[憲法25条・生存権]現場編 「憲法は努力目標ですから」の罠。プログラム規定の壁と、最低限度の生活を守る法律
人は、パンだけでは生きられません。
でも。
パンすら買えない人に、
「文化的に生きてください」
と言うのは、たぶん少し残酷です。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
「憲法って」
私は、机の上の六法を眺めながら言いました。
「意外と変わらないんですね」
「何がだ」
向かいの机で、相馬先輩が新聞から顔を上げます。
「条文です」
「憲法なんだから、そうそう変わるか」
「そうじゃなくて」
日本国憲法。
昭和二十一年公布。
そして、私がいた現代まで。
一字一句、改正されていません。
つまり。
昭和六十三年の六法に載っている憲法と、
未来で私が行政書士試験のために読んでいた憲法は、
同じです。
「行政法みたいに、制度改正で地雷踏まなくていいんですよ」
「何の話だ」
「こっちの話です」
旧行政不服審査法で、
三か月。
と言いかけて、
六十日。
と訂正するような悲劇は起きません。
憲法は変わっていない。
これは転生受験生にとって、かなりありがたい。
私は上機嫌で六法を閉じました。
「憲法、楽勝かもしれません」
その瞬間。
事務所の戸が開きました。
「すみません」
女性の声でした。
「ここで、役所に出す書類を作ってもらえるって……」
私は顔を上げました。
四十歳くらいでしょうか。
痩せた女性。
古い茶色のコート。
そして。
隣には、小学校低学年くらいの男の子が立っていました。
赤いランドセルを背負っています。
でも。
季節は十一月。
その子が履いていた靴は、
つま先のところが裂けていました。
「どうぞ」
片桐所長が言いました。
「座ってください」
女性は何度も頭を下げました。
「西村佳代と申します」
「ご相談は」
「生活保護のことで」
私は背筋を伸ばしました。
生活保護。
憲法二十五条。
生存権。
まさか。
さっきまで、
憲法は楽勝。
なんて言っていたところへ、
本物の二十五条が歩いてくるとは思いませんでした。
西村さんは、夫を二年前に亡くしていました。
小学二年生の息子と二人暮らし。
駅から少し離れた古い長屋。
昼間は食堂で働き、
夜は旅館の洗い場に入っていた。
ところが。
「食堂が先月、閉めちゃって」
「夜の仕事は?」
「まだあります。でも毎日は入れません」
「収入は」
西村さんが小さな封筒を出しました。
給与袋。
相馬先輩が中身を確認します。
「これだけか」
「はい」
「貯金は?」
「ありません」
「親族は」
「実家とは……もう」
そこで言葉が止まりました。
私は聞き返しませんでした。
代わりに片桐所長が尋ねます。
「市役所には相談しましたか」
「行きました」
「申請は?」
「それが……」
西村さんが鞄から紙を出しました。
申請書ではありません。
市役所の相談窓口で渡された、
生活状況を書き込むための用紙。
「申請させてもらえなかった?」
相馬先輩の声が少し低くなりました。
「いえ……申請するなとは言われてません」
「じゃあ何て?」
西村さんは迷いました。
そして。
「まだ若いんだから働けるでしょうって」
私は黙りました。
「それから」
「はい」
「子どもが一人だけなら、何とかなるでしょうって」
「……はい」
「親戚に頭を下げなさいって」
「はい」
「近所の人も、みんな苦しいんだからって」
相馬先輩の新聞が、
ぱさり。
と机に落ちました。
「それ、誰が言った」
「福祉の窓口の方です」
「名前は」
「覚えていません」
西村さんは慌てて言いました。
「でも、悪い人じゃないんです」
「悪い人かどうかは聞いてねえ」
「相馬」
片桐所長が止めました。
西村さんは俯きました。
「私も、そう思うんです」
「何をです?」
私が聞きました。
「みんな苦しいんだから」
その言葉。
妙に昭和の空気に馴染んでいました。
我慢する。
迷惑をかけない。
親戚を頼る。
近所の目を気にする。
役所の世話には、なるべくならない。
「女手一つでも働いてる人はいるって言われました」
「……」
「生活保護を受けたら、子どもが学校で何か言われるかもしれないし」
隣の男の子は、
何も言いません。
膝の上に置いた両手を見ています。
私は、その靴をもう一度見ました。
裂けたつま先。
「ご飯は食べてますか」
思わず聞きました。
西村さんが笑いました。
「食べてますよ」
少し間。
「私は」
その二文字で。
事務所の空気が変わりました。
