体が目的じゃない」
「手段だ」
「権力を分けるのは手段」
「そうだ」
「目的は、一か所に国家権力を集中させて、国民の自由を踏み潰させないこと」
「それでいい」
なるほど。
権力分立。
名前だけ見ると。
国家機構の話に見えます。
統治。
機関。
権限。
そんな固い言葉ばかり。
でも。
最後に守ろうとしているのは、
一人の人間です。
「水野さんの件だと」
私は言いました。
「市役所が内部基準を作りました」
「ああ」
「その基準を市役所自身が運用した」
「うん」
「その結果、市有地を使わせない方向になった」
「そうだ」
「もし、その判断について外から何もチェックできないなら」
相馬先輩が煙草をくわえました。
「行政がルール作って、行政が適用して、行政が『俺は正しい』って言えば終わりだな」
「そういうことです」
「そりゃ強えな」
「強すぎます」
だから。
行政の判断にも法律の根拠が必要になる。
議会が作った法律や条例の範囲を超えてはいけない。
さらに。
具体的な争いになれば、裁判所による司法審査がある。
法律そのものが憲法に反していれば。
違憲審査の問題にもなる。
「三権分立って」
私は三角形の真ん中に、
『人』
と書きました。
「こうだったんですね」
相馬先輩が覗き込みます。
「何が」
「三角形の真ん中に国民がいる」
「最初から描いとけ」
「教材にはそこまで絵で描いてなかったんですよ」
「教材のせいにするな」
でも。
これなら忘れません。
私はページをめくりました。
次。
――統治権。
「これも固い言葉ですねえ」
「法律用語なんざ大体固い」
「統治権って何です?」
「国家が国を統治する権力だ」
「そのままですね」
「分かりやすいだろ」
確かに。
国家には。
国内を統治する権力があります。
法律を作る。
行政を行う。
裁判をする。
そうした国家作用の基礎にある国家権力。
「国家の統治権には」
私はノートを見ながら整理します。
「最高独立性と、最高決定権という性質がある」
「言ってみろ」
また試される。
「最高独立性は」
私は少し考えました。
「対外的に、他国の支配に服さないこと」
「うん」
「最高決定権は、国内において国家が最終的な決定権を持つこと」
「まあいい」
「国家主権の話ともつながりますね」
「ああ」
国家は国内で最高の統治権を持つ。
だからこそ。
その力が一か所に集中すると危険です。
最高の力を持っている人が、
自分でルールを作り、
自分で執行し、
自分で裁く。
誰も止められない。
「独裁ですね」
「そうだ」
「だから国家権力そのものをなくすんじゃなくて」
「分ける」
「なるほど」
ここも重要です。
国家権力は悪だから消しましょう。
という話ではない。
国家権力がなければ、
治安も。
福祉も。
道路も。
教育も。
裁判も。
成り立たない。
必要。
でも。
必要だからこそ怖い。
「包丁みたいですね」
私が言うと、相馬先輩が眉をひそめました。
「急に何だ」
「料理には必要だけど、人に向けたら危ない」
「まあ、分からんでもない」
「だから使い方を決める」
「国家権力を包丁で覚える受験生はお前くらいだろうな」
「覚えられれば勝ちです」
次。
三権分立。
立法。
行政。
司法。
「まず立法」
「国会」
「行政」
「内閣」
「司法」
「裁判所」
相馬先輩が答えます。
「簡単ですね」
「その程度ならな」
「嫌な言い方するなあ」
もちろん。
憲法上の国家機関の関係は、
単純に完全分離しているわけではありません。
日本は議院内閣制。
国会と内閣は密接につながっている。
内閣総理大臣は国会議員の中から国会が指名する。
内閣は国会に対して連帯して責任を負う。
一方。
内閣には衆議院を解散する仕組みもある。
司法についても。
最高裁判所の長たる裁判官は内閣の指名に基づいて天皇が任命し、
