[行政手続法3条・適用除外]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所は、法律の復習をするにはちょうどいい静けさになります。
電話が減る。
来客も途切れる。
窓から差し込む西日が、古い例規集の背表紙を赤く染める。
そして机の上には、宮下佳代さんが置いていったカステラ。
「……減ってません?」
「気のせいだ」
相馬先輩が言いました。
「さっき四切れありましたよね」
「時間が経てば物は減る」
「自然現象みたいに言わないでください」
「証拠はあるのか」
「口の端にカステラ付いてます」
相馬先輩が黙って口元を拭いました。
自白より強い物証でした。
私は残ったカステラを自分の側へ避難させて、ノートを開きます。
今日の見出し。
行政手続法第三条。
適用除外。
その文字を書いたところで、少し妙な気分になりました。
だって今は、昭和六十三年です。
この時代には、行政手続法そのものがまだありません。
今日、市役所で私たちは行政手続法を使って宮下さんを救ったわけではない。
駅前景観整備条例。
その施行規則。
市の審査。
そこを一つずつ見直しただけです。
けれど。
昨夜まで令和で行政書士試験を勉強していた私には分かります。
今日の事件は、将来の行政手続法を理解するには、とても都合がいい。
不謹慎なくらいに。
「先輩」
「何だ」
「もし今、行政手続法があったとしたら」
「また未来の妄想か」
「勉強です」
「似たようなもんだろ」
「違います」
私はノートの真ん中に、大きく一本線を引きました。
まず。
行政手続法第三条。
この条文は、行政手続法の規定をそのまま適用しない場面を列挙しています。
要するに、
行政が何かをする。
だから当然に行政手続法が全部かかる。
――とは限らない。
「適用除外って、言葉が怖いんですよね」
「何がだ」
「除外されると、急に無法地帯に放り出される感じがするじゃないですか」
「今日もそれ言ってたな」
「でも違うんです」
私はペンを走らせます。
行政手続法が適用されない。
それは、
法律が存在しない。
行政が自由にしていい。
住民には何も言えない。
という意味ではありません。
単に、
行政手続法という一般法のルールを、その場面にはそのまま適用しない。
ということ。
「じゃあ何を見る」
相馬先輩が聞きました。
「特別法とか、その制度ごとの法律とか、条例とか」
「今日みたいに?」
「そうです」
宮下さんの事件。
市が作った駅前景観整備条例に基づく登録制度。
行政手続法がある未来で考えるなら、まず気にしなければならないのは、
地方公共団体の機関がする処分だから除外、
ではありません。
そんな雑な覚え方をすると、試験で死にます。
「また死ぬのか」
「受験生は何度でも死にます」
「大変だな」
「他人事ですね」
地方公共団体について、重要なのは根拠です。
処分の根拠が、
条例または規則に置かれているのか。
それとも、
法律に置かれているのか。
ここで扱いが変わります。
私はノートに書きました。
地方公共団体の機関がする処分。
その根拠が条例または規則にある。
――行政手続法の適用除外。
逆に。
地方公共団体の機関がする処分でも、
その根拠が法律に置かれている。
――行政手続法が適用される。
「昨日まで、この二行が全然頭に入らなかったんですよ」
「何でだ」
「どっちも市役所がやるからです」
相馬先輩が腕を組みました。
「なるほどな」
「窓口の人も同じ。建物も同じ。通知書も市長名。なのに根拠条文で扱いが変わる」
ここが、行政法らしいところです。
見た目じゃなくて、法的な根拠を見る。
宮下さんの件は、市独自の条例に根拠を置く登録制度でした。
だから未来の行政手続法の下で考えるなら、
地方公共団体の条例・規則を根拠とする処分として、
行政手続法の適用除外になる。
「じゃあ昨日みたいに、理由を説明しなくてもいいのか」
相馬先輩が聞きました。
「そこが罠です」
「何が」
「行政手続法が適用されないからって、理由を説明しなくていいとは限らない」
地方公共団体は、それぞれ行政手続条例を整備していることがあります。
