↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈憲法 配点28点/300点〉 人権

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
364/614

[憲法19条・思想及び良心の自由]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 心の中は、最後の私有地です。


 夕方。


 片桐行政書士事務所。


 私は机の上に、一枚の紙を置いていました。


 市民会館利用に関する確認書。


 もちろん。


 例の三択は、もうありません。


 ――市の駅前再整備事業について。


 賛成。


 反対。


 どちらでもない。


 あの欄です。


 高瀬さんが空欄にしたことで、


「答えないなら申請を受け付けられません」


 と言われた。


 私たちは市役所へ乗り込み、


 憲法十九条を持ち出した。


 結果。


 市は運用を停止。


 高瀬さんは通常の利用基準で審査され、市民会館を借りられることになった。


 さらに。


 沢渡課長は、同種の確認書について、


 思想・信条に関わる質問が紛れ込んでいないか全部点検すると言いました。


「……十九条」


 私は呟きました。


 短い条文です。


 びっくりするほど短い。


 私はノートの一番上に書きました。


 ――憲法第十九条。


 ――思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。


「終わり」


 向かいの机から相馬先輩が言いました。


「何がです?」


「十九条」


「終わりませんよ」


「条文は終わっただろ」


「条文は!」


 たった一文。


 でも。


 この一文の中には、


 人間の心へ国家が入っていいのかという、


 とんでもなく大きな問題が詰まっています。


「所長」


「何だ」


「憲法って、改正されたことないんですよね」


 片桐所長が帳簿から顔を上げました。


「何を今さら言ってる」


「確認です」


「公布されてから一度もない」


「ですよね」


 日本国憲法。


 昭和二十一年公布。


 昭和二十二年施行。


 そして。


 私がいた未来まで。


 一度も改正されていない。


 一字一句。


 同じです。


「行政不服審査法とか行政事件訴訟法とか」


 私は言いました。


「この時代に来てから、ずっと怖かったんですよ」


「何が」


「法改正です」


 現代では三か月。


 昭和では六十日。


 現代では被告が国や公共団体。


 昭和では処分庁。


 現代には義務付け訴訟や差止訴訟が法定されている。


 昭和六十三年には、そんな現代の制度をそのまま持ち込めない。


 頭の中の現代法を使うたび、


 地雷を踏みそうになる。


 ところが。


「憲法だけは」


 私はノートを指しました。


「同じ」


「そうだ」


「完全に同じ」


「さっきから何を感動してる」


 相馬先輩が呆れます。


「未来人には大事なんです」


「未来人?」


「何でもありません」


 危ない。


 設定を口に出しかけました。


 私はノートに書きました。


 ――条文は同じ。


 その下。


 ――でも、社会の空気は同じではない。


「ここなんですよね」


「何がだ」


「今回、私が一番怖かったところです」


 高瀬さんに渡された確認書。


 駅前再整備について、


 賛成。


 反対。


 どちらでもない。


 どれかに丸を付けろ。


 書かなければ、


 市民会館の利用申請を受け付けない。


「今の感覚なら」


 私は言いました。


「かなり気持ち悪いでしょう?」


「今って昭和六十三年だぞ」


「そうでした」


 相馬先輩が怪訝な顔をします。


「じゃあ、お前の感覚ではどうなんだ」


「めちゃくちゃ嫌です」


「俺も嫌だ」


「ですよね」


「役所に何で俺の考えを教えなきゃならねえ」


「そう、それです」


 思想・良心の自由。


 まず。


 そもそも何を守っているのか。


 私はノートに見出しを書きました。


 ――思想及び良心とは?