「お母さん」
男の子が小さな声で言いました。
「言わなくていいよ」
「大丈夫だから」
「でも」
「大丈夫」
その大丈夫が、
大丈夫じゃない人の言い方でした。
私は六法を開きました。
憲法第二十五条。
知っています。
暗記しています。
現代と同じです。
――すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
これだ。
「所長」
「何だ」
「二十五条があります」
「ああ」
「だったら――」
言いかけました。
国には、
西村さんを健康で文化的な最低限度の生活にする義務がある。
だから憲法二十五条を直接ぶつければいい。
でも。
片桐所長は、私が最後まで言う前に聞きました。
「それで何を請求する」
「え?」
「二十五条を根拠に、具体的に何を請求する」
「生活できるだけのお金を」
「いくらだ」
「それは……」
「誰が決める」
「国が」
「どういう基準で」
「……」
詰まりました。
相馬先輩がこちらを見ます。
「憲法に金額書いてあるか?」
「ありません」
「米何升って書いてあるか」
「ありません」
「家賃いくらまでって?」
「ありません」
「ないです」
そう。
二十五条には、
健康で文化的な最低限度の生活。
としか書いていない。
では。
健康とは。
文化的とは。
最低限度とは。
一体いくらなのか。
東京と地方で同じなのか。
一人暮らしと子育て世帯で同じなのか。
病気の人は。
障害のある人は。
高齢者は。
冬の寒冷地なら。
物価が上がったら。
社会の生活水準が変わったら。
憲法の一行だけでは決まりません。
「朝比奈」
相馬先輩が言いました。
「二十五条だけ握って役所行って、『この親子に金を出せ』って怒鳴るつもりか」
「……ちょっとだけ」
「三流だ」
「ぐっ」
片桐所長まで言いました。
「憲法論を振り回すのは三流だ」
「所長まで」
「憲法は最後に抜く」
「最後?」
「先に見るものがある」
私は気づきました。
「生活保護法」
所長が頷きます。
「そうだ」
憲法二十五条がある。
そして。
その理念を具体化するための法律がある。
生活保護法。
つまり。
西村さんが今、役所に求めるべきなのは、
漠然と、
「憲法二十五条で生活を保障してください」
ではない。
具体化された法律の要件に沿って、
生活保護の申請をすること。
その申請について、
法に従った判断を求めること。
「じゃあ」
私は言いました。
「二十五条って、直接は使えないんですか」
「そう単純でもない」
所長が言いました。
「え?」
「だから憲法は面倒なんだ」
相馬先輩が笑いました。
「楽勝なんだろ?」
「さっきの私を殴りたい」
午後。
市役所。
福祉担当課。
そして。
「また皆さんですか」
いました。
沢渡課長。
「課長、総務じゃなかったんですか」
「庁内調整です」
「便利な言葉ですね」
「朝比奈さんほどではありません」
何が便利なのか分かりません。
机の向こうには、福祉担当の職員もいました。
西村さん本人も一緒です。
片桐所長が静かに言いました。
「西村佳代さん。生活保護の申請意思があります」
福祉担当者が困った顔をしました。
「もちろん、申請を拒否するつもりはありません」
「なら受けてください」
「ただ」
来ました。
役所の「ただ」。
だいたい、この後に壁があります。
「西村さんはまだ四十代です」
「はい」
「就労可能です」
「夜間の仕事は続けています」
「もっと働くことも検討していただかないと」
「それは保護の要否判定とは別に確認してください」
片桐所長の声は静かでした。
担当者が続けます。
「ご親族への相談も必要です」
「必要な調査はしてください」
「地域では、皆さん親族同士で助け合っています」
相馬先輩の眉が動きました。
「地域?」
「はい」
「法律の話に地域の空気を混ぜんな」
「相馬」
所長が止めます。
沢渡課長が口を開きました。
「相馬さん。行政としては、制度の適正な運用を考えなければなりません」
「適正って何だ」
「限られた財源です」
「だから?」
「自助、親族扶養、地域での支え合い。それらを確認した上で公的扶助を考えるのは当然でしょう」
「法律上必要な確認ならしろ」
相馬先輩が言いました。
「世間体で追い返すな」
部屋が静かになりました。
「追い返してはいません」
沢渡課長の声は変わりません。
「相談をしています」
「申請書は渡したか」
「本人の状況を伺った上で――」
「申請意思はある」
「ですから、今ここで確認しています」