国の行政手続法と似た仕組みを、地方公共団体自身が条例で定める。
そうなれば、
国の行政手続法は直接適用されなくても、
地方の行政手続条例に従って手続を行うことになります。
今日の現場では、まだ行政手続法そのものがありません。
当然、それに対応する後世型の行政手続条例も前提にはできませんでした。
だから私たちは、
現にある景観条例。
施行規則。
審査の中身。
そこだけを使いました。
でも未来なら。
国の行政手続法が外れる。
はい終わり。
ではなく、
では地方公共団体の条例はどうなっているか。
そこまで見る必要があります。
「今日の宮下さん、そのままですね」
「何が」
「入口が違うだけで、道が消えたわけじゃない」
私はノートの端に書きました。
適用除外=無法状態ではない。
「試験でそう書くなよ」
片桐所長の声がしました。
「分かってます!」
「ならいい」
相変わらず油断ならない人です。
私は次の線を引きます。
地方公共団体には、処分以外にも重要な適用除外があります。
まず行政指導。
「これは根拠が条例とか法律とか関係あるんでしたっけ」
「自分で答えろ」
所長から返ってきました。
ですよね。
「地方公共団体の機関がする行政指導は、行政手続法の適用除外です」
ここは処分と違います。
処分の場合は、
条例・規則が根拠なら除外。
法律が根拠なら行政手続法が適用。
ですが。
地方公共団体の機関がする行政指導については、行政手続法の適用除外。
「根拠法令で分けない?」
「はい」
「面倒だな」
「受験生の代弁ありがとうございます」
さらに届出。
地方公共団体の機関に対する届出については、
その届出の根拠が条例または規則に置かれている場合に、行政手続法の適用除外。
逆に、
法律に根拠を置く届出なら、行政手続法が適用されます。
「処分と似てるな」
「そうです」
だから一緒に覚えると少し楽です。
処分と届出。
条例・規則根拠なら除外。
法律根拠なら適用。
行政指導。
地方公共団体のものは除外。
それから。
地方公共団体の機関が命令等を定める行為。
これについても、行政手続法の適用除外になります。
「命令等?」
「将来でいう、命令等制定手続です」
「また眠そうな単語が出てきたな」
「自覚あります」
私はまとめました。
地方公共団体については、
処分。
行政指導。
届出。
命令等制定。
全部同じ扱いではない。
「これ、試験でどう引っかけます?」
相馬先輩が聞きました。
「たとえば」
私は考えます。
市長が法律に基づいて処分した。
これは地方公共団体の機関がした処分だから、行政手続法は適用されない。
「これ、誤りです」
「なぜ」
「根拠が法律だから」
「じゃあ」
相馬先輩が続けます。
「市長が条例に基づいて処分した。行政手続法が適用される」
「誤り。条例根拠だから除外」
「地方公共団体の行政指導は、法律に基づいているなら行政手続法が適用される」
「それも誤り。行政指導は地方公共団体の機関がするものなら行政手続法の適用除外」
「急に面白くなってきたな」
「人を落とす側に回らないでください」
相馬先輩、問題を作る才能があります。
嫌な意味で。
でも。
行政手続法第三条の適用除外は、地方公共団体だけではありません。
ここからが本番です。
私はページをめくります。
「多いんですよねえ……」
「嫌そうだな」
「十六号ありますからね」
全部を、ただ丸暗記しようとすると辛い。
なので私は、今日の事件を起点に、
なぜ通常の行政手続法をそのまま使わない場面があるのか。
そう考えて整理することにしました。
最初。
国会や地方議会の議決によってされる処分。
裁判所や裁判官の裁判、または裁判の執行としてされる処分。
国会や地方議会の議決、同意、承認を経てされる処分。
「行政だけで完結してないものだな」
相馬先輩が言いました。
「そうですね」
国会。
議会。
裁判所。
行政手続法が通常想定する、
行政庁と国民との行政手続、
という枠組みから少し外れるものです。
次。
会計検査関係。
刑事事件に関する検察官などの処分や行政指導。
国税や地方税の犯則事件。
金融商品取引の犯則事件。
