[憲法23条・学問の自由]現場編 「地元の和を乱す研究ですので」の罠。昭和の“世間”が封じようとした過去と、たった一行の最高法規
学問というのは。
正しい答えを見つける自由より先に、
「何を調べるか」を誰にも決められない自由なのかもしれません。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
「研究を、やめろと言われました」
その日の相談者は、開口一番そう言いました。
私は思わず鉛筆を止めました。
「……誰にですか?」
「市役所です」
「市役所が、研究を?」
「正確には」
男は膝の上に置いた鞄から、一枚の紙を取り出しました。
「市の施設を使わせない、と」
名前は、
水野浩一。
三十四歳。
隣町豊橋市にある愛知大学で地域史を研究している非常勤講師でした。
専門は近現代史。
その水野さんが半年ほど前から調べていたのが、
湖西市の戦時中の歴史でした。
「昭和十八年から二十年にかけて、この地域に沢山の軍需工場があったんです」
「はい」
「そこへ、県外から動員された若者が大勢働きに来ていた」
水野さんは鞄から古い写真を出しました。
中島飛行機 浜松製作所。三菱重工業 浜松工場。
そして東洋一の兵器工場、豊川海軍工廠。
白黒写真。作業服姿の若い男女。
「この人たちが、戦争末期にどういう生活をしていたのか。工場閉鎖後、どうなったのか。それを調べています」
「資料は残ってるんですか?」
「断片的に」
古い新聞。
町内会の記録。
工場関係者の日記。
そして。
「生きている人から、証言を集めています」
聞き取り調査。
オーラルヒストリーという言葉が、頭に浮かびます。
「それで、市の施設を?」
「公民館の会議室を借りて、聞き取り会を開こうと思いました」
高齢者に来てもらう。
当時の記憶を語ってもらう。
録音する。
研究資料として整理する。
そのために、市立中央公民館の小会議室の使用を申し込んだ。
「最初は、空いていると言われました」
「はい」
「ところが研究内容を説明したら、数日後に断られました」
水野さんが紙を差し出します。
私は読みました。
正式な不許可通知というより、
施設利用についての回答書でした。
そこには、
――地域住民相互の融和及び施設運営上の秩序に配慮し、今回の利用については再考をお願いしたい。
とあります。
「……再考?」
「要するに、使うな、です」
「でも、使用不許可とは書いてない」
「電話では、申請しても許可できないと言われました」
なるほど。
嫌な形です。
正式に処分すると、理由が問われる。
だから申請前に、
やめてもらう。
行政指導。
あるいは、
その少し手前。
昭和の役所が大好きそうな、
「お願い」。
「理由は聞きました?」
「聞きました」
水野さんは苦笑しました。
「地元の和を乱すそうです」
「……和」
「戦争中のことを今さら掘り返す必要があるのか、と」
私は黙りました。
「町には、昔の工場関係者もいます。町内会の役員だった家もある。亡くなった人の名誉に関わる話が出るかもしれない」
「だから?」
「市としては、住民同士が対立するような研究に施設を貸すのは望ましくない、と」
そこで。
奥の机から、
ぱたん。
と帳簿を閉じる音がしました。
相馬先輩です。
「誰が言った」
「え?」
「その寝言だよ」
「先輩」
「誰が言った」
水野さんが少し戸惑います。
「市役所の……沢渡課長という方です」
「あいつか」
相馬先輩が立ち上がりました。
「行くぞ」
「まだ五分しか相談してませんけど」
「十分だ」
「早いですよ」
「研究内容が気に入らねえから施設を使わせねえ。話は単純だろ」
「単純に決めつけないでください」
片桐所長がこちらを見ました。
「こはる」
「はい」
「何が問題だ」
来ました。
抜き打ち口頭試問。
「まず、公民館の利用条件です」
「うん」
「条例や規則で、どんな場合に使用を断れるのか確認します」
「うん」
「その上で、本当に施設管理上の問題なのか。それとも――」