「教科書だと」


 私は言いました。


「宗教上の信仰に準ずべき世界観・人生観など、個人の人格形成上の確信をなすもの、と説明されます」


「難しいな」


「はい」


「もっと簡単に言え」


「その人が、その人であるための根っこの考え方」


 相馬先輩が煙草を指で回しました。


「まあ、分かる」


 政治についてどう考えるか。


 国家についてどう考えるか。


 人生をどう捉えるか。


 何を正しいと思うか。


 何を信じるか。


 そうした人格の核心に関わる内心。


「ただ」


 私は言いました。


「何でもかんでも十九条の『思想及び良心』になるわけではありません」


「例えば?」


「今日の昼ご飯、カレーにするかラーメンにするか」


「重大だろ」


「先輩にとってはそうでしょうけど」


「カレー屋が休みだった日の絶望を知らねえな」


「憲法十九条で守る話じゃありません」


 相馬先輩が不満そうです。


 守備範囲が広すぎます。


「十九条で特に強く守られるのは」


 私は続けました。


「人格形成に関わるような、内面的な信念や世界観です」


 高瀬さんの事件なら。


 駅前再整備への賛否。


 それだけで必ず十九条の核心的な思想・良心に当たる、と機械的に決めつけるわけにはいかない。


 でも。


 行政が政治的・社会的な意見を本人に申告させ、


 答えなければ公共施設の申請を受け付けない。


 そういう制度なら。


 少なくとも十九条との関係を慎重に考えなければならない。


「ここ」


 片桐所長が言いました。


「雑にするな」


「はい」


「『本人が思想だと言えば十九条』ではない」


「はい」


「十九条を万能札にするな」


「分かってます」


 私はノートに書きました。


 ――思想・良心=人格形成の核心に関わる世界観・人生観など。


 そして。


 次です。


 思想・良心の自由は、


 具体的に何を保障するのか。


 私は数字を二つ書きました。


 一。


 二。


「大きく二つですね」


「言ってみろ」


 所長が言います。


「一つ目」


 私は書きます。


 ――内心そのものは絶対的に自由。


「絶対的?」


 相馬先輩が聞きます。


「はい」


「公共の福祉は?」


「そこです」


 私は昨日の市役所を思い出しました。


 沢渡課長が言った言葉。


 地元の和。


 秩序維持。


 公共の福祉。


 憲法の勉強を始めたばかりのころ。


 私は、


 人権は公共の福祉によって制約される。


 と丸暗記していました。


 だから。


 何となく、


 どんな人権でも、


 公共の福祉という理由があれば、


 一定程度制約できる。


 そんなイメージを持っていた。


 でも。


「心の中だけは違います」


 私は言いました。


「人が頭の中で何を考えるか。それ自体は、国家が規制できない」


「例えば?」


「私は駅前再整備が大嫌いだ、と心の中で思う」


「うん」


「市長が嫌いだと思う」


「うん」


「この国の制度は間違ってると思う」


「うん」


「逆に、市長最高、駅前再整備最高と思う」


「最後だけ急に軽いな」


「何を考えてもいいんです」


 内心にとどまる限り。


 絶対的に自由。


 国家は、


 その思想を理由に不利益を課せない。


 そして。


 特定の思想そのものを禁止することもできない。