その他の裁判官にも内閣が関与する。
最高裁判所裁判官には国民審査がある。
「完全に壁で三つに仕切るわけじゃないんですね」
「それじゃ国家が動かねえ」
相馬先輩が言います。
「互いに関係しながら、互いに止める」
「そういうことですね」
抑制。
均衡。
チェック・アンド・バランス。
「でも」
私は三角形を見ました。
「これ、昔からずっと同じ力関係なんですか?」
「違う」
片桐所長が答えました。
「社会が変われば、国家の仕事も変わる」
そこです。
今日の本題。
私は新しい見出しを書きました。
――行政国家現象。
「昨日、沢渡課長も言ってましたね」
行政の仕事は増えている。
福祉。
都市計画。
産業政策。
環境。
防災。
衛生。
教育。
労働。
社会保障。
現代国家は。
ただ国民に口を出さず、
犯罪者を捕まえて、
外国から国を守っていればいい。
そんな国家ではありません。
十九世紀半ば以降。
資本主義が発達した。
経済が成長する。
一方で。
貧富の格差。
労働問題。
失業。
生活保障。
様々な問題が出てくる。
「そこで国家が」
私は言いました。
「国民に人間らしい生活を保障するために、いろんな行政サービスをするようになった」
「そうだ」
「役人が増える」
「うん」
「行政部門も増える」
「うん」
「行政の仕事も増える」
「そうだ」
「結果」
私は赤線を引きました。
――行政権が大きくなる。
行政国家現象。
「昨日の事件、そのものですね」
「ああ」
片桐所長が言います。
「駅前の営業一つ取っても、行政が見ることは多い」
衛生。
消防。
道路。
市有財産。
都市計画。
商工政策。
駅前整備。
「昔より行政が細かいところまで関わる」
「必要だからな」
「でも、行政が関わる範囲が広がるほど」
私は続けました。
「行政が国民の自由を制限する場面も増える」
「そこだ」
行政国家現象は、
行政が悪くなった。
という意味ではありません。
国民生活を支えるため、
行政の役割が大きくなった。
その結果として、
行政権そのものも大きくなった。
だから。
「行政権が大きくなるなら」
私は言いました。
「それを法律や司法でコントロールする必要も大きくなる」
「そういうことだ」
昨日の沢渡課長の言葉が蘇ります。
行政に判断余地は必要。
でも。
判断余地が大きくなるほど、
なぜそう判断したかを説明できなければならない。
「課長、やっぱり強敵ですね」
「何の話だ」
「敵にすると面倒なタイプです」
「最初から雑な憲法論で殴りかかるからだ」
「反省してます」
私はノートに書きました。
――行政国家現象=行政の仕事が増え、行政権が肥大化する現象。
ただし。
行政が強い=悪。
ではない。
必要だから強くなった。
だからこそ統制が重要。
次の見出し。
――政党国家現象。
「これ、三権分立とどうつながるんです?」
「現実の政治を見ろ」
相馬先輩が言います。
「国会と内閣が、本当に完全に別々に動いてるか?」
「……動いてませんね」
日本は議院内閣制です。
内閣総理大臣は、
国会議員の中から国会が指名する。
そして現実には。
国会で多数を占める政党。
つまり与党。
その与党の中心人物が総理大臣になることが多い。
「つまり」
私はノートに書きます。
昔ながらの図。
議会 対 政府。
現実。
政府・与党 対 野党。
「国会と内閣が対立するっていうより」
「与党が国会の多数を握って、内閣も組織する」
「だから立法と行政が、政党を通じて結びつく」
「そうだ」
これが。
政党国家現象。
国民と議会をつなぐ媒介組織である政党が発達し、
国家意思の形成について事実上大きな役割を果たすようになる。
「これも別に」
私は言いました。
「政党が悪いって話じゃないですよね」
「当たり前だ」