「刑事手続っぽいものも外す」
「そういうまとまりで見ると少し覚えやすいですね」
さらに。
学校。
講習所。
訓練所。
研修所。
教育や訓練の目的を達成するため、生徒や学生などにされる処分や行政指導。
「学校での処分って?」
「生徒に対する処分とかですね」
「何でも?」
「そこも雑に覚えると危ないです」
学校で行われたから全部除外、ではない。
教育目的を達成するために、学生、生徒、児童などに対してされるもの。
そこまで見る。
「場所だけで決めない」
「そうです」
次。
刑務所。
少年刑務所。
拘置所。
留置施設。
少年院など。
収容目的を達成するためにされる処分や行政指導。
「これも特殊な関係だな」
「はい」
さらに公務員。
公務員または公務員だった人に対し、
職務または身分に関してされる処分や行政指導。
「懲戒処分とか?」
「典型です」
免職。
停職。
減給。
戒告。
あるいは分限処分。
これらは行政手続法第三条の適用除外。
私は星印を付けました。
「ここ、行政不服審査法と混同しやすいところです」
「どう違う」
「行政手続法では、公務員の懲戒などは適用除外として覚える。でも行政不服審査法の適用除外と、同じ一覧ではない」
「全部セットじゃないのか」
「そこがいやらしい」
法律が違えば、適用除外も違う。
私は大きく書きました。
行政手続法の適用除外と、行政不服審査法の適用除外を混ぜない。
「たとえば?」
「今日の教材でいえば、公務員への身分・職務関係の処分。これは行政手続法のみの適用除外として押さえるところです」
ほかにも。
外国人の出入国。
難民認定。
帰化など。
こうした処分や行政指導も、行政手続法の適用除外。
「外国人関係は全部?」
「そこも言い切り注意です」
対象は条文で定められた出入国、難民認定、帰化など。
強い言葉で雑に広げると危ない。
そして次。
専ら人の学識技能に関する試験または検定の結果についての処分。
私はここに、ものすごく大きな丸を付けました。
「何だ」
「行政書士試験です」
「ああ」
「試験結果についての処分も適用除外」
「不合格だったら、行政手続法で理由聞けないのか」
「点数が低かったからです、で終わる気もしますけど」
受験生には刺さります。
ものすごく。
でも重要なのは、
試験そのものに関するあらゆる行政行為ではなく、
専ら人の学識技能に関する試験または検定の結果についての処分。
という点です。
また、
相反する利害を有する者同士の利害調整を目的として、法令に基づいてされる裁定その他の処分。
これも適用除外。
「何で?」
「一方の申請者と行政庁、という単純な形じゃなくて、対立する当事者同士の利害調整を行政がしているからでしょうね」
「双方を名宛人とするもの?」
「そうです」
そこも試験では大事です。
次。
公衆衛生。
環境保全。
防疫。
保安。
そうした公益に関する現場で、警察官など、法律上直接権限を与えられた職員がする処分や行政指導。
「現場でいちいち手続やってられない?」
「性質としてはそういう場面を想像すると分かりやすいですね」
たとえば緊急性のある現場。
そこで通常の事前手続を要求すると、公益を守れない。
ただし、
警察官がする処分なら全部除外。
ではない。
公衆衛生、環境保全、防疫、保安などの公益に関わる事象が発生し、または発生する可能性がある現場でされるもの。
要件があります。
「やっぱり“全部”って言うと大体間違うな」
「行政法は断言した人から落ちるゲームです」
「前にも聞いたぞ、それ」
「真理なので」
そして。
報告または物件の提出を命ずる処分など、
職務遂行上必要な情報収集を直接の目的としてされる処分や行政指導。
いわゆる行政調査に関するもの。
「調査も除外なのか」
「はい。情報収集を直接の目的とするものですね」
さらに。
審査請求。
再調査の請求。
その他の不服申立てに対する裁決や決定。
「行政不服審査の手続自体に、行政手続法を重ねない?」
「そう整理すると分かりやすいです」
不服申立てには、不服申立て独自の手続があります。
そこに一般的な行政手続法を重ねる必要はない。
そして最後。