「つまり」


 相馬先輩が言います。


「頭の中で役所を罵倒してても」


「自由です」


「所長を罵倒してても」


「自由です」


「お前、してるだろ」


「してません」


 即答しました。


 片桐所長がこちらを見ます。


「本当か」


「沈黙します」


「便利だな十九条」


 便利なのではありません。


 重要なのです。


「でも」


 私は言いました。


「ここで区別しないといけない」


 考えること。


 外で行動すること。


 同じではない。


 例えば。


 心の中で、


 この法律は間違っている。


 と思う。


 自由です。


 でも。


 だから役所の窓ガラスを割る。


 それは別。


「当たり前だ」


「はい」


 内心。


 絶対的保障。


 外部的行為。


 他人の権利や社会的利益との関係で、一定の規制が問題になり得る。


 ここを混ぜてはいけない。


「今回もそうでした」


 私は言いました。


「市役所が確認すべきだったのは、会館で何をするか」


「人数」


「はい」


「時間」


「はい」


「騒音」


「はい」


「設備を壊すか」


「それは壊しちゃ駄目です」


「だったら、その行為を見ればいい」


「そうです」


 駅前整備に反対している。


 だから危険。


 ではない。


 賛成している。


 だから安全。


 でもない。


 見るべきなのは、


 具体的な外部的行為。


 ところが市は、


 行為を見る前に、


 考えを聞いた。


「だから問題になった」


「そういうことです」


 私はノートに書きました。


 ――内心と外部的行為を分ける。


 ここで。


 あの判例です。


「今年の判例があります」


「今年?」


「昭和六十三年七月十五日」


 麹町中学校内申書事件。


 中学生が政治活動をしていた。


 校内に乱入した。


 ビラを配った。


 学校側は、その行動を内申書に記載した。


 そして、


 基本的な生活習慣。


 公共心。


 自省心。


 などに低い評価が付けられた。


 生徒側は、


 思想・信条を教育評価の対象にするのは十九条違反ではないか。


 と争った。


「で?」


 相馬先輩が聞きます。


「最高裁は十九条違反とはしませんでした」


「なぜ」


「内申書に書かれていたのは、思想・信条そのものではなく、外部に現れた行為だったから」


 ビラを配った。


 学校へ乱入した。


 そういう行動です。


「しかも最高裁は」


 私は言いました。


「その記載によって本人の思想・信条を知ることができるものでもないし、思想・信条自体を高校の入学者選抜資料にしたともいえない、と考えました」


「だから十九条違反じゃない」


「はい」


 私はノートに二つの箱を書きました。


 内心。


 外部的行為。


「これ、今回の事件と比べると分かりやすいです」


「どう違う」


「高瀬さんの場合、市が聞いたのは」


 ――駅前再整備に賛成か。


 ――反対か。


「行動じゃない」


「考えそのものか」


「少なくとも、考えの表明を直接求めています」


 だからこそ。


 十九条の問題が前面に出てきた。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「役所は、思想に関係しそうな質問を一切できねえのか」