政党には重要な役割があります。
国民の様々な意見を集める。
政策にまとめる。
候補者を立てる。
議会で多数を形成する。
政府を組織する。
政治を動かす。
ただ。
その結果。
立法府と行政府の境目が、
教科書の三角形ほどくっきりしなくなる。
「三権分立って」
私は三角形を眺めました。
「実際にはかなり複雑なんですね」
「現実の国家を三本線で説明できたら苦労しねえよ」
「受験テキストの図が急に頼りなく見えてきました」
「図は入口だ」
片桐所長が言いました。
「現実そのものじゃない」
なるほど。
試験勉強でありがちな罠です。
図を覚えて。
分かった気になる。
でも。
制度は人間が動かす。
政党がある。
行政組織がある。
政治的多数派がある。
その中で、
三権の力関係も変化する。
「だから」
私はまとめました。
――政党国家現象=政党が国家意思形成で事実上の主導的役割を果たす現象。
そして。
伝統的な、
議会対政府。
という構図が、
政府・与党対野党。
という構図へ変化していく。
「よし」
「まだあるぞ」
相馬先輩。
「分かってますよ」
最後。
今日一番、私が気になっているもの。
――司法国家現象。
「司法国家って」
私は言いました。
「裁判官が国を支配するって意味じゃないですよね」
「そんなわけあるか」
「名前が強いんですよ」
司法国家現象。
裁判所による違憲審査制が導入され、
司法権が議会や政府の活動を法的にコントロールする役割を強める現象。
日本国憲法では。
裁判所には違憲審査権があります。
「つまり」
私は言いました。
「国会が法律を作った」
「うん」
「でも、その法律が憲法に違反するなら」
「裁判所が審査する」
「行政が何か処分した」
「それも具体的な争いになれば司法審査の対象になり得る」
「昨日の水野さんの件も」
「そうだ」
もちろん。
私たち行政書士が違憲判決を出すわけではありません。
そんな権限はない。
裁判代理もしない。
でも。
市役所へ意見書を出す段階で、
この行政判断は、
もし争訟になれば司法審査に耐えられるのか。
憲法上の自由を不合理に制約していないか。
そこを指摘することはできる。
「だから沢渡課長」
私は言いました。
「『違憲と言われることは怖くない』って言ったんですね」
「何が怖いと言ってた」
「説明できない行政判断を残すこと」
「そうだ」
裁判所が存在する。
行政作用が司法審査の対象になり得る。
それだけで。
行政の判断の仕方にも影響する。
裁判になる前から。
司法という存在が、
行政に法的な説明を要求する。
「面白いですね」
「何が」
「裁判所って、実際に判決を出したときだけ行政をコントロールしてるわけじゃない」
「どういう意味だ」
「『裁判所に持っていかれたら、その説明で通りますか』って考えさせるだけでも効いてる」
片桐所長が頷きました。
「それが法治国家だ」
私はノートに書きます。
――司法国家現象=違憲審査制などを通じ、司法権が立法・行政を法的に統制する重要性が増す現象。
ここで。
ようやく三つがつながりました。
行政国家現象。
行政が大きくなる。
政党国家現象。
政党が国家意思形成で大きな力を持ち、立法と行政が政治的に結びつく。
司法国家現象。
裁判所が違憲審査などを通じ、立法・行政を法的にコントロールする重要性が高まる。
「つまり」
私は三角形を見ながら言いました。
「三権分立って、一回三つに分けて完成じゃないんですね」
「そうだ」
「社会が変わる」
「ああ」
「行政が大きくなる」
「うん」
「政党が国会と政府をつなぐ」
「うん」
「司法による統制の重要性も増す」
「そうだ」
「ずっと力関係が動いてる」
「だから均衡なんだ」
片桐所長が言いました。
「固定ではない」
なるほど。
バランス。
という言葉の意味が、
少し分かりました。
