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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈憲法 配点28点/300点〉 人権

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362/701

[憲法14条・法の下の平等]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 平等とは。


 みんなを同じにすることではありません。


 違って扱うなら、その違いを説明できなければならない。


 昨日までなら。


 私はこれを、試験用の言葉として覚えていました。


 夕方。


 片桐行政書士事務所。


 私は机の上にノートを広げました。


 朝市から戻って、半日。


 宮下さんの惣菜店は、今日から正式に駅前朝市へ出店しています。


 そして。


 私の机には。


「……先輩」


「何だ」


「これ、何です?」


「見りゃ分かるだろ」


「おにぎりですね」


「じゃあ聞くな」


「三個あります」


「ああ」


「先輩の机には五個あります」


「ああ」


「不平等では?」


 相馬先輩が煙草をくわえたまま、こちらを見ました。


「俺のほうがでかい」


「またそれですか」


「必要カロリーが違う」


「合理的区別を主張してきた」


「昨日、お前が教えたんだろ」


「悪用しないでください!」


 私はノートの一番上に大きく書きました。


 ――憲法十四条。


 その下。


 ――法の下の平等。


 そしてさらに。


 ――平等=全員同じ、ではない。


「ここです」


「何がだ」


「昨日の事件で、一番よく分かったところ」


 宮下澄江さん。


 半年前に町へ引っ越してきた。


 市内に店を持つ。


 商工会にも加入。


 営業上、安全上、衛生上の問題もない。


 それでも。


 駅前朝市への出店を断られた。


 理由は。


 地域への定着性。


 昔からこの町に住んでいるか。


 地域活動への参加歴。


 既存商業者との付き合い。


 市は長年、そういう事情を重視していた。


「でも」


 私はペンを動かしました。


「市が宮下さんと昔からの商店主を違って扱った。それだけで憲法違反になるわけじゃない」


「昨日は威勢よく十四条振り回してたじゃねえか」


「振り回してません」


「振り回してた」


「所長」


「振り回していた」


「所長まで!」


 ひどい。


 片桐所長は帳簿から顔も上げません。


「憲法論は使い方を間違えるな」


「はい」


「人を違って扱った。だから違憲だ。そんな単純な話なら十四条は要らん」


「そうなんですよね」


 私はノートに二つの言葉を書きました。


 絶対的平等。


 相対的平等。


「試験では定番です」


「説明しろ」


 所長が言いました。


「はい」


 私はペンを置きました。


「絶対的平等は、人の違いを考えず、とにかく全員を同じように扱う考え方」


「例えば?」


「全員から同じ額の税金を取る」


「一万円でも百万円でも?」


「はい」


「金持ちも貧乏人も?」


「同額」


「それは平等なのか?」


「形式だけなら」


 そこです。


 たとえば。


 年収百万円の人。


 年収二千万円の人。


 この二人から、


 所得税を一律百万円徴収します。


「同じ百万円だから平等!」


 と言いたくなる。


 でも。


 年収百万円の人は、全部なくなる。


 年収二千万円の人には、千九百万円残る。


「同じ扱いが、かえって不平等になることもある」


「だから?」


「事情の違いに応じて扱いを変える」


 年収が低い人には負担を軽くする。


 年収が高い人には、より大きな負担を求める。


 税額が違う。


 でも。


 それだけで平等原則違反とはならない。


「これが相対的平等です」


 私はノートに矢印を書きました。


 憲法十四条。


 要求するのは機械的な絶対平等ではない。


 事情の違いを踏まえた相対的平等。


「つまり」


 相馬先輩が言いました。


「違う奴を違って扱うことはある」


「はい」


「同じような奴を、理由なく違って扱うな」


「大ざっぱですけど、分かりやすいです」


「大ざっぱは余計だ」


 私はその下に大きく書きました。


 ――合理的区別は許される。


 ――恣意的差別は許されない。


「これが核心ですね」


「合理的かどうかは、どう見る」


 所長が聞きました。


「区別する目的と、その区別との関係です」


「昨日なら?」


「朝市を円滑に運営すること」


「それが目的」


「はい」