その不服申立ての手続や、
聴聞。
弁明の機会の付与。
その他の意見陳述の手続の中で、
法令に基づいてされる処分や行政指導。
これも適用除外。
「手続の中の手続か」
「はい。入れ子みたいで嫌ですよね」
「法律はそういうの好きだな」
「受験生は嫌いです」
私は一度、ペンを置きました。
ここまででかなり多い。
でも。
今日の宮下さんの件を思い出すと、少しだけ見方が変わります。
行政手続法は、あらゆる行政活動に一枚の同じ手続をかぶせる法律ではない。
活動の性質によって、
別の手続体系がある。
特殊な関係がある。
緊急性がある。
内部的な身分関係がある。
別の不服手続がある。
だから、
一般法である行政手続法を、そのまま適用しない場面を切り分けている。
「つまり適用除外って」
私は言いました。
「逃げ道じゃないんですね」
「誰の」
「行政の」
適用除外。
そう書いてあると、
行政手続法の保障を逃れるための穴みたいに見えます。
でも本来は違う。
制度の性質上、
一般的な手続より別の仕組みになじむ場面を分けている。
その線引きです。
そして、その線引きを勘違いすると、
「行政手続法が適用されないから、何をしてもいい」
という雑な話になってしまう。
今日の宮下さんの件で、私たちが気をつけたのもそこでした。
未来の行政手続法を使えない。
だから諦める。
ではない。
現にある条例と規則を確認する。
審査の根拠を確認する。
評価に事実誤認がないか確認する。
そうやって進めた。
適用される法律が変われば、
使う道具が変わる。
権利そのものが消えるわけじゃない。
「じゃあ」
相馬先輩が言いました。
「行政手続法と行政不服審査法の適用除外、何が違う」
来ました。
本日の嫌な問題。
「全部暗記?」
「逃げるな」
「ですよね」
私はノートに二本の縦線を引きました。
行政手続法だけで適用除外になるもの。
その中には、
公務員の身分・職務に関する処分。
外国人の出入国・難民認定・帰化など。
相反する利害関係者の利害調整を目的とする処分。
公衆衛生・環境保全・防疫・保安などの現場処分。
情報収集を直接の目的とする処分。
不服申立てに対する裁決など。
聴聞や弁明などの意見陳述手続の中でされる処分。
こうしたものがあります。
「逆に、不服審査法だけ?」
「当事者の法律関係を確認したり形成したりする処分で、その処分についての訴えで当事者の一方が被告となるもの」
相馬先輩が眉間に皺を寄せました。
「分かりにくいな」
「でしょう」
「もっと人間の言葉にしろ」
「私に言わないでください。法律に言ってください」
でも。
この対比は試験では大事です。
行政手続法の適用除外と、
行政不服審査法の適用除外は、
重なるものもありますが、完全一致ではない。
「つまり」
私は書きました。
“適用除外”という単語だけで横断して覚えない。
法律ごとに確認する。
「それは大事そうだな」
「はい」
行政法は、
一度覚えたものを別の法律にそのまま持っていくと、よく事故ります。
取消し。
無効。
不服申立て。
訴訟。
行政手続。
似た言葉が、少しずつ違う顔で出てくる。
今日の適用除外も同じです。
私は最後に、地方公共団体のところへ戻りました。
「ここが今日の本題ですね」
ノートを指でなぞります。
地方公共団体の機関がする処分。
条例または規則を根拠とするもの。
行政手続法は適用除外。
法律を根拠とするもの。
行政手続法が適用される。
地方公共団体の行政指導。
行政手続法は適用除外。
地方公共団体への届出。
条例または規則根拠なら適用除外。
法律根拠なら適用。
地方公共団体の命令等制定行為。
行政手続法は適用除外。
「これ、どう覚える」
相馬先輩が聞きます。
私は少し考えました。
「まず“市役所だから除外”を捨てます」
「うん」
「処分と届出は、根拠を見る」
「法律か、条例・規則か」
「はい」
「行政指導は?」
「地方公共団体の機関がするものなら除外」
「命令等は?」
「地方公共団体の機関が定める行為は除外」
「まあまあ整理できたな」
「先輩が先生みたいな顔するのやめてもらえます?」
「実務十五年だぞ」