私はノートを一度閉じかけて。
また開きました。
「でも、所長」
「何だ」
「憲法は変わってないんですよね」
「ああ」
「昭和六十三年も、私がいた時代も」
「そうだ」
「一字一句?」
「変わっていない」
不思議です。
行政国家現象。
政党国家現象。
司法国家現象。
社会も国家も変わる。
行政の仕事も増える。
人権感覚も変わる。
なのに。
日本国憲法の条文は、
昭和二十一年の公布以来、
一度も改正されていない。
「同じ文章なのに」
私は呟きました。
「社会の方が変わっていく」
「法律は文章だけじゃねえ」
相馬先輩が言いました。
「どういう意味です?」
「誰がどう使うかだ」
公共の福祉。
昨日。
市役所はその言葉を出しました。
駅前の秩序。
地域との協調。
既存商店との摩擦。
昭和の社会では。
地元の和。
昔からの慣習。
世間の目。
そうしたものが、今より重い。
だから。
『みんなそうしている』
が行政判断に入り込みやすい。
でも。
憲法二十二条も。
十三条も。
十四条も。
条文自体は未来と同じです。
「公共の福祉って」
私は言いました。
「役所が何でも制限できる魔法の言葉じゃない」
「当然だ」
公共の福祉という目的を掲げても。
何を守るためなのか。
どんな危険を防ぐのか。
その手段は目的と結びついているのか。
必要以上に自由を奪っていないか。
合理的に説明できるか。
そこを見なければならない。
「水野さんの件だと」
私は整理しました。
「衛生のために手洗い設備を求める」
「合理性がある」
「防火のために消火器を求める」
「分かる」
「歩行者安全のために通路幅を確保させる」
「分かる」
「商店会に入らないから営業させない」
「何を守るためだ?」
「そこが説明できない」
「そういうことだ」
同じ規制でも。
目的とのつながりが違う。
だから。
憲法論は、
『自由だから何でもやらせろ』
でもなければ。
『公共の福祉だから我慢しろ』
でもない。
その間を、
法的な理由で詰めていく。
「所長が言ってた」
私は笑いました。
「憲法を振り回すのは三流」
「そうだ」
「でも、越えてはいけない線を越えたら」
「抜け」
「最高法規を」
「ああ」
伝家の宝刀。
なるほど。
本当に刀です。
毎回抜くものではない。
でも。
役所の内部基準。
条例。
規則。
慣習。
前例。
商店会の意向。
その全部より上に。
憲法がある。
そこだけは。
昭和六十三年でも。
未来でも。
変わりません。
「じゃあ試験です」
相馬先輩が突然言いました。
「嫌です」
「即答すんな」
「今いい感じに締まりそうだったのに」
「勉強だろ」
「はい」
相馬先輩が指を一本立てます。
「行政国家現象」
「行政サービスの拡大などにより、行政権が肥大化し、国の基本政策の決定・実施で行政府が中心的役割を担う現象」
「政党国家現象」
「政党が発達し、国家意思形成で事実上主導的な役割を果たす現象。議会対政府という構図が、政府・与党対野党という構図へ変化する」
「司法国家現象」
「違憲審査制などを通じて、司法権が議会や政府の活動を法的にコントロールする重要性が高まる現象」
「権力分立の目的」
「国家権力の集中を防ぎ、相互に抑制と均衡を図ることで――」
私は一拍置きました。
「国民の人権を保障する」
「よし」
「満点?」
「調子に乗るな」
「そこは満点って言ってくださいよ」
でも。
今日は忘れない気がします。
行政国家。
水野さんの店を、
衛生から都市計画まで役所が見る。
政党国家。
国会と政府が、現実には政党を通じて強く結びつく。
司法国家。
役所が、
『この判断は裁判所で説明できるか』
と考える。
そして。
三権分立。
その全部の真ん中に。
一人の人間がいる。
私はノートの最後のページに、
今日の一行を書こうとしました。