この人は。
やっぱり強い。
露骨に違法なことは言わない。
「生活保護なんて恥ずかしいですよ」
なんて絶対に言わない。
でも。
若い。
働ける。
親戚を頼れ。
みんな苦しい。
地域の支え合い。
そういう言葉を一枚ずつ重ねる。
そして最後に、
本人が自分から諦めるのを待つ。
私は昭和に来て、
何度もこの空気を感じました。
禁止はしない。
命令もしない。
でも、
「普通はそうしない」
という空気で、人を動かす。
法律より重い。
世間。
西村さんが小さく言いました。
「やっぱり……」
私は横を見ました。
「私、もう少し働いてみます」
「西村さん」
「迷惑かけるのも嫌ですし」
その瞬間。
頭の中で何かが切れました。
「迷惑じゃありません」
思ったより強い声が出ました。
全員が私を見ます。
「朝比奈さん」
沢渡課長が言いました。
「制度には限界があります」
「分かっています」
「憲法二十五条を持ち出しても、国が個々人に無制限の給付義務を負うわけではありません」
来た。
正しい。
だから厄介です。
「健康で文化的な最低限度の生活」という言葉は抽象的。
具体的な制度設計には、
財政。
社会情勢。
専門的判断。
政策判断。
広い裁量がある。
最高裁も、
二十五条から直ちに個々人の具体的な給付請求権が出てくる、
なんて単純な立場は取っていない。
昭和二十三年。
食糧管理法違反事件。
国家の責務を宣言したもの。
個々の国民に対して直接具体的、現実的な権利を与えたものではない。
いわゆる、
プログラム規定説。
だから。
「憲法に書いてあるんだから金を出せ」
だけでは勝てない。
分かっています。
そして私は、
そこで一度絶望しかけました。
憲法二十五条。
あんなにはっきり、
権利を有する。
と書いてあるのに。
現場へ持ってくると、
抽象的。
政策判断。
財政。
立法裁量。
そんな分厚い壁に囲まれる。
条文は現代と一字一句同じ。
でも。
昭和の空気は、
その条文の上に、
「我慢」
「世間体」
「家族で何とかしろ」
という重石を何枚も載せてくる。
これでは。
二十五条なんて。
本当にただの標語じゃないか。
そう思いかけたとき。
思い出しました。
朝日訴訟。
堀木訴訟。
そして。
現代の憲法テキストで何度も見た言葉。
――裁量の逸脱・濫用。
「……違う」
私は呟きました。
「何がです?」
沢渡課長が聞きました。
「二十五条だけで、具体的な金額を直接請求できるかどうかと」
私は顔を上げました。
「行政が何をしてもいいかどうかは、別の話です」
沢渡課長の目が細くなりました。
相馬先輩が、
少しだけ笑いました。
「続けろ」
「はい」
私は鞄から生活保護法を出しました。
「もう法律があります」
「ええ」
「憲法二十五条の理念を具体化する法律が」
「ありますね」
「だったら行政は、その法律に従って判断するんですよね」
「当然です」
「世間体じゃなく」
「……」
「地域の空気でもなく」
沢渡課長は黙っています。
「申請するのが恥ずかしいかどうかでもない」
私は西村さんを見ました。
そして。
もう一度、沢渡課長へ向き直ります。
「生活保護法の要件に該当するかどうかです」
「それは否定していません」
「なら申請を受けて、調査して、法に従って決定してください」
「そのつもりです」
「就労可能性も」
「確認します」
「親族関係も」
「確認します」
「収入も資産も」
「当然です」
「全部やってください」
私は言いました。
「でも、その前に『若いんだから』『近所も頑張ってる』『親戚に頭を下げろ』で本人に申請を諦めさせるのは違います」
沢渡課長の指が止まりました。
「朝比奈さん」
「はい」
「言葉を選んでください」
「選んでます」
相馬先輩が横から言いました。
「かなり選んでこれだ」
「先輩は黙っててください」
「何でだよ」
片桐所長が一枚の紙を机に置きました。
「課長」
「これは?」
「意見書です」
来た。
所長が昨夜から作っていたもの。
私も資料を集めました。
相馬先輩は西村さんの収入、家賃、就労状況、資産、家族状況を確認しました。
そして。
最後に置いたのが、
憲法二十五条。
「憲法論を振り回すのは三流だ」
所長は言いました。
「だが」
沢渡課長を見る。
「下位の行政運用が、憲法の理念を骨抜きにするなら話は別だ」
沢渡課長が意見書を読み始めました。
長くはありません。
生活保護法に基づく申請意思。
現在の収入状況。
扶養関係。
就労状況。
そして、
法定要件によらない事実上の申請抑制が行われるなら、