私は水野さんを見ました。
「研究内容そのものを理由に排除しているのか」
片桐所長が頷きます。
「そこだ」
相馬先輩が煙草をくわえました。
「で?」
「で?」
「それだけか」
「まだ何か?」
「研究だぞ」
研究。
その二文字で。
私の頭の奥から、
一つの条文が出てきました。
驚くほど短い条文。
行政書士試験の受験生だったころ、
私は一瞬で覚えました。
短いから。
それだけでした。
「……憲法二十三条」
私は呟きました。
相馬先輩がにやりとします。
「やっと起きたか」
学問の自由は、これを保障する。
たった、それだけ。
条文番号。
二十三条。
文章もそのまま覚えています。
というか。
「……同じだ」
「何が」
「条文」
私は立ち上がりました。
「昭和六十三年でも、同じなんだ」
「当たり前だろ」
相馬先輩が怪訝そうな顔をします。
そう。
当たり前。
日本国憲法は、
私がいた時代まで一度も改正されていません。
だから。
昭和六十三年の二十三条も。
現代の二十三条も。
一字一句、同じ。
学問の自由は、これを保障する。
なのに。
目の前では、
「地元の和」。
「昔のことを掘り返すな」。
「町のためにならない」。
そんな言葉が、
研究内容を選別する理由になろうとしている。
条文は同じなのに。
空気が違う。
空気が、
重い。
「所長」
「何だ」
「憲法、使えますよね」
片桐所長は、すぐには答えませんでした。
水野さんが私を見ます。
「憲法……ですか?」
「はい」
「そんな大げさな」
その言葉に。
私は少しだけ、
昔の自分を見ました。
憲法なんて実務で使うの?
行政書士が憲法?
裁判でもないのに?
そんなふうに思っていた自分。
片桐所長が静かに言いました。
「憲法を最初から振り回す行政書士は三流だ」
「ですよね」
「条例で片づくなら条例で片づける」
「はい」
「規則で片づくなら規則で片づける」
「はい」
「行政側の運用ミスなら、そこを直させる」
「はい」
「だが」
所長の声が少し低くなりました。
「役所が人の思想や研究内容を見て、権利を制限し始めたなら話は別だ」
相馬先輩が煙草を灰皿へ押しつけます。
「最高法規まで行くぞ」
私は頷きました。
市役所二階。
総務課。
「学問の自由、ですか」
沢渡課長は、
私たちが持ち込んだ話を聞いても眉一つ動かしませんでした。
「少し大げさではありませんか」
「俺もそう思う」
相馬先輩が言いました。
「だったら話は早い。普通に貸せ」
「そういう意味ではありません」
「知ってる」
相変わらず会話の当たりが強い。
沢渡課長は私たちに向き直りました。
「市は、水野さんの研究を禁止していません」
「はい」
私は答えました。
「研究をやめろとも命令していない」
「はい」
「論文を発表するなとも言っていない」
「はい」
「ならば、学問の自由を侵害しているというのは飛躍でしょう」
強い。
やっぱりこの人、
簡単には崩れません。
「公民館は市の施設です」
沢渡課長が続けます。
「多数の住民が利用します。利用によって地域住民間の対立が生じるおそれがある場合、市として一定の配慮をすることは当然です」
「公共の福祉?」
私が聞きました。
「そういう言い方もできるでしょう」
出た。
公共の福祉。
憲法を勉強し始めた人が、
人権を制限するとき何でも入れられる魔法の箱だと思いがちな言葉。
そして役所にとっても、
使い方を間違えると、
とても便利な言葉。
「地元から反対が出ているんですか?」
私は聞きました。
「懸念は聞いています」
「何件?」
「件数の問題ではありません」
「誰が?」
「それは申し上げられません」
「具体的に、何が起きると予想しているんです?」
「過去の責任問題に発展する可能性があります」
「暴力沙汰?」
「そこまでとは言っていません」
「施設を壊す?」
「そういう話でもありません」
「大声で騒ぐ?」
「朝比奈さん」
「じゃあ何です?」
沢渡課長が眼鏡の奥から私を見ました。