――権力分立とは、立法・行政・司法を分けることである。
「……違うな」
消す。
――三権を分け、相互に抑制と均衡を図る。
「試験答案っぽいな」
相馬先輩が言います。
「今考えてます」
消す。
少し考えて。
昨日の駅前を思い出しました。
水野さんの軽トラック。
市役所の内部基準。
沢渡課長。
玉子サンド。
そして。
私は書きました。
――権力を分けるのは、誰にも「全部」を握らせず、一人の自由を守るため。
「どうです?」
「まあまあだな」
「またそれ」
「試験なら『人権保障』は絶対忘れるな」
「はい」
その下に小さく。
行政国家=行政が大きくなる。
政党国家=政党が国家意思形成を主導する。
司法国家=司法による立法・行政統制が重要になる。
と書き足しました。
「一行じゃねえ」
「補足です」
「増えてんじゃねえか」
「行政書士試験は一行で終わらないんです!」
そのとき。
事務所の扉が開きました。
「こんばんは」
「あ」
水野さんでした。
手には紙袋。
「これ、昨日の売れ残りです」
「玉子サンド!」
私は立ち上がりました。
「こはる」
所長が言います。
「仕事中だ」
「もう夕方です」
「営業時間内だ」
「でも売れ残りを放置すると食品衛生上――」
「それっぽい理屈を作るな」
相馬先輩が紙袋を覗き込みます。
「三つあるな」
「ありますね」
「所長、俺、お前」
「待ってください」
「何だ」
「昨日、先輩は私の一切れを食べました」
「まだ言ってんのか」
「権力の濫用です」
「サンドイッチで憲法を使うな」
「じゃあ今日は配分を公正に決めます」
「どうする」
私は胸を張りました。
「立法、行政、司法に分けましょう」
「三個だから一個ずつって言え」
水野さんが吹き出しました。
片桐所長まで、少しだけ口元を緩めます。
「じゃあ」
私は三つのサンドイッチを机に並べました。
「誰がどれを取るか、私が決めます」
「おい」
相馬先輩が言います。
「何です?」
「お前がルールを作って、お前が配って、お前が揉め事まで裁くのか」
「あ」
「今日何を勉強した」
私は三秒黙りました。
そして。
一番大きなサンドイッチから、そっと手を離しました。
「……権力分立」
「そういうことだ」
国家権力は。
たぶん。
玉子サンドよりずっと危険です。
だから。
誰か一人に全部を任せない。
少し面倒でも。
少し遅くても。
互いに止める。
互いに見張る。
互いに説明させる。
その面倒くささの向こう側で。
一人の人間が、
自分の仕事を選び、
自分の考えを言い、
自分の人生を生きていける。
憲法の条文は、
昭和六十三年も未来も変わりません。
でも。
社会が変わり、
権力の姿が変わるなら。
その同じ条文を、
どう使って人を守るのか。
私たちは何度でも考え直さなければならない。
私はノートの最後の一行を、
もう一度指でなぞりました。
――権力を分けるのは、誰にも「全部」を握らせず、一人の自由を守るため。
「こはる」
「はい」
「食わないならもらうぞ」
「あっ!」
見ると。
相馬先輩が一番大きな玉子サンドへ手を伸ばしています。
「駄目です!」
「早い者勝ちだ」
「そんなルール決めてません!」
「俺が決めた」
「立法権まで握るな!」
「じゃあ執行する」
「行政権も!」
相馬先輩がサンドイッチを掴む。
私は掴み返す。
「所長!」
「何だ」
「司法判断を!」
片桐所長は一度だけこちらを見て。
「半分にしろ」
「合理的!」
「異議なし」
相馬先輩も手を離しました。
こうして。
昭和六十三年の片桐行政書士事務所では。
三権分立のおかげで、
玉子サンドをめぐる独裁政権の成立だけは、
今日も無事に阻止されたのでした。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