憲法二十五条の趣旨およびそれを具体化した生活保護法の適正な運用との関係で重大な問題を生じ得る。
さらに。
行政に裁量が認められる場面であっても、
裁量は無制限ではない。
著しく合理性を欠く判断。
考慮すべき事情を考慮しない判断。
法の目的と無関係な社会的評価や慣習を重視した判断。
それらが許されるわけではない。
「……朝日訴訟まで入れましたか」
沢渡課長が言いました。
「当然です」
所長が答えます。
「堀木も?」
「昭和五十七年だ。もう出ている」
「よく調べていますね」
「仕事ですから」
そう。
ここは昭和六十三年。
堀木訴訟の最高裁判決は、すでに存在しています。
健康で文化的な最低限度の生活。
その具体化には、
広い立法裁量が認められる。
でも。
だからといって、
憲法二十五条が完全に無意味になるわけではない。
著しく合理性を欠き、
明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ない場合まで、
裁判所が目を閉じるわけではない。
「課長」
私は言いました。
「二十五条は、役所の窓口で『何円ください』って直接言える小切手じゃない」
「ええ」
「でも」
一度、息を吸います。
「白紙委任状でもありませんよね」
沢渡課長が私を見ました。
その目が少し変わりました。
怒ったわけではない。
困ったわけでもない。
計算している。
この人がいつもする顔。
このまま運用した場合。
正式な申請拒否と評価される危険。
生活保護法との整合。
憲法二十五条の趣旨。
裁量統制。
後から不服申立てや訴訟になった場合。
記録に何が残るか。
そして何より。
「若いから」
「地域では皆そうしているから」
という言葉が、
法的判断の理由としてどこまで耐えられるか。
「……分かりました」
沢渡課長が言いました。
福祉担当者を見る。
「申請書を」
「課長」
「本人に申請意思があります」
「はい」
「受理して、必要な調査をしてください」
西村さんが顔を上げました。
「いいんですか」
その言葉に、
相馬先輩が露骨に嫌な顔をしました。
「いいも悪いもねえ」
「相馬」
「申請するだけだろ」
先輩は西村さんを見ました。
「通るかどうかは調査して決める。働けるなら、そのことも見る。収入も見る。親族も見る。全部見る」
「はい」
「でも」
相馬先輩が机を指で叩きました。
「申請する前から恥じる必要はねえ」
西村さんの目が赤くなりました。
相馬先輩は、
そういう顔を見るのが苦手です。
すぐ横を向きました。
「世間の常識?」
吐き捨てるように言います。
「俺たちが守ってんのは法律だ」
沢渡課長が眼鏡を直しました。
「相馬さん」
「何だ」
「役所も法律を守っています」
「なら問題ねえな」
「あなたとは、いつも言い方の問題が残りますね」
「中身が合ってりゃいいだろ」
「行政はそうはいきません」
「面倒くせえな」
「あなたにだけは言われたくありません」
珍しい。
沢渡課長が少しだけ怒っています。
二週間後。
西村さんが事務所へ来ました。
今度は一人です。
「決まりました」
封筒を両手で持っています。
片桐所長が中を確認しました。
必要な調査を経て、
保護開始。
もちろん。
憲法二十五条を見せたから、
自動的に生活保護が認められたわけではありません。
そこは大事です。
収入。
資産。
就労状況。
扶養関係。
生活状況。
具体的な法律の要件に沿って調査され、
その結果として決まった。
憲法は、
申請書の代わりにはなりません。
生活保護法の代わりにもならない。
でも。
役所の窓口が、
法律ではなく、
世間体で扉を閉じようとしたとき。
その一番後ろに立って、
「そこから先は駄目だ」
と言えるものがある。
それが最高法規なのだと。
私は少しだけ分かった気がしました。
「息子さんは?」
私が聞きました。
「学校です」
西村さんが笑います。
「靴、買いました」
「あ」
「気づいてたでしょう」
「……はい」
「新しいの」
西村さんは少し恥ずかしそうに言いました。
「青いのがいいって」
「いいですね」
「それと」
「はい」
「昨日、久しぶりに三人前のカレー作りました」
「二人なのに?」
「息子がおかわりするから」
「ああ」
それだけでした。
高級料理でもない。
旅行へ行ったわけでもない。
豪華な服を買ったわけでもない。
新しい靴。
カレーのおかわり。
たぶん、
健康で文化的な最低限度の生活という言葉は、
六法で読むと大げさに見えます。
でも。
現場では、