「地域の感情です」
地域の感情。
その言葉が、
やけに重く聞こえました。
「戦後四十年以上たっています。ようやく地域で落ち着いている話を、外から来た研究者が掘り返す」
「外から来た」
「事実でしょう」
「それが利用拒否の理由になるんですか」
「単独ではなりません」
即答。
やはり沢渡課長は、
雑な人ではありません。
「ただし施設管理者として、利用目的、内容、予想される影響を総合的に考慮することはあります」
なるほど。
露骨に、
「気に入らない研究だから駄目」
とは言わない。
地域感情。
秩序。
施設管理。
公共の福祉。
全部を重ねる。
その結果、
研究者に、
今回はやめてください。
と言う。
昭和の同調圧力というのは、
怒鳴り声ではありません。
もっと静かです。
もっと丁寧です。
お願いという形をしている。
だから怖い。
「課長」
私は言いました。
「仮に研究テーマが違ったらどうです?」
「違った?」
「この町の祭りの歴史」
「内容によります」
「郷土料理の変遷」
「それも内容によります」
「駅前商店街の発展史」
「朝比奈さん」
「たぶん貸しますよね」
沢渡課長は答えません。
「今回問題になっているのは、会議室の使い方じゃない」
私は続けました。
「戦時中の軍需工場について証言を集める、という研究内容ですよね」
「その内容が地域に与える影響も――」
「それです」
私は言いました。
「行政が研究内容の価値を判断している」
空気が変わりました。
沢渡課長の目が、
少しだけ細くなります。
「価値判断ではありません」
「じゃあ聞きます」
私は机の上に置かれた回答書を指しました。
「水野さんの研究が、町にとって好ましい内容だったら貸す」
「そうは言っていません」
「町にとって不都合な過去を掘り返す研究だから、住民感情に配慮して貸さない」
「そういう単純な話でもありません」
「でも」
私は一度、息を吸いました。
「研究内容を見て、行政が利用可否を変えているなら、その時点で憲法二十三条の問題になります」
沢渡課長は黙りました。
「学問の自由は」
私は言います。
「結論が町にとって気持ちいいかどうかで保障されるものじゃありません」
相馬先輩が横から口を挟みます。
「そもそも研究ってのは、昔のことを掘り返す仕事だろ」
「言い方」
「違うか?」
「違いませんけど」
「昔のことを掘り返すなって歴史研究者に言ったら、何調べんだ。来年の祭りか」
沢渡課長がため息をつきました。
「相馬さん。私は研究そのものを否定していません」
「だったら施設管理の話に戻せ」
「戻しています」
「なら聞く。何が管理上危険なんだ」
沈黙。
「人が集まる?」
「公民館だから集まるだろ」
「録音する?」
「会議室でテープ回すだけだ」
「昔の話をする?」
「会議室ってのは話する場所だろ」
相馬先輩が身を乗り出しました。
「結局よ」
低い声。
「気に入らねえのは、話の中身じゃねえか」
「気に入らないなどとは――」
「世間の常識?」
相馬先輩が鼻で笑いました。
「俺たちが守ってんのは法律だ」
出ました。
特攻隊長。
私は心の中で拍手しました。
でも。
沢渡課長はまだ崩れません。
「では、朝比奈さん」
「はい」
「学問の自由なら、何をしても許されると?」
「いいえ」
即答しました。
「そこは違います」
研究だから無敵。
大学だから治外法権。
学問の自由だから何でもできる。
そんな話ではありません。
「たとえば」
私は言いました。
「研究活動でも、他人の生命や身体を侵害していいわけじゃない。危険な研究なら規制の問題も出ます」
「でしょう」
「施設利用でも同じです。収容人数を超える。火を使う。騒音が出る。他の利用者に具体的な危険がある。そういう中立的な管理上の理由なら、制限はあり得ます」
「では今回も――」
「今回、何があります?」
沢渡課長が止まりました。
「水野さんは、小会議室に十数人集めるだけです」
「ええ」
「火は使わない」
「ええ」
「演説会でもない」