「目的自体は?」


「不合理とは言えません」


 出店者同士が毎週喧嘩していたら困る。


 共同で清掃する。


 決められた時間を守る。


 搬入経路を塞がない。


 地域振興のイベントにも協力する。


 朝市には朝市の秩序があります。


「だから、市が誰でも無条件に出店させなきゃいけない、ではない」


「そうだ」


「問題は次です」


 私は丸をつけました。


 ――その目的のために、居住歴を重視することに合理性があるか。


「協調性を確認したいなら」


 私は言いました。


「規則を守るか、説明会に参加するか、共同作業に応じるか。そういう事情を見ればいい」


「うん」


「なのに『この町に何年住んでいるか』を重視する」


「そこがズレてたわけだ」


「はい」


 長く住んでいる人が協調的とは限らない。


 昨日、相馬先輩の頭には三人ほど具体例が浮かんでいました。


「誰だったんです?」


「何が」


「昨日の三人」


「言うか」


「気になる」


「話がそれてるぞ」


「はい」


 戻ります。


 つまり。


 違う扱いをすること自体が問題なのではない。


 その違いが、


 目的との関係で合理的に説明できるか。


 そこが重要。


「恣意的って、簡単に言うと何です?」


 私が聞くと。


 所長が答えました。


「筋が通らんことだ」


「短い」


「足りないか」


「いえ。すごく分かりやすいです」


 私はノートに書きました。


 恣意的な差別。


 ――合理的な根拠がなく、筋の通らない差別的取扱い。


 そして。


 ここから。


 十四条の判例が急に面白くなります。


「先輩」


「嫌だ」


「まだ何も言ってません」


「判例だろ」


「何で分かったんです?」


「お前がその顔すると長い」


「失礼な」


 でも。


 今日はやります。


 法の下の平等。


 ここは判例を知らないと始まりません。


「まず、尊属殺重罰規定」


 相馬先輩が煙草を止めました。


「重いな」


「一気におにぎりから殺人事件です」


「憲法の勉強、振れ幅すげえな」


 かつて刑法には。


 普通殺人とは別に、


 尊属殺人を特に重く処罰する規定がありました。


 自分や配偶者の直系尊属。


 つまり。


 親などを殺した場合。


 普通殺人より、はるかに重い刑が定められていた。


「当時の尊属殺の法定刑は」


 私は確認します。


「死刑または無期懲役」


 普通殺人なら。


 死刑。


 無期懲役。


 そして有期懲役。


 事情によっては執行猶予の余地もある。


 ところが尊属殺。


 死刑か無期。


「すごい差ですね」


「ああ」


「これが十四条違反として争われた」


 最大判昭和四十八年四月四日。


 尊属殺重罰規定違憲判決。


「ここで大事なのは」


 私は言いました。


「最高裁が、『親を殺した場合を普通殺人より重く見ること自体が全部駄目』とは言ってないことです」


「ほう」


「尊属を殺す行為について、通常の殺人より強い社会的・道義的非難を加える。それ自体が、直ちに不合理とは言えない」


「じゃあ何で違憲になった」


「差が大きすぎた」


 死刑か。


 無期か。


 それしかない。


「目的に一定の理由があったとしても」


 私はノートに線を引きます。


「区別の程度が行き過ぎていれば、合理的な差別的取扱いとして正当化できない」


 昨日の宮下さんと同じです。


 朝市の秩序を守りたい。


 それ自体は分かる。


 でも。


 だから新しく引っ越してきた人を排除する。


 目的が理解できるからといって、


 手段まで全部許されるわけじゃない。


「目的がまともなら何してもいい、じゃない」


「そうだ」


 所長が言いました。


「行政がよく間違えるところだ」


「役所だけですか?」


「人間全般だ」


「確かに」


 私はノートに書きました。


 ――目的だけを見るな。区別の程度・手段まで見る。


「次」


 私はページをめくりました。


「国籍法三条一項違憲判決」


「今度は何だ」


「これは未来の判例です」


 相馬先輩が顔をしかめました。


「また未来か」


「平成二十年です」


「昭和六十三年の俺にどうしろってんだ」


「今の事件では使えません」


「じゃあ出すな」


「でも私のノートには必要なんです!」


 昭和六十三年。


 当然、この判決はまだ存在していません。


 だから。


 沢渡課長に、


 「平成二十年の最高裁判決によれば」


 なんて意見書を書いたら。


 行政書士どころか予言者です。


「現場では、その時代に存在する判例しか使えない」


「当たり前だ」


「転生者には大事なんです」


「知らん」


 でも。