「そこまで単純じゃありません」


「ほら来た」


「憲法はだいたい、単純に覚えると次のページで殴ってきます」


「嫌な法律だな」


「最高法規に何てこと言うんですか」


 そして。


 二つ目の保障。


 私はノートへ書きました。


 ――思想を表明するよう強制されない。


「これが今回の本丸ですね」


「沈黙の自由か」


「はい」


 何を考えているか。


 国家に言わない。


 それも自由。


「踏み絵」


 私は書きました。


「分かりやすい典型です」


 江戸時代。


 キリスト教徒を発見するために、


 絵を踏ませる。


 信仰を直接、


「私はキリスト教徒です」


 と言わせるわけではない。


 でも。


 行為によって内心を明らかにさせる。


「思想調査もそうです」


「例えば?」


「天皇制を支持しますか、支持しませんか。必ず回答してください、と国家が思想を調査する」


「嫌だな」


「嫌ですよね」


「答えたくねえ」


「その『答えたくない』も守る」


 これが沈黙の自由。


 思想・良心の自由は、


 好きに考えていい。


 だけではない。


 その考えを、


 国家に告白しなくてもいい。


「高瀬さんは」


 私は言いました。


「賛成とも反対とも言わなかった」


「どちらでもないにも丸を付けなかった」


「はい」


「何も言わないことを選んだ」


「そうです」


 ところが市は、


 何も言わないなら、


 申請を受け付けない。


 つまり。


 思想の表明と、


 行政上の利益を結びつけた。


「ここが危ない」


 所長が言いました。


「はい」


「答えたくなければ答えなくてもいい。ただし会館は貸さない」


「形式上は選べます」


「だが」


「沈黙に不利益が付いてくる」


 それでは。


 実質的に、


 答えることを強制しているのと同じではないか。


 私はそこへ大きく丸を付けました。


 ――思想を言わせるために、不利益を使ってはならない。


「でも」


 相馬先輩が言いました。


「強制って、どこからなんだ?」


「え?」


「役所が『お願いですから書いてください』って言うだけなら?」


「……」


「書かなくても普通に貸すなら?」


「それなら話は違いますね」


「じゃあ書かなかったら審査が遅くなる」


「怪しくなります」


「書かなかったら不許可」


「かなり危ない」


「なるほど」


 強制。


 といっても。


 腕を掴んでペンを持たせることだけではない。


 答えなければ不利益。


 答えれば利益。


 そういう制度設計によって、


 事実上、


 思想表明を迫ることもある。


「だから実務では」


 片桐所長が言いました。


「紙だけ見るな」


「はい」


「運用を見ろ」


「はい」


「任意と書いてあっても、答えなければ不利益なら意味が違う」


「逆に」


「何だ」


「質問欄があっても、本当に任意で、回答の有無が何の不利益にもつながらないなら、同じ問題とは限らない」


「そうだ」


 なるほど。


 憲法問題も、


 結局は事実認定。


 何を聞いた。


 なぜ聞いた。


 答えないとどうなる。


 その情報を何に使う。


 そこまで見ないと分からない。


 私は次のページをめくりました。


 そして。


 もう一つの判例。


「謝罪広告事件」


 相馬先輩が嫌そうな顔をしました。


「また判例か」


「行政書士試験ですから」


「俺は受けねえ」


「私が受けるんです」


「勝手に受けろ」


 昭和三十一年七月四日。


 最高裁大法廷。


 選挙運動中、


 候補者が対立候補について、


 汚職をした。


 と公表した。


 しかし、その事実はなかった。


 名誉毀損が認められ、


 裁判所は新聞への謝罪広告掲載を命じた。


 そこで問題になります。


「謝罪させるって」


 私は言いました。


「心の問題ですよね」


「まあな」


「本当は悪いと思っていない人に、『私が悪かったです』と言わせる」


「思想・良心を曲げさせるとも言える」


「そうです」


 だから。


 十九条違反ではないか。


 と争われた。


「最高裁は?」


「一定の限界は認めました」


 もし。


 謝罪広告の内容が、


 債務者の人格を無視する。


 著しく名誉を傷つける。


 意思決定や良心の自由を不当に制限する。


 そこまで行けば問題になる。


「でも」


 私は続けました。


「単に事態の真相を告白して、陳謝の意を表す程度なら、強制しても十九条違反ではない、としました」


 相馬先輩が眉を寄せます。


「謝れって命令してもいいのか」


「何でもいいわけじゃありません」


「線引きが難しいな」