「予定上は」
「政治団体の集会でもない」
「そうですね」
「研究対象者への聞き取りです」
「はい」
「なのに、問題だという」
私は回答書を指で押さえました。
「理由は、研究テーマが地域の過去の対立に触れるから」
沈黙。
「それって」
私は言いました。
「本当に施設管理ですか?」
沢渡課長は答えませんでした。
事務所へ戻ってから。
私たちは資料を広げました。
「意見書を出す」
片桐所長が言いました。
「はい」
「憲法だけで殴るな」
「殴るって言い方」
「順番を作れ」
私は紙を一枚取りました。
まず。
公民館利用に関する条例・規則。
使用拒否事由。
今回の利用方法が、具体的にどの拒否事由へ当たるのか。
次。
行政判断の合理性。
抽象的な「地域感情」だけで利用を制限できるのか。
次。
平等な施設利用。
他の歴史研究や文化活動との扱いに差があるのか。
そして最後。
憲法二十三条。
学問の自由。
「研究の自由だけですか?」
私が聞くと、所長が首を振りました。
「発表まで見ろ」
「あ」
そうだ。
学問は、
頭の中で考えて終わりではない。
調べる。
まとめる。
発表する。
研究成果を外へ出す。
それができなければ、
学問の自由は骨抜きになります。
「今回の聞き取りは、研究活動そのものですね」
「ああ」
「このあと成果を発表するなら、研究発表の自由にもつながる」
「そうだ」
私は書きます。
学問研究の自由。
研究発表の自由。
教授の自由。
ここで、
相馬先輩が新聞を読みながら言いました。
「大学の自治は?」
「今回は直接の中心じゃないですね」
「なぜだ」
「市の公民館ですから」
「うん」
「大学内部の人事や施設・学生管理について、大学の自主性を守る話とは違います」
「じゃあ大学の自治って言葉をぶち込んで字数稼ぐなよ」
「しません!」
危ない。
受験答案ならやりかねない。
そしてもう一つ。
頭に浮かんだ判例。
「ポポロ事件」
私が言うと、所長が顔を上げました。
「どう使う」
「むしろ、限界を確認するためです」
東京大学の学生団体による演劇発表。
そこで問題になった大学の自治。
最高裁は、
大学内なら何でも大学の自治で守られる、
とは言いませんでした。
学問研究そのものではなく、
実社会の政治的・社会的活動で、
公開の集会またはそれに準じるものなら、
当然に大学の学問の自由や自治の保障を受けるわけではない。
「つまり」
私は言いました。
「『学問』って看板を貼れば全部二十三条になるわけじゃない」
「そうだ」
「だから逆に、今回の水野さんの活動が本当に研究活動なのかを丁寧に書く必要がある」
「そういうことだ」
聞き取り対象。
研究計画。
記録方法。
資料との照合。
論文としての発表予定。
大学での研究分野。
全部添える。
感情ではなく。
事実で、
これは研究活動だと示す。
「行政書士って」
私は呟きました。
「憲法まで証拠が要るんですね」
相馬先輩が新聞を畳みます。
「当たり前だ」
「もっとこう、二十三条! って出したら役所が震えるのかと」
「お前、憲法を水戸黄門の印籠だと思ってんのか」
「ちょっとだけ」
「三流」
片桐所長が言いました。
「所長まで!」
「憲法論を振り回すのは三流だと言った」
「覚えてます」
「だが」
所長は私が書きかけた意見書を取りました。
「抜くなら、外すな」
ぞくりとしました。
それから三日。
私たちは意見書を作りました。
タイトルは地味です。
――市立中央公民館利用に関する法的意見書。
中身は、
地味ではありません。
水野さんの利用方法が、施設の通常利用を妨げる具体的事情は確認できないこと。
参加予定人数も定員内であること。
騒音、危険物、営利行為などの問題もないこと。
市側が示している懸念は、
研究テーマが戦時中の地域史に関わり、
住民感情を刺激する可能性がある、
という内容上の事情に集中していること。
そのような抽象的な懸念だけを理由として、
研究活動のための施設利用を事実上排除することは、