 現代の受験知識として見ると、


 平等原則がどう発展していくかがよく分かります。


 日本人の父。


 外国人の母。


 出生後に父から認知された子。


 かつての国籍法では。


 父母が結婚して嫡出子となった場合には、日本国籍取得の道が開かれる。


 一方。


 父から認知されても。


 父母が結婚していなければ、その要件を満たさない。


「子どもからしたら」


 私は言いました。


「親が結婚するかどうかなんて、自分ではどうにもできません」


「ああ」


「それで国籍取得に大きな差が出る」


 最高裁は。


 その区別によって著しい不利益な差別的取扱いが生じているとして。


 憲法十四条違反としました。


「つまり」


 私は書きます。


 ――本人が選べない事情を理由に、重大な不利益を負わせる区別には、特に合理性が問われる。


「次も似ています」


 非嫡出子相続分差別。


 かつて民法では。


 嫡出でない子の法定相続分は、


 嫡出子の二分の一。


「半分?」


「はい」


「同じ親の子でも?」


「はい」


 父母が婚姻していたか。


 していなかったか。


 それによって。


 子の相続分が違った。


「でも」


 私は言いました。


「親が結婚するかどうかを、子どもは選べません」


 平成二十五年。


 最高裁大法廷。


 その区別は憲法十四条一項に違反すると判断しました。


「ここ」


 私は二重線を引きました。


 ――子にとって、自ら選択・修正する余地のない事情。


「時代で変わったんですね」


 私は言いました。


「何がだ」


「平等についての社会の見方」


 憲法十四条は。


 昭和六十三年も。


 平成二十五年も。


 私のいた時代も。


 同じ。


 一字一句変わっていない。


 なのに。


 同じ条文の下で。


 社会の変化。


 家族観の変化。


 個人の尊重についての意識。


 そういうものを踏まえて。


 何が合理的な区別なのか。


 判断も変わっていく。


「条文は止まってるのに」


 私は言いました。


「解釈は止まってない」


 片桐所長がこちらを見ました。


「憲法はそういう法律だ」


「はい」


「言葉が同じだから、意味まで昭和二十一年に固定されるわけじゃない」


 なるほど。


 それです。


 憲法が一度も改正されていないことと。


 人権保障が一度も変化していないことは。


 全然違う。


「次」


「まだあるのか」


「再婚禁止期間です」


「帰っていいか」


「駄目です」


 かつて民法には。


 女性について。


 離婚などの後、六か月間は再婚できないという規定がありました。


「男は?」


「ありません」


「露骨だな」


「ただし」


 私は指を立てました。


「男女で違う扱いだから即違憲、ではありません」


「また合理性か」


「そうです」


 なぜ女性だけ再婚禁止期間を設けるのか。


 当時の父性推定制度との関係。


 前の夫の子なのか。


 新しい夫の子なのか。


 法律上の父が重複することを避ける。


「その目的との関係で、一定期間の区別には合理性がある」


「じゃあ合憲か」


「全部ではありませんでした」


 平成二十七年十二月十六日。


 最高裁。


 百日まで。


 合理性が認められる。


 しかし。


 百日を超える部分。


 そこまで必要とは言えない。


 したがって違憲。


「また同じですね」


 私は言いました。


「区別する目的が分かる」


「うん」


「だからといって、六か月全部が正当化されるわけじゃない」


「尊属殺と似てるな」


「そうなんです」


 ここで。


 私は急に楽しくなってきました。


「先輩!」


「うるせえ」


「判例がつながりました!」


「受験生が一番うるさくなる瞬間だな」


 目的。


 合理性。


 区別の程度。


 必要性。


 判例名だけバラバラに覚えると。


 尊属殺。


 国籍。


 相続。


 再婚。


 全然違う事件です。


 でも。


 十四条という一本の線で見ると。


 全部。


 同じ質問をしています。


 ――なぜ、この二人を違って扱うのか。


 ――その理由は合理的か。


 ――その目的のために、そこまで差をつける必要があるのか。


「これ」


 私は言いました。


「昨日、沢渡課長に聞いてたことと同じです」


「だから憲法論が効いたんだ」


 所長が言いました。


「はい」


 朝市と尊属殺。


 全然違う。


 でも。


 平等原則の考え方はつながっている。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「男と女を違って扱ったら、基本的に怪しいわけだ」