「難しいです」


 十九条があるから、


 本人の意思に反する言葉を一切言わせられない。


 とはならない。


 何を表明させるのか。


 どの程度人格の核心に関わるのか。


 どんな目的で、


 どんな内容を命じるのか。


 そこを見る。


「だから」


 私は言いました。


「十九条は強い。でも雑に使っちゃいけない」


「昨日、所長に言われたやつだな」


「はい」


 憲法を出せば全部勝てる。


 ではない。


 むしろ。


 強い権利だからこそ、


 何が本当に内心の問題なのか。


 外部的行為なのか。


 表明の強制なのか。


 そこを丁寧に分ける必要がある。


「それに」


 私は言いました。


「未来には、もっと難しい判例があります」


「また未来か」


「例えば――」


 私はペンを止めました。


 君が代。


 ピアノ伴奏。


 起立斉唱。


 私のいた時代では、


 行政書士試験でもおなじみの論点です。


 でも。


「……まだ最高裁判決がない」


「何の話だ」


「いえ」


 ここは昭和六十三年。


 後に出る最高裁判決を、


 昭和の判例として語るわけにはいきません。


 私はノートの端に小さく書きました。


 ――未来注意。


「何だそれ」


「私専用です」


「怪しいな」


 ただ。


 未来の私は知っています。


 後の最高裁は、


 国歌斉唱時のピアノ伴奏を命じる職務命令について、


 その教員の歴史観・世界観それ自体を否定するものではないとして、


 直ちに十九条違反とはしませんでした。


 さらに。


 国歌斉唱時の起立命令についても、


 儀式的行事における慣例上の儀礼的な所作という性質などを踏まえ、


 その歴史観・世界観それ自体を否定するものではないとして、


 十九条違反とはしなかった。


 つまり。


 未来でも、


 思想・良心の自由は、


 「本人が自分の思想に反すると思ったら、あらゆる行為命令を拒める」


 という形では理解されていない。


 内心そのもの。


 外部的行為。


 両者の関係。


 そこを慎重に見る。


 この基本線は、


 ずっと重要なんです。


「こはる」


 所長が言いました。


「止まってるぞ」


「未来の判例を思い出してました」


「またか」


「今は使いません」


「そうしろ」


「でも面白いんですよ」


「何が」


「条文は変わらないのに」


 私は十九条を見ました。


 ――思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。


「判例が積み重なる」


「当たり前だ」


「社会も変わる」


「そうだ」


「人権感覚も変わる」


 条文は、


 一字一句変わっていない。


 でも。


 社会は変わる。


 何が国家による思想統制なのか。


 どこまでが許される外部的行為への規律なのか。


 どんな圧力が事実上の強制になるのか。


 新しい事件が起きるたび、


 裁判所が線を引いていく。


「憲法って」


 私は言いました。


「条文だけ見ると、時間が止まってるみたいですね」


「でも実際は?」


 所長が聞きます。


「社会の中で、ずっと動いてる」


 所長が頷きました。


「そういうことだ」


 私はノートに、


 大きく三つ書きました。


 一。


 内心そのものは絶対的に自由。


 二。


 思想を理由に不利益を課したり、特定の思想を禁止したりできない。


 三。


 思想の表明を強制できない――沈黙の自由。


「二つじゃなかったのか」


 相馬先輩が言いました。


「一つ目を細かく分けました」


「増やすな」


「試験対策です」


 そして。


 判例。


 謝罪広告事件。


 一定程度の謝罪広告の強制は、直ちに十九条違反ではない。


 麹町中学内申書事件。


 記載されたのが思想・信条そのものではなく外部的行為であり、思想・信条自体を入学者選抜資料にしたものではないなら、十九条違反とはいえない。


 私は線で結びました。


 内心そのもの。


 絶対的保障。


 外部的行為。


 十九条だけでなく、その行為に応じた別の憲法問題へ。


 表明の強制。


 沈黙の自由との関係。


「こうすると」


 私は言いました。


「かなり整理できますね」


「じゃあ問題」


 相馬先輩が言いました。


「え」


「俺が出す」


「珍しいですね」


「市役所が、高瀬さんに『会館で駅前整備反対のビラを配りますか』と聞いた」


「それだけなら、利用方法の確認として合理性がある場合はあり得ます」


「じゃあ、『駅前整備に反対ですか』」


「内心の表明を直接求めるので十九条との関係で慎重な検討が必要」