学問研究の自由を保障する憲法二十三条との関係で重大な問題を生じること。
そして。
制限するなら、
目的が正当であるだけでは足りない。
その目的のために、
なぜこの研究活動を排除する必要があるのか。
もっと穏やかな手段では駄目なのか。
具体的な危険があるのか。
そこまで説明できなければならない。
「これ」
私は完成した意見書を見ました。
「かなり強くないですか」
「強い」
所長が答えました。
「出します?」
「そのために作った」
「ですよね」
相馬先輩が封筒へ入れました。
「行くぞ」
「また直接?」
「憲法持って郵便屋に任せる気か」
「内容証明という文明もありますよ」
「今日は顔見て渡す」
特攻隊長です。
沢渡課長は、
意見書を最初から最後まで黙って読みました。
一枚。
二枚。
三枚。
途中で一度、
眼鏡を外します。
そして。
「ずいぶん大きく出ましたね」
そう言いました。
「憲法違反の疑い」
「はい」
「市は研究を禁止していないと申し上げました」
「書いてあります」
「公民館を使えないだけです」
「それも書きました」
「なら――」
「課長」
片桐所長が初めて口を開きました。
「問題は形式じゃない」
沢渡課長が所長を見る。
「研究を禁止する、と命令しなければ憲法問題にならないわけじゃない」
「……」
「行政が管理する施設について、研究内容を理由に利用を排除する。その運用に合理的な根拠がなければ、憲法上の自由を事実上制約することになる」
静かな声でした。
相馬先輩みたいに殴らない。
でも逃げ道を一つずつ塞ぐ。
「条例上の拒否事由は確認した」
所長が続けます。
「今回の利用方法そのものに、具体的な支障は見当たらない」
「地域住民との摩擦は――」
「抽象的だ」
「実際に懸念はあります」
「なら条件を付ければいい」
「条件?」
「参加人数を限定する。事前申込制にする。施設内での混乱が予想されるなら職員を配置する」
私は心の中で、
あ。
と思いました。
そうか。
いきなり全部禁止する必要はない。
目的が秩序維持なら、
もっと穏やかな手段がある。
「研究活動そのものを断る必要がどこにある」
所長が聞きました。
沢渡課長は黙りました。
長い沈黙でした。
やがて、
意見書の一か所を指します。
「東大ポポロ事件まで入れましたか」
「はい」
私が答えました。
「大学の自治が無制限ではないという、市側に有利な部分も書いてあります」
「普通、自分たちに不利な判例は薄く書くものでは?」
「それやると所長に怒られるので」
「こはる」
「はい」
怒られました。
沢渡課長の口元が、
ほんの少しだけ動きました。
「ただ」
私は続けました。
「今回の活動は、公開の政治集会じゃありません」
「ええ」
「研究計画に基づく聞き取り調査です」
「その点は確認しました」
「なら、そこを同じに扱うこともできません」
「……そうですね」
沢渡課長が、
意見書を閉じました。
「一点だけ」
「はい」
「市としても、戦時中の地域史を研究してはいけないとは考えていません」
「なら」
「ただ、行政としては揉め事を避けたい」
私は黙りました。
沢渡課長は、
少し疲れたように椅子へ背を預けました。
「一件の施設利用で町内会から抗議が来る。議員から電話が来る。昔の話を蒸し返すなと言われる。そういうことも、現実にはあるんです」
分かります。
たぶん。
沢渡課長だって、
水野さんの研究が嫌いなわけではない。
役所として、
揉めない答えを選びたい。
誰も怒らない答え。
地元の有力者が納得する答え。
静かな答え。
でも。
「課長」
私は言いました。
「それを公共の福祉って呼んじゃ駄目なんじゃないですか」
沢渡課長が私を見る。
「揉めるかもしれない」
「……」
「嫌がる人がいるかもしれない」
「……」
「昔のことを思い出したくない人がいるかもしれない」
「……」
「それは、分かります」
でも。
「誰かが嫌がる研究だから、役所が場所を貸さない」
私は意見書に手を置きました。