「そう単純でもありません」


「面倒くせえな憲法!」


「それが憲法です」


 私は次を書きました。


 夫婦同氏制度。


 民法では。


 夫婦は婚姻の際に定めるところに従い、


 夫または妻の氏を称する。


「現実には夫の姓になる夫婦が圧倒的に多い」


「だったら女が不利じゃねえのか」


「そこが争われました」


 平成二十七年。


 最高裁は。


 条文そのものは、


 夫の氏にしろ。


 とは書いていない。


 夫でも妻でも選べる。


 文言上。


 性別によって異なる扱いを定めているわけではない。


 そのため。


 夫婦同氏制それ自体について、


 憲法十四条一項違反とはしませんでした。


「現実に偏りがあることと」


 私は整理します。


「法律そのものが男女を違って扱っていることは、同じじゃない」


「なるほどな」


「もちろん、現実の不利益をどう考えるかという問題は残ります。でも十四条の判断としては、条文上の区別の有無も重要になる」


 ここも。


 単純な数字だけでは判断できない。


 九十六パーセント以上が夫の氏を選んでいる。


 だから即違憲。


 とはならない。


「平等って」


 私は言いました。


「思ってたよりずっと面倒ですね」


「いいことじゃねえか」


 相馬先輩が言いました。


「え?」


「簡単に決められたら、役所も簡単に人を分けられるだろ」


 私は少し黙りました。


 たまに。


 本当にたまに。


 この人はすごくいいことを言います。


「先輩」


「何だ」


「今のノートに書いていいですか」


「やめろ」


「名言ですよ」


「やめろ」


「照れてます?」


「おにぎり返せ」


「横暴!」


 私はページをめくりました。


「最後に、一票の格差」


 相馬先輩が天井を見ました。


「まだ終わらねえ」


「十四条の重要論点です」


 法の下の平等。


 これは。


 選挙にも及ぶ。


「一人一票なら平等じゃないのか?」


 相馬先輩が聞きました。


「そこが罠です」


 A選挙区。


 有権者十万人。


 議員一人。


 B選挙区。


 有権者五十万人。


 議員一人。


「どっちも一人一票です」


「ああ」


「でも議員一人を選ぶのに必要な有権者数が全然違う」


「なるほど」


「だから、一票の価値が違う」


 憲法十四条の平等には。


 投票価値の平等も含まれる。


 最高裁はそう考えています。


「昭和四十七年の衆議院議員総選挙」


 私は書きました。


 最大較差。


 約四・九九倍。


「五倍?」


「ほぼ」


「でかいな」


「最高裁は違憲としました」


 最大判昭和五十一年四月十四日。


 投票価値の不平等が。


 合理性を持つとは到底考えられない状態となり。


 さらに。


 合理的期間内に是正されない。


 そうなれば違憲になる。


「ここ、二段階ですね」


 私はノートに書きます。


 一。


 著しい不平等状態か。


 二。


 それが合理的期間内に是正されなかったか。


「昭和四十七年選挙では?」


「長期間是正されず、違憲」


「じゃあ選挙やり直しか」


「それが違うんです」


「は?」


「選挙は無効にしませんでした」


「違憲なのに?」


「事情判決の法理です」


「出たな。法律の『でも今回は』」


「言い方!」


 でも。


 分かります。


 違憲だから選挙全部無効。


 そうすると。


 国会そのもの。


 その国会が作った法律。


 予算。


 政治全体。


 巨大な混乱が生じる。


 そこで。


 違憲とはする。


 でも選挙自体は無効にしない。


「憲法って」


 私は言いました。


「白黒だけじゃないんですね」


「今さらだな」


「違憲なら全部消えると思ってました」


「世の中そんな簡単なら法律家はいらねえよ」


 さらに。


 未来の判例。


 平成二十一年衆院選。


 最大較差二・三〇倍。


 最高裁は。


 投票価値の平等の要求に反する状態。