「答えなかったら?」


「それだけで利用拒否なら、沈黙の自由を侵す方向にかなり強く傾きます」


「反対って答えたら?」


「それだけを理由に不利益を与えるなら、思想を理由とする不利益取扱いとして重大な問題です」


「じゃあ、会館で暴れた」


「普通に止めてください」


「十九条は?」


「暴れる自由を保障してません!」


「よし」


 何が「よし」なのか。


 でも。


 いい問題でした。


 思想を持つ自由と、


 その思想に基づく行動がすべて自由になること。


 これは違う。


 心の中で何を考えても自由。


 しかし。


 外に出た行為は、


 他人の権利を侵害することもある。


 施設管理を妨げることもある。


 そこで別の調整が必要になる。


「だから昨日」


 私は言いました。


「市民会館を無条件で貸せ、とは言わなかった」


「そうだ」


 所長が答えます。


「通常の利用基準で判断しろ、と言った」


「はい」


 ここ。


 実務ではすごく大事です。


 十九条違反だ。


 だから高瀬さんを特別扱いしろ。


 ではない。


 思想を聞くな。


 思想を理由に扱いを変えるな。


 あとは普通に審査しろ。


 それだけ。


「平等って」


 私は言いました。


「案外、地味ですね」


「何の話だ」


「特別扱いしないことも、人権保障なんだなって」


「当たり前だ」


 駅前整備に賛成だから貸す。


 反対だから貸さない。


 沈黙したから貸さない。


 ではなく。


 何を考えていようが、


 同じ利用基準で見る。


 それでいい。


 私は次の見出しを書きました。


 ――公共の福祉。


「来ました」


「昨日、沢渡が言ってたやつか」


「はい」


 公共の福祉。


 便利な言葉。


 でも。


 魔法の呪文ではありません。


「昔の感覚だと」


 私は言いました。


「個人の権利より、社会全体の秩序とか、地元の和とか、そういうものが前に出やすい」


「昔って今だぞ」


「私にとっては……」


「何だ?」


「何でもありません」


 危ない。


 私は続けました。


「でも、『みんなが嫌がっている』だけで人権を制約できるなら」


「できるなら?」


「少数派の権利なんて、ほとんど残りません」


 相馬先輩が黙りました。


 十人中九人が、


 あいつの考えは嫌いだ。


 と言った。


 だから残り一人に、


 考えを変えろ。


 考えを言え。


 黙るなら不利益を受けろ。


 そんなことが許されるなら。


 人権は多数決で消えます。


「憲法って」


 私は言いました。


「むしろ、そういうときのためにあるんですね」


「どういうときだ」


「世間の多数派が『それくらい我慢しろ』って言うとき」


 所長が帳簿を閉じました。


「だから最高法規なんだ」


「はい」


「条例より上」


「はい」


「規則より上」


「はい」


「要綱より上」


「はい」


「前例より上」


「はい」


「地元の和より上」


 私は笑いました。


「それです」


 地元の和。


 世間の常識。


 昔からこうしている。


 みんな書いている。


 揉めると困る。


 それらが全部、


 無意味なわけではありません。


 行政が地域の事情を考えるのは当然です。


 でも。


 それらは憲法より上には行けない。


「だから昨日」


 私は言いました。


「目的と手段を分けたんですね」


「そうだ」


 所長が答えます。


 目的。


 市民会館で混乱を起こさない。


 施設を適正に管理する。


 これは理解できる。


 では手段。


 駅前整備への賛否を申告させる。


 答えなければ申請を受け付けない。


「目的は分かる」


「でも手段が広すぎる」


「しかも」


「思想を聞かなくても、利用目的や人数や具体的な行為を確認すれば足りる」


「そういうことだ」


 必要性。


 合理性。


 目的と手段の関係。


 私はそこに線を引きました。


「これが現代の憲法論でよく見る考え方なんですね」


「現代?」


「いえ」


「またか」


「気にしないでください」


 ただ。


 私は分かってきました。


 公共の福祉。


 その一言だけで終わらせない。


 何を守るためなのか。


 その目的は正当なのか。


 そのために、この規制が本当に必要なのか。


 もっと権利を傷つけない方法はないのか。


 そうやって細かく見る。


 そうしないと。


 公共の福祉が、


 ただの「世間の空気」に化けてしまう。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「十九条の一番怖い違反って何だ」