案外そういうものなのかもしれません。
◇
その日の夕方。
市役所から電話がありました。
「はい、片桐行政書士事務所です」
『沢渡です』
「課長」
『朝比奈さんですか』
「はい」
『西村さんの件ですが』
「決定、聞きました」
『そうですか』
「ありがとうございました」
『礼を言われることではありません。要件に従って判断しただけです』
「課長らしい」
『それと』
「はい」
『福祉窓口の相談対応について、課内で確認することになりました』
「確認?」
『申請意思がある方に対して、相談と申請抑制の境界が曖昧になっていないか』
私は受話器を握り直しました。
「……西村さんだけじゃなかったんですね」
『個別案件については答えません』
「そこは相変わらず」
『ただ』
沢渡課長が続けました。
『行政としても、世間体を法的要件にするつもりはありません』
「だったら最初から――」
『現場は、条文だけでは動きません』
「……」
『ですが、条文から離れすぎてもいけない』
少し間がありました。
『その確認です』
「はい」
『では』
電話が切れました。
私は受話器を置きました。
「何だって?」
相馬先輩が聞きます。
「窓口対応を見直すそうです」
「へえ」
「相談と申請抑制の境界が曖昧じゃないかって」
「沢渡らしいな」
「何がです?」
「間違ってましたとは絶対言わねえ」
「確かに」
片桐所長は帳簿から顔を上げませんでした。
「それでいい」
「いいんですか」
「役所に謝らせるのが仕事じゃない」
「じゃあ何です?」
「次から同じことをさせないことだ」
なるほど。
私は自分の机に戻りました。
六法を開きます。
憲法第二十五条。
朝と同じ文章。
一字一句、
変わっていません。
昭和六十三年でも。
未来でも。
条文は同じです。
なのに。
朝とは、まるで違って見えました。
「所長」
「何だ」
「憲法って、使いにくいですね」
「そうだ」
「もっと否定してくださいよ」
「事実だ」
「二十五条だけじゃ、具体的に何円給付しろとか言えない」
「そうだ」
「政策判断もある」
「ああ」
「立法裁量も広い」
「ああ」
「判例も、直接具体的な請求権を簡単には認めてない」
「そうだ」
「じゃあ弱いじゃないですか」
片桐所長が、
そこで初めて顔を上げました。
「弱いか?」
私は止まりました。
「……」
「今日、役所が最後に見たのは何だ」
生活保護法。
もちろんそれもあります。
でも。
その法律が、
何のためにあるのか。
行政が、
どこへ向かって運用しなければならないのか。
その一番上。
「憲法」
「そうだ」
所長は言いました。
「刀は、毎日振り回すから強いんじゃない」
「……」
「抜かなくても、そこにあるから強い」
ずるい。
たまにこの人、
妙に格好いいことを言います。
「先輩」
「何だ」
「今の聞きました?」
「聞いた」
「格好よかったですよね」
「本人の前で言うな。調子に乗る」
「乗らん」
所長が即答しました。
「聞こえてますよ」
「聞かせてんだよ」
私は笑いました。
そして六法の二十五条を指でなぞりました。
健康で文化的な最低限度の生活。
抽象的です。
曖昧です。
それだけで、
明日の家賃が振り込まれるわけでもない。
カレーが鍋に湧いてくるわけでもない。
青い靴が空から降ってくるわけでもない。
だから。
法律がいる。
制度がいる。
予算がいる。
行政がいる。
そして、
それら全部が人を忘れそうになったとき。
憲法がいる。
私は今日の教訓を、
ノートの端に小さく書きました。
――二十五条は給付の小切手じゃない。でも、行政への白紙委任状でもない。
「何書いた」
相馬先輩が覗き込みます。
「今日の教訓です」
「長い」
「内容が大事です」
「もっと短くしろ」
「じゃあ」
少し考えて、
その下に書きました。
――生存権は、標語で終わらない。
「抽象的だな」
「憲法二十五条なので」
「うまいこと言った顔すんな」
「ちょっとだけ上手かったでしょう」
「気のせいだ」
またそれです。
私はノートを閉じました。
窓の外では、
夕暮れの商店街を、
ランドセルを背負った子どもたちが走っていました。
その中に。
青い靴があるかどうかは、
ここからでは分かりません。
でも。
たぶん明日の朝。
一人の子どもが、
つま先を隠さず学校へ行ける。
憲法というものは。
案外、
そういう小さなところで、
人を守っているのかもしれません。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