 いわゆる違憲状態と評価しつつ。


 合理的期間内に是正されなかったとは言えないとして。


 憲法違反とはしなかった。


 平成二十六年衆院選。


 最大較差二・一二九倍。


 これも。


 投票価値の平等の要求に反する状態。


 しかし。


 一人別枠方式の廃止など。


 制度見直しが進められている。


 合理的期間内に是正されなかったとは言えない。


 よって違憲とはしない。


「待て」


 相馬先輩が言いました。


「不平等なのに違憲じゃねえ?」


「はい」


「何だそれ」


「ここが重要なんです」


 私は三段階に書きました。


 合憲。


 違憲状態。


 違憲。


「投票価値に問題がある」


 でも。


 国会が是正するために必要な合理的期間がまだ経過していない。


 その場合。


 違憲状態だけれど。


 まだ違憲とはしない。


「猶予みたいなもんか」


「感覚としては近いです」


 平等原則は。


 数学ではない。


 二倍を超えた瞬間、自動的に違憲。


 三倍なら違憲。


 そんな機械的な基準ではない。


 選挙制度の仕組み。


 国会の裁量。


 較差の程度。


 是正の努力。


 経過期間。


 いろいろな事情を見る。


「参議院は?」


 所長が聞きました。


「そこも衆議院とまったく同じには考えません」


 参議院には参議院の独自性がある。


 選挙制度も違う。


 都道府県を単位としてきた歴史もある。


 だから。


 投票価値の平等だけで全部決めるのではなく。


 国会が正当に考慮できる政策目的との調和を見る。


「平成二十五年参院選では」


 私は書きます。


 最大較差。


 四・七七倍程度。


「それでも?」


「違憲状態とはされましたが、選挙時点で憲法違反に至っていたとはされませんでした」


「衆院と数字だけ比べちゃ駄目ってことか」


「はい!」


 私は思わず机を叩きました。


「そこです!」


「うるせえ」


「試験で大事なんです!」


 衆議院。


 参議院。


 数字だけ暗記して。


 何倍なら違憲。


 とやると危険。


 制度の違い。


 国会の裁量。


 合理的期間。


 是正努力。


 そこまで見る。


「結局」


 私は言いました。


「十四条って、数字だけじゃ判断できないんですね」


「税金も」


「はい」


「刑罰も」


「はい」


「男女も」


「はい」


「選挙も」


「はい」


「朝市も」


「そうです」


 全部。


 違う人を違って扱った。


 それだけでは終わらない。


 なぜ違わせた。


 その理由は何だ。


 目的と区別はつながっているか。


 差の程度は行き過ぎていないか。


 本人にはどうしようもない事情を理由にしていないか。


 社会が変化したあとも、その区別は合理的なのか。


 そこを見る。


 私はノートの最初へ戻りました。


 憲法十四条一項。


 すべて国民は、法の下に平等であって。


「そういえば」


 私は言いました。


「『法の下』って、行政が法律を平等に適用すればいい、って意味だけじゃないんですよね」


「そうだ」


 所長が答えました。


「法律そのものが差別的だったら?」


「駄目です」


「なぜだ」


「法律を平等に適用するだけでいいなら、差別する法律を作って全員にそのまま適用すれば許されることになるから」


「そういうことだ」


 つまり。


 法の下の平等。


 これは。


 行政権や司法権が法を適用するとき、


 不合理に差別するな。


 というだけではない。


 立法府が作る法律の内容そのものも。


 平等原則に反してはいけない。


 だから。


 尊属殺重罰規定そのものが違憲になった。


 国籍法の規定そのものも。


 非嫡出子の相続分を二分の一にした規定そのものも。


 再婚禁止期間の一部も。


 憲法十四条によって審査された。


「昨日の宮下さんは?」


 相馬先輩が聞きます。


「法律そのものじゃない」


「そうです」


「市の運用だ」


「はい」