「急に説得力出さないでください」
片桐所長が帳簿を閉じました。
「一つ忘れるな」
「何です?」
「除外されるのは、行政手続法だ」
私はペンを止めました。
「……はい」
「その処分の根拠法まで消えるわけじゃない」
今日、何度も考えたことでした。
行政手続法が外れる。
だから、
根拠法もなくなる。
行政庁が自由になる。
ではない。
むしろ逆です。
行政手続法という一般的な枠組みが外れたなら、
その処分を直接支えている法律。
条例。
規則。
特別な手続。
そこを、もっと丁寧に見る。
宮下さんの事件では、
駅前景観整備条例。
その施行規則。
そこへ戻ったから、
審査に使われていた写真評価の雑さが見えました。
行政手続法がない昭和六十三年でも、
根拠をたどれば、雑な行政判断をほどくことはできた。
そして未来。
行政手続法ができても、
適用除外という言葉を見たところで思考停止してはいけない。
「法律って」
私は言いました。
「適用されるかどうか調べるだけでも、かなり仕事ですね」
「だから飯が食える」
相馬先輩が言いました。
「夢のない励まし方」
「現実的だろ」
「それはそうですけど」
私はノートの最後に、大きく線を引きました。
今日の一行の覚え書き。
――適用除外を見たら、「何もない」ではなく「次に何を見るか」を探す。
少し考えて、その下にもう一行。
――地方公共団体の処分と届出は、「誰がしたか」より「何を根拠にしたか」。
相馬先輩が覗き込みます。
「二行じゃねえか」
「今日は特別です」
「一行の覚え書きじゃなかったのか」
「法律が複雑なんです」
「法律のせいにするな」
所長が立ち上がり、残ったカステラを見ました。
「最後の一つ、誰が食う」
私と相馬先輩が同時に手を伸ばします。
「私です」
「俺だ」
「根拠は?」
「先輩だから」
「身分関係に関する処分ですか?」
「何だそれ」
「行政手続法三条九号です」
「俺は公務員じゃねえ」
「じゃあ適用除外になりません」
「そもそも何を適用する気だ」
所長がカステラを持ち上げました。
「じゃんけん」
「またですか」
「一番公平だ」
行政手続法より古く。
行政不服審査法より単純で。
そして恐ろしく即時性のある紛争解決手続。
じゃんけん。
「最初はグー」
三人で手を出します。
私はパー。
相馬先輩はグー。
「勝った!」
「待て」
「何です?」
「所長がチョキだ」
見ます。
チョキ。
私に勝っています。
「三すくみじゃないですか!」
「やり直しだ」
適用関係すら確定しませんでした。
私は笑いながら、もう一度拳を握ります。
行政手続法第三条。
昨日までは、ただの除外リストでした。
覚えるもの。
落としたら点を失うもの。
それだけ。
でも今は少し違います。
適用される法律を見極める。
適用されないなら、別の道を探す。
同じ市役所でも、
法律を背負って動くときと、
条例を背負って動くときがある。
その違いを見落とさない。
制度の冷たさは、
人を「対象」と「対象外」に分けます。
けれど。
その冷たい線を正確に引くからこそ、
「対象外だから、あなたには何も言う権利がありません」
という雑な話も止められる。
適用除外。
それは扉が消えることではありません。
扉が違う場所にあるということです。
そして行政法は、
たぶん。
その扉を探すための学問なのだと思います。
「最初はグー」
もう一度。
今度は私が勝ちました。
「よし!」
「喜びすぎだろ」
「適法な手続による正当な取得です」
「カステラ一切れで大げさだな」
私は最後の一切れを半分に割りました。
「何だ、くれるのか」
「半分だけです」
「理由は?」
「今日はいっぱい教えてもらったので」
相馬先輩が少しだけ黙りました。
「……そういうのは先に言うな。食いにくい」
「じゃあ返してください」
「それは嫌だ」
即答。
私は笑いました。
窓の外には、昭和六十三年の夕暮れ。
まだ行政手続法のない町。
けれど。
そこにはもう、
いつかその法律が必要になる理由が、
あちこちに転がっているのでした。
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