「それを認めたら、学問の自由って、人気投票になります」
沢渡課長は何も言いませんでした。
「みんなが喜ぶ研究だけ守られるなら」
私は続けます。
「憲法二十三条なんて、たぶん要らないです」
部屋が静かになりました。
相馬先輩も、
珍しく何も言いません。
沢渡課長はもう一度、
意見書を開きました。
そして。
「……正式な利用申請を出してください」
水野さんを見る。
「え?」
「現時点で、申請前に利用を断念するよう求めた対応は撤回します」
私は目を見開きました。
「許可するんですか?」
「まだそこまでは言っていません」
沢渡課長。
さすがにそこは慎重です。
「正式申請を受けた上で、条例及び施設管理上の基準に従って判断します」
「研究テーマ自体を理由にしない?」
私が聞きます。
「少なくとも」
沢渡課長は眼鏡をかけ直しました。
「『地元が嫌がるから』という理由だけで不許可にはしません」
相馬先輩が鼻で笑いました。
「最初からそうしろ」
「行政には行政の事情があります」
「憲法より上か?」
「そんなことは言っていません」
「ならいい」
この二人。
たぶん一生仲良くならない。
一週間後。
水野さんの公民館使用は、
条件付きで許可されました。
参加人数は定員以内。
事前申込制。
施設内での資料販売はしない。
他の利用者の迷惑になる行為があれば中止を求める。
どれも、
研究内容そのものを禁じる条件ではありませんでした。
「通りました」
水野さんは、
事務所で許可書を両手に持っていました。
「本当に」
「はい」
「戦争の話をしてもいいんですよね」
「研究として、ですけどね」
「もちろんです」
水野さんが笑います。
「何が出てくるかは、まだ分かりません」
「怖くないですか?」
私が聞くと、
水野さんは少し考えました。
「怖いですよ」
「ですよね」
「昔の記憶ですから。話したくない人もいる。家族に知られたくないこともある」
「はい」
「だから無理には聞きません」
そこで、
水野さんは許可書を鞄にしまいました。
「でも」
「はい」
「調べる前から、『町のためにならないから調べるな』と言われたら」
少し笑います。
「歴史学者は失業です」
相馬先輩が吹き出しました。
「そりゃそうだ」
片桐所長が言います。
「発表するときは慎重にな」
「はい」
「個人の名誉やプライバシーは別問題だ」
「分かっています」
「学問の自由は免罪符じゃない」
「はい」
そこは大事です。
自由がある。
だから無責任でいい。
ではない。
研究対象になった人にも、
人生があります。
守られるべきものがあります。
学問の自由は強い。
でも万能ではない。
それでも。
何を研究するか。
どんな問いを立てるか。
その入口を、
「世間が嫌がるから」
という理由だけで行政に閉じられない。
それは、
ものすごく大きなことなのだと思います。
聞き取り会の日。
私は仕事の帰りに、
中央公民館の前を通りました。
窓に明かりがついています。
中には、
十人ほどの老人。
机の上に、
古い写真。
水野さんの横には、
小さなテープレコーダー。
私は廊下から少しだけ覗きました。
「昭和十九年の冬でした」
一人のおばあさんが話しています。
「工場へ行く道がね、霜で真っ白だったんですよ」
水野さんが聞きます。
「何時ごろ家を出ました?」
「まだ暗いうち」
「寒かったですか」
「そりゃ寒かったわよ」
みんなが少し笑いました。
大事件の告発でもありません。
誰かを糾弾する話でもない。
ただ、
寒かった。
暗かった。
歩いた。
働いた。
そんな記憶。
でも。
もし、
「昔のことを掘り返すな」
の一言でこの部屋が閉じられていたら。
この声は、
たぶん記録されませんでした。
私は少しだけ、
胸が詰まりました。
「覗き見か」
「うわっ」
後ろから声。
相馬先輩でした。
「びっくりさせないでください!」
「何してんだ」
「ちょっと見てただけです」
「研究に参加すんなよ」
「分かってます」
二人で公民館を出ます。