 朝市の規則に。


 転入者は出店禁止。


 とは書いていなかった。


 問題だったのは。


 行政が長年続けてきた運用。


 明文化されていない基準。


「だから十四条は」


 私はまとめました。


「ルールそのものにも、ルールの使い方にも届く」


 所長が頷きます。


「それでいい」


 ここで。


 私はペンを止めました。


「でも、不思議ですね」


「何がだ」


「憲法十四条は変わってない」


 昭和二十一年に公布された日本国憲法。


 昭和二十二年施行。


 そして。


 昭和六十三年の今。


 さらに私が知っている未来まで。


 一度も改正されていない。


「なのに」


 私は言いました。


「何が差別なのかっていう感覚は、すごく変わってる」


 相馬先輩が煙草に火をつけました。


「そりゃ世の中が変わるからだろ」


「ですよね」


 昭和六十三年。


 宮下さんに、


 新しく来た人だから少し遠慮してもらう。


 昔からいる商店を優先する。


 地域の和を守る。


 そう言えば。


 今よりずっと、


 仕方ない。


 と受け入れられてしまう空気があります。


 父母が結婚しているか。


 男か女か。


 どんな家に生まれたか。


 どこの地域に住んでいるか。


 昔は。


 本人では変えられない事情で違う扱いをすることが。


 今よりずっと普通だった。


「でも」


 私はノートを見ました。


「条文はずっと同じなんですよね」


「そうだ」


 所長が言います。


「憲法は、世間の空気を書いたものじゃない」


「え?」


「世間がそう思っているから正しい、なら憲法はいらん」


 私は黙りました。


「多数が当然だと思っていることでも」


 所長は続けます。


「個人の権利を不合理に踏むなら、止めるためにある」


「……はい」


「だから最高法規なんだ」


 私は。


 その言葉をノートの余白に書きました。


 ――世間が当然だと思うときほど、憲法が要る。


 相馬先輩が覗き込みます。


「今日の一行、それでいいじゃねえか」


「まだです」


「まだやるのか」


「まとめがあります」


「勘弁しろ」


 私は最後のページを開きました。


 憲法十四条。


 法の下の平等。


 まず。


 法を執行・適用する行政や司法だけでなく。


 法律そのものも平等原則に従わなければならない。


 次。


 憲法が求めるのは。


 何が何でも同じに扱う絶対的平等ではない。


 事情の違いを踏まえた。


 相対的平等。


 だから。


 合理的な区別は許される。


 恣意的な差別は許されない。


「合理性を見るときは?」


 所長が聞きました。


 私は答えます。


「区別の目的」


「うん」


「その目的と区別との合理的な関連」


「うん」


「区別の程度が行き過ぎていないか」


「うん」


「本人には選べない事情を理由に重大な不利益を与えていないか」


「うん」


「社会の変化を踏まえても、その区別を維持する合理性があるか」


 所長が頷きました。


「判例は」


「尊属殺重罰規定」


「何が大事だ」


「尊属殺を重く見る目的自体が直ちに不合理なのではなく、死刑か無期だけという加重が行き過ぎていた」


「国籍法」


「父母の婚姻の有無によって、認知された子の国籍取得に著しい不利益な差を生じさせることが違憲」


「非嫡出子相続分」


「本人が選べない父母の婚姻関係を理由に、相続分を二分の一とする差別が違憲」


「再婚禁止期間」


「男女の区別すべてが違憲ではない。父性推定の重複回避との関係で百日までは合理性が認められた一方、百日を超える部分は違憲」


「夫婦同氏」


「条文上、夫または妻のどちらの氏も選択でき、性別による形式的な差別的取扱いを定めているわけではないとして、十四条違反とはされなかった」


「一票の格差」


「投票価値の平等も十四条の保障に含まれる。ただし、較差の数字だけで機械的に決まらず、不平等状態の程度や合理的期間内の是正、選挙制度の性質などを見る」


「よし」