「一番?」


「お前なら何が嫌だ」


 私は少し考えました。


 思想を禁止される。


 嫌です。


 思想を理由に不利益を受ける。


 嫌です。


 でも。


 私が一番ぞっとしたのは。


「自分で言わせられることです」


「ほう」


「『私はこう考えています』って」


 あの確認書。


 三つの丸。


 賛成。


 反対。


 どちらでもない。


「国家が勝手に『お前は反対派だ』って決めるのも怖いですけど」


「うん」


「自分の手で丸を付けさせられる方が、私は嫌です」


「なぜだ」


「自分で心を差し出した形になるから」


 踏み絵。


 なるほど。


 昔の人が、


 あれを単なる行動の強制ではなく、


 信仰への攻撃として受け止めた理由が、


 少しだけ分かる。


 心の中にあるものを、


 外へ出せ。


 証明しろ。


 態度で示せ。


 国家がそう迫る。


 十九条は、


 その一線を止める。


「沈黙って」


 私は言いました。


「何もしないことじゃないんですね」


「どういう意味だ」


「答えない、っていう選択なんです」


 何を考えているか。


 言わない。


 どちら側か。


 示さない。


 思想調査に、


 回答しない。


 それも、


 一つの自由。


 相馬先輩が煙草を消しました。


「俺は普段からよく沈黙してるぞ」


「先輩は面倒な仕事を振られたときだけでしょう」


「自由だ」


「職務放棄です」


「十九条」


「関係ありません」


「昨日のお前と同じじゃねえか」


「私はそんな乱用してません!」


 奥で。


 片桐所長が咳払いしました。


「二人とも」


「はい」


「仕事をしろ」


「はい」


「十九条は?」


 相馬先輩が聞きます。


「関係ない」


「強い」


 さすが所長。


 憲法乱用に容赦がありません。


 私はノートの最後のページを開きました。


 今日のまとめ。


 憲法十九条。


 思想及び良心の自由。


 心の中で何を考えるか。


 内心にとどまる限り、絶対的に自由。


 国家は、


 特定の思想そのものを禁止できない。


 思想を理由に不利益を課すこともできない。


 さらに。


 自分が何を考えているのか、


 国家に表明するよう強制されない。


 沈黙の自由。


 ただし。


 内心と、


 外部に現れた行為は区別する。


 思想・良心の自由が保障されるからといって、


 思想に基づくすべての外部的行為が無制限に保障されるわけではない。


 麹町中学内申書事件では、


 内申書に記載されたのが思想・信条そのものではなく外部的行為だったことなどから、


 十九条違反とはされなかった。


 謝罪広告事件でも、


 人格を無視し良心の自由を不当に制限するような強制には問題があり得る一方、


 単に事態の真相を告白し、陳謝の意を表する程度なら、


 直ちに十九条違反とはされなかった。


「……よし」


 私はペンを置きました。


「終わったか」


「最後の一行があります」


「またか」


「大事なんです」


 今日の一行の覚え書き。


 私は少し考えました。


 ――思想は自由。


 短すぎる。


 ――内心は絶対自由。


 悪くない。


 でも。


 今回の高瀬さんの事件で、


 一番忘れたくないのは。


 あの空欄です。


 何も書かなかった。


 賛成とも。


 反対とも。


 どちらでもないとも。


 書かなかった。


 その空白を、


 役所は埋めさせようとした。


 でも。


 空白のままでいることも、


 自由だった。


 私は書きました。


 ――心は自由。だから、国家に答えない自由もある。


「長い」


 相馬先輩が言います。


「またそれですか」


「一行の覚え書きだろ」


「一行に収まってます」


「そういう意味じゃねえ」


「じゃあ先輩なら?」


 相馬先輩は少し考えました。


 そして。


「心の中に、役所を入れるな」


 私は止まりました。


「……それ」


「何だ」


「現場編で私が似たこと書きました」


「知らねえよ」


「パクりました?」


「知らねえって」


「じゃあ」


 私はもう一度考えました。


 そして。


 ノートの最後に、


 大きく書きました。