外はもう暗い。
「先輩」
「何だ」
「憲法二十三条って、短いですよね」
「知らん」
「一文だけです」
「だから?」
「なのに、強いなって」
相馬先輩は少し考えました。
「短いからじゃねえのか」
「え?」
「余計な条件が書いてねえ」
学問の自由は、これを保障する。
誰に好かれる学問なら。
役所が有益と認める学問なら。
地元の和を乱さない学問なら。
そんな言葉は、
どこにもない。
「……なるほど」
「まあ」
相馬先輩が歩きながら言いました。
「学者が何考えてるかなんざ、俺には分からんがな」
「台無し」
「ただ」
先輩が公民館の明かりを振り返りました。
「何を調べるかまで役所に決められたら、気味悪いだろ」
「はい」
「それだけだ」
事務所へ戻ると。
片桐所長がまだ仕事をしていました。
「終わったか」
「聞き取り会ですか?」
「ああ」
「ちゃんと始まってました」
「そうか」
私は自分の机へ座りました。
憲法の六法を開きます。
二十三条。
やっぱり短い。
学問の自由は、これを保障する。
たった一行。
私は以前、
憲法なんて行政書士の実務では使わないと思っていました。
大げさで。
抽象的で。
裁判所で偉い先生たちが議論するもの。
そんなイメージ。
でも今日。
その一行は、
裁判所ではなく、
市役所の会議室で使われました。
訴訟はしていません。
違憲判決も出ていません。
行政書士が裁判代理をしたわけでもありません。
ただ。
役所が、
越えてはいけない一線へ近づいたとき。
この運用を続けるなら、
憲法の問題になりますよ。
そう書いた。
それだけで、
行政は一度立ち止まった。
「所長」
「何だ」
「憲法って」
「うん」
「最後に抜くものなんですね」
片桐所長が顔を上げました。
「そうだ」
「最初から振り回すんじゃなくて」
「そうだ」
「条例も規則も運用も確認して、それでも行政が越えたら」
「抜く」
所長はそれだけ言いました。
「伝家の宝刀ですね」
「手入れしてない宝刀は抜くな」
「勉強しろってことですか」
「そういうことだ」
厳しい。
でも。
たぶん正しい。
窓の外。
中央公民館の方角には、
まだ小さな明かりが見えました。
そこで誰かが、
四十年以上前の冬の話をしています。
寒かった。
暗かった。
歩いた。
働いた。
そんな、
誰にも迷惑をかけない記憶でさえ。
聞く自由がなければ、
歴史には残らない。
研究する自由がなければ、
問いにもならない。
発表する自由がなければ、
誰にも届かない。
そして。
誰かが、
「そんなことを調べるな」
と言い始めたとき。
たった一行の憲法が、
その人と国家の間に立つ。
学問の自由は、これを保障する。
条文は、
昭和六十三年も。
私がいた現代も。
一字一句、同じです。
違ったのは、
条文ではありませんでした。
その一行を、
本当に一人の人間のために使えるかどうか。
そこでした。
「こはる」
「はい」
「明日までに今回の論点を整理しろ」
「はい」
「研究の自由」
「はい」
「研究発表の自由」
「はい」
「教授の自由」
「はい」
「大学の自治」
「はい」
「旭川学力テスト事件」
「はい」
「東大ポポロ事件」
「……全部ですか?」
「全部だ」
「多くないです?」
「憲法二十三条は短いんだろ」
「条文が短いからって論点まで少ないとは限らないでしょう!」
相馬先輩が笑います。
「さっきまで『たった一行なのに強い』とか感動してたじゃねえか」
「感動と試験範囲は別です!」
「学問の自由だ。好きなだけ勉強しろ」
「それ、自由じゃなくて強制ですよ!」
片桐所長が帳簿を閉じました。
「嫌ならやらなくていい」
「本当ですか?」
「試験に落ちるだけだ」
「やります!」
即答しました。
学問の自由。
どうやらそれは、
学ばなくてもいい自由まで保障してくれるほど、
受験生に優しい条文ではないようでした。
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