 試験官ですか。


 でも。


 以前なら。


 判例名。


 年月日。


 結論。


 数字。


 それを別々に暗記していました。


 今は違います。


 全部に。


 一つの質問を投げればいい。


 なぜ、違って扱うのか。


 その理由は、本当に筋が通っているのか。


 それだけで。


 バラバラだった判例が一本につながります。


「できました」


 私は言いました。


「何が」


「今日の一行」


 ノートの最後。


 私はゆっくり書きました。


 ――平等とは、みんなを同じにすることではない。「なぜ違っていいのか」を、権力に説明させること。


 相馬先輩が覗き込みました。


「長い」


「またそれですか」


「試験直前に読むには長い」


「じゃあ短くします」


 その下に。


 もう一行。


 ――違いは許す。理由なき差別は許さない。


「どうです?」


「まあいい」


「褒めました?」


「気のせいだ」


「またそれ」


 私はノートを閉じました。


 窓の外。


 駅前のほうへ目を向けます。


 明日の朝も。


 宮下さんは朝市に立つでしょう。


 昔からいる魚屋さんの隣で。


 新しく来た人として。


 別に。


 昔からいる人になる必要はありません。


 宮下さんは宮下さんのままでいい。


 違うこと自体が。


 悪いわけではない。


 憲法十四条は。


 人間から違いを消す条文ではありません。


 違いを理由に。


 権力が勝手に人の価値まで決め始めたとき。


 その線を越えるな。


 と言う条文です。


 昭和六十三年。


 世間の目は重い。


 昔から。


 みんなそうしている。


 地元では普通だ。


 波風を立てるな。


 そんな言葉が。


 法律より強そうに聞こえる瞬間があります。


 でも。


 六法を開けば。


 昭和にも。


 ちゃんと十四条はあります。


 未来と。


 一字一句同じ言葉で。


 人間のほうが追いつくのを。


 ずっと待っている。


「こはる」


「はい」


 片桐所長が言いました。


「帰る前に冷蔵庫を片付けろ」


「何で私が?」


「見習いだからだ」


「先輩も使ってます」


「俺は先輩だからな」


「不平等です!」


「立場が違う」


「合理的区別ですか?」


「そうだ」


「目的は?」


「冷蔵庫を片付ける」


「その目的と、私だけ片付けることとの合理的関連性は?」


「お前が一番暇だ」


「具体的事実を出してください!」


 相馬先輩が吹き出しました。


 所長は顔色一つ変えません。


「朝比奈」


「はい」


「合理的な理由が説明できれば、違う扱いは許されるんだったな」


「……はい」


「今日はお前が一番早く仕事を終えた」


「……はい」


「冷蔵庫の中身の半分は、お前が買った菓子だ」


「……はい」


「昨日、牛乳を倒したのもお前だ」


「……はい」


「合理性は?」


 私は黙りました。


 強い。


 完璧です。


「……認めます」


「よし」


 相馬先輩が笑います。


「十四条、敗北」


「違います!」


 私は立ち上がりました。


「合理的区別を受け入れただけです!」


「同じだろ」


「全然違います!」


 冷蔵庫へ向かいながら。


 私は思いました。


 なるほど。


 法の下の平等。


 これは。


 何でも「差別だ」と叫ぶための武器ではありません。


 違いがあるなら。


 その違いを見る。


 理由があるなら。


 その理由を聞く。


 そして。


 理由がないなら。


 どれだけ昔から続いていても。


 どれだけ大勢が当然だと思っていても。


 最高法規を開けばいい。


 ――違いは許す。


 ――理由なき差別は、許さない。


 たったそれだけの原則を。


 社会が本当に守れるようになるまで。


 憲法十四条の仕事は。


 どうやら、まだまだ終わりそうにありません。

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