 ――十九条は、心を守り、沈黙まで守る。


「どうです?」


「まあまあ」


「所長は?」


 片桐所長がノートを見ます。


「忘れなければ何でもいい」


「身も蓋もない」


「試験で書くのは条文だ」


「はい」


「実務で見るのは事実だ」


「はい」


「そして」


 所長は少しだけ間を置きました。


「国家が心の中まで来たら、憲法を見ろ」


 私はペンを止めました。


 それ。


 ずるい。


 私の一行より、


 ずっと格好いい。


「所長」


「何だ」


「それ、先に言ってくださいよ」


「聞かれなかった」


「私、十分くらい考えたんですよ」


「知らん」


「書き直していいですか」


「好きにしろ」


 私は自分の一行に横線を引きました。


「おい」


 相馬先輩が言います。


「消すのか」


「所長版の方が強いので」


 そして。


 改めて書きました。


 ――国家が心の中まで来たら、憲法十九条を抜け。


 よし。


 私は満足してノートを閉じました。


 窓の外は、


 もう暗くなっています。


 どこか遠くで、


 商店街のシャッターが下りる音がしました。


 高瀬さんの勉強会は、


 来月も開かれます。


 駅前整備に賛成する人が来る。


 反対する人も来る。


 たぶん。


 どちらでもない人も来る。


 何も言わず、


 ただ聞くだけの人もいるでしょう。


 それでいい。


 全員が同じ意見になる必要なんてない。


 誰が何を考えているか、


 役所が一覧表にする必要もない。


 憲法十九条は、


 人を正しい思想へ導く条文ではありません。


 正しい思想が何なのかを、


 国家が決めるための条文でもありません。


 むしろ逆です。


 何を信じるか。


 何を疑うか。


 何を支持するか。


 何に反対するか。


 そして。


 それを誰にも言わないか。


 その最後の選択を、


 本人の手元に残しておく。


 たったそれだけ。


 でも。


 その「たったそれだけ」がなければ。


 人は、


 自分の心の持ち主ではいられない。


 昭和六十三年。


 条文は、


 未来と同じ。


 一字一句、


 同じ。


 違うのは、


 その周りを流れている空気です。


 地元の和。


 世間の目。


 昔からこうしている。


 みんな書いている。


 何も悪いことがないなら答えられるでしょう。


 そんな言葉が、


 人の心の入口まで押し寄せてくる。


 だからこそ。


 短い十九条が、


 扉の前に立っています。


 ――ここから先は、本人の場所だ。


 そう言うために。


「こはる」


 所長が言いました。


「はい」


「帰るぞ」


「はい」


 私はノートを鞄に入れました。


 そのとき。


 相馬先輩が聞きます。


「なあ」


「何です?」


「本当に所長のこと、心の中で悪く言ったことねえのか」


「……」


 私は黙りました。


「あるな」


「沈黙の自由です」


「顔に出てるぞ」


「内心です!」


「外部的行為になってる」


「表情まで判例分析しないでください!」


 片桐所長が事務所の灯りを消しました。


「こはる」


「はい」


「明日、朝一で倉庫整理だ」


「えっ」


「返事は」


「……思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」


「返事は」


「はい!」


 相馬先輩が笑いました。


「十九条、負けたな」


「違います!」


 私は鞄を抱えて叫びました。


「これは思想の強制じゃなくて、単なる業務命令です!」


「分かってきたじゃねえか」


「あ」


 しまった。


 自分で論破してしまった。


 昭和六十三年。


 憲法十九条。


 どうやら私は、


 心の自由を守る方法と一緒に、


 十九条では倉庫整理から逃げられないことまで、


 完璧に理解してしまったようでした。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくら司法書士補助者の法務帳 〜 昭和に転生して泥沼の争いを収めたら、実務と試験知識が完全にリンクしました 〜
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。